195手目 片想いの下校時間
「Herrサエキ、どうぞ食べてくださいまし」
ドキドキしながら、わたくしは両手で飴玉を差し出しました。
相手の顔を直視することができません。いけないことをしているような感覚。
「ありがとう」
Herrサエキは飴玉を持ち上げて、それをじっと見つめました。
「これ、どこのお菓子?」
「も、もらいものですわ」
「そっか……僕の勘違いかな。どこかで、見たことがあると思ったんだけど」
Herrサエキはそう言いながら、包装紙をといて口に含みました。
わたくしも食べます。
「ハッカ飴だね……ところでポーンさん、清心に来たのは、なにか用?」
きちんと言い訳は考えてありますわよ。
「来月は県大会がありますし、藤花と合同で練習致しませんこと?」
「藤女は市代表じゃないよね?」
グサリ。
「そ、そういう言い方は、しないでくださいまし」
「ごめん、悪気があったわけじゃないんだ。時間を使わせちゃ悪いかなと思って」
「Kein Problem!!」
「それに、市立と合同練習する話が出てるんだ」
「Was!?」
き、聞いてませんわよ。Frauトビセは、なにもおっしゃっていなかったような。
「だ、だれが言い出しましたの?」
「僕だよ。飛瀬さんにリベンジしたいし、新作の手品も見せてもらいたいから」
どうしていつも、Frauトビセの話が出てくるのですかしら。
いくら手品がお上手だからと言って――
……………………
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…………………
………………
「ポーンさん、どうしたの? 顔色が悪いよ? ポーンさん?」
○
。
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「Frauトビセ! 顔をお貸しなさいッ!」
「はわわ……部室で女がカッターを振り回してる……110番しなきゃ……」
「カッターなんか振り回していませんわッ! とにかく来てくださいましッ!」
私は市立将棋部から連れ出されて、屋上に向かうことになった。
地球人は野蛮。
「突き落とすのはダメだよ……UFOが助けに来てくれるし……」
「今すぐ、Herrステガミとのお付き合いを公言なさいましッ!」
「え……なんで……?」
エリーちゃんは、理由を説明してくれた。かくかくしかじか。
「佐伯くんが、私のこと好き……? 嘘だよね……?」
エリーちゃんはハンカチを噛み締めながら、
「わたくし、確信しましたのよ。恋のライバルはFrauトビセ、あなただったのですわ」
と涙した。
「なにかの間違いじゃない……? そういう言葉は、かけられたことないよ……?」
「Herrサエキは、わたくしのまえで、あなたの話ばかりしてますッ!」
「それにさ、私には捨神くんがいるから……二股はしないから……」
「ですから、それを周囲にきちんと発表してくださいと言っているのですッ!」
つまり、佐伯くんに諦めさせる作戦なわけか……でもね……。
「私はそれでもいいけど、捨神くんがどう思うかな……」
「公言できない仲なら、本気で愛していないということですわ」
「また捨神くんを疑う発言……大罪だよ……」
私たちが揉めていると、いきなり屋上のドアがひらいた。
遊子ちゃんが現れる。
「あ、いたいた。カンナちゃん、部費の申請書類にサインちょうだい」
「取り込み中ですわ。あとにしてくださいまし」
「ああん?」
「Entschuldigung……どうぞご自由に」
さすがは遊子ちゃん、ガンの飛ばし方は一流だね……私も殺されないうちにサインしなきゃ……ボールペン、ボールペン……。
私がサインすると、遊子ちゃんは書類を折り畳んで、ポケットに入れた。
「ところで、ふたりともなにしてたの?」
「恋の戦争をしていたのですわ」
エリーちゃんはおしゃべり。
「恋の戦争って、なに? 新しいゲームかな?」
エリーちゃんは、ここまでの事情を説明した。全部憶測。
「佐伯くんがカンナちゃんのこと好き? ……勘違いだと思うよ?」
「どうして、そう言い切れるのですか?」
「だって、性格がちぐはぐだもん」
「そうです……私と相性ぴったりなのは、捨神くんだけです……」
「はいはい、それでね、佐伯くんがカンナちゃんのことをやたら気にするのは、将棋が強くなったのと、やっぱり手品だと思うよ? 趣味の問題でしょ?」
さすがは遊子ちゃん、口がうまいね……見習おう……。
「Hmm……たしかに、言われてみればその通りですわ」
エリーちゃんは私に向き直って、
「疑って申し訳ございませんでした。許してくださいまし」
と謝った。地球人は素直。
「べつにいいよ……ところで、あのあと、飴玉お姉さんには会えた……?」
エリーちゃんは少し赤くなってから、
「あ、会ってませんわ」
と答えた。嘘くさい。
「飴玉お姉さんには、あまり近づかないようにね……危ないから……」
だって、飴玉お姉さんの正体は……ヒミツ……。
○
。
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「うーん」
私がパソコンのまえで悩んでいると、部長に声をかけられた。
「葉山、さっきから筆が進んでないじゃないか」
私は振り向いて、これまで考えてきたことをまとめる。
「飴玉お姉さんの特集ですけど……中止にしません?」
部長は眼鏡の奥で、きょとんとした。
「なにを言ってるんだ。あれは記者会で決まったことだぞ」
ま、そうなるわよね。でも……。
「飴玉お姉さんに、また会ったんです」
「なんだ、お手柄じゃないか」
「で、取材した結果なんですけど……やっぱりボランティアのお姉さんだと思います」
「小さい子に声をかけている、ってうわさは、どうなった?」
私は、飴玉お姉さんに出会ったときのことを、詳しく話した。
もちろん、場所は伏せておいたし、オフレコという約束だ。ほかの記者に情報を横取りされては、たまらない。取材は競争。
「地球、あげちゃいます? ……なんだ、それは? 合い言葉か?」
「分かりません」
一応、仮説は立ててある。あのとき、お姉さんと優太くんは、賭け将棋をしていた。優太くんが勝ったら、飴玉1個。じゃあ、優太くんが負けたら? 中学生からお金を取るわけには、いかない。だから、適当に恥ずかしい台詞を言わせることにした。
この可能性が、一番高いと思う。
「……すまんが、俺の一存では決められない」
「次の記者会で、企画を没にする提案をしてもらえませんか?」
「……ほかの情報も考慮したうえで、検討してみる」
あちゃあ、どうも感触がよくないわね。
マスコミの責任を感じてちょうだいよ。
まあ、先輩に楯突いても仕方がないし、私は帰宅することにした。
廊下を歩いていると、うしろから声を掛けられた。
「葉山、もう帰るのか?」
箕辺くんだった。私はすこしどぎまぎして、
「今日は、遊子ちゃんと帰らないの?」
と、変な質問をしてしまった。
「ああ、大会に向けてミーティングがあるらしい……たまには一緒に帰るか?」
うぅ、そういう誘惑をしないで。
「……いいよ。途中までは同じ方向だし」
私たちは校舎を出て、校庭を横切った。運動部が練習をしている。
なにを話したらいいのか分からない。鞄を両手に持って、うつむき気味に歩く。
「葉山は、新聞部にいたのか?」
「うん」
「校内新聞、いつも読んでるぞ。葉山の記事が一番面白いな」
ぐぅ、なんでそういう勘違いさせるような台詞ばっかり言うかな。
無意識的な女たらしの才能があるわね。
「次は、どんな記事を書くんだ?」
「今調べてるのは、飴玉お姉さんの件」
箕辺くんは、飴玉お姉さんのことを知っていたらしい。
興味深そうに、へぇ、と返してきた。
「俺は会ったことないけど、どんな人なんだろうな」
「髪の毛が真っ赤で、くわえタバコだったわ」
「だった……? もしかして、会ったのか?」
っと、企業秘密だったわね。ま、いっか。
私が詳しく容姿を説明すると、箕辺くんは驚いて、
「そのお姉さん……会ったことあるぞ」
とつぶやいた。今度は私が驚く番だ。
「ど、どこで?」
「アタリーにいた飴玉配りのお姉さんとそっくりだ」
アタリー? アタリーって、遊園地の名前よね。
家族と一緒だったのか、遊子ちゃんと一緒に行ったのか、そっちも気になってしまう。
「そのときも、ハッカ飴だった?」
「ああ、ハッカ飴だった……そう言えば、『気持ちよくなる』とか言ってたな」
口癖もそっくりだ。これは、同一人物っぽい。
「それって、いつ?」
「4月の終わり頃だ」
駒桜市に現れるようになったのは、5月から。
もしかして、移動しているのかしら。てっきり駒桜の住民だと思っていた。
私は夕暮れ時の町並みを歩きつつ、これまでの時系列を整理する。
「あ、いつものお嬢さん、見ぃつけた」




