199手目 1回戦 立花〔椿油〕vs裏見〔駒桜市立〕(1)
※ここからは香子ちゃん視点です。
広々とした、真新しいホール――私たちは、本榧の市民会館に集まっていた。
箕辺くんと葛城くんを中心に、輪を作る。周囲は、ちょっと騒がしかった。
「新しく連盟の会長になりました、箕辺辰吉です。よろしくお願いします」
箕辺くんは頭をさげて、となりの男の娘にバトンタッチ。
「副会長になりました、葛城ふたばでぇす。よろしくお願いしまぁす」
ふたりの挨拶が終わって、蔵持くんとサーヤが前に出た。
「前会長の、蔵持です。本日は、四市対抗オールスター戦に集まっていただき、ありがとうございました。非公式の交流戦ですが、張り切っていきましょう。開会式の時刻になるまでは、各人、ゆっくりしていてください」
無難な挨拶ね。そんなことを思っていると、となりに立っていた松平が、
「いやあ、団体戦が0ポイントだからムリかと思ったが、なんとかなったな」
と、感慨深げにうなずいた。
ちなみに、2014年度の駒桜十傑は、
1位 捨神九十九 72P(標準61P)
2位 裏見香子 50P
3位 佐伯宗三 41P(標準25P)
4位 菅原道真 34P
5位 大場角代 31P(標準31P)
松平剣之介 31P
7位 千駄光成 30P
8位 姫野咲耶 29P
駒込歩美 29P
10位 葛城ふたば 26P(標準24P)
だった。どやぁ。捨神くんの化け物みたいな数字に続いて、2位を確保。ちなみに、千駄先輩、姫野先輩、駒込先輩(!)が辞退して、繰り上げが3名も出た。当確したのは、つじーん(24P)、くららん(22P)、ポーンさん(22P)。
「あ、裏見さん、おはようございます」
つじーんが、こちらへ挨拶に来た。
「50ポイントとは、さすがですね」
オホホ、そうでもあってよ。
「今年度も、なかなかのメンバーですし、ぜひ優勝したいです」
そのあたりについては、チーム内でも結構温度差がある。
くららんとサーヤは、優勝を目指しているようだ。箕辺くんも、かな。
一方、ピクニック気分なのもちらほら。
「角ちゃん、十傑に選ばれてハッピーっスねぇ」
「私は選ばれなかった……」
「アハハ、来年、また頑張ればいいよ」
テーブルの隅っこで、大場さん、飛瀬さん、捨神くんが話している。
飛瀬さんは「地球人の文化観察」とか言ってたけど、絶対捨神くん目当てでしょ。
まったく、公私混同も甚だしい。
私は、松平のほうへ向き直る。
「オーダーは、まだなのかしら?」
「今、くららんを中心に決めてるっぽいぞ。まあ、適当だろ」
去年は2回出してもらった。1年生を底上げするという側面が強いようだ。捨神くんがこれ以上強くなる必要あるのかしら。
「ああ、香子ちゃんを発見したのですぅ」
うしろから抱きつかれて、私は悲鳴をあげた。
ふりかえると、桐野さんがニコニコ顔で立っていた。
「もう、おどかさないでよ」
「えへへぇ、駒桜の会長さんはいますかぁ?」
「箕辺くんなら、オーダー会議中よ」
「艶田の新しい会長が決まったのでぇ、こんにちはしたいのですぅ」
桐野さんは、うしろに立っている少年を紹介した。
後ろ髪がピンと跳ねていて、そこそこのイケメン少年。
全体的に線が細いけど、ちょっとしたオーラがある。
「はじめまして、立花寒九郎です」
「お花が会長のとき、副会長をしてくれていたのですぅ」
苦労人なのね。
将棋の強さと事務は、分離したほうがいいわよ。うちみたいに。
自分の名前が出たことに気づいたらしく、箕辺くんは会議を中断した。
「呼びましたか?」
「ごめんなさい。艶田の会長が、挨拶したいそうよ」
箕辺くんと立花くんは、それぞれ挨拶した。
「イケメンがふたり、これをボーイズラブと言うのですぅ」
言わないです。八千代先輩が飛んで来そう。
あきれていると、会場のほうから指示が飛んだ。
「そろそろオーダー表を提出してください」
箕辺くんは慌ててミーティングにもどり、オーダー表を埋め始めた。
去年のほうがテキパキしてたわね。千駄先輩と姫野先輩は偉大。
提出が終わって、駒桜陣営はふたたび集合。
「お待たせしました。駒桜チームのオーダーを発表します」
大将 菅原
副将 ポーン
三将 裏見
四将 辻
五将 捨神
六将 大場
七将 蔵持
八将 佐伯
九将 松平
十将 葛城
ほぉほぉ、比較的、真ん中に寄せて来たわね、これは。
「おーい、俺が大将かよ」
菅原先輩は、やや不満気だった。
くららんは、
「すみません。3年生は例年通り、1回出場を目安にお願いします」
と答えた。
「しょうがねぇな。絶対に勝てよ」
大将と言えば聞こえはいいけど、実質ずらし要員だからね。
菅原先輩は進学じゃなくて就職組。3年生なのに来ているのも、そのため。
でも、特別扱いはしてもらえないようだ。
「これより開会式を始めますので、選手のみなさんは集まってください」
運営の声。ホールの中央に整列。
見知っている顔もちらほら、見知らぬ顔もちらほら。
神崎さんと吉備さんは、すぐに分かった。
それから、クリスマスパーティーで知り合った無口な女の子とも目が合う。
にっこりして、こちらに手を振ってきた。私は目礼する。
えーと……前空さんだったかしら。あっちのぽっちゃり系が土居さんね。
「選手代表、挨拶。天堂高校、捨神九十九くん」
あらら、捨神くんが代表なんだ。
去年は桐野さんだったし、強い1年生が選ばれてるのかしら。
よれよれのレインコートを着た捨神くんが前に出て、挨拶。
「1年間のベストメンバーがこうして集えたことを、うれしく思います。県大会ではお互いにライバルですが、今日はオールスター戦ということで、楽しくやりましょう」
以上。手短かでよろしい。
「それでは、対戦校を発表します」
ホワイトボードに、大きな紙が張り出された。人だかりができる。
こういうときは、ほかのひとに頑張ってもらいましょう。離脱。
私がブースで待っていると、松平が戻ってきた。
「どうだった?」
「艶田からだ」
桐野さんのところか――いきなり当たるんじゃないでしょうね。
「で、私たちのほうは?」
「これから話し合って決めるらしい……が、さすがにフルじゃないか?」
初戦は、相手のオーダーが分からない。フルメンバーはありうる。
私が納得していると、箕辺くんがやって来た。
「裏見先輩、2番席でお願いします」
「了解」
こうして、個別的に出欠が告げられていった。
他がどうなっているのか気になる。
「選手のみなさん、着席してください」
駒桜オールスターズ、出動ッ!
私は2番席へ直行した。
桐野さん……じゃない。さっき会ったばかりの立花くんだった。
「あなただったのね」
「裏見香子さんですね。こんにちは」
「あれ? 私、自己紹介した?」
「竜王戦優勝のとき、僕もあの場にいました」
っと、当然か。艶田の副会長なら、いるに決まっている。
私は着席して、左右を確認した。
3番席は、知らない男子。1番席は――
「お花が大将ですぅ」
菅原先輩は、露骨にイヤそうな顔をして、ニット帽をずらした。
「げぇ……おまえ、なんで大将なんだ?」
「お花が1番強いからですぅ」
あのさぁ……団体戦って、そういうゲームじゃないから。
「1番席は、振り駒をお願いします」
菅原先輩は、桐野さんに譲った。桐野さんは、遠慮せずに歩を5枚集める。
「カシャカシャカシャ」
口で言わなくてよろしい。
「ぽい」
私が横目にのぞき込むと、歩が1枚。
「艶田市、偶数先ですぅ」
「駒桜市、奇数先ッ!」
私が後手か。戦法は、どうしましょう。データがないんだけど。
八千代先輩は受験勉強でいないし、駒桜はブレインが不在になっている。
とりあえず、チェスクロの位置をなおす。
「対局準備のできていないところは、ありますか?」
返事なし。
「それでは、対局を始めてください」
「よろしくお願いします」
私はチェスクロを押す。立花くんは、すぐに7六歩とした。
2手目に悩む。
……………………
……………………
…………………
………………
様子見。3四歩。
「2六歩」
ぐッ、居飛車党か。横歩は拒否。
「8八角成ッ!」
「一手損角換わりですね。了解です」
同銀、2二銀、4八銀、6二銀、3六歩、6四歩、3七銀。
むッ、これは、角換わり棒銀ね。
丁寧な物腰とは違って、攻め将棋らしい。
桐野さんも、ほんわかな外見とはうらはらに、攻め将棋。用心しましょう。
6三銀、2五歩、3三銀、6八玉、5四銀、7八玉。
左金を上がらないのか……ちょっと変則的ね。
私は、持参したお茶のキャップを開ける。駒組みについて考え始めた。
ここまでお読みいただき、まことにありがとうございました。
活動報告でも告知したのですが、今週土曜日から、
『凛として駒〜裏見香子の大学将棋物語』
の連載が始まります。
更新時間は、12日の午前7時、8時、9時、10時の4分割になります。
一括してお読みになられたいときは、10時以降にアクセスしてください。
並行連載でどちらか遅れるかもしれませんが、
これからもよろしくお願いいたします。




