20手目 女子の部2回戦 裏見〔市立〕vsポーン〔藤花〕(2)
ああして、こうして……ん? 応用が利きそう?
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…………………
………………
勘違いじゃないわよね?
私は念入りに読みなおす――うん、よさげ。
「1四角」
この手に、ポーンさんは怪訝そうなまなざし。
「Was ist das……?」
種明かしをすると、さっきの2八銀の応用だ。
5七桂成と突っ込んできたら、2八銀と打つ。
以下、1八飛成、3九金の局面がポイント。
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
こうなってるわけね。1四角が飛車の退路を封じている。5八成桂なら1九香と打つ。これで飛車が死亡。この角を打っていないと、1三龍と引かれてしまい、5七銀で成桂を抜いてもまだ難しいと思う。
「Aso……ihre Absicht ist jetzt klar geworden……」
ポーンさんも狙い筋を察したのか、すぐには指さなかった。
「Aber kann ich es vermeiden」
ポーンさんはドイツ語でなにやらつぶやいてから、6五の桂馬に指を伸ばした。
そして、7七のほうにひっくり返した。
私は同桂と取る。
「これなら飛車は死にませんことよ」
パシリ
ほほぉ、考えましたね。
3九金の狙いを封じに来た。でもでも、なにか見落としてませんか。
「2八銀」
「2九飛成」
私は30秒ほど読みなおして、3二角成と切った。
「大駒を全部捨てますの? さすがに切れて……Ups!!」
気付いたみたいね。ここから同玉、3九金打だ。
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
飛車が死んでまーすッ!
「こ、これはうっかりいたしました……せっかくの優位が……」
そうかしら。私もかなり悲観してたけど、この順があるなら互角だったんじゃないの。
ポーンさん、長考。3二同玉、3九金打、1八龍、1九香までは確定だ。
おそらく、その続きを読んでいるはず。
パターンとしては、2八龍、同金、4九銀成、同銀か、3九銀不成、同金、2八龍、同金のいずれかだと思う。飛車銀交換なのは変わらないから、どちらをより「崩した」と捉えるかよね。ポーンさんの判断待ち。
「……3二同玉」
3九金打、1八龍、1九香。
ポーンさんは、2八龍と切った。
そっちか。私は同金と取って、4九銀成にも同銀とする。
「手を渡させていただきます。5四歩」
はぁ〜これは読んでなかった。
おそらく自陣に角筋を利かせて、飛車打ちに備えた手だ。
かたちを崩すなら3九角とかでしょうけど、それでは足りないと読んだのかも。
私は残り5分になるまで読んで、5六桂と打った。角をイジメる。8二や7三に撤退してくれるなら、今度こそ飛車を打てそう。5三に撤退なら、3筋が楽になる。2八銀以下の飛車殺しを閃くのに時間がかかったせいで、私もけっこう急かされていた。
「5五角」
一番過激なところに逃げてきた。
「6六銀」
「Sehr aggresiv……3三角です」
さすがに切らなかったか――切ってもらいましょう。
「2四歩」
これが厳しいんじゃないの?
放置は2三歩成が王手角だし、2四同角も2二飛が王手角だ。
4二角と逃げたら、王様の逃げ道が狭くなった分、2三歩成、4一玉、2二とと迫っていけばいい。最後の2二とが、ふたたび王手角の狙いを秘めている。
ポーンさんも、かなり困ったような顔をしていた。
「……4二玉」
切らずに逃げましたか。でも、こうすれば切るしかなくなるでしょ。
「2三歩成」
ポーンさんは10秒ほど悩んで、6六角と切った。
私は同歩として、チェスクロを押す。後手の対応待ち。
この局面、後手はいろいろ手がありそうだけど、じつはそんなに多くないと思う。
「……」
「……」
私は前傾姿勢になって、若干揺れながら考えた。
ポーンさんの時間が、どんどん減っていく。
ピッ
1分将棋に。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
ポーンさんは5一玉と引いた。
んー、早逃げか。手応えを感じてきた。
私はのこり2分のうち1分を使って、1一飛と打った。王手だ。
後手は4一になにか打つしかない。4二玉みたいな逃げ方は、3一角、5一玉、7五角成が王手飛車になって、先手の勝ち。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
ポーンさんは4一香と打った。
私はノータイムで3二とと入る。寄せの時間をのこしたい。
6一玉、4一と――かなりパターンに入っているような。
「Keine Lösung……時間が……」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
パシリ
ん? 空中に銀打ち?
……………………
……………………
…………………
………………
あ、なるほど、次に2一金で飛車を殺しにきたのか。私とおなじ発想だ。
3一飛成は罠で、やっぱり2一金、同龍、同銀となってしまう。4二とも一緒。
ピッ
ぐっ、私も1分将棋に。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「8五香ッ!」
左右挟撃にする。2一金は許容の範囲内だ。
「同飛」
「同桂」
ポーンさんは予定どおり2一金と打った。
このかたちで寄せる方法は……これかな。
私は59秒までしっかり読んで、8三角と打った。
ちょっと上級者向けの急所。
7二香なら8二飛が詰めろになる。以下、7一銀打、8一飛成が再度詰めろ。
7二銀なら2一飛成、同銀、7二角成、同玉と連続で切ってから8四桂。8二玉と逃げたら7二金、8三玉、8二飛まで、8三玉と逃げたら7二銀、8四玉、8三飛まで。詰み筋に入っている。これを回避するには2一飛成に同銀としない必要があるけど、それは明確に後手の負け。つまり、完璧に寄りだ。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
ポーンさんは、力なく7二銀と打った。
2一飛成、同銀、7二角成、同玉、8四桂。
私はチェスクロを押して、姿勢を正した。
ポーンさんも一回首をかしげてから、背筋を伸ばした。
「負けました」
「ありがとうございました」
ふぅ……意外と大差になったわね。ポーンさんの5一玉が消極的だった印象。
とはいえ、勝者から感想戦を始めるわけにもいかない。
私はポーンさんが口をひらくのを待った。
「5四歩と突いたとき、3九角と打ったほうが良かったですかしら?」
【検討図】
「それはさすがにムリがないかしら。例えば……」
私は対局中の思考を思い出して、2二飛と打った。
「4一玉に6一銀で、勝ちじゃないかなぁ、と思ったんだけど」
「Hmm……Sie haben Recht……そのようですわね」
ちなみに、3三玉と逃げたら3二と、4四玉、5六桂が王手角で、3五玉、3六銀、2六玉、2七金となれば詰みだから、まったく助かっていない。
まあ、このあたりはポーンさんも読んだうえで5四歩と突いたんだと思う。
感想戦で尋ねたのは、あくまでも確認だろう。
「でしたら、もっと前で悪いのですね。7七桂成に代えて5七桂成は?」
【検討図】
「これはありなんじゃないかしら。2八銀、5八成桂、1九銀、4九成桂のとき、先手は1九の銀が全然働いてないもの」
「しかし、1一飛と打たれるくらいで、こちらが死んでいるような……」
「1一飛……3一銀は受けになってないわね。2二とがあるから」
「2二とに同銀も同金もできないようでは、まったくダメにみえますわ」
いやいや、あきらめるのが早い。こういうときは深く読むに限る。
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…………………
………………
あれ? ほんとに手がないっぽい?
「1一飛と打たれた段階で、受けがないみたいね」
「Genau」
3一銀を金に変えても意味ないし、かと言って早逃げするわけにもいかない。早逃げするには4九成桂を省かないといけないから、5八金と取られてジ・エンドだ。さすがに銀1枚では攻めが続かないだろう。
「さすがはFrauウラミ、1四角が絶妙過ぎましたわ」
オホホホ、そうでもありましてよ。
「えー、女子は準決勝がありますので、休憩に入ってください」
葉山さんの指示が飛んだ。
私たちは他に2、3点だけ軽くチェックして、感想戦を終えた。
「それでは、がんばってくださいまし。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
場所:2015年度 春季個人戦 女子の部 2回戦
先手:裏見 香子
後手:エリザベート・ポーン
戦型:相掛かり
▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △8五歩 ▲7八金 △3二金
▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △2三歩 ▲2八飛 △9四歩
▲9六歩 △8六歩 ▲同 歩 △同 飛 ▲8七歩 △8四飛
▲3八銀 △3四歩 ▲1六歩 △1四歩 ▲2七銀 △4一玉
▲6九玉 △5二金 ▲7六歩 △8八角成 ▲同 銀 △2二銀
▲7九玉 △6二銀 ▲2六銀 △3三桂 ▲7七銀 △7四歩
▲1五歩 △同 歩 ▲同 銀 △同 香 ▲同 香 △1三歩
▲1九香 △2四銀 ▲4六角 △6四角 ▲2四角 △同 歩
▲1三香成 △2五桂 ▲1八飛 △1七歩 ▲同 桂 △1三銀
▲2五桂 △1四香 ▲1五歩 △2五歩 ▲1四歩 △2七角
▲1三歩成 △1八角成 ▲同 香 △1九飛 ▲5八銀 △6五桂
▲1四角 △7七桂成 ▲同 桂 △3八銀 ▲2八銀 △2九飛成
▲3二角成 △同 玉 ▲3九金打 △1八龍 ▲1九香 △2八龍
▲同 金 △4九銀成 ▲同 銀 △5四歩 ▲5六桂 △5五角
▲6六銀 △3三角 ▲2四歩 △4二玉 ▲2三歩成 △6六角
▲同 歩 △5一玉 ▲1一飛 △4一香 ▲3二と △6一玉
▲4一と △3二銀 ▲8五香 △同 飛 ▲同 桂 △2一金
▲8三角 △7二銀 ▲2一飛成 △同 銀 ▲7二角成 △同 玉
▲8四桂
まで109手で裏見の勝ち




