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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第22・2局 日日杯への道/二階堂姉妹
229/682

217手目 騒々しい隣人愛

「5二銀」


挿絵(By みてみん)


 とりあえず、銀は逃げておく。

「それは、こいつがキツいだろ。5四歩だ」

「はいはい、4四金」

 コナタくんは、6三成桂とした。そのための7五桂だものね。

「6八と」

 まずは、味付け。

 この手に、コナタくんは首をかしげた。

「と金を捨てるのか?」

「プレゼント」

 こう言われると、取りにくいでしょ。取るしかないけど。

 ちゃんとカラクリはある。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「同飛」

 飛車が6筋に移動したことを確認してから、私は7五歩と回収した。

「俺が良くなったんじゃないか? 5三歩成だッ!」


挿絵(By みてみん)


 さすがに受けないといけない。

 同銀直、同成桂、同銀。

「6三馬ッ! 銀が浮いてるぞッ!」

「7六歩」


挿絵(By みてみん)


「あッ……俺の金が浮いてる……」

 そう、これが6八との効果。5三馬と5七角成じゃ、痛さが違う。

「だけど、簡単に止まるぞ。6六歩だ」

「こっちだって、簡単に止まるよ? 5二銀ッ!」

 がっちり受けてよし。馬をどこに逃げるか、打診させてもらいましょ。

「ん、これは……」

 コナタくんは、後ろ髪をさわって、ゴムひもを外しかけた。

 慌てて手をもどす。なにかの癖かな。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「8五馬ッ!」


挿絵(By みてみん)


「これで角が隠居だッ!」

「ほほぉ、コナタくんは、角が引っ込むように見えるんだ?」

「引っ込まなきゃ取るまでだ」

「取れるもんなら、取ってみなさい。7七歩成」

 4八飛、5四香、5五歩、同香。

「ほらほら、取るんじゃなかったの?」

「次で取るッ! 5六歩だッ!」

 私は中指と人差し指で桂馬を拾い上げ、サッと空中にかざした。

「6・五・桂」


挿絵(By みてみん)


「な……に……?」

「さあ、角を取ってもいいよ。5七桂成で飛車が死んじゃうけど」


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「4七金ッ!」

「6六角ッ!」

 コナタくん、角を取り切れず。

「そんなのは子供騙しだッ! 駒損してるじゃないかッ! 5五歩ッ!」

 私は龍に指をそえて、ひとマスだけ移動させた。


挿絵(By みてみん)


 凡庸な馬当て。だけど、対応はきわめて困難。

 コナタくんは、盤上に指をさまよわせた。

 7四馬と5八馬で迷ってる感じかな。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「ご、5八馬ッ!」

「5七歩」

 馬を封じ込める。

 5九馬、6七桂、6九香、5九桂成、同金、5八歩成、同金、6九龍。


挿絵(By みてみん)


「きょ、香車の丸損……負けました」

「ありがとうございました」

 完封。県代表をおちょくった罰よ。反省しなさい。

 投了図以下、4九飛のぶつけには3九角、4九銀の受けには6七とがある。どういう風に受けても、6七とに5九金とできないのが致命傷。金があれば、4九金でまだまだ長引くけど、ないものはない。将棋って残酷。

「くそぉ……もう一局だッ!」

「なに言ってるの。さっさとワンワンしなさい」

 コナタくんは、散々ゴネた。でも最後は、「俺も男だ」と言って、床にお座りした。

 くるくる回って――

 

 ガラリ

 

 いきなり部室のとびらがひらいて、私は振り返った。

 ハーフっぽいイケメンが、能面でこちらを見つめていた。

「あれ? なにやってるの? サーカス?」

 コナタくんは、ガバっと起き上がった。

「主将ッ! こいつらをなんとかしてくださいッ!」

「こいつら、って?」

「この生意気女ですよッ! 俺と兎丸うさまるの練習を邪魔するんですッ!」

 あのさ、勝負を挑んできたのは、そっちでしょ。

 私が反論しかけたところで、主将と呼ばれた少年は、挨拶した。

「はじめまして。清心せいしんで主将をしてる、佐伯さえき宗三むねみつだよ。よろしく」

「こんにちは、二階堂にかいどう早紀さきです。あっちにいるのが……あッ!」

 ちょっとちょっと、亜紀あきったら、兎丸くんと指してるじゃない。抜け駆け。

 サエキ先輩は亜紀のほうを見て、

「へぇ、双子なんだね。きみの名前は?」

 とたずねた。

「亜紀です」

「兎丸くんと将棋を指してるんだね。どうだった?」

「え……あ、はい……負けました」

 私は驚愕した。

「ちょッ! なに負けてるのよッ!?」

「見たかッ! これが兎丸の実力だッ!」

 うっさい、あんたは負けたでしょ。私は盤面をのぞきこんだ。原形がよく分からないけれど、矢倉か角換わりだったっぽいかな。亜紀の王様は、中央で都詰めになっていた。

 兎丸くんはニッコリと笑って、

「亜紀ちゃんに、緩めてもらっちゃったかな」

 と謙遜した。

「亜紀ッ! 接待将棋しちゃダメでしょッ!」

「し、してないよ。ちゃんと指したから」

「そうだッ! 接待将棋じゃないぞッ! 兎丸の実力だッ!」

 私はコナタくんを黙らせるため、ほっぺたを引っ張った。

「ふぁ、ふぁふぃふふ……」

 コナタくんも、私のほっぺたを引っぱり返してきた。女性に手をあげるとは。

「ふぇふぉふぁふぁふぇ」

「ふたりとも、ケンカしちゃダメだよ。仲良くしようね」

 サエキ先輩は、私たちを引き離した。

 もう、このコナタってやつ、最悪。サエキ先輩と兎丸くんだけでいいのになあ。

「コナタって、女みたいな名前してるのね」

「虎に向かうって書くんだぞ。男らしい名前だ。おまえこそ……なんて名前だ?」

 ん? 自己紹介したでしょ……あ、してない。

「二階堂早紀。早いに、日本書紀の紀」

「早紀……ふたごか?」

「見りゃ分かるでしょ」

「うーん、そっくりだもんな……ん、待てよ」

 虎向くんは、私と亜紀を交互に見比べた。

「おまえのほうが、『お姉ちゃん』って呼ばれてたよな?」

「そうよ。私が姉だから。ふたごでも、姉妹はあるの」

「もしかして、先に生まれたら『早紀』か?」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「そ、そうだけど?」

 虎向くんは両腕を後頭部に回して、笑った。

「安直だなあ」

「ああッ! ひとの名前をバカにしたわねッ!」

「『女みたいな名前』って言ったのは、おまえのほうだろッ!」

 この虎野郎、もう許さないわよ。私が腕まくりしていると、肩を叩かれた。

 ふりむくと、サエキ先輩が、私と虎向くんの肩に手をあてていた。

「ふたりとも、ちょっとそこに正座しようか」


 少年少女、超絶説教中――

 

「というわけで、『ルカの福音書』第6章第31節にも書いてあるように、『人にしてもらいたいと思うことを、人にもしなさい』なんだよ。これが隣人愛の基本だね。裏を返して言えば、『人からされたくないことを、人にしてはいけない』。新巻くんと二階堂さんは、両親からつけてもらった名前を侮辱されて、うれしいと思うのかな? もし思わないなら、相手の名前も侮辱しちゃダメなんだよ。同じことは、『マタイの福音書』や『グラティアヌス教令集』にも書かれていて……」

 サエキ先輩は、聖書を持ったまま、私たちのまえを往復した。

 な、なに、このひと? もしかして、ガチ?

 となりで正座している虎向くんは、ぷるぷるし始めた。

「しゅ、主将ッ! もう限界ですッ! 足崩させてくださいッ!」

「あとちょっとだから、もうすこし我慢してね」

 それ、さっきも聞いた。もう30分近く座っている。なんで他県の高校で正座させられるのか、わけが分からない。しかも、このサエキって言うひと、怒ってるのか怒ってないのかもよく分からないし、イケメンだけど不気味過ぎる。

「主将も正座したくないでしょうッ!? 隣人愛を発揮してくださいッ!」

 虎向くんが叫ぶと、サエキ先輩は立ち止まって、こちらに体を向けた。

新巻あらまきくん、いいかい、赦すということは愛だけれど、罰しないというのは、愛ではなく不正義なんだよ。神は、アダムとイブを楽園から追放した。これは罰だね。だけど、罰するばかりでは、愛が実現されない。だからこそ、イエス様となって、十字架にかけられたんだ。人類を赦すために。今週の朝礼は、この話だったと思うけど、新巻くんは、ちゃんと聞いているのかな?」

「来週はちゃんと聞きますから、ゆるじでぐだざい」

 泣きが入ったところで、部室のドアがひらいた。

 さっき校庭で見かけたシスターさんが、両手を合わせてしずしずと入ってきた。

「どうか、なさったのですか? 悲鳴が聞こえましたよ?」

 シスターは、うっすらとした細い目で、室内を見回した。

「あらあら、これはまた、尋常ではありませんね」

「ふたりが部室で悪さをしたので、注意しているところです」

「まあまあ、佐伯さん、ふたりとも反省しているようですし、それくらいで」

 助かった。ナイス。私たちは足を崩した。

 私は亜紀の、虎向くんは兎丸くんの手を借りて、椅子に座る。

「あんたと会ってから、ロクなことがないわ」

「それは俺の台詞だ」

「なに? もう一局ボコボコにしてあげようか?」

「ホホホ、元気のよいお客さんですね。どちらの方ですか?」

 シスターは口もとに手を当てて笑った。

「はじめまして、二階堂早紀です。K川のT松から来ました」

「私は双子の妹の亜紀です」

「四国からいらしたのですね。私は清心高校将棋部の顧問、渡邊わたべと申します」

 おっと、顧問なのか。

「シスターさんも、将棋をするんですか?」

「いえ、まったく」

 私は、ずっこけた。シスターは、さきほどと同じように口もとに手をあてて、

「駒の動かし方は覚えましたが、どうも勝負事は苦手で」

 と笑った。ま、高校の部活なんて、こんなもんか。

「遠路はるばる、ようこそ。ゆっくりして行ってください」

 ケンカはしないように、と釘を刺して、シスターは出て行った。

 私と虎向くんはお互いににらみ合って、それからそっぽを向いた。

 兎丸くんのほうに話しかける。

「それにしても、亜紀に勝つなんて、兎丸くん、強くなってない?」

「最近、なんだか調子がいいんだ。心のつっかえが取れた感じがする」

 心のつっかえ? 思春期特有の悩みごと?

 いくらメンタルが重要だからって、それはないと思うけどなあ。

「今度は私と指してみない?」

「あ、こら、兎丸は俺と指すんだぞ」

 だから、うるさいってば。グルグル回って、バターになっちゃえッ!

場所:清心高校将棋部の部室

先手:新巻 虎向

後手:二階堂 早紀

戦型:先手ゴキゲン中飛車


▲5六歩 △8四歩 ▲7六歩 △3四歩 ▲5八飛 △6二銀

▲5五歩 △4二玉 ▲4八玉 △3二玉 ▲3八玉 △5二金右

▲2八玉 △6四歩 ▲3八銀 △6三銀 ▲1六歩 △1四歩

▲6八金 △7四歩 ▲5七金 △8五歩 ▲7七角 △4二銀

▲4六歩 △5四歩 ▲同 歩 △7七角成 ▲同 桂 △5四銀

▲7一角 △8三飛 ▲2六角成 △8六歩 ▲同 歩 △同 飛

▲3六馬 △5三金 ▲1五歩 △8九飛成 ▲7八銀 △9九龍

▲1四歩 △1二歩 ▲5五歩 △6三銀 ▲8二歩 △8七歩

▲8一歩成 △8八歩成 ▲8五桂 △7八と ▲7三桂成 △8四角

▲7五桂 △5二銀 ▲5四歩 △4四金 ▲6三成桂 △6八と

▲同 飛 △7五歩 ▲5三歩成 △同銀直 ▲同成桂 △同 銀

▲6三馬 △7六歩 ▲6六歩 △5二銀 ▲8五馬 △7七歩成

▲4八飛 △5四香 ▲5五歩 △同 香 ▲5六歩 △6五桂

▲4七金 △6六角 ▲5五歩 △8九龍 ▲5八馬 △5七歩

▲5九馬 △6七桂 ▲6九香 △5九桂成 ▲同 金 △5八歩成

▲同 金 △6九龍


まで92手で二階堂(早)の勝ち

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