186手目 H島県幹事会杯争奪戦 決勝 ??vs??
よっしゃ、決勝だ。
相手は忍者。敵に不足なし。
あたしは気合いを入れ直す。ギャラリーも満員だ。
「ほぉ、おぬしが勝ち上がってきたか」
忍者は颯爽と着席して、あたしを睨んだ。
「てっきり、御城のほうかと思ったが」
「甘いですよ。あたしは今日、めちゃくちゃ調子がいいんです」
「左様か……それにしても、たったひとりの3年生に決勝まで勝ち上がられるとは、H島将棋界も先が思いやられるな。拙者たちの世代が抜けたあと、どうする気なのだ」
忍者の挑発に、周囲は目逸らし。
ま、2年生主力の師匠と西野辺先輩は来てないからな。
「お花先輩のあとを継ぐのは、あたしです。不破楓」
「口だけなら、なんとでも言えよう……県代表になってからほざけ」
チッ、凹る。
「それでは、決勝を始めます。準備はいいですね?」
月代幹事長は、あたしたちに確認を取った。
「構わぬ」
「いいぜ」
「それでは、対局を始めてください」
「よろしくお願いします」
あたしは一礼して、チェスクロを押した。後手番。
「よろしくつかまつる……7六歩」
3四歩、4八銀、5四歩。
かまいたちvsゴキゲンの開幕だッ!
「拙者相手でも戦法を変えぬか……その意気や、よし。6八玉」
5二飛、7八玉、6二玉、4六歩、7二玉、4七銀。
どんどんいくぜ。
8二玉、5八金右、5五歩、6八銀、7二銀、7七銀、9四歩、9六歩。
ずいぶん、オーソドックス……いや、飛車先を突いてないのは、あやしい。
「6四歩だ」
あたしの一手に、忍者はぴくりと反応した。
「左銀を放置か……速攻のつもりだな」
「いい勘してますね」
「さすがに成立せぬ。6六銀」
成立しなさそうなところを成立させるのが、将棋の醍醐味なんだよ。
6三銀、3六歩、7四歩。
「3八飛」
戦線を変えてきたか。やっぱり2筋は突かないつもりだったんだな。
「6五歩ッ! 開戦ッ!」
ギャラリーがざわつく。忍者も手が止まった。
「つっぱり過ぎであろう……7七銀」
7三桂、6八銀、7二金。
ここで忍者は、3五歩と反撃してきた。
同歩、同飛に、3二飛とぶつける。
「これは取れ……ぬ。3四歩だ」
5二金(右雁木)、3七桂、1四歩、3六飛、2四歩。
この手待ちの意図は、読みにくいはず……だが、忍者なら気づくか。
2二角成、同飛となったとき、2五歩と伸ばす余地を作っている。
4五歩、4二銀、4六銀。
「ここで5六歩ッ!」
2二角成、同飛、8八角、1二飛。
いったん飛車を逃げておく。
「2六飛」
あいかわらず速いな。迷いがない。
あたしは3六歩、同飛で一手稼いでから、5七歩成、同銀引、2八角と打ち込んだ。
「拙者も一手稼ぐ。1八香」
1九角成、2六飛。
また2四歩が狙われる。
「ちょいと工夫させてもらいます。1三飛」
「……なるほど、飛車交換も辞さぬということか」
「単なる交換じゃないですよ」
「たしかに、拙者が一瞬駒損になるが……受けて立とう。2四飛」
2三歩、2五桂、2四歩、1三桂不成、同香、1一飛、3九飛。
おたがいに飛車をおろし合う。
「2一飛成! これで駒損はない!」
「3四飛成ッ!」
「自陣龍ごときで、おどかしたつもりか! 9五歩だ!」
は、速い。気を抜いたら持ってかれる。
ここは踏ん張りどころだ。
1八馬、9四歩、9二歩と謝っておく。
注意しないと、一発で詰むかたちになった。
「つっても、そのあとの手がないでしょ?」
「手とは、作るものだ」
忍者はそう言って、3三歩と打ち込んだ。
「……うッ」
3一香、2三桂、3三香、3一桂成のつもりか。強引過ぎるだろ。
あたしはチェスクロを確認する。
残り時間は、あたしのほうだけ5分を切りかけていた。
ジャビスコでは、時間切れ負けしちまったが……30秒でどうなるか……。
とりあえず、読み通りに進めてみた。
3一香、2三桂、3三香、3一桂成。
「4四歩ッ! 徹底抗戦ッ!」
同歩、2七馬、3二成桂、5四馬。
龍も馬も守りに使う。
忍者は、数秒だけ動きをとめた。
「……9七角を使う筋が見える」
角? 角を使う筋なんて見えないぞ?
イヤな予感がする。忍者には、なにか見えているようだ。
「しかし、手順が長い……拙者の勘の枠内に収まっているかどうか……いや、考えても詮無きこと。拙者の将棋は勘将棋。行くぞ。2二龍」
えらく普通の手だな。
4一歩、5三歩、同馬、4一成桂。
ん? そっちか?
一手余裕ができたぞ。あたしは6四桂と打って、反撃の拠点を作った。
5四歩、同銀、4二成桂、同馬。
「ここで9七角だ」
……………………
……………………
…………………
………………
これは、繋がってるのか?
びっくりする手順だが、勘ピューターの水平線効果もありうる。
いや、でも、微妙に繋がってるような……歩切れにならないし……。
ピッ
ぐッ! 時間がなくなったッ!
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「3二歩ッ!」
凌げばいいんだろ。凌げば。上等だ。
6一銀、6二金左、7二銀成、同金、5三歩、同馬、3二龍。
さっきから歩の叩きがうざすぎる。
4二歩、4一龍(いきなり詰めろ)、7一桂。
止まったんじゃないか、これ。
「しまった……勘がずれた」
なんかよく分からないが、本人も認めた。あたしは自信を持つ。
「こりゃ投了もんでしょ。神崎先輩、どうします?」
敢えて挑発してみる。
勘ピューターの冷却を許さない。
けれど、さすがに忍者だからか、冷静に対処してきた。
「しばらく受けに回れば、それで済む。7七銀」
6三銀、5一龍、6二銀、1一龍。
これで自陣は安全になった。
4四馬から、反撃の布陣をしいていく。
8六角、8五桂、6八銀右、3九龍。
よしよしよし、反撃開始だ。
「5九歩」
苦しい底歩。
あたしは3八香成、3一龍、4九龍で、どんどん包囲網をせばめた。
4五歩、5三馬、3三龍、4八成香、同金、同龍。
金香交換。
あたしは手に入れた金を放り上げ、椅子をうしろにかたむけた。
「じり貧になりますよ、先輩」
すると、忍者はニヤリと笑った。
「油断大敵という言葉を知らんようだな……今の数手で逆転したぞ」
「え?」
「5三龍だ」
……ッ! しまったッ! 同銀に2六角じゃないかッ!
バカバカバカ、なにやってんだ。
落ち着け、落ち着け、楓。飴玉を交換……する時間がねぇ!
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「ど、同銀ッ!」
瞬時に2六角が打ち下ろされた。
あたしは29秒まで考える。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「6八龍ッ!」
こっちも龍を切る。
同金、5二歩、5八香、8四銀、5三香成、同歩、同角成。
きびしいッ! マジできびしいッ!
「楓殿、投了するか」
「しませんッ! 6二金打ッ!」
受けるぞ。
6四角、同銀、同馬、7三角、8六馬、1八飛。
8五の桂馬に賭ける。
「その筋の飛車は消させてもらう。5八飛」
同飛成、同歩、4九飛、6九金打、4六角。
飛車を打たれるまえに、ガンガン攻める。
「今度はこちらが受ける番か……5七銀だ」
あたしはようやく、飴玉の交換に成功。軽く噛んで味をたしかめる。
「攻防一体、2八角成」
3七歩、5一香、3一飛、5七香成、同歩、5八歩、同金寄。
「7七桂成ッ!」
念願の桂成が入った。
「そう、これを待っていたのだ……同馬」
ん? 待ってた? ……桂馬が欲しかったってことか?
あたしは念のため、6三銀と打っておいた。6四桂の防止だ。
ところが、忍者は、6筋には目もくれずに、9八へ香車を重ねた。
チッ、端攻めに切り替えてきたか。
こうなったら、勘を狂わせる。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「4六飛成」
「む……なんだ、それは……」
忍者、初の小考。30秒将棋に突入した。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「5六銀!」
6四銀打、8六桂、5五歩、4七金、2六龍、5五銀。
「4七金は、疑問手ですよ。5三銀」
忍者の顔色が変わった。
「うっ……4六飛成は、誘いの隙だったか……」
このかたちになれば、4七金はただの遊び駒だ。戻すのに2手掛かる。
とはいえ、戻さないわけにもいかないから、忍者は4八金と引いた。
「3九馬」
「5八金右」
あたしは龍に指を添えて、力強く2八龍と入った。
「おぬしは持ち駒がない。受け切れば拙者の勝ちだ。6八馬」
うーん、忍者の言う通りなんだよな。
あたしはもう、攻め駒がない。
「んじゃ、駒をくださいよ。3八馬」
6五の歩を狙う。
そうはさせまいと、忍者は7七桂と跳ねた。
「んー、そこまでしますか……じゃあ、3七龍で」
むりやり入手。
同飛成、同馬で、銀に当たるという寸法だ。
「果たして支えきれるか……5六歩」
「7五歩」
デカい一手が入った。取れば7六歩。
まさに一歩千金ってやつだ。
6五桂、7六歩、7四桂打、8一玉、7三歩、同銀、6二桂成、同銀左。
「かくなるうえは、端攻めあるのみ。9三歩成」
さすが忍者、厳しいところを突いてきやがる。
同歩、9二歩、同香、6六銀、8二銀。
一回受けておこう。
3三飛、6四馬、1三飛成、8五桂、8八金、5七歩。
同銀は6五馬だからありえないとして、同馬も7七歩成、同金、同桂成、同玉、8九飛みたいな順がある。怖くて取れないはずだ。
「同金」
予想通り。あたしは3八飛と下ろした。
忍者は9六香打として、三段ロケットに構える。
「7七歩成ッ! 殺到してあたしの勝ちッ!」
同金、同桂成、同玉、7六歩、同玉、6八飛成、同金、8八角。
「つ、詰めろ……」
放置は7五歩、同銀、同馬、同玉、7四銀打、7六玉、7五金まで。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「せ、拙者の負けだ」
「ありがとうございました」
……………………
……………………
…………………
………………
勝った。会場内が沸き立つ。
「さすがは楓さん、やるわね」
真っ先に声をかけてきたのは、安奈だった。
ほかの1年生陣営も、あたしのほうを応援していたようだ。
こういうのは、同学年効果ってやつなのかね。
忍者はしばらく盤面を見つめてから、口をひらいた。
「4六飛成にやられてしまったな。勘が狂った」
「ぼんやりしてますけど、明確な狙いはあります。7五歩からの反撃です」
あたしたちは、感想戦を始めた。
「7五歩の狙いなら、8六桂と打っておくか」
「8六桂……7五歩は7四桂打……8五銀打と重ねます」
「桂頭の銀。王道だな。そこで5六銀だと、どうする。銀の位置が異なるぞ」
ん、たしかに。本譜は5六銀、6四銀打、8六桂だったが、今の順だと8六桂、8五銀打、5六銀で、銀の位置が前者は6四、後者は8五。6五の地点を支えられない。
「待ってください。やっぱり6四銀打です。8六桂に6四銀打と受けます」
「あらかじめ5六銀を見越したわけか」
「放置なら、今度こそ7五歩ですよ?」
7五歩、同歩、同銀左で、次に7六銀と出られる。
「となれば、いずれにせよ本譜と合流か……8六桂が悪手なのかもしれぬ。1一飛成で、最初から香車を拾いにゆこう。4六飛成、5六銀、6四銀打、1一飛成だ」
遅いと思うんだけどな。直接的に咎めるのはムリか。
「これも5五歩と打ちますよね……4七銀引、3七龍?」
「ふむ……5五歩に4七金は、2六龍、5五銀、5三銀で、本譜と似た展開になる。4七銀引としよう」
「で、3七龍……いえ、2六龍です」
ここでも7五歩を狙う。
「それは間に合わぬのではないか。2六龍、1三龍、7五歩には、手抜いて9七香打だ。7六歩、8六馬、7五銀左なら同馬、同銀、9三歩成、同歩、同香成、7三玉の脱出に、7四歩とでも叩いておいて、拙者が良いように思う」
「いやいや、さすがに危ないですよ、それは」
忍者は顔をあげて、あたしの肩越しに視線を放った。
「早乙女殿は、どう思われるか」
!?
振り返ると、黒髪ロングの、カァプ帽をかぶった女が立っていた。
「早乙女ぇ……来てたのか」
「ええ、日日杯も近いし、お花先輩か茉白先輩が来てないかと思って」
「んで、ふたりともいないから、あたしの将棋を観てたってわけか」
「いえ、観てなかったわ」
……………………
……………………
…………………
………………は?
「観てなかったって、どういうことだ?」
「スマホでカァプ二軍の試合を観てたのよ」
……………………
……………………
…………………
………………
「てめえ、わざわざあたしのうしろに陣取って、野球観てたのかッ!」
あたしは席から立つと、早乙女の胸ぐらを掴んだ。
氷のように冷たい瞳が、ゴミを見るような目付きで返ってきた。
「怒らなくてもいいじゃない……どうせ日日杯で当たらないんだから」
プチッ
あたしのなかで、何かがキレた。
場所:H島県幹事会杯争奪戦(修身高校) 決勝
先手:神崎 忍
後手:不破 楓
戦型:先手かまいたち
▲7六歩 △3四歩 ▲4八銀 △5四歩 ▲6八玉 △5二飛
▲7八玉 △6二玉 ▲4六歩 △7二玉 ▲4七銀 △8二玉
▲5八金右 △5五歩 ▲6八銀 △7二銀 ▲7七銀 △9四歩
▲9六歩 △6四歩 ▲6六銀 △6三銀 ▲3六歩 △7四歩
▲3八飛 △6五歩 ▲7七銀 △7三桂 ▲6八銀 △7二金
▲3五歩 △同 歩 ▲同 飛 △3二飛 ▲3四歩 △5二金
▲3七桂 △1四歩 ▲3六飛 △2四歩 ▲4五歩 △4二銀
▲4六銀 △5六歩 ▲2二角成 △同 飛 ▲8八角 △1二飛
▲2六飛 △3六歩 ▲同 飛 △5七歩成 ▲同銀引 △2八角
▲1八香 △1九角成 ▲2六飛 △1三飛 ▲2四飛 △2三歩
▲2五桂 △2四歩 ▲1三桂成 △同 香 ▲1一飛 △3九飛
▲2一飛成 △3四飛成 ▲9五歩 △1八馬 ▲9四歩 △9二歩
▲3三歩 △3一香 ▲2三桂 △3三香 ▲3一桂成 △4四歩
▲同 歩 △2七馬 ▲3二成桂 △5四馬 ▲2二龍 △4一歩
▲5三歩 △同 馬 ▲4一成桂 △6四桂 ▲5四歩 △同 銀
▲4二成桂 △同 馬 ▲9七角 △3二歩 ▲6一銀 △6二金左
▲7二銀成 △同 金 ▲5三歩 △同 馬 ▲3二龍 △4二歩
▲4一龍 △7一桂 ▲7七銀 △6三銀 ▲5一龍 △6二銀
▲1一龍 △4四馬 ▲8六角 △8五桂 ▲6八銀右 △3九龍
▲5九歩 △3八香成 ▲3一龍 △4九龍 ▲4五歩 △5三馬
▲3三龍 △4八成香 ▲同 金 △同 龍 ▲5三龍 △同 銀
▲2六角 △6八龍 ▲同 金 △5二歩 ▲5八香 △8四銀
▲5三香成 △同 歩 ▲同角成 △6二金打 ▲6四角 △同 銀
▲同 馬 △7三角 ▲8六馬 △1八飛 ▲5八飛 △同飛成
▲同 歩 △4九飛 ▲6九金打 △4六角 ▲5七銀 △2八角成
▲3七歩 △5一香 ▲3一飛 △5七香成 ▲同 歩 △5八歩
▲同金寄 △7七桂成 ▲同 馬 △6三銀 ▲9八香打 △4六飛成
▲5六銀 △6四銀打 ▲8六桂 △5五歩 ▲4七金 △2六龍
▲5五銀 △5三銀 ▲4八金 △3九馬 ▲5八金寄 △2八龍
▲6八馬 △3八馬 ▲7七桂 △3七龍 ▲同飛成 △同 馬
▲5六歩 △7五歩 ▲6五桂 △7六歩 ▲7四桂打 △8一玉
▲7三歩 △同 銀 ▲6二桂成 △同銀左 ▲9三歩成 △同 歩
▲9二歩 △同 香 ▲6六銀 △8二銀 ▲3三飛 △6四馬
▲1三飛成 △8五桂 ▲8八金 △5七歩 ▲同 金 △3八飛
▲9六香打 △7七歩成 ▲同 金 △同桂成 ▲同 玉 △7六歩
▲同 玉 △6八飛成 ▲同 金 △8八角
まで214手で不破の勝ち




