202手目 2回戦 前空〔獄門〕vs裏見〔駒桜市立〕(1)
※ここからは松平くん視点です。
「というわけで、チームは5−2で勝ちました。お疲れさまでした」
ファミレスの団体席で、辰吉の結果発表。
俺はハンバーグステーキを食べながら、それを聞いていた。
店内はお昼時とあって、結構込んでいる。店員が過労死しそうなくらいだ。
「では、次のオーダーを発表します」
去年は駒込のわがままで揉めたけど、今年はスムーズだな。
辰吉は、オーダー表をみんなに回した。
vs鎌鼬市
1番席 ポーン
2番席 裏見
3番席 辻
4番席 捨神
5番席 大場
6番席 佐伯
7番席 葛城
1年生主体か――リストを眺めていると、裏見に話しかけられた。
「松平、抜け番になってるわね」
「ま、こんなもんだろ。3回戦は本榧だし、そっちのほうがやり甲斐がある」
個人的な希望になるが、丸目と当たって欲しい。
中学のとき、勝ち逃げされたからなあ。
「裏見こそ、2連戦で大丈夫なのか?」
「任せてちょうだい。体力には自信あるから」
お、おう。
「鎌鼬市の主戦力は獄門高校です。下のひとは、気を抜かないようにしてください」
辰吉は遠回しに、下で勝つ作戦だと明かした。
捨神、大場、佐伯、葛城で4勝もありそうだ。
こういうのを、オーダー勝ちって言うんだよな。
「1時10分になったら、会場へ向かいます。それまでは、各自休憩してください」
俺はドリンクバーでコーラをおかわりして、席にもどった。
左隣の裏見は、たらこスパゲティ。右にいる自称宇宙人は、ラザニアを食べていた。
「あちちち……地球食は温度の管理が適当……」
「アハッ、気をつけて食べてね」
捨神はへらへら笑いつつ、ピザをかじった。
「今年の1年は、仲がよくていいわね」
と裏見。俺はうなずきながら、
「来年は、トラブルもなさそうだな」
と答えた。裏見は、「どうかしら」とつぶやく。俺はテーブルを一瞥した。この面子でトラブルになることって、あるんだろうか。そりゃ変なやつは多い。だけど、人間関係で揉めるのは、案外、小市民的なタイプな気がしていた。なんとなく、だ。
「新会長と新副会長の手腕次第、か」
そうつぶやきながら、俺はポテトにフォークを刺した。
「剣ちゃんは、荷物番がいい? それとも、観戦?」
会場にもどった俺は、椅子にもたれてうんと背伸びをした。
質問を投げかけてきたのは、目の前に立っているくららんだ。
「俺は、どっちでもいいぞ」
「うーん、僕は偵察があるし、だったら剣ちゃんに荷物番を……」
そのときだった。ホールの入り口に、田中が現れた。田中はすぐに俺たちのブースを見つけて、小走りに駆け寄って来た。
「ごめんごめん、遅くなっちゃった。午前中は家の用事があってさ」
「昼食のレシートは、全部集めといたから、会計をお願い。荷物番も頼める?」
くららんは田中に荷物番を任せて、その場を去った。ふたたび暇になる。
……………………
……………………
…………………
………………
裏見の対局でも、観に行くか。俺は席を立って、駒桜のブースに移動した。
相手は……ん、誰だ? 一瞬少年と見間違ったが、よく見ると、中性的な少女だった。髪がウェーブしていて、なんだか不気味なところがある。
どっかで見たような気もするな。どこだったか思い出せない。俺も年だ。
「振り駒をお願いします」
1番席のポーンが振って、表が5枚出た。めずらしい。
「鎌鼬市、偶数先」
「駒桜市、奇数先ですわ」
1番席の相手は、全然知らない男子だった。制服が獄門じゃない。
裏見の相手はコテコテのセーラー服で、明らかに獄門の生徒だった。
スケ番みたいなかっこうなんだよなあ。
「対局準備のできていないところはありますか? ……では、始めてください」
「よろしくお願いします」
「……」
裏見の相手は、黙って一礼した。おいおい、マナー違反だぞ。
裏見がチェスクロを押して、対局開始。
7六歩、3四歩、2六歩、8四歩。
ん? 裏見は横歩しないはずだろ?
2五歩、3二金、6六歩。
ひやっとしたが、相手のほうからムリヤリ矢倉に変えてくれた。
変えられなかったら8八角成だったのかもな。あとで訊いてみるか。
8五歩、7七角、3三角、5八金右、2二銀、6七金、5四歩。
このあたりは、裏見も手慣れたもんだ。
振り飛車党から居飛車党に、よくチェンジできたよな。そこに惚れる。
「松平、やっぱそこにいたか」
ふりかえると、みっちー先輩が立っていた。
「やっぱって、なんですか?」
「将棋観戦のフリして、裏見のうなじ見てるんだろ?」
俺は赤くなって、
「違いますよ。変なこと言わないでください」
と反論した。実際に見てないぞ。ほんとだぞ。
みっちー先輩は俺のとなりに立って、周囲の対局を交互に見比べた。
「捨神の対局は、観に行かなくていいんですか?」
「あいつのところは楽勝だ……裏見の相手、名前はなんて言うんだ?」
俺は、知らない選手だと答えた。
8八銀、6二銀、6八角、4一玉、7八金。
駒組みを見ながら先輩は、
「しろうとってわけじゃ、なさそうだな……」
と言い、本格的に観戦し始めた。
4二角、7七銀、3三銀、6九玉、5三銀、5六歩、6四銀、4八銀。
「おい、松平。俺は中飛車党だから、おまえが解説しろ」
「解説しろって言われても……ウソ矢倉の力戦形ですよ」
振り飛車の対局を観たほうがいいんじゃないか、と思った。大場とか。
5二金、7九玉、4四歩、8八玉、4三金右、3六歩。
どっちも王道のかたちになったな。7四歩の突きが遅いのは気になる。
「……3一玉」
裏見も入城を急ぐ。対局相手の少女は黙って、3五歩と開戦した。
「これは、取っていいんだよな?」
とみっちー先輩。
「ええ、同角に3四歩と打たないで、ほかの手が定跡です」
「5二飛とかか?」
いや、なんでも中飛車ってわけには……ん、待てよ。
「それ、ありますね。3五同歩、同角、5五歩、同歩、5二飛とか」
6四銀を活かすには、それしかない気がした。
パシリ
裏見は同歩。少女は同角と取って、5五歩、同歩、5二飛と進んだ。
マジで矢倉中飛車か……あんまり勝率のいいイメージはないんだが……。
5七銀、5五銀、5六歩、6四銀。
これで止まるんだよなあ。
先手は2六角として、いいかたちに構えた。
ここで裏見が小考。
「みっちー先輩なら、どう指します?」
「矢倉は全然分かんねぇが……7四歩〜7三桂かね」
それは指し過ぎかな、と思った。ゴキゲン中飛車感覚の手だ。
パシリ
なるほど、そう来たか。
「5三銀〜5四銀の組み替えか?」
「だと思います」
「簡単に止まりそうに見えるけどな」
俺も、そこは同意だった。もうちょっと絡めないといけない。
対戦相手の少女も、大した脅威ではないと考えたのか、すぐに3六歩と置いた。
9四歩、4六歩、5四銀、3七桂、7四歩、4八飛。
先手も攻めの体勢。受け切り勝ち狙いじゃないってことか。
本榧のちびまるこちゃんなら、もっと違う展開になりそうだ。
「後手は、どうするんだ? 4五歩、同歩、7一角成が防げないだろ?」
「後手も6四角と覗いておいて、角成は許容だと思います。これなら、4五歩の瞬間に後手の角筋が通りますから、7一角成には3七角成です」
みっちー先輩も納得した。
「だったら、6四角、4五歩、同歩、同桂が本線か」
「6四角には、いったん4九飛だと思います」
飛車を引いておかないと、1九角成がある。
「そうか? 6四角、4五歩、同歩、同桂、同銀、同飛にも1九角成だろ?」
【参考図】
「それは4四歩で、後手がいっぺんに潰れます。同銀、同角、同金、同飛、4三歩に3四銀と打って、4四歩、4三銀の打ち込みは、後手寄り筋ですから」
「そんな手があるのか。矢倉はこえぇな」
大駒がなくても寄せられる。これが、相矢倉の特徴だとも言える。
パシリ
裏見は6四角。少女は黙って、4九飛と引く。
以下、7三桂、4五歩、同歩、同桂、同銀、同飛、4四歩、4九飛と進んだ。
「2八角成」
お、これはいい手だ。次に2七馬が、飛車角両取りになっている。
さすがの相手も、今度は長考に沈んだ。がんばれ、裏見。




