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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第2局 激突!春の個人戦(1日目・2015年4月12日日曜)
20/681

18手目 女子の部1回戦 鞘谷〔藤花〕vs裏見〔市立〕(2)

 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 なるほど……これは、読んであった手だ。

 正確に言うと、2五歩を突かないで直接この角打ちかと思っていた。

 手の意味自体は単純で、4五の桂馬の救出。

 5二金で角は死ぬけど、同角成、同飛、4一銀、8二飛、3二銀成、同玉と剥がせば、先手も戦える。2五歩を入れたのは、2八飛と寄って切る順も考慮に入れたのだろう。攻めに弾みをつけている。

「サーヤ、なかなかやるわね」

「今さらなに言ってんのよ」

「おたがいに受験勉強で、棋力も落ちてるかな、と」

 サーヤは、肩をすくめてみせた。

 褒められて、まんざらでもない様子。

 それじゃ、サーヤの強烈な攻めを見習って、私も攻めちゃいましょ。

「4七歩」


挿絵(By みてみん)


 この手に、サーヤの表情がくもった。弛緩ぎみだった頬を引きしめる。

「垂らしの歩……」

 サーヤはあごに手を当てて、2度さすった。

「わざと取らせに行く作戦?」

「……」

 サーヤの憶測は、当たっていた。

 4七歩は、先手に5八金〜4七金とさせるのが狙いだ。

 看破されちゃったけど、回避するのはむずかしいと思う。

 放置なら4八歩成で、こちらがよくなる。

「攻める手があれば、あるいは……」

 サーヤ、持ち時間を大量に使う長考。

 首をひねったりして、ああでもないこうでもないとつぶやく。

 攻める手は、さすがにないと思うけどなあ。

「……5八金」

 ほらね。私はいったん、2六角成と逃げた。

「なーんか誘導された気もするけど……4七金」

「2七馬」

 飛車をイジメにかかる。

 4八飛、4六歩、同金、3七馬。

「ちょこまかとうるさい。4九飛」


挿絵(By みてみん)


 さて……ここからが問題。

 飛車をイジメ続けるなら、3八馬と入りたい。

 けど、それが厳しいかと言われたら、微妙。

 3八馬、6九飛、3七馬、5六金と進めてみても、なにかあるわけじゃない。

 むしろ狙い目なのは、4八歩……なんだけど、歩がない。

 ということは、この一手。

「9五歩」


挿絵(By みてみん)


 端で回収する。

 サーヤはこれを予想していなかったらしく、目を見張った。

「なに、それ?」

 ご自分でお考えください。

「……そっか、歩を補充して4八歩……だけど、成立してるの?」

 サーヤは、疑問形で台詞をむすんだ。

 彼女の考えていることは、なんとなく分かる。9五同歩、同香、同香、4八歩に2九飛と逃げて、これが銀当たり。以下、4六馬、2五飛は、駒得になっていない。

 私も考えないといけない順だ。工夫が必要。さしあたり、3六馬を予定している。2九飛、5八馬と入って、次に8六歩……いや、これはそんなに厳しくないか。

 私はチェスクロを確認した。残り時間は、私が13分、サーヤが12分。

 サーヤは時間がないと判断したらしく、9五同歩と取った。

 私は深呼吸して、本格的に読みを深める。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 7五歩、同歩を入れておく手がありそう。

 例えば、ここから7五歩、同歩、9五香、同香、4八歩、2八飛、4六馬、2五飛、3六馬、2九飛、5八馬は、どう?


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子きょうこちゃんの脳内イメージです。)

 

 これは次に7六歩を狙っている。攻めが途切れることはない。

 私はさらに30秒ほど確認して、7五歩と突いた。

「ん? 歩の回収じゃなかったの?」

 ちゃんと回収するわよ。あとでね。

 サーヤは、読みをずらされたと誤解したらしい。この手にも1分考えてくれた。

「狙いがよく分からないけど……同歩」

 9五香、同香、4八歩、2九飛、4六馬。

「2五飛」

「3六馬ッ!」


挿絵(By みてみん)


 サーヤは、うッとうなった。

「しまった……7六の地点がキズになってる……」

 さあ、どうする。

 サーヤ、苦渋の3連続長考。

 時間差が大きくなる。私は11分、サーヤは7分。

 さんざん悩んだあと、サーヤは持ち駒の歩を手にした。

 ん? 歩? それは読んでないわよ。

 

 パシリ


挿絵(By みてみん)


 せ、攻めてきた。

 飛車を見捨てるとは思わなかったから、今度は私が長考する。

 ここで初めて、本日のお茶のキャップを開けた。

 喉をうるおしつつ、4三歩の対応を考える。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 取らない手もある……かな。

 居飛車党なら、次に4二歩成、同金で、先手が指せると判断するひともいそう。矢倉や角換わりだと、飛車がなくても寄せることは可能だから。でも、このかたちなら、後手は入玉がある。それを阻止するためには、4二歩成、同金に2七香とか2八香とか、そういう手を指さないといけない。

 その香車を打たれたときの形勢判断が、私のなかでつかなかった。うむむ。

「……高校最後の個人戦かもしれないし、ちょっと踏み込むわ。2五馬」

 私は飛車を取った。後悔しないために。

 4二歩成、同金、2七香、5八馬。

「6八金打」


挿絵(By みてみん)


 受けた? ……イケる気がしてきた。

 残り8分の貴重な時間を使って、私は読みに没頭する。

 7六歩が第一感で、同銀、同馬は後手優勢。

 本命は5八金、7七歩成、同金(同桂は7六歩が残る)かしら。

 そこで6九飛と下ろすのが、強烈に厳しい。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 いきなり下ろすか、8六歩や7六歩を入れるかは、意見が分かれるところかも。

 いずれにせよ、7六歩〜6九飛までは確定だ。

 私はサーヤの対応を訊くため、読みを打ち切って7六歩と打った。

 5八金、7七歩成。

「同玉」

 そっちか……どうやら、入玉を目指そうとしているらしい。

 ここで6九飛? 9六の地点が空いてるから、9六飛でもいい気がしてきた。

 その瞬間、私の王様に迫ってくる手があるかどうか……候補は、5一角の金取りか、2四歩の逃げ道封鎖よね。一回2四歩と打ってきそう。4二金が離れてるから、そのまま2三歩成、3一玉、2二銀で詰みだ。4一に角が利いている。

 つまり、2四歩は詰めろ。先手玉に詰めろは掛かる?

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 掛からないっぽい。9六飛は、6八玉〜5九玉を許していて、捕まらない。

 こういうのがあるから、角換わりの後手番はつらいのよね。押していても、自玉がそこまで安全じゃない。2四歩、同歩以下で、もういちど収める必要あり。かと言って、2四歩を直接的に封じる手はダメ。受けに駒を投入する余裕がない。

 私は残り5分を切ったところで、6九飛と下ろした。

「2四歩」

 やっぱりの詰めろ。

 同歩、2三歩、同玉、2五歩、同歩、2四歩、同玉。


挿絵(By みてみん)


 ここまで指して、サーヤの顔がゆがんだ。

「攻めが続かない……」

 さすがに、これは詰めろがかからない。

 サーヤも受けに出るはずだ。私は攻めを考える。

「……」

「……」

 サーヤは残り2分まで考えて、7六銀と打った。

 6筋と8筋の同時受け。ちょっと欲張りじゃないかなぁ。

「8九飛成」

 私は、一番普通の手を選択した。優勢なときに、奇策はいらない。

「7一銀」


挿絵(By みてみん)


 ふむふむ、残り2分まで考えたのは、この入玉策を練るためか。

 だーけーどー、先手陣に対しては、詰めろがいくらでもかかる。

 私は、残り1分まで徹底的に考えた。一直線の変化が多い。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「6九銀」

 7八龍までの詰めろ。分かりやすくて、ほどきにくい。

「……6八金右」

 私は10秒だけ確認して、8六金と打った。


挿絵(By みてみん)


「うッ……」

 サーヤは青ざめた。入玉は絶望的。

 8六の金を取ろうが取るまいが、王様を右に逃げるしかない。

「取ったほうがいい……? でも、取ると同龍だし……」

 サーヤは口もとにこぶしをあてて、ぶつぶつとつぶやいた。

 

 ピッ

 

 サーヤ、1分将棋。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「同歩ッ!」

 サーヤは、金の入手を優先した。

 後手玉を攻めるには、角一枚じゃ足りないと判断したのだろう。

 私も1分将棋になる。冷静に。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「同龍」

 6七玉、5五桂。

 ここに桂馬を打てるのは大きい。

「くッ、5六玉」

「7六龍」


挿絵(By みてみん)


「そっちも攻めが止まってるじゃないッ! 8二銀成ッ!」

 甘い。こっちの攻めは切れてない。

「4七銀」

 4六玉、6六龍――サーヤは、ここでなやんだ。

「あ、合駒あいごま選択?」

 合駒なら、なにを打たれても3五銀だ。

 以下、3七玉、3六銀直、2八玉まで決める。

 このとき、金合だったら5六龍、同歩、3七金、1八玉、2七銀成、2九玉、3八銀成まで。飛合だったら5六龍、同歩、2七銀成、同玉、2六香、1八玉、2八飛、1七玉、2七飛成まで。後者の場合は3六銀直に同飛もあるけど、同龍、2八玉、2七龍、同玉、2六香以下、さっきとおなじ詰み筋に入る。

 最後に角合の場合は、5六龍じゃなくて6八龍と切るのが詰めろ。以下、同金、3七金となって、5六金合の場合とおなじになる。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「3七玉ッ!」


挿絵(By みてみん)


 これまで読んだ順を回避してきた。

「でも、それは詰み。3六銀不成」

 サーヤは、眉をひそめた。

「詰み? ……詰まないでしょ。2八玉」

 2七銀不成、同玉、2六龍。


挿絵(By みてみん)


 さあ、これで先手玉は詰んでいる。シンキングタイム。

 サーヤは時間攻めに出て、すぐに3八玉と指した。

「3七香」

「4八玉」

 私は、スーッと龍を入る。

「2八龍」


挿絵(By みてみん)


「え? それは5九玉〜6九玉で、詰まな……あッ!」

 やっと気付いたわね。

 5九玉、3九龍、4九歩合に4七桂不成(!)と跳ねて、6九玉、4九龍まで。

 金2枚が邪魔になるという、皮肉な詰み方だ。

「まさか桂馬と龍だけで詰むなんて……」

 サーヤは、くやしそうに目をつむった。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「負けました」

「ありがとうございました」

 おたがいに一礼して終了。

 私は対局をふりかえりつつ、お茶を飲んだ。

 サーヤが口をひらくのを待つ。

「……最後、5六に合駒したほうがよかった?」

「それも全部寄るわ」

 私はさっきの読みを伝えた。

 サーヤも、ふんふんとうなずいて、

「そっか……合駒は全部寄るのね……2二飛も意味ないし……」

 と言ってから、すこしまえにもどした。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「受けずに7一銀?」

 サーヤはすこし迷ったあと、ようやく銀を打った。

 私も気になった順で、結構厳しい。

 例えば8三飛と逃げると、7二角成、8四飛、5一角で、どんどん悪くなる。

「無視して8九飛成かな」

 私は桂馬を回収した。

 サーヤは椅子にもたれかかって、うーんとうなった。

「ここで8二銀成は、本譜と同じ6九銀で参るのよね。2二飛と打っても、2三金が飛車当たり。私の王様には詰めろがかかってて、飛車が実質死んでる」

 そういうこと。4二飛成とするヒマがない。7八龍一発で詰んでしまう。

「2二飛の代わりに6七銀だと、香子ちゃんの対応は?」

「5八銀不成かな」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「同銀で?」

「8六金と打って、6七玉、7八龍、同玉以下、並べ詰み」

 5八が金から銀に変わったことで、頭金の詰みが生じている。

 サーヤは、感心したようにうなずいた。

「なるほどね。じゃあ、6七銀はやめて……」

「第2局は定刻どおり始めますので、終わったところから休憩に入ってください」

 箕辺みのべくんの指示に、まわりが慌ただしくなってきた。

 サーヤは右肩をぐるぐる回して、ため息をつく。

「さすがは県竜王、最後の詰みは、あざやかだったわね」

 サーヤに褒められると、なんだか照れる。

「2回戦もがんばってちょうだい。ありがとうございました」

「ありがとうございました」

場所:2015年度 春季団体戦 女子の部 1回戦

先手:鞘谷 涼子

後手:裏見 香子

戦型:角換わり腰掛け銀


▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △3二金 ▲7八金 △8五歩

▲7七角 △3四歩 ▲8八銀 △7七角成 ▲同 銀 △4二銀

▲3八銀 △7二銀 ▲9六歩 △9四歩 ▲4六歩 △6四歩

▲4七銀 △6三銀 ▲6八玉 △4一玉 ▲5六銀 △5四銀

▲5八金 △4四歩 ▲1六歩 △1四歩 ▲3六歩 △5二金

▲7九玉 △3一玉 ▲3七桂 △7四歩 ▲6六歩 △3三銀

▲4八飛 △4二金右 ▲8八玉 △2二玉 ▲6八金右 △2四銀

▲4五歩 △同 歩 ▲同 銀 △5九角 ▲3八飛 △4五銀

▲同 桂 △4四銀 ▲2五歩 △同 銀 ▲6三角 △4七歩

▲5八金 △2六角成 ▲4七金 △2七馬 ▲4八飛 △4六歩

▲同 金 △3七馬 ▲4九飛 △9五歩 ▲同 歩 △7五歩

▲同 歩 △9五香 ▲同 香 △4八歩 ▲2九飛 △4六馬

▲2五飛 △3六馬 ▲4三歩 △2五馬 ▲4二歩成 △同 金

▲2七香 △5八馬 ▲6八金打 △7六歩 ▲5八金 △7七歩成

▲同 玉 △6九飛 ▲2四歩 △同 歩 ▲2三歩 △同 玉

▲2五歩 △同 歩 ▲2四歩 △同 玉 ▲7六銀 △8九飛成

▲7一銀 △6九銀 ▲6八金右 △8六金 ▲同 歩 △同 龍

▲6七玉 △5五桂 ▲5六玉 △7六龍 ▲8二銀成 △4七銀

▲4六玉 △6六龍 ▲3七玉 △3六銀不成▲2八玉 △2七銀不成

▲同 玉 △2六龍 ▲3八玉 △3七香 ▲4八玉 △2八龍


まで120手で裏見の勝ち

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