21手目 女子の部準決勝 裏見〔市立〕vs不破〔天堂〕(1)
さーて、いよいよ弾みがついてきたわよ。
トーナメント表をみながら、私は腕まくりをした。
箕辺くんと葉山さんが手分けして貼ったものだ。私と同じ高校だけど、ふたりがあからさまに応援してくることはなかった。このあたりは、公平性を意識しているんだと思う。それもまた、よし。
「これより、女子の部、準決勝、男子の部、ベスト16決定戦をおこないます」
箕辺くんの指示で、のこっている選手は着席。
ギャラリーも、それぞれ観たいところを観にいく。
私は先に座って待機。しばらくして、スティック付きの飴玉を頬張った、金髪の少女があらわれた。もちろん、地毛じゃなくて染めている。制服もだらしなく着こなしていた。
彼女の名前は不破楓さん。不良の集まる天堂高校将棋サークルの紅一点だ。
「準決勝は、あんたとか、よろしく」
「よろしく」
私はてきとうに挨拶して、駒をならべた。
不破さんもサクサク並べる。
「さっさとぶっ飛ばして終わらせるか」
それが第一声ですかッ!
ほんとに口が悪いわね。まったく。
「準備が整ったところから、振り駒をしてください」
私は、振り駒をしようとした。すると、不破さんはいきなり大声で、
「ちょい待ちッ!」
と、口を挟んだ。箕辺くんは、すっとんで来た。
「どうかしましたか?」
「そこの変な制服のねーちゃん観たいんで、テーブル一緒にしてくれ」
まさかの同席提案。長机は余裕があるから、2組でも問題はない。
「変な制服のねーちゃんって、だれっスか?」
指をさされた大場さんは、キョロキョロした。自分だと分かっていないらしい。
勝手に学校の制服を改造してるのは、大場さん、あなたしかいないわよ。
今日は、黄色い三角形のステッカーをぺたぺた貼ったような服を着ていた。
「おまえだよ、おまえ」
「角ちゃんの制服の、どこが変なんっスか?」
「選手同士は揉めないでください。こちらで裁定します」
箕辺くんは幹事を集めて、てきぱきと処理した。
「4名全員の同意がある場合にのみ、同席を認めます。ほかの選手のかたは?」
私と春日川さんは、すぐにOKした。
大場さんは、なんだかイヤそうな雰囲気だったけど、
「情報収集は大事っスからね。OKするっス」
と折れた。準決勝の4人は、同じテーブルへ移動。盤駒チェスクロも移動。
「振り駒をしてください」
「私がやってもいいかしら?」
念のため、不破さんに確認をとっておく。
「どうぞ」
こういうところは、案外にマジメなのよね。
私はさくっと振り駒をした。歩が3枚で、私の先手。
こちらは準備が整った。問題は、となりの席だ。
箕辺くんと葉山さんはガムテープをとりだして、チェスクロを固定していた。
「では、春日川さん、どうぞ」
セーラー服を着た長い髪の少女――春日川さんは、左手に視覚障害者用のステッキを持ち、右手でチェスクロの位置をさぐった。そう、彼女は全盲なのだ。
春日川さんは、何度か押す練習をして、距離感をつかむ。
「……把握しました」
「裏見選手、不破選手の方も、準備はできましたか?」
「大丈夫です」
私の返事で、ようやく会場全体の準備がととのった。
「対局の不備はありませんね? ……では、始めてください」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
私と不破さんは一礼して、対局開始。後手の不破さんがチェスクロのボタンを押す。
私は深呼吸して、7六歩。
「3四歩」
2六歩、5四歩、2五歩、5二飛、4八銀、5五歩、6八玉。
後手はゴキゲン中飛車にかまえた。ここまでは、事前の情報どおり。
不破さんは、生粋の中飛車党なのだ。
「あたしの手の内は調べ尽くしてある、みたいな顔してるね」
「……」
「チェッ、無視かよ。3三角」
7八玉、6二玉、5八金右、7二玉、7七角、4二銀。
「8八玉」
「穴熊と見たぜ。8二玉」
これは……不破さんも穴熊っぽい。
彼女の棋譜をいくつか調べたけど、かなりカラい指し方だと分かっている。
穴熊に対して急戦にするタイプじゃない。
私は30秒ほど方針を練って、9八香とあがった。
「ポニテのねーちゃん、穴熊党か?」
不破さんは、飴玉をもごもごしながら絡んだ。
「べつに、そういうわけじゃないけど」
「個人戦優勝してるみたいだし、こっちも本気出させてもらうよ。9二香」
結局、そうなるわよね。了解。受けて立つわ。
9九玉、9一玉、6六歩、8二銀、8八銀、3五歩、6七金、5四飛。
3四飛で反対がわに回るつもりね。多分。
私は、すぐに4六歩と突いた。
このタイミングで、となりの対局をのぞく。
【先手:春日川 後手:大場】
大場さん得意の三間飛車に、春日川さんの急戦。
春日川さんは持久戦をしない。これも、事前に入手しておいた情報だった。
いくら指し慣れているとはいえ、視覚障害のハンデがある。
短期決戦志向。
「ポニテの姉ちゃん、となりを見てる余裕あるのか?」
いやいやいや、あなたが同席にしたんでしょ。それに、手番じゃないし。
「まあ、次の手は簡単だよな。3四飛」
「4七銀」
「んー、駒組みでいきなり崩れたりはしないか……」
私のこと舐め過ぎぃ!
「姫野のババアも卒業して、大したのはいないと思ってたがな」
不破さんは、ニヤリと笑った。
姫野さんっていうのは、先月卒業した駒桜市最強の女流だ。
敵対心剥き出しでババア呼ばわりしてるけど、本人はめちゃくちゃ美人ですよ。
「そのほうが、倒し甲斐があるってもんだぜ。7一金」
「7九金」
「5三銀」
ここで私は長考に入る。
駒組みも飽和してきたし、無難に1六歩と突きたい。
問題は、5二金と上がられたとき、先手に手があるかどうかだ。
穴熊特有の手詰まりは避けたい。
……………………
……………………
…………………
………………
パシリ
私は小考のすえ、これでいけると判断した。
「5二金。どう打開する?」
「3八飛」
私の飛車寄りに、不破さんは右眉を持ちあげた。
「へぇ、過激だね」
とか言いつつ、読んであったと思う。
不破さんは、飴玉のスティックを口の端でぴょこぴょこさせた。
読みのリズムを取ってるっぽい。
「……4二角だ」
引いた。これは6五歩と突きたくなる。
以下、4四銀、3六歩、同歩、同銀、3五歩みたいな展開。
ただし、欲張って4五銀と出ると、同銀、同歩、3三角がある。
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
最後の3三角は、見た目以上にいやらしい。
3二銀とムチャしても、5六歩、3三角成、同桂、2三銀不成、5四飛。これが次の5七歩成を見せてるから、ムリ気味。5六歩と取り返すのは、4九角が飛車金当たりで、3五飛と出られず不利。3二銀に代えて4六銀のほうがまだ自然だけど、これも5六歩、3五銀、7七角成、同金、5四飛みたいな流れがあって微妙。3五銀のところで先に3三角成、同桂、3五銀、5四飛、5六歩も、4九角があって微妙。
だから、3五歩に4七銀ともどっておさめるのが良さげ。
「……6五歩」
私は意を決して仕掛けた。
4四銀、3六歩、同歩、同銀、3五歩。
「4七銀」
読み通りのルートに入った。
「あ、ふーん、そうするんだ」
不破さんは、不敵な笑みを浮かべた。
「こいつはもう、あたしのがいいだろ」
はぁ? なに言ってるんですか?
さすがに頭にきて、私は不破さんを睨み返した。
「具体的に良くしてみれば?」
「そうさせもらうよ」
パシリ
2四歩……私は、すこしだけ前のめりになる。
手の意味をはかりかねたからだ。
「取れないぜ?」
むむ、それくらい分かってるわよ。同歩、同飛は、飛車の成り込みを防げない。
けど、取らずに2八飛があるでしょ。
もちろん、2八飛、3六歩、2四歩じゃなくて、3六歩に3八歩だ。
以下、2五歩、同飛、2四歩、2八飛とおさめておけば、なんともない。
……………………
……………………
…………………
………………
あれ? なんともある?
2八飛と引いた瞬間に、3三桂と跳ねる手がみえた。
以下、2三歩、2五桂、2二歩成、3七歩成。
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
これは後手のほうが速い。
でも、一直線に読んだだけだし、回避策はあるはず。
私はお茶のキャップを開けて、ひとくち飲んでから続きを考えた。
2八飛、3六歩、3八歩、2五歩、同飛、2四歩に2七飛と浮けそう?
……いや、これも3三桂の次の手がむずかしい。完封されそう。
「どうだ? けっこうキツイだろ?」
シャラーップ! 私は不破さんのコメントを無視して、対応策を考えた。




