207手目 3回戦 裏見〔駒桜市立〕vs吉備〔県立本榧〕(2)
ええ、攻めて来るの? 同桂、同桂、同金だと?
なにもないように見えるけど……私は吉備さんの棋力を尊重して、狙い筋があるという前提で読みなおした。4五同桂、同桂、同金は、どうみても成立していない。まさか、そこで3七角成の空成りから、同玉、5七飛成はしないと思う。
となると……4四歩? 3三桂成、同銀……6六桂で飛車を追い回せるから、これも先手が良さそう。次に7四歩もある。つまり、もっと別の手順があるってことか。うぅん、別の手順……あッ、もしかして、4六角、同歩、4五桂、同歩、4六桂?
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
これは、ありそう。って言うか、先手はかなり受けにくい。放置は3八金が王手飛車取りだし、飛車を逃げたら、5八金〜5七飛成が待っている。4七玉と立つのが好便に見えるけど、3八桂成、同玉、5七飛成のあと、受け駒が桂馬と角しかないから、どうやっても次に金を打たれて負ける。
ただ、ここから4七角の受けは、できそうなのよね。3八金、同角、同桂成、同玉、5七飛成の駒割りは……先手の桂得。これを嫌うなら、3八金じゃなくて、3七歩かしら。次に3八歩成とされると、駒割りは角桂交換で、後手の得になる。先手陣は崩壊してるから、間違いなく劣勢。かと言って、3七歩に同玉は、無条件で5七飛成とされてしまう。
ふむふむ、どうやら吉備さんが狙っているのは、この路線みたいね。
「5六金」
吉備さんもうなずいて、
「やりますね」
と言ってから、3五歩と仕掛けてきた。
同歩は3六歩だから……2七銀と下がるしかない。
2七銀、3六歩、同銀、3五歩(これも取れない)、2七銀。
「2四歩です」
またよく分からない手がきた。2五歩〜2四飛の準備? ……違うわね。3四飛に2五角と打たれるのを防いだわけか。こっちも3四飛〜3六歩は防がないといけない。
「桂頭が負担だから、もう交換するわッ! 4五桂ッ!」
「拒否します。2五桂」
くッ、跳ね違い? ……って言うか、3七角成が残ってるじゃないッ!
「さ、3八歩」
吉備さんは、3六歩と伸ばした。私は2六銀と立って受ける。
「それは美しくありません。4四歩」
うぅ……四方八方から攻められてる……桂馬が助からない……。
6五角と打つ? 飛車が逃げたら、3二角成だけど……後手は、飛車角交換歓迎な構えをしている。飛車を打ち込まれる隙がないからだ。6五角と打っても、無視して4五歩、5四角、同歩としてきそう。次に8二角打と重ねられたら、3筋が受からない。
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………………
あれ、待ってよ。ここで2五銀がない? 同歩に6五桂とか。
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
これなら、角当たりなうえに、5三桂右成、同飛、同桂成、同玉で、玉が露出する。後手も相当危ない。駒割りは……飛車と銀桂の2枚換え。これなら大丈夫。
私は自信を持って、2五銀と桂馬を喰いちぎった。
「おや?」
吉備さんはきょとんとして、背中を引き、斜め目線で考え込む。
そして、ちょっとだけニヤリとした。
「裏見さん、指し慣れていない戦法は、やはり指すものではありませんね……同歩」
脅された? なんで?
私は疑心暗鬼になりつつ、6五桂と打った。
「これを見落としてませんか? 3七銀です」
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…………………
………………
え? どこが見落としなの?
こんなの5八玉で、なんともないじゃない。
5八玉に3八銀成なら、5三桂右成、同飛、同桂成、同玉、2五飛とできるし……ん、結構微妙? そこで3三桂と打たれると、飛車の処置に困るわね。3五飛とするのは、3七歩成or3七角成がある。後手からの攻めは速くないけど、先手から速く攻める手もない。そもそも、駒割りが飛車と銀桂の2枚換えで、バランスが取れていた。
私はお茶を飲んで、リフレッシュする。思ったより簡単じゃない。
もう一度考え直しましょう。5八玉、3八銀成、5三桂右成、同飛、同桂成、同玉に2五飛までが確定路線として、そこで3三桂、3五飛、3七角成が問題……ん? もしかして、それが勘違い? 3七角成じゃなくて、1九角成、3六飛、3七馬として、飛車を逃げたら5四香のほうが厳しいってこと?
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
6六金に4五桂打と重ねられて、先手が潰れている。6八銀と受けるのは、4八成銀、6九玉、4七馬、7九玉、5七香成、同銀、同馬で、これが王手飛車だから即死。
「そっか……受け駒に飛車角しかないのか……」
私の独り言に、吉備さんは素早く反応して、
「さあ、どうしますか?」
と尋ねてきた。私は、なにも答えずに考え込む。
6八金と受ける? 4八成銀、6九玉、4七馬、7八玉、5七香成、同金、同馬が飛車当たりで、このときに逃げる位置が1五くらいしかない。ただ、6九香と打てば粘れる。こっちは8二角という奥の手があるから、悪くは……あッ、1五飛と逃げた瞬間に、7七歩の叩きがあるのか。同玉は7九馬、同桂は玉の退路がなくなる。
私はこぶしを口もとに添えて、黙考した。
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………………
「3七同歩」
分からないときは取る。私は初心に帰った。
吉備さんは、「ほほぉ」と言って、身を前に乗り出した。
「顔面受けですか。おもしろい。おもしろいですよ。同角成です」
5八玉、4五歩、同金、6四飛、6六歩。
いやあ、どうなんだろ。こっちのほうが良かったと断言できる進行じゃない。
とはいえ、吉備さんも攻めさせられていると感じたのか、時間を使い始めた。
次の手に1分近く消費する。
「……3三桂」
これまためんどくさい手だ。攻防一体で、吉備さん好み。
私も30秒ほど使って、4六金と引いた。
残り時間は、私が7分、吉備さんが8分。そこまでひらいていない。
「3八馬」
やっぱり、そう来るわよね。
2五飛とは逃げられないから、私は6九飛と横に逃げた。
3七歩成、6七玉、5四飛、5六歩、8四飛、7七玉。
どんどん逃げるわよ。
「4七と」
「5五金」
吉備さんはここで、ひと呼吸おいた。
「5八とです」
私はすかさず、6七飛と浮く。
後手の狙いは明確だ。4八馬と寄って、次に5七と。
そのあいだに、私はなにかしないといけない。もちろん、伏線は張ってある。
4八馬と寄られた瞬間に、3五角と打つのがそれだ。以下、6二金の受けに、4四銀と露骨に重ねてみたい。
吉備さんのことだから、なにか上手い返しがありそうで怖いけど……ここは、踏み込むしかないわよね。受け切って勝つことができる局面じゃないし。
「4八馬」
来た――私は深呼吸してから、3五角と置いた。
6二金、4四銀。
「攻守逆転は、望むところです。3四歩」
そ、そんな受けがあるの?
てっきり、4二金寄だと思ってた。そこで先手から3四歩の予定だったのに。
私は残り時間が5分弱なのを確認してから、もういちど腰を据えなおした。
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…………………
………………
5三銀成しかない。
「5三銀成」
私がチェスクロを押したとたん、吉備さんは4一玉と引いた。
うわあ、もうめちゃくちゃ……読みがどんどんズラされる。
時間を使わせに来ているみたいだけど、でたらめな手でもなさそう。
おそらく、6二成銀、3五歩、7二成銀なら、以下5七と、6九飛、7六歩、8八玉(同玉は5八馬が王手飛車)となって、後手だけ入玉の権利を得るから終わり。そもそも、先手は点数が足りない虞もある。角は生かさないと。
「4二成銀ッ!」
「!」
吉備さんは、この手を指してこないと思っていたのか、すこし仰け反った。
「裏見さん、ほんとうに強くなりましたね……同金です」
6二角成、7三銀、同桂不成(!)、5七と、8一桂成(!)、6七と、同金。
私も入玉を目指す。
「7六歩」
「同玉」
吉備さんは、持ち駒の銀をひらりと打った。
入玉でき……ないッ!
6五玉は、6四飛打、同金、同飛、5五玉、4五金で詰みだ。3三桂が利いている。
ピッ
しかも、ここで1分将棋。踏ん張れ、私。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「7七玉ッ!」
吉備さんは6九飛と下ろす。私は6八銀打。
この手をみて、吉備さんは最後の長考に入った。飛車を逃がすしかないと思う。
ピッ
吉備さんも1分将棋に。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「8三飛」
そう、そこしかない。
私は駒音高く、4四桂と打った。
「これは……何手スキですか?」
吉備さんは自問自答するように、自分の王様の周囲をさぐった。
私も自信がない。少なくとも、詰めろじゃないし、2手スキでもない。
次の5二金に同金のポカだけが頓死になる。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「5八馬」
吉備さんは、ギリギリのところで馬を寄った。
この手も厳しい。6八馬、同銀、8九飛成が見える。
私は必死になって寄せをさがした。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「5二金ッ!」
とりあえず追っかける。
3一玉、4二金、2一玉。
だ、ダメだ。詰めろがかからない。
っていうか、今気づいたけど、私のほうは詰めろになってる。馬切りじゃなくて、7九飛成、同銀、7六銀打、8八玉(同金は同銀以下詰み)、8七銀成、同玉、8六銀、9六玉、8七銀不成、9五玉、9四歩までだ。複雑で発見が遅れた。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「は、8八玉ッ!」
私は詰めろを解除した。
この手に、吉備さんの表情が変わる。
「それは最善……」
そりゃ、吉備さんのほうは詰まないんだから、私の詰めろを解除するのは最善……ん、ちょっと待ってよ。そもそも吉備さんのほうは何手スキなの? 3手? 4手?
私はもういちど寄せを確認した。
……………………
……………………
…………………
………………
あれ? もしかして2手スキ?
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
吉備さんは、1二玉と逃げた。
私は寄せを読みなおす。
……………………
……………………
…………………
………………
やっぱり2手スキだ。私はチェスクロが鳴るまえに、3二桂成とした。
吉備さんは、キュッとくちびるを結び、2三玉と逃げた。
「2二成桂」
これが急所。一見、上に逃がしているようだけど、馬筋が2六まで伸びているから、後手には入玉のチャンスがない。それどころか、2四玉なら1五銀(!)と捨てて、同玉、1六歩、1四玉、1五歩、2四玉、2三金まで――詰み。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
吉備さんは同玉。私は焦らすことなく、2四歩と置いた。
完全な受けなし。4一桂は3二金打、1二玉、2一銀までだし、7九飛成、同玉と切って2一銀も2三金までの一手詰み。2三銀のトリッキーな受けも、同歩成としないで3一銀、1二玉、2二金で解決。おそらく必至だ。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「負けました」
吉備さんは頭を下げた。私も一礼する。
「ありがとうございました」
沈黙――私は感想戦が始まるまで待つ。
「最後は、5八馬のところで3一玉でしたか?」
吉備さんはそう言って、局面をすこしもどした。
【検討図】
「それは5二馬の予定だったわ。同金とできないし、放置なら4二馬と取れるから」
タダ捨てしてるわけじゃない。同玉なら3二金、5三玉、5二金で詰みなのだ。
「4二馬に2一玉だと?」
「それは3二桂成、1二玉、2四歩と押し込んで……ん?」
私は舌の動きを止めた。自陣を確認する。
「ごめん。2四歩の瞬間に、7九飛成から詰むわね」
吉備さんはタメ息をついて、
「詰めろに気づいていない可能性に賭けていたのですが、方針自体は合ってましたね」
と答えた。ぐぅ、そういう言い方は、やめてくださいな。
本譜でも危なかったのは認めるけど。
「2四歩と打たないで、7八銀打かしら?」
「それが飛車取り+2三玉と逃げないと今度こそ2四歩ですから、私の負けです」
ふむふむ、勝ち筋はちゃんとあった、と。
「中盤でミスをした気がします。4八馬に代えて3四歩でしたか?」
【検討図】
吉備さんは、3五角打を防いだ。
「正直、このへんはよく分からなかったわ。3五歩、同歩、4四銀とか? 6二金なら7一角と打って、4二金に3四歩よね。3五歩を同歩とせずに4八馬なら、3四歩、同飛、3五歩、同飛、4四角。もちろん、こうは指さないでしょうけど、先手良しだと思う」
私の指摘に、吉備さんは肩をすくめた。
「裏見さん、ほんとに強くなりましたね。それが一瞬で見えるとは」
照れます。
「なんて言って、吉備さんもこれは誤摩化しだって分かってたんでしょ?」
吉備さんは笑って、
「まったくその通りです。裏見さんと出会ったときなら、まちがいなくこれで誤摩化しに行きましたけどね……竜王戦で攻めの切れ味を見て、考えが変わりました」
と答えた。私もほほえむ。
「ま、私も相掛かりで受け将棋にさせなかったし、おたがいさまね」
「そういうことにしておきますか……では、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
場所:2014年度 四市対抗オールスター戦 3回戦
先手:裏見 香子
後手:吉備 丸子
戦型:相掛かり
▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △8五歩 ▲7八金 △3二金
▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △2三歩 ▲2八飛 △7二銀
▲3八銀 △3四歩 ▲2七銀 △8六歩 ▲同 歩 △同 飛
▲7六歩 △5二玉 ▲3六銀 △7四歩 ▲4五銀 △7六飛
▲7七歩 △8六飛 ▲8七歩 △8五飛 ▲3四銀 △3六歩
▲3八金 △3五飛 ▲2五銀 △3七歩成 ▲同 金 △5五角
▲3六歩 △4五飛 ▲4八玉 △2二銀 ▲7六歩 △3三桂
▲5五角 △同 飛 ▲1六銀 △7五歩 ▲4六金 △5四飛
▲7五歩 △7三角 ▲3七桂 △4四歩 ▲2九飛 △4五歩
▲5六金 △3五歩 ▲2七銀 △3六歩 ▲同 銀 △3五歩
▲2七銀 △2四歩 ▲4五桂 △2五桂 ▲3八歩 △3六歩
▲2六銀 △4四歩 ▲2五銀 △同 歩 ▲6五桂 △3七銀
▲同 歩 △同角成 ▲5八玉 △4五歩 ▲同 金 △6四飛
▲6六歩 △3三桂 ▲4六金 △3八馬 ▲6九飛 △3七歩成
▲6七玉 △5四飛 ▲5六歩 △8四飛 ▲7七玉 △4七と
▲5五金 △5八と ▲6七飛 △4八馬 ▲3五角 △6二金
▲4四銀 △3四歩 ▲5三銀成 △4一玉 ▲4二成銀 △同 金
▲6二角成 △7三銀 ▲同桂不成 △5七と ▲8一桂成 △6七と
▲同 金 △7六歩 ▲同 玉 △8五銀 ▲7七玉 △6九飛
▲6八銀打 △8三飛 ▲4四桂 △5八馬 ▲5二金 △3一玉
▲4二金 △2一玉 ▲8八玉 △1二玉 ▲3二桂成 △2三玉
▲2二成桂 △同 玉 ▲2四歩
まで129手で裏見の勝ち




