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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第19局 幹事会杯争奪戦(2015年5月31日日曜)
199/682

187手目 決勝の果てに――賭けられた出場権

 私の名前は、月代つきしろ晶子あきこ

 比呂ひろ高校2年。

 泣く子も黙る、H島県高校将棋連盟幹事長。

 

 なんて自己紹介してる場合じゃないのよ。たいへんなことになっちゃった。


早乙女さおとめッ! そこに座れッ!」

 怒髪天の不破ふわさんは、椅子に寄りかかり、踵でテーブルのうえをどついた。

 あんた、よそ様の高校の備品に、なにやってんのよ。次から借りれなくなるでしょ。

「あら、座ってどうするの? 今日の両チームの先発でも当てるのかしら?」

「将棋に決まってんだろッ! 今度こそ決着をつけてやるッ!」

 吠える不破さんの前で、素子もとこちゃんは艶やかな髪をかきあげた。

「決着? ……そういうのは、県大会で散々ついているでしょうに」

 不破さんが掴みかかろうとしたので、私は止めに入った。

 晶子さまの腕力を舐めるなぁ。

「くそッ! 離せッ!」

「落ち着きなさいッ! 暴力は禁止よッ!」

 一方、素子ちゃんは、あいかわらずの澄まし顔で、

「私を殴っても、過去の成績はチャラにならないわよ」

 と煽りにかかった。こいつはぁ。

「素子ちゃん、すこし黙りなさいッ!」

「早乙女、てめぇ、負けるのが怖いんだろうがッ!」

「不破さん、あなたも黙るッ!」

 私は、不破さんの口を押さえようとした。

 ところがその前に、素子ちゃんがくちびるを動かした。

「負ける? ……私があなたに負けるはずがないわ」

「とぼけるなッ! さっきから逃げ回ってるだろッ!」

「あら、本気で先発予想をしたかったのだけれど……勘違いされてしまったようね。私が不破さんに負ける可能性は、数学的に0よ。嘘だと思うなら、賭けてもいいわ」

「てめぇのピーッでも賭けるのかッ!?」

 禁則事項。

日日にちにち杯の出場権を賭けてもいいわ」


 しんと、教室内が静まり返った。

 不破さんは、一瞬呆然として、それから真っ赤になった。

「ふかしてんじゃねぇぞッ! できもしねぇこと言うなッ!」

「あら、本当に賭けるわよ」

「主催者が許すわけないだろッ!」

「いいや、僕が許す」

 ふたたび教室が静まり返った。

 ふりかえると、入り口のところに、ひとりの少年と、スーツ姿の女剣士が立っていた。

 私は思わず、不破さんを離してしまった。だけど、不破さんも硬直していた。

 少年は――そう、囃子原はやしばら礼音れおんは、蝶ネクタイに袖がひらひらのシャツを着て、教室のなかに踏み込んできた。私たちのポカンとした顔を、順繰りに見回す。

「どうした? 主催者が、いいと言っているのだぞ?」

 私は、恐る恐る質問を飛ばす。

「あ、あなた……忙しくて来れないんじゃなかったの?」

「『忙しくて打ち合わせに来れない』と言ったが、H島にいないとは言っていない」

 こ、こいつ、もしかして途中からずっと見てた? 偵察のために?

 私はH島の幹事長として、警戒心を抱き始めた。

 囃子原くんは、そんな私を無視して、勝手に話を進めた。

不破ふわかえでくん、僕が日日杯のスポンサー、囃子原グループの代表として、早乙女くんの賭けを担保しよう」

「ど、どういうことだ……?」

 囃子原くんは腕組みをして、高らかに笑った。

「きみが勝てば、日日杯の出場権を得るという意味だ。早乙女くんは失格になる」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 んなバカなッ! 私は我に返って、囃子原くんの前に立ちはだかった。

「待ってッ! その賭け、月代晶子が認めないわよッ!」

「ほぉ、どういう権限で認めないのだ?」

「私はH島県将棋連盟の幹事長よ。日日杯運営委員会とのやり取りは全部、私の専権事項なの。たとえ囃子原くんでも、この場で委員会のルールは覆せないわ」

 囃子原くんは、感心したような表情で、素子ちゃんに目配せした。

「幹事長は、ああ言っているが、どうする?」

「そうね……幹事長がこの賭けを認めてくれないなら、私は日日杯に出ないわ」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………は?

「も、素子ちゃん、なに言ってるの?」

「ここで不破さんと勝負させてもらえないなら、日日杯には出ないと言ったのです」

 そんなバカな。私は混乱した。

「なんで? どうして?」

「月代幹事長は、こうお考えなんでしょう。早乙女さおとめ素子もとこが不破楓に負けると、H島の戦力が落ちるからイヤだ、って……負ける可能性があると思われている時点で、私はヤル気をなくします。日日杯は、どうぞほかのメンバーで頑張ってください」

「日日杯は、個人戦であって、県同士の争いじゃないわよ」

「それは、建前でしょう。みんな県の代表として出場しているはずです。H島は、前回の女子の部で優勝しています。他県から目をつけられているのは、幹事長ならご存知のはずですが……それとも、知らないふりをなさるおつもりですか?」

 ぐぅ、そこまで分かってるなら、なおさら賭けなんかしないでよ。

 囃子原くんがこの賭けを認めたのは、H島県の戦力ダウンを狙っているからだ。間違いない。万が一、素子ちゃんが負けるようなことになれば、H島県の女子は大幅に弱体化する。私は、そのことを恐れていた。過去、日日杯で同じ県の男女が同時に優勝したことはない。でも、今回はできるかもしれないのに。

 捨神すてがみ六連むつむら桐野きりの西野辺にしのべ、早乙女――まさにドリームチームだった。

 私はH島将棋界の権益を守るため、必死に抵抗した。

「囃子原くん、こんな独断専行を他県が聞いて、スキャンダルになると思わないの?」

 囃子原くんは、わざとらしく右のこめかみに指を当てた。

「どの県のだれが問題視するのだ?」

「そ、それは……」

 私は言葉に詰まった。ほんとうは、問題視する選手なんかいない。勝手に素子ちゃんが消えてくれれば、だれも損はしないから。損をするのは、うちだけ。

「それに、H島将棋界のメンバーも、この賭けに期待しているようだぞ」

 見てみると、だいたいそんな感じだった。

 私の政治的配慮をムダにされて、私は歯ぎしりした。

「……分かったわ。幹事長として、その賭けを許可します」

 会場が沸いた。

「こりゃすごいことになったべ」

「拙者の目には、公平な提案に見えぬのだが……」

「楓ちゃんッ! 頑張れッ! 青來せいらが応援してますよッ!」

 頭を抱えていると、後ろ髪の跳ねた少年が、私のそでを引いた。

 副幹事長の、立花たちばな寒九郎かんくろうだった。

 桐野さんが会長をしている艶田つやだ市の副会長で、苦労人でもある。

「いいんですか? おおごとになってますよ?」

 私は口もとに手を添えて、寒九郎に耳打ちする。

「しょうがないでしょう……まあ、奥の手があるわ。とりあえず、様子を見るわよ」

 私は寒九郎を説得して、素子ちゃんに話しかける。

「素子ちゃん、とりあえず落ち着きましょう。この勝負、30分60秒で……」

「月代先輩、ご心配なく。私が勝ちますから。15分30秒で結構です」

 私は口を閉じた。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 できるだけのことは、やったか。私はギャラリーのほうへ引いた。

 不破さんと素子ちゃんは、着席して、駒を並べ始める。

 淡々とした音が、あたりを支配した。

「たいへんなことになったべ」

 話しかけて来たのは、三好みよし赤陵せきりょう奥村おくむらだった。

「んなことは分かってるわよ」

「日日杯はお祭りだから、だれが出ようと、おらはどうでもいいべが……」

 私は沈黙する。不破さんの振り駒。

 カシャカシャという音に続いて、歩が1枚床に落ちた。

「わ、わりぃ」

 不破さんはもういちど振りなおした――手が震えている。はっきりと。

「表が3枚。あたしの先手だ」

「チェスクロは右で」

 対局準備が終わった。私と囃子原くんの目が合う。

「月代くん、開始の宣言を」

「もう私の手を離れてるわ……あなたがやりなさい」

 囃子原くんはニヤリと笑って、右の眉を持ち上げた。

「よろしい……対局開始ッ!」

 不破さんは、膝に腕を乗せ、肩を怒らせたかっこうで、しばらく動かなかった。

「……早乙女、さっきの約束は、ほんとなんだろうな?」

「主催者がOKしたのよ。まだ疑っているの?」

 不破さんは、5筋に指を伸ばす。

「おまえのそういうところが、いちいちムカつくんだよッ! 5六歩だッ!」

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