２０４手目 ２回戦 大場〔駒桜北〕ｖｓ雨宮〔獄門〕（１）
「角ちゃんの今日の制服、イケてないっスか？」
くるくる〜っと回って、たっちゃんたちに披露っス。
「そ、そうだな。オリジナリティに溢れてると思うぞ」
なんかノリが悪いっスねぇ。角ちゃんご不満。
「もうちょっと具体的に褒めて欲しいっス」
「具体的にと言われてもな……俺はファッションに詳しくないし……」
「現代美術じゃないんっスから、小難しい知識は必要ないっス」
「お、おう……」
ほらほら、早く感想を言わないと、角ちゃん、ぐれちゃうっスよ。
「そろそろ再開しますので、選手のひとは着席してください」
アナウンスが入っちゃったっス。角ちゃんも、対局席にＧＯ！
この会場は、新しくていいっスねぇ。テーブルも椅子も綺麗っス。
さっそく座ろうとしたら、対局相手が現れたっス。
「ちーす、よろしくおなしゃす」
なんっスか、この女ッ！？
セーラー服にマスクして、手には変な革グローブを嵌めてるっス。
スケ番っスか？ スケ番なんて絶滅危惧種っスよ？
「獄門１年の雨宮です」
「こ、駒北１年の角ちゃんっス」
「ああ、１年生か……それにしても、めずらしい名前だな」
「名前じゃなくてニックネームっス。本名は大場角代っス」
「あ……そういう……うちは雨宮潤」
とにかく座って、駒を並べるっス。ほかはもう着席してるっス。
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さっきから、チラチラ見られてるっスね。
「角ちゃんの顔に、なにか付いてるっスか？」
「いや、なんつーか、その制服、イケてるな、と」
マジっスか！ ……初めて同学年に褒められた気がするっス。
「ピーマンとニンジンをモデルに作った制服っスよ」
角ちゃん、胸を張ってアピール。
やっぱ、分かる子には分かるんっスねぇ。
でも、将棋は負けてあげないっス。
「潤ちゃんのマスクも、おしゃれっスか？」
「気管支が弱いんだよね。保湿しないと」
たいへんっスね。体は大事にしないとダメっスよ……って、あれ？
「た、対局が始まっちゃってるっス」
おしゃべりしてて気づかなかったっス。
角ちゃん、おとなりのヨシュアちゃんの肩をちょんちょん。
「どっちが先手っスか？」
「奇数先だよ」
ってことは、角ちゃんが先手っスね。
「チェスクロは右でおなしゃす」
「角ちゃん、両利きだから、どっちでもいいっス」
「両利きとは、また器用なこって」
デザイナーっスからね。
「それじゃ、よろしくお願いしますっス」
「よろしくおなしゃす」
角ちゃんは７六歩、潤ちゃんは８四歩。
居飛車党っスか。角ちゃんのやることは変わらないっス。
「７八飛っス」
「三間飛車……受けて立つ。８五歩」
７七角、３四歩、６六歩、６二銀、６八銀、７四歩。
急戦ぽいっスね。４八玉と上がっておくっス。
４二玉、３八玉、３二玉、５六歩、５四歩、５八金左、５二金右。
「２八玉っス」
「４二銀」
やっぱり急戦だったっスね。これはこれで困るっス。駒桜の居飛車党は持久戦がメインだから、あんまり対策してないっス。でも、角ちゃん、がんばるっスよ。
３八銀、１四歩、１六歩、５三銀左、４六歩、４二金直、３六歩、６四歩。
ここで角ちゃんストップ。
「左銀急戦じゃ、ないんっスね……」
「三間に左銀急戦はしないよ。そっちが一手得するだろ」
言われてみれば、その通りっス。角ちゃん、うっかり。
だとすると、棒銀っスかね……棒銀なら大丈夫っス。
「高美濃に組むっス。４七金っス」
９四歩、３七桂、９五歩。
「端を詰めるんっスか？ ……２六歩っス」
先手は全然不満ないっスよ、これ。銀冠まで行けちゃいそうっス。
潤ちゃんはしばらく考えて、指の骨をポキポキ鳴らしたっス。
「７五歩」
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………………
なんっスか、これ？ 古い定跡で見たことある気もするっスけど……同歩、７二飛とかになるんっスかね……その先が、全然分かんないっス。それに、角ちゃんは左銀が立ち遅れてるから、６七銀のほうが本手っス。
「定跡なら、悩んでもしょうがないっス。６七銀っス」
ネット将棋で鍛えた対応力を、今こそ見せつけるときっスよ。
「６五歩」
こう突いてくるっスか……そのうち８六歩も入りそうっス。
とりあえず、６五同歩と応じるよりも、７五歩と応じたほうが良さそうっスね。そこで６六歩とされて、同銀はかたちが悪いっスから、７六銀……後手は６七歩成っスか。同銀に７七角成、同飛、８八角、６六角、７七角成、同角、４四銀、４五歩、３三銀、２五桂、２二銀、６六角打みたいな展開が、まず思い浮かぶっスね。
（※図は大場さんの脳内イメージです。）
あるいは、６七歩成に２二角成と先に成って、同玉、６七銀、３三角……あ、これは６六歩と防いだあと２五桂と出て、４四角、４五歩で角が死んでるっス。角取りを避けるなら、３二玉と寄らないといけないっスよ。
どっちも先手がいいように見えるっス。気になるとしたら、８六歩が入ってる場合っスかね。８六歩、同歩、６七歩成、同銀、７七角成、同飛、８八角……ん、待つっス。８筋を突き捨てた以上は、２二角と打ち直して、６六角、同角、同銀、８六飛がいいっスね。
（※図は大場さんの脳内イメージです。）
これは先手悪いっス。ってことは、６七歩成に同銀が成立しないわけっスか。２二角成のバージョンだけ考えるっス。８六歩、同歩、６七歩成、２二角成、同玉、６七銀、４四角、６六歩、８六飛、８八歩、３二玉っスかねぇ、本命は。
角ちゃん、チェスクロをちらり。残り時間は、１７分っス。
「７五歩っス」
潤ちゃんも１分読みなおして、６六歩。角ちゃんは、すぐに７六銀。
「決戦模様だよなぁ」
「決戦にならない急戦はないっス」
「そりゃそうだ、と……８六歩」
同歩、６七歩成、２二角成、同玉、６七銀。
「４四角」
読み筋通りっス。先手がいいとも悪いとも言えないっスね。
「６六歩で蓋をするっスよ〜」
潤ちゃんは、８六飛と走ったっス。
８八歩……のまえに４五歩っスか。今なら３三角しかないっス。
「４五歩っス」
「いたたた、３三角」
ここで２五桂は、８九飛成、３三桂成、同桂で２枚換えだから、損っスね。
８八歩の一手っス。
以下、３二玉、５五歩、同角、７四歩で、ゆっくりした感じになったっス。
「いやあ、これむずかしいな……参った……」
潤ちゃんはマスクを外して、喉用のスプレーをシューシュー。
「ゲホゲホ……７五歩」
これは……７三角からのごり押しを拒否した手っス。
っていうか、角ちゃん、動かす駒がないっスね。６一角は８二飛で馬を作れないし、７三歩成と成り捨てるのも、拠点を放棄してるだけっス。
５六歩っスか？ かなり冴えないっス。５六銀が一番いいんっスけど、６六角がモロに見えてるっスからねぇ……６六角、７七角、同角成（７六飛は６七銀で大丈夫っス）、同桂、８九角、５八飛、７六歩、６五桂……あれ？
（※図は大場さんの脳内イメージです。）
意外と行けそうっスね。５八飛に５六飛と切って、同金、６七銀、５九飛、５六銀成、８九飛は、さすがに後手が続かないっス。５六飛じゃなくて５六角成と切るのも、同金、６七銀、５九飛、５六銀成の瞬間、６五桂が絶品っス。７七角と５三桂成を同時に見せてるっスから、これは角ちゃん優勢。
でもでも、今のはちょっと勝手読みだったっスね。７六歩のところは、６六歩、６八歩と打たせてから７六歩ｏｒ８八飛成のほうがキツいっス。これがあるなら、８九角には５八飛じゃなくて、６八飛もありそうっスね。例えば、７六歩、６五桂、７七歩成、５三桂成、同金左（同銀は６一飛成、同金直は６二飛成っスよ）のほうがマシ……うぅ、これでもまだ先手がキツいっス。
となると、６六歩、６八歩、８八飛成、６五桂、６四銀、７二角っスか？
（※図は大場さんの脳内イメージです。）
これは、なんとなくありそうっス。
７六歩、５四角成、６三銀、６四馬、同銀、５三歩みたいな感じっスね。
角ちゃん、読み抜けがないか確認して、５六銀と上がったっス。
「ん……５六銀……？」
潤ちゃんはグローブをぽんぽんとやって、長考。
「そうか……こんな手があるのか……あんた、なかなかやるな」
「角ちゃんが抜群なのは、ファッションセンスだけじゃないんっスよ」
「だけど、さすがにバランスが悪いだろ。２二角」
んー、引かれちゃったっスか。見た目と違って、慎重っスね。
角ちゃん、手がなくなっちゃ〜う。
