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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第20局 地球、ちょうだい(2015年6月1日月曜)
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196手目 飴玉お姉さん、本気を出す

「いつものお嬢さん、見ぃつけた」

 電信柱のうしろから、真っ赤な髪のお姉さんが現れた――飴玉お姉さんだった。

 夕暮れどきで、髪の色が空に溶け込んでいた。

 くわえタバコから、甘ったるい匂いがする。

「こんにちは……と」

 飴玉お姉さんは、箕辺みのべくんに目をとめた。ニヤリと笑う。

「おやおや、両想いになれたんだねぇ」

「両想い? ……すみません、なんのことですか?」

「そこのお嬢さんがね、このまえ……」

 シーッ! シーッ! 私は思いっきりジェスチャーで黙らせようとした。

葉山はやま、どうした? なに暴れてるんだ?」

「なんでもないッ! なんでもないからッ!」

 私は箕辺くんをごまかしてから、飴玉お姉さんにむきなおった。

「ここで、なにしてるんですか?」

「んー、観光」

 住宅地を観光して、どうするのよ。私は不審に思う。

 一方、箕辺くんは箕辺くんで、興味津々らしく、

「ほんとうに、飴玉お姉さんなんですか?」

 と質問した。

「みんな、そう呼んでるね。飴、欲しい?」

「……いえ、結構です」

 箕辺くんは常識人らしく、ことわった。

 お姉さんは、まったく耳を傾けないで、

「まあまあ、そう言わずにさ。いくらでもあるから」

 と言って、ポケットのなかをごそごそやった。

 ジーンズの両ポケットを引っ張り出す。

 なんにも入ってなかった。

「アハハ、ごめんごめん、さっきあげたのが最後だった」

 冗談みたいな雰囲気。でも、あやしげな香り。

 夕闇にありがちな錯覚なのか、それとも――

 お姉さんはポケットの生地をもどして、ふたたびタバコをくゆらせた。

 あいかわらず煙が出てこない。匂いだけが漂ってくる。

「ところで、ふたりはなにしてるの? デート?」

「いえ、途中まで一緒に帰ってるだけです」

 箕辺くんの冷静な反応に、心が痛む。

「俺のほうから、ひとつ質問してもいいですか?」

「いいよ〜」

「飴玉お姉さん、アタリーでお会いしませんでした?」

「アタリーって、どこ?」

七日市なのかいちにある遊園地です」

 飴玉お姉さんは、ポンと手をたたいた。

「ああ、思い出したよ。会ったねぇ。女の子も一緒だったかな?」

 あ、やっぱり遊子ゆうこちゃんと一緒じゃないの。

「あのとき飴玉食べたでしょ? どう、また食べたくなった?」

「い、いえ、そこまでは……」

 飴玉お姉さんは、首をかしげた。

「うーん、ほんとに食べたくない? 寒気がしたり、手が震えたりしない?」

 なによ、それ。禁断症状じゃない。

 大学での鑑定が不十分で、見逃してる可能性が出てきた。

 私は気分が悪くなる。

 箕辺くんも、かなり怪しみ始めたようだ。お姉さんと距離をとった。

「そ、それじゃあ、俺たちはこれで」

「あ、待って」

 お姉さんは、私たちの行く手を塞ぐように立ちはだかった。

「すみません、急いでるんで」

 箕辺くんは、私の手を引いて、お姉さんのとなりを通り抜けようとした。

 すると、目にも留まらない速さで回り込まれてしまった。

「そう言わずにさ、遊ぼうよ」

 お姉さんは、どこからともなく将棋盤を取り出した。

 コンビニで売ってるような、マグネット盤だった。

「あたしとそこのお嬢さん、いい勝負だと思うんだよね」

 いやいや、さすがに私のほうが強いわよ。

 箕辺くんは、私とお姉さんのあいだに割って入る。

「道ばたでいきなり将棋を挑むのは、非常識じゃありませんか?」

「んー、人生、もっと楽しまなきゃ損だよ」

「俺は十分楽しんでます」

 箕辺くんと私は、ふたたび横を通り抜けようとした。

 またよく分からないスピードで回り込まれてしまう。

「将棋しようよ。ね?」

「俺と葉山にかまうのは、やめてください。警察を呼びますよ」

「地球の警察とか、ぜーんぜん怖くないんだよね。あんなのイチコロだよ」

 とてつもなく物騒な発言が出て、私は怖くなった。箕辺くんのうしろに隠れる。

 っていうか、さっきからおかしくない? 人通りが完全に消えていた。住宅街なのに。

 しんと静まり返った夕焼け空だけが、どこまでも広がっていた。

「お嬢さんがダメなら、きみでもいいよ。将棋、指そうか」

 お姉さんが手を伸ばしてきて、箕辺くんはそれを振り払おうとした。

 ところが、逆に掴まれてしまう。

「……痛ッ!?」

「腕力勝負はやめたほうがいいよ。おとなしく将棋を指そうねぇ」

「箕辺くんを放しなさいッ!」

 飛びかかった私は、ドンと突き飛ばされてしまう。

「葉山ッ!」

 尻餅をついた私は、お姉さんをにらみつけた。

「……え?」

 目が真っ青になっている。人間の瞳じゃなかった。

 お姉さんは箕辺くんの胸ぐらをつかんで、宙に持ち上げる。

「ヒトガヤサシクシテルカラッテ、チョウシニノッテルンジャナイヨ」

 私は悲鳴をあげた。


ひかる? 光?」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 ハッ!?

 気づくと、私は鞄を手にしたまま、道の真ん中に突っ立っていた。

 箕辺くんが、不思議そうに顔をのぞきこんでくる。

「気分でも悪くなったのか?」

「あ、飴玉お姉さんは?」

 私の質問に、箕辺くんはきょとんとした。

「飴玉お姉さん? 見かけたのか?」

 電信柱のほうを指差す。だれもいなかった。

 通りすがりのひとたちが、不思議そうにこちらを見ていた。

 箕辺くんも笑って、

「寝ぼけてたんじゃないか」

 と、私の手を引いた。

「ほら、もうすぐ分かれ道だぞ」

 私は恥ずかしがっているひまもなく、分かれ道までリードされた。

 箕辺くんはスッと立ち止まって、

「それじゃ、今日はここまでだな」

 と、名残惜しそうな顔をした。初めて見た表情だった。

 私はもじもじしながら、また明日、と言いかけて――抱きしめられた。

 大混乱する私の耳もとで、箕辺くんはそっとささやく。

「また明日な」

 私はなにも答えず、ポーっとした頭で、手を振る箕辺くんの背中を見送った。


 翌朝、私は眠たい目をこすりつつ、いつもの通学路を歩いていた。

 昨日の出来事は……なんだったんだろう。今思い出しても、ドキドキする。

 夢だったのかな、と思って、自分のほっぺたをつねったくらいだ。

「おーい、光」

 うしろから声をかけられて、私は振り返る。

 箕辺くんが手を振って、こちらに走って来るのがみえた。

「おはよう」

「おはよう……光、今日はなにか用事があるのか?」

 ん? どういうこと?

 私が意味をとらえかねていると、箕辺くんは微妙な表情をして、

「いつもふたりで登校してるのに、どうしたのかな、と思って」

 と付け加えた。ますます意味が分からなくなる。

「一緒に登校してるのは、遊子ちゃんでしょ?」

「おいおい、俺は浮気なんかしてないぞ」

 ??? ハテナマークだらけになっているところへ、福留ふくどめあずさちゃんが現れた。

「葉山先輩、箕辺先輩、おはようございますッ!」

「おはよう」

 挨拶を返した途端、梓ちゃんは私をひじで小突いた。

「先輩たち、今日もラブラブですね」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「あ、梓ちゃん、なに言ってるの?」

「またまた、とぼけないでください。みんな知ってますよ」

 否定しかけた私の横で、箕辺くんは、照れくさそうに頬をかいた。

「福留、俺と光が付き合ってること、あんまり言うなよ」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 はぁああああああああッ!?

「わ、私と箕辺くん、付き合ってるのッ!?」

 大声を出した私に、箕辺くんはぽかんとした。

「光……どうしたんだ? 頭でも打ったんじゃないだろうな?」

「いつからッ!?」

「いつからって……去年からだ」

 ありえない。これは夢だ。

 私は手近な電信柱に、頭をごんごん打ち付けた。痛い。

「なにしてるんだッ!? ケガするぞッ!?」

 箕辺くんに引き止められる。

「ドッキリなんでしょッ! みんなにかつがれてるんだわッ!」

「光、落ち着け。ドッキリなわけないだろ」

「だったら、ここで私にチューしてみなさいよッ!」

 私は目を閉じて、くちびるを突き出す。新聞部のエースが、こんなドッキリに――温かな感触をおぼえた私は、そのまま失神した。

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