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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第2局 激突!春の個人戦(1日目・2015年4月12日日曜)
23/681

21手目 女子の部準決勝 裏見〔市立〕vs不破〔天堂〕(1)

挿絵(By みてみん)


 さーて、いよいよ弾みがついてきたわよ。

 トーナメント表をみながら、私は腕まくりをした。

 箕辺みのべくんと葉山はやまさんが手分けして貼ったものだ。私と同じ高校だけど、ふたりがあからさまに応援してくることはなかった。このあたりは、公平性を意識しているんだと思う。それもまた、よし。

「これより、女子の部、準決勝、男子の部、ベスト16決定戦をおこないます」

 箕辺くんの指示で、のこっている選手は着席。

 ギャラリーも、それぞれ観たいところを観にいく。

 私は先に座って待機。しばらくして、スティック付きの飴玉を頬張った、金髪の少女があらわれた。もちろん、地毛じゃなくて染めている。制服もだらしなく着こなしていた。

 彼女の名前は不破ふわかえでさん。不良の集まる天堂高校将棋サークルの紅一点だ。

「準決勝は、あんたとか、よろしく」

「よろしく」

 私はてきとうに挨拶して、駒をならべた。

 不破さんもサクサク並べる。

「さっさとぶっ飛ばして終わらせるか」

 それが第一声ですかッ!

 ほんとに口が悪いわね。まったく。

「準備が整ったところから、振り駒をしてください」

 私は、振り駒をしようとした。すると、不破さんはいきなり大声で、

「ちょい待ちッ!」

 と、口を挟んだ。箕辺くんは、すっとんで来た。

「どうかしましたか?」

「そこの変な制服のねーちゃん観たいんで、テーブル一緒にしてくれ」

 まさかの同席提案。長机は余裕があるから、2組でも問題はない。

「変な制服のねーちゃんって、だれっスか?」

 指をさされた大場おおばさんは、キョロキョロした。自分だと分かっていないらしい。

 勝手に学校の制服を改造してるのは、大場さん、あなたしかいないわよ。

 今日は、黄色い三角形のステッカーをぺたぺた貼ったような服を着ていた。

「おまえだよ、おまえ」

すみちゃんの制服の、どこが変なんっスか?」

「選手同士は揉めないでください。こちらで裁定します」

 箕辺くんは幹事を集めて、てきぱきと処理した。

「4名全員の同意がある場合にのみ、同席を認めます。ほかの選手のかたは?」

 私と春日川かすがかわさんは、すぐにOKした。

 大場さんは、なんだかイヤそうな雰囲気だったけど、

「情報収集は大事っスからね。OKするっス」

 と折れた。準決勝の4人は、同じテーブルへ移動。盤駒チェスクロも移動。

「振り駒をしてください」

「私がやってもいいかしら?」

 念のため、不破さんに確認をとっておく。

「どうぞ」

 こういうところは、案外にマジメなのよね。

 私はさくっと振り駒をした。歩が3枚で、私の先手。

 こちらは準備が整った。問題は、となりの席だ。

 箕辺くんと葉山さんはガムテープをとりだして、チェスクロを固定していた。

「では、春日川さん、どうぞ」

 セーラー服を着た長い髪の少女――春日川さんは、左手に視覚障害者用のステッキを持ち、右手でチェスクロの位置をさぐった。そう、彼女は全盲なのだ。

 春日川さんは、何度か押す練習をして、距離感をつかむ。

「……把握しました」

裏見うらみ選手、不破選手の方も、準備はできましたか?」

「大丈夫です」

 私の返事で、ようやく会場全体の準備がととのった。

「対局の不備はありませんね? ……では、始めてください」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 私と不破さんは一礼して、対局開始。後手の不破さんがチェスクロのボタンを押す。

 私は深呼吸して、7六歩。

「3四歩」

 2六歩、5四歩、2五歩、5二飛、4八銀、5五歩、6八玉。


挿絵(By みてみん)


 後手はゴキゲン中飛車にかまえた。ここまでは、事前の情報どおり。

 不破さんは、生粋の中飛車党なのだ。

「あたしの手の内は調べ尽くしてある、みたいな顔してるね」

「……」

「チェッ、無視かよ。3三角」

 7八玉、6二玉、5八金右、7二玉、7七角、4二銀。

「8八玉」

「穴熊と見たぜ。8二玉」


挿絵(By みてみん)


 これは……不破さんも穴熊っぽい。

 彼女の棋譜をいくつか調べたけど、かなりカラい指し方だと分かっている。

 穴熊に対して急戦にするタイプじゃない。

 私は30秒ほど方針を練って、9八香とあがった。

「ポニテのねーちゃん、穴熊党か?」

 不破さんは、飴玉をもごもごしながら絡んだ。

「べつに、そういうわけじゃないけど」

「個人戦優勝してるみたいだし、こっちも本気出させてもらうよ。9二香」

 結局、そうなるわよね。了解。受けて立つわ。

 9九玉、9一玉、6六歩、8二銀、8八銀、3五歩、6七金、5四飛。

 3四飛で反対がわに回るつもりね。多分。

 私は、すぐに4六歩と突いた。

 このタイミングで、となりの対局をのぞく。


【先手:春日川 後手:大場】

挿絵(By みてみん)


 大場さん得意の三間飛車に、春日川さんの急戦。

 春日川さんは持久戦をしない。これも、事前に入手しておいた情報だった。

 いくら指し慣れているとはいえ、視覚障害のハンデがある。

 短期決戦志向。

「ポニテの姉ちゃん、となりを見てる余裕あるのか?」

 いやいやいや、あなたが同席にしたんでしょ。それに、手番じゃないし。

「まあ、次の手は簡単だよな。3四飛」

「4七銀」


挿絵(By みてみん)


「んー、駒組みでいきなり崩れたりはしないか……」

 私のこと舐め過ぎぃ!

「姫野のババアも卒業して、大したのはいないと思ってたがな」

 不破さんは、ニヤリと笑った。

 姫野さんっていうのは、先月卒業した駒桜こまざくら市最強の女流だ。

 敵対心剥き出しでババア呼ばわりしてるけど、本人はめちゃくちゃ美人ですよ。

「そのほうが、倒し甲斐があるってもんだぜ。7一金」

「7九金」

「5三銀」

 ここで私は長考に入る。

 駒組みも飽和してきたし、無難に1六歩と突きたい。

 問題は、5二金と上がられたとき、先手に手があるかどうかだ。

 穴熊特有の手詰まりは避けたい。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 

 パシリ


挿絵(By みてみん)


 私は小考のすえ、これでいけると判断した。

「5二金。どう打開する?」

「3八飛」

 私の飛車寄りに、不破さんは右眉を持ちあげた。

「へぇ、過激だね」

 とか言いつつ、読んであったと思う。

 不破さんは、飴玉のスティックを口の端でぴょこぴょこさせた。

 読みのリズムを取ってるっぽい。

「……4二角だ」


挿絵(By みてみん)


 引いた。これは6五歩と突きたくなる。

 以下、4四銀、3六歩、同歩、同銀、3五歩みたいな展開。

 ただし、欲張って4五銀と出ると、同銀、同歩、3三角がある。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子きょうこちゃんの脳内イメージです。)

 

 最後の3三角は、見た目以上にいやらしい。

 3二銀とムチャしても、5六歩、3三角成、同桂、2三銀不成、5四飛。これが次の5七歩成を見せてるから、ムリ気味。5六歩と取り返すのは、4九角が飛車金当たりで、3五飛と出られず不利。3二銀に代えて4六銀のほうがまだ自然だけど、これも5六歩、3五銀、7七角成、同金、5四飛みたいな流れがあって微妙。3五銀のところで先に3三角成、同桂、3五銀、5四飛、5六歩も、4九角があって微妙。

 だから、3五歩に4七銀ともどっておさめるのが良さげ。

「……6五歩」

 私は意を決して仕掛けた。

 4四銀、3六歩、同歩、同銀、3五歩。

「4七銀」


挿絵(By みてみん)


 読み通りのルートに入った。

「あ、ふーん、そうするんだ」

 不破さんは、不敵な笑みを浮かべた。

「こいつはもう、あたしのがいいだろ」

 はぁ? なに言ってるんですか?

 さすがに頭にきて、私は不破さんを睨み返した。

「具体的に良くしてみれば?」

「そうさせもらうよ」


 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 2四歩……私は、すこしだけ前のめりになる。

 手の意味をはかりかねたからだ。

「取れないぜ?」

 むむ、それくらい分かってるわよ。同歩、同飛は、飛車の成り込みを防げない。

 けど、取らずに2八飛があるでしょ。

 もちろん、2八飛、3六歩、2四歩じゃなくて、3六歩に3八歩だ。

 以下、2五歩、同飛、2四歩、2八飛とおさめておけば、なんともない。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 あれ? なんともある?

 2八飛と引いた瞬間に、3三桂と跳ねる手がみえた。

 以下、2三歩、2五桂、2二歩成、3七歩成。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 これは後手のほうが速い。

 でも、一直線に読んだだけだし、回避策はあるはず。

 私はお茶のキャップを開けて、ひとくち飲んでから続きを考えた。

 2八飛、3六歩、3八歩、2五歩、同飛、2四歩に2七飛と浮けそう?

 ……いや、これも3三桂の次の手がむずかしい。完封されそう。

「どうだ? けっこうキツイだろ?」

 シャラーップ! 私は不破さんのコメントを無視して、対応策を考えた。

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