216手目 邪魔された週末
※ここからは二階堂早紀さん視点です。
やっほー、ついに到着。
ここが兎丸くんの通ってる、清心高校かぁ。静謐な空気。マジメそうな学校だね。清掃が行き届いている。植え込みもキレイに刈り込まれていた。黒い服を着た女性が、胸元で手を組んで、しずしずと厳かに歩いているのがみえた。シスターさんかな。
「あっちのほうにあるのは、教会かな?」
「多分……ところで、お姉ちゃん、連絡はほんとに取れたの?」
もちろん、ばっちり。全国大会で、兎丸くんのメアド訊いといて良かった。こういうのを、準備周到って言うのよ。私たちは、校門のところで待機する。
今日は土曜日だから、授業のある高校でも、午前中だけのはず。現に、運動部が練習をしている以外に、学生の姿はなかった。
「ほんとに、ここで待てばいいの? もう10分経ったよ?」
亜紀は、時間に細かい。私も細かいけどね。そのあたりは双子。
たしかに、ちょっと心配になってきた。スマホを確認。もしかすると、集合場所を間違えているのかもしれない。出入口が2ヶ所あるとか、あるいは――
「こんにちは」
声をかけられた。男子の声だった。
ふりかえると、ショートボブ風味の髪型をした男子が、笑顔で立っていた。
「兎丸くん、こんにちはッ!」
私と亜紀は、元気よく挨拶した。1年経って、またイイ男になってる。
ガンガンおしゃべりしちゃいましょう。
「ごめんね、急に呼び出しちゃったりして」
「K川の県代表に訪問されるなんて、光栄だよ……きみが早紀ちゃんだっけ?」
「そうだよ。こっちが亜紀」
「兎丸くん、こんにちは。お姉ちゃんがどうしてもって言うから、ごめん」
あ、こら、なに自分だけイイ子ぶろうとしてるの。
「いやあ、アポなしで突撃しようって言ったのは、亜紀なの」
「お姉ちゃん、なんでそういう言い方するの?」
「おい、そこの女ふたりッ!」
「ま、どっちでもいいじゃない。ちなみに、兎丸くんとは去年の夏休み以来?」
「そうだね。二階堂さんたちに会うのは、全国大会の観戦以来かな」
「おーいッ! 無視するなッ!」
「私とお姉ちゃんは、市内観光したいんだけど、案内してくれない?」
「市内観光って言っても、観るところはあんまりないよ」
「こらッ! 俺の話を聞けッ!」
うるさいなあ。さっきから大声出してるのは、だれ?
私と亜紀は、お揃いのポーズで腕組みをして、あたりを見回した。
すると、すこし離れたところに、兎丸くんと同じ制服の男子が立っていた。後ろ髪をゴム紐で結んだ、なかなかのイケメン。兎丸くんがカッコカワイイ系なら、こっちは純粋にカッコイイ系かな。
その少年は、腕を振り回して、
「おまえたちッ! 兎丸を呼び出して、どういうつもりだッ!」
と訊いてきた。
「どういうつもりって……あなた、だれ?」
「俺は兎丸の親友、新巻虎向だッ! 俺たちの大事な週末を邪魔するなッ!」
うわぁ……大事な週末って……危ない人だなぁ。
私は兎丸くんの耳もとで、
「なに、このひと? ストーカー?」
と尋ねた。兎丸くんは、にっこりして、
「虎向は、ちょっと気が立ってるんだよ。部室で練習の予定だったから」
と答えた。県大会に向けての自主練らしい。
つまり、こいつも清心の将棋部員か。それなら話は早い。
「だったら、私と亜紀も混ぜて、みんなで将棋を指せばいいじゃない?」
我ながら名案。
と思いきや、コナタくんはあごに手をあてて、私たちをじろじろ観察した。
「おまえたち、ほんとに強いのか?」
「あのさ……いくら日本一面積が小さい県でも、県代表だよ?」
「人口も100万切ってるだろ? H島市単体より少ないんだよな?」
むかぁ!
「あんたね、初対面の女子に失礼過ぎでしょッ! 溜池に投げ込むわよッ!」
「おまえこそ、いきなり訪問して来て、ずうずうし過ぎだろッ!」
兎丸くんが割り込んでくる。
「まあまあ、ふたりとも、仲良くね。指してみれば、分かるんじゃないかな?」
望むところ。私たちは、部室へ移動した。こざっぱりした感じの部屋で、中央にテーブルが置かれていた。兎丸くんが窓を開けると、6月の風が吹き込む。私は、勝手に着席して、勝手に駒を並べた。ボコボコにしてやる。
「アレだけ大口叩いたんだから、負けたら罰ゲームね」
コナタくんは、ちょっと怯んだ。
「そ、それは……」
私はニヤリとして、下から顔をのぞきこむ。
「んー? 罰ゲームもできないのかなぁ? H島って、大したことないねぇ?」
「さ、3回まわって、ワンワンしてやるッ!」
微妙。もっと面白い罰ゲームがいいのに。
「おまえこそ、負けたら罰ゲームするんだろうな?」
「いいわよ。鼻からうどん食べてあげる」
「そういう不可能なことを罰ゲームにするなッ!」
負けないからいいんだって。はい、振り駒――歩が1枚、私の後手か。
「30秒将棋よ。よろしくお願いします」
「こら、勝手に決めるな」
チェスクロをポチ、っと。
「えーいッ! 5六歩だッ!」
ほえぇ、中飛車宣言。中飛車党なのかな?
私も振り飛車党だから、相振りでもいいんだけど……。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「8四歩」
居飛車にしちゃお。
「初手にギリギリまで考えるのか?」
「いろいろ思うところがあるの」
一番気にしたのは、こいつが左穴熊使いなんじゃないかってこと。
用心するに越したことはない。
「あやしいやつだな。7六歩」
3四歩、5八飛、6二銀、5五歩、4二玉、4八玉、3二玉、3八玉。
ふぅむ、手つきを見る限り、素人ってわけじゃ、なさそうね。
「5二金右」
「2八玉」
中飛車対策には、いろいろあるけど……これにしよっ。
「6四歩」
「オーソドックスな形か……」
K川県民は保守的だからね、という冗談は置いといて、これが一番、様子見できそう。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「3八銀」
美濃囲い。振り穴党でもないのか。さばきに自信ありと見ました。
振り飛車党党首(K川県限定)の早紀ちゃんが、採点してあげましょう。
6三銀、1六歩、1四歩。
「6八金」
ん? なにそれ? ここで金上がり?
不穏……だけど、べつに奇襲される筋もなさそう。
「7四歩」
「5七金だッ!」
「はぁあああ?」
あきれる私のまえで、コナタくんは椅子をうしろに傾けた。
「どうだ。新巻流だぞ。昨日思いついた」
「ふざけてんの? 振り飛車の美学ってものを考えなさいよ」
「ん? おまえは居飛車党だろ?」
「私は振り飛車党よッ!」
「あ、舐めプだなッ! 指し直せッ!」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
だーッ! 8五歩ッ!
「おい、舐めプは禁止だ。振り飛車で指し直せ」
今度は私が腕組みをして、椅子を傾ける。
「べつに、なにを指そうが私の勝手でしょ」
「負けたときの言い訳にする気だろッ!」
「だーかーらー、あんたみたいなのに負けるわけないじゃん」
「それが舐めプだって言ってるんだッ!」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!
コナタくん、大慌てで7七角。
私は4二銀と上がった。
「4四歩〜4三銀型?」
「ノーコメント」
コナタくんは29秒まで考えて、4六歩と突いた。
私は5筋の歩に指を添える。
「5四歩」
コナタくんは、怪訝そうに目を細めた。
「もう攻めるのか?」
「見れば分かるでしょ」
「……」
おっと、挑発に乗ってこない。真剣に考えてる。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「同歩」
ま、それしかないよね。
私は7七角成と成り込んで、同桂に5四銀と取っておいた。
コナタくんは、持ち駒の角を手にして、しばらく考える。
「これでなにが悪いんだ……7一角」
んー、5四歩の時点でそれが見えたのは、及第点。
だけど、先が甘いかな。
「8三飛」
飛車を逃げておく。
当然の2六角成に、私は8六歩と突いた。同歩、同飛。
8八歩と打とうとして、コナタくんの手が止まる。
「損っぽいな……」
さあ、どうでしょう。私は、ニヤニヤしながら待つ。8八歩でも一局だと思う。でも、コナタくんがそこそこ強いなら、べつの手が見えてるんじゃないかなあ。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「3六馬」
コナタくんは、29秒ギリギリで馬を寄った。これが銀当たり。8九飛成、5四馬、7九龍なら銀の取り合いだけど、こうはならない。5四馬のまえに、7八銀があるから。
「5三金」
一回銀を守る。コナタくんは、今度こそ8八歩と打ちかけた。
「あれ……打てない……?」
お、やるねぇ。8八歩には6九角が待っている。
(※図は二階堂さんの脳内イメージです。)
飛車を逃げたら3六角成、同歩で、馬を消せるわけ。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「い、1五歩だッ!」
ん? そこ? ちょっと暴発した印象。
私は考える。一気によくする順は……ないか。
「8九飛成」
普通に指す。7八銀、9九龍、1四歩に1二歩と謝って、香得になった。
コナタくんは軌道修正が必要だから、一手一手に時間を使う。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「5五歩ッ!」
中央を押さえに来た。妥当。先手はそこしか主張がない。
私の6三銀に、8二歩と追撃してくる。これは7三桂……いや、もっといい手がある。
「8七歩」
「ぐッ……」
8二歩と打っちゃったから、8九歩と受けられない。かと言って、これを同銀は、さっきと同じ6九角の筋がある。今度は飛車銀両取りだから、かなりきつい。
というわけで、8一歩成、8八歩成と、攻め合いになった。
「6九銀と逃げられないのか……8五桂」
桂馬だけは助けようって寸法か。でも、3手後に面白い返しがある。
「7八と」
「7三桂成」
私は持ち駒の角を放つ。
「8・四・角」
コナタくんは、背筋を伸ばして、テーブルを両手で打った。
「こ、こんな手があるのか?」
ありあり、大有りぃ。金を逃げたら3九銀でゲームセット。逃げないなら、次に6八とと寄って終了。受けに回ったら、7三角で桂馬を取り切って優勢。
どうやら、もう後手有利みたい。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「7五桂ッ!」
やるぅ。私の予想よりは強いかな……それじゃ、本気を出そっか。
3回まわって、ワンワン吠えてもらっちゃお。




