19手目 女子の部2回戦 裏見〔市立〕vsポーン〔藤花〕(1)
さーて、1回戦は突破。
次は藤花女学園の主将、ポーンさんね。ドイツからの留学生。
私は弾みをつけるように、意気揚々と対局席へむかった。
「Guten Tag, Frau Urami」
金髪の白人少女が、さきに対局席で待っていた。
いかにもお嬢様然としている。性格はそうでもないけど――おっと失言。
「よろしく」
「Ich auch……よろしくお願い致しますわ」
ポーンさんは日本語が完璧だから、とりたてて心配する必要もない。
私は着席して、すぐに駒をならべた。
振り駒は年長の私が担当。カシャカシャカシャ、ぽい。
「表が4枚で、私の先手ね」
チェスクロの位置だけなおしておく。
「対局準備のととのっていないところは、ありますか?」
葉山さんの声。どうやら、会長の箕辺くんたちも対局席にいるようだ。
選手が役員を兼ねてると、こういうときに困るのよね。人手不足。
「それでは、対局を始めてください」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願い致します」
ポーンさんがチェスクロを押して、対局開始。
私はすこし考えて、2六歩と突いた。
「Hmm……相掛かりのお誘い……」
7六歩、3四歩、2六歩、8四歩がめんどくさいから、出だしで否定しておく。
「Dann nehme ich an!! 8四歩ですッ」
相掛かりを受けてきた。
ポーンさんは居飛車党だから、さもありなんという進行ではある。
2五歩、8五歩、7八金、3二金、2四歩、同歩、同飛、2三歩、2八飛。
このあたりは、とくに考えることもない。
「9四歩ですわ」
ほぉほぉ、端を突いてきましたか。
「9六歩」
一回受けておく。
ポーンさんは8六歩と突いて、飛車先交換。
同歩、同飛、8七歩、8四飛。
この飛車浮きは……9筋の端攻めを狙ってる感じかしら。
私は3八銀と上がって、3四歩の角道開けに1六歩と突いてみた。
「これは受けないといけませんわね。1四歩」
「2七銀」
あからさまに行ってみる。
舐めプというわけじゃなくて、先手のほうが速いと判断した。
受験勉強で勘が狂ってなければだけど。
「4一玉」
「6九玉」
「すぐに2六銀ではありませんのね……Ich hab' ein bisschen zu überlegen……」
ポーンさんは5二金と上がった。
彼女が積極策でくるか消極策でくるかによって、今後の展開は変わると思う。
相手の積極or消極を見きわめる一手と言えば――
パシリ
これ。受け身を嫌うなら、8八角成から動いてくるはず。
案の定、ポーンさんも悩み始めた。
ひと指しゆびを頬に当てて、しばらく考え込む。
「……交換いたします。8八角成」
積極策でキタ。攻め将棋好きの藤花らしい手だ。
私は同銀として、チェスクロを押す。
2二銀、7九玉、6二銀。
ここで、お茶タイム。ペットボトルの蓋を開けて、水分補給をする。
「ふぅ」
喉をうるおした私は、2七の銀に指をそえ、グッとまえに押し出した。
「2六銀」
ガンガン行くわよ。
3三桂、7七銀、7四歩。
後手のほうが、バランスはよくなった感じかな……とはいえ、4九金もそこそこ先手陣を補強している。悪い位置ではない。私は楽観的にみて、本格的に策を練った。
……………………
……………………
…………………
………………
端攻めが成立してる?
例えば、1五歩、同歩、同銀、同香、同香のストレート棒銀は?
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
1二香成はマズいから、さすがに止めてくるわよね……1三歩?
1三歩には1九香と重ねて、破れそう……ああ、2四銀があるのか。
そこから端攻めを継続するためには……うーん……私はペットボトルを開けた。お茶をひとくち飲んで、攻めの糸口をさがす。2四同飛はやりすぎだから……うーん……。
私は1分ほど考えて、方針を決めた。まずは、1五歩と仕掛ける。
「Aha, das habe ich vorgesehen。同歩ですわ」
同銀、同香、同香、1三歩。
「1九香」
「ずいぶんストレートですのね。これでどういたしますの? 2四銀」
私は持ち駒に手を伸ばす。
「4六角」
ポーンさんは、ちょっと意外そうな顔をした。
でも、すぐに表情をもどした。
「2四角の喰い千切りと同時に、9一角成も見ているのですか……」
そのとおり。同時受けは不可能。
選択するなら、9一角成を受けるほうでしょうね。そっちのほうが厳しい。
「……6四角」
よしよし。私は読みを深める。
4六角は2四角、同歩、1三香成のための角打ちで、同銀、同香成なら成功。そのまま押し切れると思う。問題なのは、1三香成に2五桂と跳ねられて、飛車の身動きがとれなくなるパターンだ。
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
放置すると3七桂成で厄介。
とはいえ、これに乗じて1八飛と寄れば、かえって弾みがつくと思うのよね。
「2四角」
いけいけドンドン。3年生の大会だから、とくに失うものもない。
同歩、1三香成、2五桂。
予想通り、飛車を封じ込めにきた。
「1八飛」
「Hmm……いつもより過激ですわね……」
ポーンさんは30秒ほど考えて、1七歩と打った。
この対応は、指している途中で見えてたわよ。
同桂なら飛車先が止まるという読みだ。
「同桂」
ポーンさんは3七桂成とはせずに、1三銀と手をもどした。
「これを見落としてるんじゃないのッ! 2五桂ッ!」
絶妙のタイミングだ、と思う。たぶん。
というのも、後手は歩切れなのだ。1四香と受けるしかない。
「He? それは危なくありませんこと?」
ポーンさんはそう言ってから、1四香と打った。
どこが危ないの? 次の手がみえてないとか?
「1五歩」
「Frauウラミのことですから、なにかあるのでしょうか……2五歩」
私は1四歩と取り込んで、角と銀香の2枚換えに持ち込んだ。
これで駒損は解消。「なにかある」っていうのが気になるけど、なにかしら。
私は香車を持ち駒にくわえて、チェスクロを押した。
それと入れ替わるように、盤上に角がおかれた。
……………………
……………………
…………………
………………ん? そこに角?
……………………
……………………
…………………
………………ふわッ!?
「オホホホ、Frauウラミ、顔色がよろしくありませんことよ」
ポーンさんは、口もとに手をあてて、お上品に笑った。
ま、マズい。自陣の評価が甘かった。
ここから1三歩成、1八角成、同香、1九飛だと死ねる。
かと言って4八飛、3七角成は、反撃が不可能だ。
捨て身で攻めるか、じり貧を耐えるかの二択になってしまった。
私は一回落ち着くため、お茶を飲む。なにか他に手が……ない。さっきの二択。どちらも助からないようにみえるけど……まず4八飛、3七角成は、ほんとうに次の手がない。これは勝ち筋がゼロだろう。反対に1三歩成は、即死する可能性がある代わりに、反撃は可能。ただ、一気に形勢を損ねる可能性も否定できないわけで……。
私は悩んだ――悩んだ結果、当初の方針通りにいく。いけいけドンドン。
「1三歩成ッ!」
「暴発なさいましたわねッ! 1八角成ですッ!」
同香、1九飛(キツぅい!)、5八銀、6五桂。
こ、これは死んでる気がする……私はのこり時間を確認した。
私が13分、ポーンさんが11分。
こっちのほうが残してるのか。敗勢じゃ意味ないけど……いやいや、まだ敗勢と決まったわけじゃない。敗勢っぽく見えるだけだ。まあ、ほぼ敗勢のような気がしなくも……というか、ここから5七桂成とされて、受けがないように思う。
先に4八銀or3八銀と受けようかしら? 1八飛成、1四角なら、まだ戦える。けど、3八銀、5七桂成、同銀、3七角成の突っ込みがあるか。これは4八銀と戻っても、4八馬に同金と取れない。取ったら王手放置。3八銀に代えて4八銀も、3七角成、同銀、5七桂成があ……る? ん? 5七桂成に2八銀だと?
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
5八成桂、1九銀、4九成桂は、さすがに先手がよくないかしら?
あ、でも、5七桂成の代わりに、1八飛成があるのか。
んー、いい手だと思ったんだけどなぁ。応用が利かないかしら。
私は長考に沈んだ。




