210手目 3回戦 松平〔駒桜市立〕vs丸目〔県立本榧〕(1)
※ここからは松平くん視点です。
おっしゃ、当たったッ!
「いやあ、まさか剣ちゃんと当たるとはね」
丸目は着席しながら、ハハハと笑った。俺も着席する。
「秋の県大会で指して以来かな」
「あのときはうまくやられたが、今回は勝つぞ」
駒を並べて、さっさと準備する。丸目は王様を置きながら、
「県大会のときも言ったけど、捨神くんを倒すなんて、すごいね」
と言った。
「今思うと、まぐれだな。あのあと、1回も勝ててない」
「勝てるってことは、そこまで差がないってことさ。将棋は、実力差があったら、1回も勝てないゲームだからね。つまり、剣ちゃんが強くなったってこと」
お世辞を言っても、手は抜かないぞ。丸目には、肝心なところで、駒込の次にやられてるからな。中学のころは、上に千駄、同期に丸目、下に捨神がいて、代表どころの話じゃなかった。このあたりの歯痒さは、つじーんも味わっただろう。
「1番席は、振り駒をしてください」
よーし、思い出話は終わりだ。
1番席から、ポーンの声が聞こえてくる。
「Ups!! 歩が0枚で、駒桜市、偶数先ですわ」
「本榧市、奇数先」
俺は……6番席だから、先手か。丸目は、チェスクロの位置をなおした。
「対局準備のできていないところはありますか?」
なし。
「それでは、対局を始めてください」
「よろしくお願いします」
丸目がチェスクロを押して、対局開始。
俺はひと呼吸おいてから、7六歩と指した。
「さて、どうしようかな……県大会は、角換わりだったから……」
丸目は30秒ほど考えて、8四歩と突いた。
角換わりのお誘いなのか、それとも横歩拒否宣言なのか――6八銀。
「矢倉だね。了解」
3四歩、6六歩、6二銀、5六歩、5四歩、4八銀、4二銀。
このあたりは飛ばす。
5八金右、3二金、7八金、4一玉、6九玉、7四歩、6七金右、5二金。
矢倉急戦じゃ、ないわけか……普通に指そう。
7七銀、3三銀、7九角、3一角、3六歩、4四歩、3七銀。
「この局面は、小中のとき、腐るほど指したなあ。6四角」
「つじーんは横歩大好きだけど、おまえはそうでもなかったもんな」
6八角、4三金右、7九玉、3一玉、8八玉、2二玉、4六銀。
ここで、丸目は10秒ほど手をとめた。
「総矢倉で行こうか。5三銀」
一番オーソドックスなかたちになった。
俺は攻めの構想を練る。先手矢倉は攻めないと損だ。
「……3七桂」
丸目は、9四歩と伸ばす。森内流か?
俺は突き返さずに、2六歩と飛車先を伸ばした。
2四銀、1六歩、1四歩。
「9六歩と突き返すかどうか、悩ましいな……」
俺は前髪に手を当てて、椅子にもたれかかった。
「お好きなように」
……丸目に選択させるか。どうも気合いが入り過ぎだ。冷静になろう。
「3八飛」
丸目は、この手を見てから、9五歩とさらに伸ばした。
俺は1八香、7三角に6五歩で、宮田新手を選んだ。
「8五歩」
ん、9三桂〜8五桂じゃないのか。
6五歩と突いたから、8四角とのぞくタイミングを計ったか?
「9五歩との組み合わせが、ちょっと悪いんじゃないか?」
「反動待ち、ってやつだね」
攻めて来い、と。了解。
「じゃ、受けて立つぜ。2五桂だ」
4二銀に3五歩で開戦。
普通は4五歩の反発だが、この場合は香車を上がっているから、空振りになる。
3五同歩か3五同銀が本線で、以下、6四歩、同歩、3五銀……いや、1五歩も入れておくか。1五歩、同歩、3五銀、同銀、同角、3四歩、5七角。次に6六角と上がる手が見えるから、後手は当然に6五歩と伸ばして牽制してくる。ここで、どうするか。
……………………
……………………
…………………
………………
1五歩、同歩を入れたわけだし、1四歩か。
(※図は松平くんの脳内イメージです。)
同香は1三の地点が薄くなるから、1五香、同香、3三歩、3一金(同桂は1三角成、1一玉、1二銀で詰み)、3二銀みたいに、ゴリ押しで有利になる。こうは、してこないだろう。むしろ、1五香を放置して……3七銀か? 3七銀、1八飛……やぶ蛇だな。これも後手が悪そうだ。
つまり、1四歩に同香がおかしいわけか。いきなり3七銀だな。これに1八飛は、1四香で攻めが止まる。6八飛と逃げるしかない。そこで、2六銀成。
(※図は松平くんの脳内イメージです。)
1五香、2五成銀、1三歩成、同桂、同香成……ん、攻めが繋がってるな。1五香と走らない場合でも、同じか? 2六銀成、1三歩成、同香、同桂成、同桂、1五香……このほうがさっきの順よりイイ……いや、1三歩成には同桂っぽいな。同桂成、同香のとき、歩がない……が、1五香、同香、1四桂があるか。これは成功だ。
よし、この筋なら、先手が行けそうだ。
パシリ
丸目が指した。
3五同銀で来たな。でも、やることは変わらない。
「同銀」
同歩、6四歩、同歩、1五歩、同歩、3五角、3四歩、5七角、6五歩。
息がばっちり合ってる……ということは、丸目には対策があるな。用心だ。
「1四歩」
俺は予定通り、歩を垂らした。
丸目は同香とせずに、3七銀と打ち込む。
「6八飛」
「ここまでは、読みが一致か……じゃあ、これは、どうかな」
丸目は、銀をひっくり返さずに、そのまま引いた。
この手があったか……とはいえ、これは2五成銀と取られないから、うっかりというわけじゃない。1三歩成、同桂、同桂成、同香……また歩切れか。2五桂、1二歩……これは二歩だから、後手も簡単に受かるかたちじゃないな。2五桂、2四桂で、角筋を直接止めるか、あるいは、2四歩、同角と呼び込んで、2三金……丸目の性格からして、後者もありえる。見た目と違って、俺のほうが慎重な棋風だ。
ただ、現状では1九角成に4六角と出て消せるから、ムリヤリ1、2筋から攻める必要もないんだよな。もうすこし、ゆっくり攻めてもいい。
……………………
……………………
…………………
………………
5五歩とするか?
(※図は松平くんの脳内イメージです。)
これは、ある気がする。同角は5六金で、1九角成や3七角成は4六角で消せるから、7三角ともどるしかない。そこで6五金と出れば、次に7四金が受からない。先手は飛車が復活するから、1、2筋方面で、ムリに打開する必要がなくなる。
ひとつ気になる順があるとすれば、5五歩に同角としてこないで、2四歩と桂取りに伸ばされる手だ。これは1三歩成から暴れるよりも、5六金で5筋を支えて、2五歩、6五金以下、5筋と7筋の攻めを同時に見せたほうが、いいな。6二桂には6三歩がある。
俺は、チェスクロを確認した。残り時間は、俺が13分、丸目が15分。
潮時だな。
「5五歩」
今度は、丸目が長考に沈んだ。俺は、続きを読む。
そこまで悪くないことが分かってきた。
丸目は残り12分まで時間を使い、2四歩と桂取りに出た。
「5六金」
「それは5五歩で」
ん、違う展開になったぞ? 桂馬を取らないのか?
俺は読みなおす。
6五金……5六歩? これを取る駒がないから、4六角……もできないのか。同角、同歩の瞬間に5七歩成で、と金を作られてしまう。4八角しかない。一応、銀当たりになってるんだが、2五歩で手順に紐がつくか。
(※図は松平くんの脳内イメージです。)
角がほぼ働かなくなった……金駒を渡すと、5七に打ち込まれる……しかも、1九角成に4六角の合わせの筋も消える……くそぉ、丸目、なかなかやるな。先手有利とは言えなくなったぞ。
俺はコーラを飲んで、もういちど考えなおす。悲観はよくない。
……………………
……………………
…………………
………………
6五金、5六歩、4八角、2五歩に、7四金、1九角成、6一飛成と決戦するか?
(※図は松平くんの脳内イメージです。)
後手は、1八馬と取るしかないだろう。そこで8三銀と打てば、飛車を殺せる。この銀打ちを回避するうまい手は、ないはずだ。あらかじめ9二飛なら死なないが、それは8一馬で桂馬をぼろりと取れる。5三銀で逃げ場所を作るのも、後手の負担だから歓迎だ。
問題は、後手に入玉されそうなことなんだが……すぐに2三玉は、2一龍があるから、できないと思うんだよな。一回は1八馬として、さらに5一香なんかで龍の利きを止める必要があるはず。
俺はコーラをもうひとくち飲んでから、チェスクロを確認した。
10分を切ったか――行くしかないな。
「6五金」




