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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第21局 2014年度 四市対抗オールスター戦(2015年1月11日日曜)
215/681

203手目 2回戦 前空〔獄門〕vs裏見〔駒桜市立〕(2)

 パシリ


 少女は2分考えて、3五角と上がった。


挿絵(By みてみん)


「逃げただけに見えるな」

 と、みっちー先輩。

「まあ、逃げないと終了ですからね。次に4六角で、馬消しも狙ってます」

「っと、そう言われりゃ、そうだな。後手は馬を逃げるしかない」

 俺たちの予想通り、裏見うらみは2七馬で飛車に当てながら逃げた。

 2九飛、3六馬、4六角。

 ちょっと厳しい手だ。裏見は6四桂と打った。

「……」

 相手は静かに持ち駒へ手を伸ばして、8四銀と打ち込む。


挿絵(By みてみん)


 これは……どうなんだ? 意見の分かれそうな手だ。

「桂馬を取るだけの手だろ? 矢倉はこれで成立してるのか?」

「すぐには分からないですね……桂馬を打ちたい場所があるとか……」

 第一感、5五桂だ。あるいは、そのうち馬を退かせて、6三成銀かもしれない。

 裏見は1分ほど考えて緩手と読んだらしく、7五歩と反撃した。

 7三銀成、7六歩、6八銀左。

 ここで、裏見の手がとまる。

「……手がない」

 くッ、薄々勘づいていたが、後手不利じゃないか。

 残り時間は、裏見が9分、対戦相手も9分。

 あまり長考できる状況じゃなかった。

「……2二玉」

 このタイミングで入玉か。苦しいな。


 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 痛打。5三金と守るしかない。

 以下、2四歩、同歩、6五歩と進んだ。

「え? 6五歩?」

 裏見は意外そうな顔をした。右手の指で、テーブルをちょこちょこやる。

 脳内将棋盤を使って、駒の移動を確認しているのだろう。

 ギャラリーの俺も、6五歩に対する応手に気づいた。もちろん、みっちー先輩も。

「4五歩で角の進退に困ってないか?」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 たしかに、困っている。2八角は飛車筋が止まるから論外だ。

 ただ、2四角と突っ込んで行くのは、あると思う。

 みっちー先輩はニット帽に手をやって、しばらく考えた。

「2四角って出るだけでも、めんどうか……同銀、同飛、2三歩、2九飛と追い返して順調に見えるが、4一の割打ちが残ってやがる」

 後手は飛車の位置が悪い。とはいえ、4五歩以外はなさそうだ。

 裏見は、前のめりに考え続けた。そして、覚悟を決めたように深くうなずいた。

 

 パシリ

 

 4五歩。対戦相手の少女も軽くうなずいて、持ち駒に手を伸ばす。

 2四角じゃないだと?


 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 角銀の取り合いなら、歩を残す2四角のほうが良かったんじゃないか。

 そもそも、3四同銀のあと、どうする? 2四角は続かないだろう。

 相手の逸失? だとすると、裏見の対応次第では逆転だ。

 裏見もチャンスと見たのか、お茶を飲んでふたたび考え始めた。

 左手を椅子にそえ、右手のこぶしを口もとに添える。

 わずかに前傾姿勢で揺れていた。

「……」

 俺とみっちー先輩も、ひそひそと続きを読む。

「3四同銀、2四角は手がないから、2四飛、2三銀か?」

「そうですね……2三飛成、同金、2四歩とか……」

「ちなみに、4六歩、3三歩成と取り合ったら、どうなる?」

「同桂は4一銀が残りますから、同金で割打ちを解消します」

 みっちー先輩も納得した。

「その次は?」

「6三成銀としたいですけど、馬が利いてるんですよね。先に6四歩だと思います」

 次に6三歩成だから、放置できない。


 パシリ

 

 駒音――ふりかえると、4六歩が指されていた。

 3三歩成、同金、6四歩、同歩まで、パタパタと進む。

 それまで無言だった相手は、うっすらと口の端をゆがめた。

 

 パシーン

 

挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 銀捨て……いや、狙いは分かる。同馬なら6三成銀だ。

 でも、この局面で指すか? 団体戦だぞ?

 負けたら敗着だ。よほど自信があるのか、個人主義なのか。

 裏見は、「いやぁ」と嘆息して、背筋を伸ばし、腕組みをした。

「……取るしかないわね。同馬」

 3四歩の手裏剣が飛ぶ。同金、6三成銀、同金、4三銀。

 

挿絵(By みてみん)


「ぐッ……」

 裏見のうめき声。傍目にも、痛打だと分かる。

 6三桂成に気を取られて、あまり読んでいなかったようだ。

「俺にも分かりやすくなってきた。先手優勢だな」

 みっちー先輩は、左右の対局に視線を走らせる。

 その途端、左から投了の声が聞こえた。

「ありがとうございました」

 つじーんの勝ち。小声で行われる感想戦のよこで、裏見は苦吟していた。

 俺がついてるぞ。粘れ。

 裏見は額を押さえて、目をつむる。30秒ほど経って、ようやく指した。

 

 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 それくらいしか、ないか。

 相手はすぐに3四銀成。これは受けないと終わりだ。

 さっきの長考でこの手を読んでいたらしく、裏見はノータイムで2三銀。

 同成銀、同玉、1五桂、3三玉。

「……」

 相手は自陣に手をもどした。5七銀。からいな、こいつ。

 4七馬(飛車当たり)、2三金、4二玉、2四飛。

 

挿絵(By みてみん)


 手順に飛車を逃げられた。

「金を逃げれば、まだなんとかなるだろ。馬の引きつけ方が問題だ」

「ですね。とりあえず5三金ですか」

 予想通り、裏見は5三金と寄った。

 残り時間は、裏見が1分、相手が2分。

 相手の少女は、ここでいきなり小考した。

「即寄りがないから、悩んでるみたいですね」

「いや……微妙に違う気がするぞ」

 俺は、相手の少女を見やった。無表情に近いが、どことなく余裕が見える。

 寄せを探してるんじゃなくて、確認してるのか?

 そう思った瞬間、チェスクロが鳴った。

 

 ピッ

 

 1分将棋になった……30秒……40秒……50秒、1、2、3、4、5。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!


挿絵(By みてみん)


 捨てた? 詰んでるのか?

 俺とみっちー先輩は詰みを確認したが、なかった。

 

 ピッ

 

 裏見も1分将棋になる。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「ど、同玉」

 相手は30秒だけ考えて、とんでもない手を放った。

 

挿絵(By みてみん)


「……なに、これ?」

 裏見はそう漏らして、盤面をのぞき込んだ。

 混乱しているのか、挙動がおかしくなる。

 後頭部に手を回して、ポニテの位置をなおした。

「あ……そっか……」

 裏見はうっすらと青くなった。

 その頃には、俺とみっちー先輩も、2連続捨ての意味に気づいていた。

「同金、2三飛成、4一玉、4三龍だな」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 みっちー先輩は、王手馬を指摘した。くやしいが、その通りだ。

 裏見の秒読みは、どんどん進む。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「同金ッ!」

 2三飛成、4一玉、4三龍、4二銀、3二金、5一玉。

 ここで4二金かと思いきや、相手は4七龍と引いた。

 

挿絵(By みてみん)


「うまいな。次に7三角があるから、受けるしかないぜ」

 裏見は力なく6一玉と寄った。

 ほんとはもう投げたいんだろうが、団体戦だから投げられない。

 7三角、9二飛、4二龍、同飛、同金。


挿絵(By みてみん)


 5七に銀がいなければ、7九銀、同金、4八飛があった。

 ここから7七銀、同桂、8九金、4九飛はあるが、さすがに無理筋だ。7九合駒に4二飛成としても、6三桂成が詰めろで、どうにもならない。

 最後の希望もついえて、裏見は姿勢を正す。

「受けなしね……負けました」

「……」

 相手も一礼して、終了。

 最後、いろいろありそうだったんだがなあ。

 1分将棋じゃ厳しいか。

「終盤、なにかあった?」

 裏見の問いに、少女はやや首をかしげて、盤面を何ヶ所か指差した。

 それじゃ分かんないだろ。

 もしかして、しゃべれないのか?

「4二に、なにか打つの? 合駒を間違えたってこと?」

 俺たちが感想戦に苦労していると、飛瀬とびせがやって来た。

 やって来たっていうか、捨神すてがみ戦を見てたっぽいな。

「どうしたの、しずかちゃん……」

 しずかと呼ばれた子は、飛瀬のほうを振り向いて、にっこりした。

 黙って盤面を指差し、あれこれジェスチャーする。

「ふぅん……あ、なるほどね……」

「まさか、通じるの?」

 裏見は、半信半疑で尋ねた。

「4二銀のところで4二歩だと、龍筋が逸れるから困ったかも……だそうです……」

 ほんとか? てきとうに言ってるんじゃないだろうな?

 信用しかねたが、対局者本人は、飛瀬の通訳にうなずいていた。

 裏見は局面をもどす。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「4二歩は、3二金、5一玉、5三龍でダメだと思ったんだけど」

「そのとき、4七の馬が助かってるから、先手はそうしないかも……だそうです……」

 裏見は「ふぅん」とつぶやいて、あごに指を添えた。

「そっか……5三龍は続かないわね。でも、4七龍ってするんでしょ?」

「3二金も入れないで、即馬取り……だそうです……」

 おいおい、さっきから駒を動かしてないのに、なんで分かるんだ。

 テレパシーみたいで不気味なんだが。

 裏見は、やる気のある局面になったからか、6九角と打った。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 これは、ありそうだな。

 中途半端に4八龍で金を守ると、4七銀がある。

「4四龍と浮くそうです……」

「浮くの?」

「4三に合駒できないから、大丈夫……だそうです……」

「合駒できないことはないわ。同桂成、同歩、同龍、4二歩でいいじゃない」

「今度は持ち駒が金銀角だから、攻めが続く……そうです……」

 なるほどな、俺なら先手持ちっていうか、先手勝勢だ。

 後手に飛車があれば3八飛一発で詰めろだが、龍を捕獲する手段がない。

「うぅん……これなら本譜のほうがマシでしょ」

 裏見の発言にも、一理あった。変化図は4二歩を取られてるだけだから、本譜よりは駒得している。だけど、本譜は4二銀に3二金と打たせたことで、先手の攻めが鈍重になった。一長一短だろう。

「負けました」

「Danke schön」

 1番席も勝った。裏見はポーンのほうをちらりと見てから、

「他の応援に回っても、いいかしら?」

 とたずねた。相手はにっこりと笑って、おたがいに一礼した。

「ありがとうございました」

 裏見は席を立って、

「あら、観てたの?」

 と大げさに驚いた。

 気づいてなかったのか。それとも照れ隠しか。

 ちょっと赤くなって、可愛いな。

「わざわざ負け局を観なくてもいいじゃない」

「いや、終わるまで負けかどうか分かんないだろ……ところで……」

 3四歩のところで同銀を選択しなかったのはなぜか、と俺は尋ねた。

「同銀は6三成銀、同金、同桂成、8二飛、6四角があったからよ」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 俺はうなった。2四角なんて、見当違いもいいところだ。

「でも、それなら先手は、3四歩と打たなくても良かったんじゃないか?」

「3四歩、同銀を入れておかないと、2三玉〜3四玉の脱出経路が残るわ。それに、6四角と取らないで、一回5五角と王手する筋も気になったから」

「理解した。それともうひとつ、序盤の出だしはなんで横歩調だったんだ?」

「飛瀬さんから、『最近は先手番横歩を嫌ってる』って情報があったからよ。横歩模様にすれば、彼女のほうから手を変えてくれるかな、と思って。ダメなら8八角成の予定」

 俺は納得した。一方、裏見は会場を見回して、

「ほかは、勝ってるの?」

 とたずねた。

「あと1勝だ。うしろ3つの勝敗が分からん」

「じゃ、観に行きましょ」

 みっちー先輩は、捨神と話したいことがあると言って離脱した。

 俺たちは、5番席へと向かった。

場所:2014年度 四市対抗オールスター戦 2回戦

先手:前空 静

後手:裏見 香子

戦型:ムリヤリ矢倉


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △3二金

▲6六歩 △8五歩 ▲7七角 △3三角 ▲5八金右 △2二銀

▲6七金 △5四歩 ▲8八銀 △6二銀 ▲6八角 △4一玉

▲7八金 △4二角 ▲7七銀 △3三銀 ▲6九玉 △5三銀

▲5六歩 △6四銀 ▲4八銀 △5二金 ▲7九玉 △4四歩

▲8八玉 △4三金右 ▲3六歩 △3一玉 ▲3五歩 △同 歩

▲同 角 △5五歩 ▲同 歩 △5二飛 ▲5七銀 △5五銀

▲5六歩 △6四銀 ▲2六角 △5三銀 ▲3六歩 △9四歩

▲4六歩 △5四銀 ▲3七桂 △7四歩 ▲4八飛 △6四角

▲4九飛 △7三桂 ▲4五歩 △同 歩 ▲同 桂 △同 銀

▲同 飛 △4四歩 ▲4九飛 △2八角成 ▲3五角 △2七馬

▲2九飛 △3六馬 ▲4六角 △6四桂 ▲8四銀 △7五歩

▲7三銀成 △7六歩 ▲6八銀左 △2二玉 ▲5五桂 △5三金

▲2四歩 △同 歩 ▲6五歩 △4五歩 ▲3四歩 △4六歩

▲3三歩成 △同 金 ▲6四歩 △同 歩 ▲4六銀 △同 馬

▲3四歩 △同 金 ▲6三成銀 △同 金 ▲4三銀 △8二飛

▲3四銀成 △2三銀 ▲同成銀 △同 玉 ▲1五桂 △3三玉

▲5七銀 △4七馬 ▲2三金 △4二玉 ▲2四飛 △5三金

▲3二金 △同 玉 ▲4三銀 △同 金 ▲2三飛成 △4一玉

▲4三龍 △4二銀 ▲3二金 △5一玉 ▲4七龍 △6一玉

▲7三角 △9二飛 ▲4二龍 △同 飛 ▲同 金


まで125手で前空の勝ち

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