206手目 3回戦 裏見〔駒桜市立〕vs吉備〔県立本榧〕(1)
※ここからは香子ちゃん視点です。
2回戦が終わって、私たちは駒桜市のブースに集合。
だいたい学年別に腰掛けて、会長、副会長を囲んでいた。
「お疲れさまでした。チームは5−2勝ちです」
箕辺くんの報告。順調、順調。圧倒的じゃない。
負けたのは、前空さんに当たった私と、神崎さんに当たった佐伯くんだけ。
「あれ、裏見さん、負けたんですか?」
つじーんが横合いから尋ねてきた。
「前空さん、普通に強かったわ」
「そのひとの名前は知りませんが、高校竜王を倒すとは、なかなかやりますね」
前空さんも竜王戦ベスト4なんだけどね。意外と忘れられてる印象。
ポッと出だし、だれともしゃべらないからかしら。
「それでは、最終戦のオーダーを発表します」
箕辺くんは、ひとりひとりに紙で手渡した。
どれどれ。
vs本榧市
1番席 ポーン
2番席 裏見
3番席 捨神
4番席 大場
5番席 佐伯
6番席 松平
7番席 葛城
ふむ……準ベストオーダー、かな。
ポーンさんのところが菅原先輩なら、強い順に出ていることになる。でも、これは1年生強化のための大会でもあるから、ポーンさんが代理というわけだ。
「相手のオーダーは、なんとなく読めないのか?」
松平の質問。箕辺くんは学生手帳を取り出して、ぺらぺらとめくった。
「本榧は、戦力があまり偏っていません……とりあえず、本榧高校がメイン戦力で、上段を吉備さん、中段を土居さん、下段を丸目さんで担当しているみたいです」
「そっか……了解」
松平は、急にマジメな顔になった。どうしたのかと尋ねると、丸目くんと当たる可能性があるかららしい。たしかに、松平も下段を担当している。
「丸目くんと、なにかあったの?」
「そういうわけじゃないんだが、勝ち逃げされるのはなあ」
なんだ、そんなことか――と思ったけど、なんとなく気持ちは分かる。勝負事で勝ち逃げされることほど、腹立たしいものもない。私も何人かには勝ち逃げされそうだ。でも、丸目くんはブロック代表常連なわけで……松平には申し訳ないけど、実力差は結構あるように思えた。
「裏見こそ、吉備と当たるかもしれないし、リベンジのチャンスだぞ」
「そうね。桐野さんには勝ち逃げされそうだけど、吉備さんにはお返ししたいわ」
そんなこんなでしゃべっていると、運営からアナウンスが入った。
私と松平はお互いに励まし合って、対局席に向かう。すると――
「あ、裏見さんでしたか」
吉備さんが先に着席していた。くぅ、フラグが立ってたじゃない。
私もペットボトルを置いて、着席する。
「公式戦は、これで2回目ですか」
吉備さんは駒をならべながら、そうたずねた。私は同意する。
「最近はあまり将棋を指していないので、お手柔らかに」
なんですか? 予防線ですか? 容赦しませんよ?
私はほかの面子をちらりと確認――むッ、松平、丸目くんと当たってる。
ふたりとも、リベンジチャンス到来ですか。
「1番席は、振り駒をしてください」
ポーンさんが振り駒。
「Ups!! 歩が0枚で、駒桜市、偶数先ですわ」
「本榧市、奇数先」
先手が回って来たわね。どうしましょ。
とりあえず、チェスクロの位置調整。
「もうちょっと、こっちに寄せてもらえませんか?」
あいかわらず手が届かないようだ。私はチェスクロを押し出す。
「対局準備のできていないところはありますか?」
特になし。
「それでは、対局を始めてください」
「よろしくお願いしますッ!」
勢い良く挨拶して、私は2六歩と突いた。
この初手に、吉備さんは反応を見せた。
「なるほど……それが私対策ですか」
一番受けが利かなさそうな戦法にする。相掛かりのお誘い。
もっとも、横歩調になるから、私の得意戦法というわけでもない。むしろ苦手。
吉備さんは眼鏡を少し上に直して、私の顔をのぞき込んだ。
「分かりました。私も相掛かりは苦手ですが、受けて立ちましょう。8四歩です」
2五歩、8五歩、7八金、3二金、2四歩、同歩、同飛。
いざ、出陣ッ!
吉備さんの2三歩に、私は2八飛と引っ込める。高飛車は禁物。
「7二銀です」
いきなり変化して来た。飛車先交換をしないわけね。棒銀っぽい。
「3八銀」
攻め合いなら、こっちの作戦通り。私も棒銀。
3四歩、2七銀、8六歩(このタイミングか)、同歩、同飛。
「7六歩」
私は角道を開けて、チェスクロを押した。
このタイミングで角交換はないはず。8七歩はギリギリまで保留。
「5二玉です」
うぅん、積極的なのか消極的なのか、よく分からない。
「曖昧なときは攻めッ! 3六銀ッ!」
吉備さんは、すかさず7四歩。
桂跳ねの準備かしら。私はしばらく読んで、角交換が成立しないことを確認してから、4五銀と出た。3四歩のかすめ取りを狙う。
「イケイケですね、今日の裏見さんは……7六飛」
ん、このスライドは? ……そっか、さっきの7四歩の意味が、ようやく分かった。2二角成、同銀、8二角に7三角を用意したわけね。いかにも吉備さんらしい手だ。
ただ、吉備さんの将棋は、単なる受け将棋るじゃない。注意が必要。この飛車寄りも、なにか鋭い狙いを秘めている気がする。裏見香子、小考。
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なるほど、見えてきたわ。すぐに3四銀は、8八飛成、同銀、2二銀で、こちらの手がなくなるわけか。4五銀〜3四銀は、2二に角がいないと意味がない。2三銀と突っ込めるからこそ、攻めが続くのだ。
とはいえ、カラクリが分かれば、対応は簡単。
「7七歩」
ちょっと損に見えるけど、実はこれが先手。
吉備さんも感心したように、
「ふむ……そういう順がありましたか……」
とつぶやいた。
竜王戦優勝者を舐めてもらっちゃ困るわよ。
去年までの香子ちゃんとは違うんだから。
「8六飛です」
私は8七歩と打つ。8五飛に3四銀。
「それで先手を取れたつもりかもしれませんが、実は私のほうが先手なんですよ」
吉備さんはサッと持ち駒をつまんで、3六歩と打った。
……? 3六同歩で、何とも……あるか。5五角と出られて、受けに困る。でも、このまま2三銀と突っ込めば……2三銀成、3七歩成、2二成銀、2八と、3二成銀……ん、意外と微妙? 私のほうは左辺が凝り形だから、このままだと受けが難しい。
とはいえ、不利ってわけでもない。例えば、3二成銀に同銀なら、一回7六歩と角道を開けて、3三歩、5五角打、2九と、9一角成みたいな展開。これはこれで、戦えているような……うーん、5五角打に7三銀として、2八のと金を取らせちゃう手もありそうだし、5五同飛と切ってくる可能性もあるか。
私は腕組みをして、しばらく首をひねったあと、ペットボトルを開けた。お茶を飲んで水分補給。7六歩とせずに2二角と打つ手も考えたけど、3三歩、1一角成、2九とくらいでダメそう。馬を作っても、やることがない。
「……3八金」
受ける。
「妥当な判断です。私も受けましょう。3五飛」
で、出た。鬼受け。攻めながら受けてる。
私は仕方なく2五銀と下がった。
3七歩成、同金、5五角。
ここで角出? 3六歩、4五飛に4六金だと? ……あ、同角、同歩、同飛、あるいは同飛、同歩、同角っぽい。前者は3七角で対応できるかもしれないけど、後者は飛車取りと5七角成が同時に受からない。1八飛、5七角成、6八金で馬を撤退されたとき、こちらに手がない。7三桂くらいで潰れるような……あるいは、もっと露骨に1八飛、2八金(or2七金)、4八飛打(2七金の場合は4七飛)、1八金、4六飛、2九金とか。
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
金がそっぽだけど、次の飛車打ちが厳しい。3四銀、3九飛、4九歩……これは2九の金が本格的に働かないわね。むしろ3八飛と打って……あ、これはダメか。6五角が4三の地点を睨んで、後手負けになる。吉備さんがこの順に飛び込むわけがない。そもそも、2八金が吉備さんっぽくない。5七角成から馬を作って厚く指してくるはず。以下、6八金に5六馬と引かれるくらいでも困る。桂当たりだ。3七桂、3三桂、1六銀、4六馬みたいに、じりじり指されるのが怖い。
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………………
もうひと辛抱必要かも。どうしましょ。
私は長考した。
「……3六歩」
吉備さんは、すぐに4五飛と寄った。
私もノータイムで4八玉と上がる。
これで受かってないかなあ。
吉備さんはじっと王様を見つめて、
「裏見さんが受ける展開になりましたか……それもいいでしょう。2二銀」
と自分も受けた。
もちろん、この手の意味は分かる。私の次の手に対する予防策だ。
「7六歩」
角交換を挑む。後手は後手で、飛車角の位置がそこまでいいわけじゃないのよね。
「3三桂です」
吉備さんは、角交換に素直に応じた。
とは言っても、ここですぐに5五角とできるかどうか。悩みどころだ。まず、5五角、同飛、4六角には、2五飛、同飛、同桂があって銀損。却下。5五角、同飛、1六銀とするしかない。だったら、最初から1六銀と逃げておけばいいんじゃないか、ってことになりそうだけど、これには7三角というチョイスが生じるので、私はちょっとイヤ。
というわけで、後手に選択権を与えない手にしましょう。
「5五角」
これに2五桂なら、9一角成、3七桂成、同馬で問題ない。
案の定、本譜は同飛、1六銀と、読み通りに進んだ。
ここで後手がなにを指してくるか。注目。
パシリ
ほぉほぉ、攻めないと続かない、と判断したわけね。さすがにこれは受けじゃない。
どうやら、相掛かりにした効果が出てきたようだ。
私は4六金と上がって、5四飛と下がらせてから7五歩と取り返した。
「7三角です」
これは……いきなり4五桂跳ねがあるのか。同金は2八角成で、飛車を素抜かれる。
私が3七桂と受けると、吉備さんは4四歩と伸ばしてきた。
「2九飛」
飛車のこびん攻めを回避する。
吉備さんは、次の手にしばらく考えた。残り時間は、私も吉備さんも15分ずつ。
「続くか続かないか分かりませんが……4五歩です」




