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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
幕間 H島県を紹介(2015年5月31日日曜)
201/682

189手目 H島県高校将棋界、徹底解剖マニュアル

※ここからは、吉良きらくん視点です。

 放課後、香宗我部こうそかべ先輩に呼びだされた俺は、王手町おうてまち高校の将棋部にむかった。

 ドアを開けると、先輩は大きな巻き紙をかかえて、ホワイトボードを用意していた。

 それに、磯前いそざき先輩の姿もあった。テーブルに座って、ルアーの手入れをしている。

「おはようございます」

 俺が挨拶すると、香宗我部先輩はにこりと笑って、

吉良きら、遅かったな。なにかあったのか?」

 と尋ねてきた。

「担任にプリント運びの手伝いやらされてて……で、なんか用ですか?」

「そろそろ、日日杯に備えようと思ってな。今日は作戦会議だ」

 磯前先輩が来ている理由が、ようやく分かった。

 だけど、まだ5月の最終日だ。日日杯は8月の中旬にある。

「まだ2ヶ月半もありますよ?」

「7月になったら期末考査も始まるし、今のうちにやっておいたほうがいいだろう」

 なるほどな、と俺は思って、とりあえず部室の椅子に着席した。

 両腕を後頭部で組み、背もたれに大きく寄りかかった。

「敵を知り、おのれを知れば百戦危うからず。兵法の基本だ。ライバルの県を分析してみたから、今日はそれを確認しよう。まずは、H島県から」

「H島の代表なら、捨神すてがみでしょう。知ってますよ」

「捨神だけが代表じゃないだろう。それに、女子のことを知っておくのも悪くない」

 当たらないから、べつに知らなくてもいいような気がする。

 香宗我部先輩は、ホワイトボードに大きな地図を貼った。


挿絵(By みてみん)


「地図がごちゃごちゃするといけないから、東と西に分けてみた。まずは、西部から説明する。西部は、単独の市がブロックを形成している地域と、複数の自治体が集まっている地域に分かれる。H島市は例外で、ひとつの市のなかに3ブロックだ」

 さすが、100万都市。

「西のほうから時計回りにいくぞ。H島の西端にあるのは、七日市なのかいち市。瀬戸内工業地帯のひとつで、満菱みつびしグループの工場がたくさんある。人口はそこそこ多いから、単体でブロックになっているわけだ。有名な女子は、正力しょうりき安奈あんな。男子には、めぼしい選手がいない。市代表は根津ねづだが、中堅以下というところだ」

「あれ? 並木なみきとか言うのがいませんでしたっけ?」

「並木は、H市内の進学校に通っている。ブロックの基準は、住所ではなく、所属校だ。七日市からは出られない。次に、西ブロック。瀬戸内海沿岸の小都市の集まりだ。鎌鼬かまいたち市の神崎かんざきさんが、一番有名だな」

 ああ、このまえ、大谷おおたに先輩と一緒にいた女性か。

 忍者とか言ってたけど、ほんとなのかね。

「最近は、前空まえぞらという新人が出てきたらしい。情報が少なくて、よく分からない。次に、北西ブロック。山中の小さな市や町が集まっているブロックだ。田舎ブロックだが、艶田つやだ椿油つばきゆ高校の桐野きりのはなさんは、全国でも有名な選手だ。今年度も絶好調みたいだぞ」

 香宗我部先輩はそう言って、磯前先輩に目配せした。

 磯前先輩は、かるく肩をすくめただけだった。

「次に、駒桜こまざくら市。西ブロックや北西ブロックとは異なり、小都市がどんどん合併してできた単独のブロックだ。西で艶田、南で鎌鼬、東でH島および本榧ほんがやと接している。毎年、年度末には、四市対抗戦を行っているという話だ。ま、おまえにとっては、ここもあまり説明の必要はないだろう」

「捨神がいるところですからね。イヤでも覚えますよ」

「そう言えば、去年遊びに来ていた裏見うらみさんも、ここの出身だったな。面子を見る限り、人材は豊富なようだ。次に、安芸あきブロック。特に有名な選手はいない。白鳩しらはと平和へいわ加掛かけ新生しんじょうなどの、マイナー校が出場枠を持ち回りしている。次に、本榧市。H市の北に位置する都市で、そこそこ人口は多い。有名な選手としては、吉備きびさんがいる」

「吉備とは指したことあるけど、まあまあ強かったね」

 さっきまでだんまりだった磯前先輩が、急にコメントを残した。

 これには、香宗我部先輩も興味を示して、

「ん? いつ指した? 吉備さんに、県代表経験はないはずだが?」

 と尋ねた。

「お花ちゃんと一緒に、四国に来てたよ。中学のときかな」

「ああ、非公式戦か。吉備さんを『まあまあ』と表現できるところは、さすが磯前だな。それじゃあ、H市に入るぞ。ここは、西、中央、東の3ブロックに分割されている。高校もかなり多い。重要なところだけ紹介する。まずは、西から。西区はH島市の西端から西H島駅までのブロックで、有名な高校としては、修身しゅうしん鐘ヶ峰かねがみねがある。前者は進学校としても有名な男子高、後者は平均的な女子校だ。さっき名前の出た並木は、修身に通っている。ところで、どうして並木の名前を知ってるんだ?」

「勝ち始めたら手のつけられない選手がいるって、E媛の石鉄いしづちが言ってましたよ」

「なるほど、石鉄の兄さんは、瀬戸内海を渡って、修身の寮にいるからな。並木は、勝つごとに調子の上がる選手で、絶好調のときは捨神と同レベルらしい。県大会では、なるべく1回戦で潰すように、みんなで注意してるみたいだ」

 リンチじゃないか。

「次に、中央区。H島駅を中心とする一大繁華街を含む地域だ。全国でも有名な女子高のソールズベリー女学院がある」

三和みわさんの出身校ですね」

「その通り。県内屈指の進学校で、駒桜の藤花ふじはな女学園と双璧だ。ソールズベリーは、毎年県代表級が入って来ていて、チーム戦では3年連続県代表になっている。ただ、個人戦での県代表は、2年の西野辺にしのべだけだ。しかも、中1のときの記録だ」

 昔の名前で出ています、ってか。

「次に、東区。中心部からすこし離れた地域で、高校の数もだんだん減ってくる。そのなかで、男女ともに強豪を輩出しているのは、AICN学園だ」

「最近できた高校ですよね? AICNって、なんの略なんですか?」

「Academy for the International Community in Nipponらしいぞ。英語に力を入れている学校で、留学生もかなり多いようだ。複数の大手予備校が、共同出資している」

 そう言えば、ブロック代表に中国人がいるって聞いたことあるな。ここか。

「最後に、K市ブロック。ここは、本拠地K市の比呂ひろ高校が有名で、最近は男女ともに代表を出している。H島の現幹事長も、比呂高校の出身だ……さて、H島西部の解説を終えたわけだが、なにか質問はあるか?」

 俺も磯前先輩も、ないと答えた。

「では、東部の紹介に移ろう。東部は、五大ブロックから成っている」


挿絵(By みてみん)


「単独の市でブロックを形成している地域は、ない。合併がそこまで進んでいないというのもあるだろうな。東H市からいくぞ。東H市では友愛塾という、ちょっと変わった名前の高校が強い。民間団体が出資する私立で、雰囲気はやや古風だ。暴力団の資金が流れているという、黒い噂もあるが……真相は闇のなか。僕は、訪れたことがない。憶測はやめておこう。そのとなりのO道ブロックは、東部でも指折りの高校がある。黒潮くろしおだな。瀬戸内海に面していて、水泳も強い」

「名前は忘れましたけど、中学竜王戦の優勝者、出してましたっけ?」

魚住うおずみのことだな。まあ、あれはいろいろ裏事情もあるが……とりあえず、比較的強いということだけ、覚えておいてくれ」

「でも、O道ブロックの男子で一番強いのは、そこじゃないでしょう?」

「うむ、O道ブロックで一番強いのは、M市の皆星かいせい高校、六連むつむらすばるだ。彼は、もともと将棋ではなく、トレーディングカード業界で名を馳せていたみたいだな。中2で将棋を始めてから、あっと言う間に県代表まで駆け上がった。才能だけなら、捨神と同レベルか、それ以上だろう」

「そうですかね……捨神のほうが才能あると思いますけど……」

「ん? 捨神の肩を持つのか?」

「な、なんでもないですよ。で、そいつはどういう棋風なんですか?」

「純居飛車党で、バランス型の棋風だ。あとで棋譜を渡しておこう……それから、この地域はラーメンがおいしい。途中で下車して、観光するのもいいかもな」

 観光かよ。もちろん、するけどな。

「O道の北にあるのは、世良市ブロック。世良せら高校という、地元の名前を冠した高校が、男女ともに強い。ただ、選手層としては、中の上から上の下という感じだ。桐野さんを倒した女流もいるらしいが、頓死のフロックだったことが判明している」

 桐野先輩も、頓死することあるんだな。羽生名人も頓死するし、当然か。

「そこからさらに北へ入ると、北東ブロックになる。安芸ブロックと同じで、人口密度がかなり低い地域だ。全体で10万人もいない。将棋で有名なのは、三好みよし赤陵せきりょう高校。H島市まで出るのはたいへんだから、幹事は来ないかもしれない……最後は、F市ブロック」

御城ごじょうのいるところですね」

「F市は、H島で2番目に大きな自治体だ。50万人程度の規模がある。だから北区と南区にわかれている。H島市からは遠いこともあって、気質的にはO山寄り。対抗意識もあるようだ。方言もH島弁じゃない」

「さすがに、ここの有名な高校は知ってますよ。紫水館しすいかんでしょう」

 御城ごじょうの高校。

「そうだな。どちらかと言えば、甲子園で有名な高校だが、将棋も強い。特に女子は、一時期、ソールズベリーよりも強かった。紫水館三姉妹がいた頃だ」

「三姉妹って言っても、血は繋がってないんですよね?」

「単に3人強い女子がいたというだけだな。学年は被っていない。歳も離れているから、3人が同じチームにそろったこともない。一番上から、索間さくま萬屋よろずや筒井つついで、個人戦の県代表に全員なっている。一番下の筒井さんは、まだ大学生だったかな。さすがにみな卒業してしまったから、今はY口県の毛利もうり三姉妹のほうが有名だ」

吉川きっかわ、毛利、小早川こばやかわの3人ですよね。あれって、血が繋がってるんですか?」

「繋がっている。長女と次女は他家の養子になって、苗字が変わっただけらしい。長女の吉川さんは社会人だし、次女の小早川さんももう大学生だから、今のところ関係ない面子だな……と、紫水館の話が長くなってしまった。日日杯で重要なのは、そこじゃない。早乙女さおとめのいる、数学館積木寮だ」

 磯前先輩の表情が、すこしだけ変わった。

 俺はそれを横目で意識しつつ、べつのところに質問を飛ばした。

「ずいぶんと変わった名前の高校ですね」

「理数系に特化した学校で、数学の偏差値は全国でもトップクラスだ。早乙女は、そこに数学推薦で入れるほどの数学好きなわけだが、将棋もめちゃくちゃ強い」

「桐野先輩と、どっちが強いと思います?」

「そこは、なんとも言えない……全国大会の順位だと、同じくらいだと思う。磯前に訊いたほうがいいな。磯前は、どう評価する?」

「悪いけど、早乙女さんとは指したことないんだよね。分かんないよ」

「そうか……さて、だいたい説明を終えたわけだが、なにか質問はあるか?」

 俺と磯前先輩は、ないと答えた。

「では、O山県に移ろう……と、そのまえに、ふたりとも、感想を言ってくれ」

 香宗我部先輩は、俺のほうに顔を向けた。

「そうですね……とりあえず、全員倒せばいいんでしょう?」

「ひとの話を聞け」

地図は、下記のサイトからお借りしました。

http://www.freemap.jp/item/hiroshima/hiroshima.html

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