213手目 上陸した強豪たち
※ここからは磯前さん視点です。
「以上、日日杯の会場を、ご案内させていただきました」
スーツ姿のお姉さんが、あたしたちに微笑みかける。まばゆい天井のライト。几帳面に並べられた丸テーブルのシーツが、オレンジ色に輝いていた。奥には、挨拶用のマイクとスクリーンが見える。結婚式のときは、あそこに司会が立つんだろう。詰めたら、500人は入りそうなホールだった。
「なにか、ご質問はございますか?」
だれも質問しなかった。説明が丁寧だったからね。
「それでは、本日のご案内を終了させていただきます。ありがとうございました」
あたしたちも、お礼を言った。ホールを出る。H島で一番有名なホテルらしい。絨毯もふわふわで、やわらか。釣り用ジャケットで来たのは、まずかったかな。香宗我部みたいに、学生服を――いや、ほかのメンバーも私服だし、いっか。エレベーターで、1階まで降りる。普通のホテルとはちがって、ショッピングセンターになっていた。
エントランスを出て、あたしたちは円陣を組む。タクシーの邪魔にならないよう、隅っこに移動した。詰め襟の香宗我部は、学生手帳をめくりながら、
「さて、日日杯会場の下見は終わったわけだが……このあと、みんなの予定は?」
とたずねた。
「拙僧は、しぃちゃんのところへ遊びに行きます」
「みかんはダーリンと市内観光するの〜」
「私と亜紀も、O道経由で観光しながら帰るね」
全員、バラバラな回答。だけど、予定の決まっていない面子のほうが多かった。
「大谷は鎌鼬市、温田と石鉄は市内観光、二階堂は電車でK川まで移動……ほかは?」
香宗我部はメモを取りながら、もういちど確認した。
あたしは、
「それって、把握しとかなきゃいけないの? ここで解散でも、よくない?」
と訊いた。香宗我部は、渋そうな顔で、
「ダメだ。引率者は僕になっている」
と答えた。責任問題ってわけね。
「でもさ、高校生なんだし、携帯電話も持ってるから、いざというときは、囃子原に連絡して終わりだろ? 誘拐されたりは、しないと思うんだけど」
「そういう安心感が、事故を招くんだぞ」
香宗我部は、マジメだなあ。
「拙僧も、行き先くらいは把握しておいたほうが、良いように思います」
大谷も、香宗我部の味方か――3人いる3年生のうち、ふたりが慎重派。多数決。ほんとはもうひとりいて、あいつなら反対してくれそうなんだけど、来てないんだよね。
「分かった。あたしも予定を伝えておくね。午後は駒桜市へ遊びに行くよ」
「駒桜? ……偵察か?」
「ちがうよ。今日は裏見に会いに行くの。明日は黒潮の魚住のところで釣り」
あたしは、そこまで研究家じゃないから。香宗我部は、四国の支部長を偵察に行かせているらしい。E媛の1年生だった。スパイ行為は感心しないね。瀬戸内海に来たら釣りだよ、釣り。
魚住も釣りをするから、道具は一式貸してもらえる予定だ。マイ釣り竿のみ持参。
「了解。磯前は、今日の午後が駒桜市、明日は黒潮、と……ほかは?」
2年生以下で、予定が決まっていない面子は、なにやら相談していた。
「鳴門先輩は、どうするじょ?」
「んー、どうしよっかなあ。耕平はいないけど、駒桜の多喜くんに会いに行こうかな」
「スミレは、鳴門先輩について行くじょ」
「では、拙僧たち3人で、西行きのバスに乗りましょう」
T島県勢は、話し合いがついた模様。
「鳴門と那賀も駒桜、と……おーい、ほかは、まだ決まらないのか?」
優しそうな清潔感のある男子と、ちょっと生意気そうな男子が振り返る。
K川の長尾とE媛の阿南だった。
「僕たちは、市内で食べ歩きをすることにしました」
「僕もついて行くよ」
なるほどね、と。長尾が言い出すのは、違和感がない。高校生パティシエだから。
阿南のは、完全に便乗っぽい。
「市内観光は、ほかにいないの〜? 時間がなくなるから、先に行かせて欲しいの〜」
みかんの催促で、市内観光組は解散になった。残るは──
「吉良、まだか?」
腕組みをして考え込んでいた義伸は、香宗我部の質問に対して、
「捨神に会いに行きたいです」
と答えた。香宗我部は、メモを取ろうとした。
「吉良も駒桜……」
「だけど、心の準備ができてません」
なにを言ってるんだ。あたしはあきれた。
「お見合いじゃないんだからさ。それとも、義伸はそういう系なの?」
「違いますよッ! 変なこと言わないでくださいッ!」
からかっただけ。本気で怒ると、勘ぐっちゃうよ。
一方、義伸はこぶしをにぎって大マジメに、
「会ったとき、将棋を指すかどうか悩んでるんです」
と告白した。ふぅん……たしかに、むずかしい選択だね。香宗我部は、
「ほかの面子にも言っておくが、H島の県代表と指すことは、禁止する」
と釘を刺した。そこまで秘密にしなくても、いいと思うんだけど。そもそも、将棋なんか水ものなんだし、県代表クラスじゃなくても、負けるときは負けるんだから。
「だ、ダメなんですか?」
「ダメだ」
「どうしても?」
香宗我部は、ダメ、絶対、と答えた。
「で、でも、将棋がダメなら、なにしていいか分かりませんッ!」
「高校生らしいことをすれば、いいだろう。なあ、磯前?」
そうそう、海釣りとか川釣りとか。
「高校生らしいことと言えば、将棋じゃないですか」
いくら流行っているとは言え、それはない。
「高校生らしいことと言えば、釣りだよ、釣り」
「釣りなんてマイナーな趣味でしょう」
は?
「義伸、ちょっとホテル裏の駐車場まで来ようか?」
「吉良、磯前、漫才してる場合じゃないんだぞ。ほかの面子に迷惑だから、早く決めろ」
「了解。じゃあ、義伸はあたしがこのまま連れて行くから」
「勝手に決めないでくださいッ! うわッ!?」
はいはい、釣り糸でぐるぐる巻きにして、終わり。
巻き結びを作っていると、ひそひそ話をしていた二階堂姉妹が、
「私たちも、駒桜へ先に寄りますッ!」
と言い始めた。どっちだっけ? 結んだ髪が向かって右に流れてるから、早紀かな。
「いいけど、駒桜って観光名所じゃないよ? あたしは知り合いがいるだけだし」
早紀は頬に手をあてて、
「えへへ、ちゃんと用事はありまーす」
とごまかした──男だな。釣り人の勘で分かる。
「OK、全員で路面電車に乗って、駅前のバス停まで行こうか」
○
。
.
はい、到着。駒桜駅前のバス停。100万都市からのアクセスは、便利だ。
「ここで解散、かな」
あたしはスマホをいじりながら、ほかのメンバーにたずねた。
「そうですね。多喜くんとは連絡取れたので、僕たちは移動します。また今度」
「バイバイだじょ」
鳴門と那賀は、バス停を去った。
「私と亜紀も連絡が取れたので、解散しまーす」
ふたりは手を振って、退散。
結局、行き先は言わないのね――だいたい予想はつくけど。
バス停に残ったのは、あたしたちK知勢だけ。
「磯前、裏見さんとは連絡とれてるのか?」
「返信があったよ。迎えに来るってさ」
「合流したあと、どこに移動する?」
「駒桜市立高校」
「よしよし、ちゃんと手はずは整ってるな……ん?」
香宗我部は、あたりをキョロキョロした。
「吉良は、どこ行った? トイレか?」
「釣り糸をほどいたとき、逃げたんじゃないの?」
「逃げた……だと……?」
香宗我部は大慌てで、隠れられそうな場所を調べ始めた。
かくれんぼじゃないんだからさ。近くにいるわけないだろう。
「磯前は、そっちを捜してくれッ! 僕はあっちの商店街を捜すッ!」
「了解」
あたしはスマホをポチポチ。捜す気はない。17にもなってお守りをされるとか、土佐男児にとっちゃ、恥辱でしかないよ。そりゃ逃げる。香宗我部は神経質だ。あたしは義伸のことが嫌いなわけじゃない。過干渉が嫌いなだけ。
「磯前さーん」
顔をあげると、商店街のほうから、ポニテ少女が手を振って歩いて来た。
「ごめんなさい、遅くなっちゃった」
「いいよ。わざわざ迎えに来てくれて、ありがと。ここから徒歩?」
「案内できる場所がいくつかあるから、徒歩のほうがいいかな」
了解。あたしたちは、商店街から反対の方向へと歩き始めた。
「そう言えば、香宗我部くんに似た子が走ってたけど、気のせい?」
「他人の空似じゃない?」
「そっか……見たことない制服だったけど……」
この話題は打ち切り、と。あたしは、ほかのメンバーの伝言を伝えた。
「みかんと烈とひよこと駿と彰が、よろしくって」
下の名前で言われたからか、裏見は、きょとんとした。
「あ、そういうことね。ありがと……アキラくんって、だれだったかしら?」
「長尾彰だよ。会ったことあるはず」
裏見は、知らないと答えた。
「一之宮のパーティーで会ったらしいよ」
「え? ナガオくんなんて子、いなかったけど?」
「料理を作ったり配ったりしてる、タレ目の男子、覚えてない?」
裏見は額に指を当てて、しばらく思い出そうとした。
「……あ、覚えてる。デザートを配ってたわ。彼、将棋指しだったの?」
「K川の県代表だよ、あいつ」
裏見はちょっと驚いた。
「あのパーティー、強豪ばっかりだったのね」
「一之宮が県代表だからね。日日杯で、みんな再会するんじゃないかな」
裏見が日日杯に来るのかどうか、あたしは確認した。
「受験シーズンだけど、日日杯だけは行くことにしたわ。解説で呼ばれてるし」
「裏見には、ぜひあたしの対局を解説して欲しいね」
「んー、磯前さんの棋譜って、レベル高そう」
「そんなことないよ……っと、そろそろ、移動しようか」
義伸が捕まらないことを祈りつつ、出発。
《第10回 日日杯参加者 四国勢名簿》
【K知県】
〔男子〕
◇香宗我部 忠親
元徳義塾高校3年生。
◇吉良 義伸
王手町高校2年生。
〔女子〕
◇磯前 好江
南国水産高校3年生。
◇越知 夢子
清海高校1年生。
【E媛県】
〔男子〕
◇今治 健児
新浜高校3年生。
◇阿南 是靖
愛甲学園2年生。
◇石鉄 烈
愛甲学園1年生。
〔女子〕
◇温田 みかん
聖カナリア学院2年生。
◇宇和島 伊代
県立M山高校1年生。
【K川県】
〔男子〕
◇長尾 彰
T松調理専修学校高等課程2年生。
〔女子〕
◇二階堂 早紀
一本松高校1年生。
◇二階堂 亜紀
一本松高校1年生。
【T島県】
〔男子〕
◇鳴門 駿
渦潮高校2年生。
〔女子〕
◇大谷 雛
観音高校3年生。
◇那賀 すみれ
渦潮高校1年生。
以上、男子7名、女子8名。




