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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第20局 地球、ちょうだい(2015年6月1日月曜)
207/682

195手目 片想いの下校時間

「Herrサエキ、どうぞ食べてくださいまし」

 ドキドキしながら、わたくしは両手で飴玉を差し出しました。

 相手の顔を直視することができません。いけないことをしているような感覚。

「ありがとう」

 Herrサエキは飴玉を持ち上げて、それをじっと見つめました。

「これ、どこのお菓子?」

「も、もらいものですわ」

「そっか……僕の勘違いかな。どこかで、見たことがあると思ったんだけど」

 Herrサエキはそう言いながら、包装紙をといて口に含みました。

 わたくしも食べます。

「ハッカ飴だね……ところでポーンさん、清心せいしんに来たのは、なにか用?」

 きちんと言い訳は考えてありますわよ。

「来月は県大会がありますし、藤花ふじはなと合同で練習致しませんこと?」

藤女ふじじょは市代表じゃないよね?」

 グサリ。

「そ、そういう言い方は、しないでくださいまし」

「ごめん、悪気があったわけじゃないんだ。時間を使わせちゃ悪いかなと思って」

「Kein Problem!!」

「それに、市立いちりつと合同練習する話が出てるんだ」

「Was!?」

 き、聞いてませんわよ。Frauトビセは、なにもおっしゃっていなかったような。

「だ、だれが言い出しましたの?」

「僕だよ。飛瀬とびせさんにリベンジしたいし、新作の手品も見せてもらいたいから」

 どうしていつも、Frauトビセの話が出てくるのですかしら。

 いくら手品がお上手だからと言って――

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「ポーンさん、どうしたの? 顔色が悪いよ? ポーンさん?」


  ○

   。

    .


「Frauトビセ! 顔をお貸しなさいッ!」

「はわわ……部室で女がカッターを振り回してる……110番しなきゃ……」

「カッターなんか振り回していませんわッ! とにかく来てくださいましッ!」

 私は市立将棋部から連れ出されて、屋上に向かうことになった。

 地球人は野蛮。

「突き落とすのはダメだよ……UFOが助けに来てくれるし……」

「今すぐ、Herrステガミとのお付き合いを公言なさいましッ!」

「え……なんで……?」

 エリーちゃんは、理由を説明してくれた。かくかくしかじか。

佐伯さえきくんが、私のこと好き……? 嘘だよね……?」

 エリーちゃんはハンカチを噛み締めながら、

「わたくし、確信しましたのよ。恋のライバルはFrauトビセ、あなただったのですわ」

 と涙した。

「なにかの間違いじゃない……? そういう言葉は、かけられたことないよ……?」

「Herrサエキは、わたくしのまえで、あなたの話ばかりしてますッ!」

「それにさ、私には捨神くんがいるから……二股はしないから……」

「ですから、それを周囲にきちんと発表してくださいと言っているのですッ!」

 つまり、佐伯くんに諦めさせる作戦なわけか……でもね……。

「私はそれでもいいけど、捨神くんがどう思うかな……」

「公言できない仲なら、本気で愛していないということですわ」

「また捨神くんを疑う発言……大罪だよ……」

 私たちが揉めていると、いきなり屋上のドアがひらいた。

 遊子ゆうこちゃんが現れる。

「あ、いたいた。カンナちゃん、部費の申請書類にサインちょうだい」

「取り込み中ですわ。あとにしてくださいまし」

「ああん?」

「Entschuldigung……どうぞご自由に」

 さすがは遊子ちゃん、ガンの飛ばし方は一流だね……私も殺されないうちにサインしなきゃ……ボールペン、ボールペン……。

 私がサインすると、遊子ちゃんは書類を折り畳んで、ポケットに入れた。

「ところで、ふたりともなにしてたの?」

「恋の戦争をしていたのですわ」

 エリーちゃんはおしゃべり。

「恋の戦争って、なに? 新しいゲームかな?」

 エリーちゃんは、ここまでの事情を説明した。全部憶測。

「佐伯くんがカンナちゃんのこと好き? ……勘違いだと思うよ?」

「どうして、そう言い切れるのですか?」

「だって、性格がちぐはぐだもん」

「そうです……私と相性ぴったりなのは、捨神くんだけです……」

「はいはい、それでね、佐伯くんがカンナちゃんのことをやたら気にするのは、将棋が強くなったのと、やっぱり手品だと思うよ? 趣味の問題でしょ?」

 さすがは遊子ちゃん、口がうまいね……見習おう……。

「Hmm……たしかに、言われてみればその通りですわ」

 エリーちゃんは私に向き直って、

「疑って申し訳ございませんでした。許してくださいまし」

 と謝った。地球人は素直。

「べつにいいよ……ところで、あのあと、飴玉お姉さんには会えた……?」

 エリーちゃんは少し赤くなってから、

「あ、会ってませんわ」

 と答えた。嘘くさい。

「飴玉お姉さんには、あまり近づかないようにね……危ないから……」

 だって、飴玉お姉さんの正体は……ヒミツ……。


  ○

   。

    .


「うーん」

 私がパソコンのまえで悩んでいると、部長に声をかけられた。

葉山はやま、さっきから筆が進んでないじゃないか」

 私は振り向いて、これまで考えてきたことをまとめる。

「飴玉お姉さんの特集ですけど……中止にしません?」

 部長は眼鏡の奥で、きょとんとした。

「なにを言ってるんだ。あれは記者会で決まったことだぞ」

 ま、そうなるわよね。でも……。

「飴玉お姉さんに、また会ったんです」

「なんだ、お手柄じゃないか」

「で、取材した結果なんですけど……やっぱりボランティアのお姉さんだと思います」

「小さい子に声をかけている、ってうわさは、どうなった?」

 私は、飴玉お姉さんに出会ったときのことを、詳しく話した。

 もちろん、場所は伏せておいたし、オフレコという約束だ。ほかの記者に情報を横取りされては、たまらない。取材は競争。

「地球、あげちゃいます? ……なんだ、それは? 合い言葉か?」

「分かりません」

 一応、仮説は立ててある。あのとき、お姉さんと優太ゆうたくんは、賭け将棋をしていた。優太くんが勝ったら、飴玉1個。じゃあ、優太くんが負けたら? 中学生からお金を取るわけには、いかない。だから、適当に恥ずかしい台詞を言わせることにした。

 この可能性が、一番高いと思う。

「……すまんが、俺の一存では決められない」

「次の記者会で、企画を没にする提案をしてもらえませんか?」

「……ほかの情報も考慮したうえで、検討してみる」

 あちゃあ、どうも感触がよくないわね。

 マスコミの責任を感じてちょうだいよ。

 まあ、先輩に楯突いても仕方がないし、私は帰宅することにした。

 廊下を歩いていると、うしろから声を掛けられた。

「葉山、もう帰るのか?」

 箕辺みのべくんだった。私はすこしどぎまぎして、

「今日は、遊子ちゃんと帰らないの?」

 と、変な質問をしてしまった。

「ああ、大会に向けてミーティングがあるらしい……たまには一緒に帰るか?」

 うぅ、そういう誘惑をしないで。

「……いいよ。途中までは同じ方向だし」

 私たちは校舎を出て、校庭を横切った。運動部が練習をしている。

 なにを話したらいいのか分からない。鞄を両手に持って、うつむき気味に歩く。

「葉山は、新聞部にいたのか?」

「うん」

「校内新聞、いつも読んでるぞ。葉山の記事が一番面白いな」

 ぐぅ、なんでそういう勘違いさせるような台詞ばっかり言うかな。

 無意識的な女たらしの才能があるわね。

「次は、どんな記事を書くんだ?」

「今調べてるのは、飴玉お姉さんの件」

 箕辺くんは、飴玉お姉さんのことを知っていたらしい。

 興味深そうに、へぇ、と返してきた。

「俺は会ったことないけど、どんな人なんだろうな」

「髪の毛が真っ赤で、くわえタバコだったわ」

「だった……? もしかして、会ったのか?」

 っと、企業秘密だったわね。ま、いっか。

 私が詳しく容姿を説明すると、箕辺くんは驚いて、

「そのお姉さん……会ったことあるぞ」

 とつぶやいた。今度は私が驚く番だ。

「ど、どこで?」

「アタリーにいた飴玉配りのお姉さんとそっくりだ」

 アタリー? アタリーって、遊園地の名前よね。

 家族と一緒だったのか、遊子ちゃんと一緒に行ったのか、そっちも気になってしまう。

「そのときも、ハッカ飴だった?」

「ああ、ハッカ飴だった……そう言えば、『気持ちよくなる』とか言ってたな」

 口癖もそっくりだ。これは、同一人物っぽい。

「それって、いつ?」

「4月の終わり頃だ」

 駒桜こまざくら市に現れるようになったのは、5月から。

 もしかして、移動しているのかしら。てっきり駒桜の住民だと思っていた。

 私は夕暮れ時の町並みを歩きつつ、これまでの時系列を整理する。

「あ、いつものお嬢さん、見ぃつけた」

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