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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第19局 幹事会杯争奪戦(2015年5月31日日曜)
195/682

183手目 H島県幹事会杯争奪戦 準決勝 不破vs御城

 準決勝に進んだあたしは、教室のすみっこで休憩。

 次は御城ごじょう先輩だ。高校竜王戦の優勝者だからなあ。気合い入れていくぜ。

「よぉ、かえで

 いきなり声をかけられた。友愛塾の大伴おおともだった。

 サングラスを外して、こっちをじっと見ている。

勝利かつとし、なんの用だ?」

「用がなけりゃ、話しかけちゃダメなのか?」

「そうは言ってないだろ……で、用はないんだな?」

「ある」

 あるのかよ。

 あきれるあたしの横へ、勝利は腰をおろした。

駒桜こまざくらに、来島くるしまっていう女がいるだろう」

「いるけど……まさか、ラブレター渡せとかじゃないだろうな」

 勝利は、きっぱりと否定した。

「最近、トラブルがあったとか、そういう話は聞いてないか?」

「トラブル? ……ああ、市立いちりつでも、師匠とおなじ病人が出てたな」

「もっとまえの話だ」

 勝利は、4月頃のことだと言った。覚えてねぇよ。

「あたしは市立じゃないから、そんなこと言われても知らないよ」

「そうか……悪かったな」

 やけに聞き分けがいいな。なにがしたかったんだろうか。

 首をひねっていると、月代つきしろ幹事長の声がかかった。

「それでは、準決勝を始めます。着席してください」

 よし。あたしは、教室の中央へ。準決勝だけあって、注目度は、なかなか。御城先輩はすでに着席して、本を読んでいた。あいかわらずだなあ。なに読んでんだ。

 あたしは駒を並べて、振り駒。表が4枚。今度は先手。

 歩をもとの位置にもどしていると、御城先輩が顔をあげた。

捨神すてがみは、大丈夫だったのか?」

「大丈夫でしたよ」

「なんの病気だ? 後遺症は?」

「えーと……心因性発熱、でしたっけ。ストレスが原因らしいです」

「そうか」

 御城先輩は、やけにホッとしたようだった。ま、片思いの相手だからな。

 でもなあ、師匠にはもう彼女いるんだよね、これが。ここで伝えたら、動揺して楽勝になる気がするな。盤外戦術……いや、やめておこう。師匠自身、まわりに隠してるような気がする。それにしても、なんで相手がアレなんだ。

「対局準備の整っていないところはありますか? ……それでは、始めてください」

「よろしくお願いします」

 あたしは一礼して、御城先輩がチェスクロを押す。集中、集中。

「5六歩」

 あたしの武器は、これ一本。

 3四歩、5八飛、1四歩、5五歩、1五歩。


挿絵(By みてみん)


 変則的な出だし……からかってるわけじゃなく、策がありそうだ。おそらく、公式戦だと使えないけど、試してみたくなるような作戦だろう。

 あたしは7六歩から、慎重に駒組みを進める。

 6二銀、4八玉、4二玉、3八玉、3二玉、6八銀。

「ほぉ……そのかたちにしてくるか。だったら、5四歩だ」


挿絵(By みてみん)


 いきなり開戦。だけど、部分的には、よくあるパターンだ。

 同歩は8八角成で投了になるから、5七銀と上がっておく。

 5五歩、4六銀。歩は、これで取り返せる。

 5三銀、5五銀、5二飛と回って、位の攻防戦になった。

「この格好で支えるのはムリか……4六銀」

 あたしは、おとなしく引いておいた。無謀なケンカはしない。

 御城先輩は30秒ほど考えて、8八角成と成った。

 同飛に、すぐさま5四銀が指される。

「5八飛で」

「3三角」


挿絵(By みてみん)


 このタイミングか……さすがに、7七角しかない。

 7七角、5五歩、2八玉、6二金、3八銀。

 美濃囲いを完成させたところで、御城先輩は「ふむ」と息をついた。

「5筋の制空権は、俺がにぎったようだな」

「欲張り過ぎじゃないですかね。バランスが悪いですよ」

 言葉のジャブをはなってから、対局はさらに進む。

 7四歩、6八金、7三金。

「やっぱりバランス悪いですね」

「そういうことは、位を取り返してから言うんだな」

 おう、望むところだ。

 あたしは飴玉をほおばって、5筋奪還の作戦を練る。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 なかなかむずかしいな。早指しでも、スキがない。

 とはいえ、ここで怯んだら女がすたるし、いくぜ。

「5六歩ッ!」


挿絵(By みてみん)


 6四金〜7三桂とされるまえに動く。

 御城先輩も、動かれることは予想していたらしく、対応が早かった。

 6四金、5五歩、同銀、同銀、同金の銀交換。

 ここで立ちどまると、5六歩で本格的に制圧されてしまう。

「4六銀」

 あたしは、銀を打って牽制した。

「そうきたか……5四歩だ」

 5五銀、同歩。金銀交換。

「4五金ッ! 歩をいただきますッ!」


挿絵(By みてみん)


 イモ筋だが、受けがない。

 本命は、5五金のスライドじゃなくて、3四金だ。

 御城先輩は、本で顔をあおぎつつ、5六歩と伸ばした。

 ここが、一回目の正念場だな。長年の勘で分かる。

 まず、いきなり3四金はない。7七角成、同桂、5七銀と打ち込まれて終わる。

 飛車先を止める必要があるな……5五歩〜5六飛か?

 強気でいいなら、5四歩もあるんだが……7七角成が気になる。同桂のあと、5七銀、同金、同歩成、同飛、6八角があるからな。5六飛と上がって、7七角成、5三歩成……これは、あたしのほうがいけそうか。すぐに角交換が成立しないなら、5四歩でいこう。

「5四歩」

 御城先輩は腕組みをして、体を前後に揺らし始めた。

「……なるほど、角交換はムリか。それなら、こうだ」


挿絵(By みてみん)


 これは……5六飛の防止と、5四銀から歩のかすめ取りか。

 場合によっては、7六銀の進出も見ている。

 ここで3四金か? 3四金、7七角成、同桂……さすがに5四飛、6五桂、3四飛、5六飛みたいな展開は、あたしに都合が良過ぎる。5四銀とすなおに逃げて……いや、それは後手が消極的過ぎるな。これもあたしがいい。

 3四金、7七角成、同桂のときに、銀を逃げないで5七銀、同金、同歩成、同飛、6八角か? これなら銀は取れないが……ただ、5八飛、7七角成、5三歩成、9二飛、4三とがあるんだよな。これは、後手勝てないだろ。

「……」

「どうした? ずいぶん考え込んでるな」

 あたしは右肘をついて、口もとに手をあてた。

 なにかあるぞ、これ。飛び込むとマズい気がする。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 そうかッ! 7七角成が間違いだ。3四金、2二角、同角成、同玉、7七桂に、5七歩成と成り捨てて、同金なら5四銀。同飛なら7九角か。


挿絵(By みてみん)


 (※図は不破ふわさんの脳内イメージです。)


 5五角としても、1二玉で続かない。

 危ねぇ。これはあたしの負けだ。

 だが同時に、対応策も思いついた。華麗にいくぜ。

「5三歩成」

 あたしの一手に、御城先輩も微妙に反応した。

「読みきりか……そうでないと、おもしろくない。同飛」

「3四金ッ!」


挿絵(By みてみん)


 これなら、さっきの順はない。6五の桂跳ねが、5三の飛車に当たるからだ。

 以下、おたがいに少しずつ時間を使い始めた。

 2二角、同角成、同玉、7七桂、5四銀、8二角。

 敵陣に先着できた。

「4五銀」

「9一角成」

 御城先輩の手が止まった。

「金はくれてやる、というわけか?」

「拾いたきゃ、どうぞ」

 ここは、相手も悩ましいはずだ。5七銀なんかも見えるからな。

 御城先輩はセオリー通り、駒得の3四銀を選択した。

 玉頭にプレッシャーがかかっていたから、それを除く意味合いもありそうだ。

「5五香ッ!」


挿絵(By みてみん)


 二歩のルールを突いた強手。飛車が横に動けないところを狙っている。

 あたしはこの手を指してから、チェスクロを確認した。

 残り時間は、あたしも御城先輩も1分。

 勝負所とみたのか、御城先輩は持ち時間を使い切った。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「5七歩成だ」

 同飛、7九角、5八飛から、6八角成と切ってきた。

 しまった。この手があったか。あたしはしぶしぶ、同飛と取る。

 御城先輩は5四歩と打って、香車を殺しにきた。

「そうは問屋がおろしませんよッ! 6五桂ッ!」

 5一飛、5二歩、同飛、5三歩、3二飛、5四香。

 香車の救出に成功。

「さすがに読みの範囲内だッ! 6四金ッ!」


挿絵(By みてみん)


 ぐッ……攻め駒を攻めてきたか。5四金〜6五金とされたら終わる。

 ここで、あたしも1分将棋に突入した。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「8一馬ッ!」

 5四金なら6三馬をみせる。

「いったん受けるか。5一歩」

 一瞬の小康状態。5八飛と寄った。

 以下、4五銀、4六桂、5六銀打と、ふたたび5筋の攻防戦が始まった。

「桂馬を逃がすしかないか……7三桂成」

「6七銀不成だ」

 ちくしょ〜、飛車が使えなくなった。9八飛だ。

「3六歩」


挿絵(By みてみん)


 後手は、3筋の飛車が活きてきた。

 同歩、5六銀引成。

 こうなったら、不破さまの腕の見せどころだあ。

 まずは、7七角と王手して、4四金と使わせる。そのあと、4八金で囲いを厚くした。

「手がない……」


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「4二金ッ!」

 ん? さすがにそりゃ緩手じゃないか。

 あたしは29秒ぎりぎりまで考えて、6三成桂と寄った。

 5五金右、5二歩成、同歩、同香成、同金、同成桂、同飛。

「5七歩ッ!」


挿絵(By みてみん)


 全部さばけたうえに、5筋を止めたぞ。手応えあり。

 御城先輩は、やや険しい表情。

「安全策が裏目に出たか……6六成銀」

「8六角」

 冷静に指す。

 御城先輩は、一番急所と思しき2四桂を打った。

 あたしは3七銀と固める。

「7六成銀」

「切りますッ! 3一角成ッ!」

 同玉、6三馬、9二飛、7二歩。

 おたがいに飛車が使えなくなった。

 3二香、6四馬、2二玉、4一金。


挿絵(By みてみん)


 4一金は、普通ならぼんやりしている手だ。一段目の金は、動きが制約される。

 でも、この局面なら、3一馬を見て絶品。

 途中に防壁がないから、止めることもできない。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「3六桂」

 突っ込んできた。

「同銀ッ!」

「同香」

「全軍突撃ッ! 3一馬ッ!」

 3三玉に、いったん3七歩と受けて、同香成、同桂まで清算する。次は4五桂だ。

 御城先輩は7二飛と寄って、二段目の守備を厚くした。

「2五銀」


挿絵(By みてみん)


 上から押さえる。

 当然に3五金と上がってきたが、4五桂、同金左に3四銀打。

「入玉するか……4四玉」

 そうはさせないぜ。4五銀、同金、6四馬の詰めろ。

 中段玉、なぜか寄せやすし。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「3五金ッ!」

「3六桂ッ!」

 同金なら、3四金、4五玉、5四馬で即詰み。

 御城先輩は、しぶしぶ3三玉と引っ込んだ。

 3四歩、2二玉、3一馬。


挿絵(By みてみん)


「……さすがに挽回の余地がない。投了だ」

「ありがとうございました」

 ふぅ……あたしは、額の汗をぬぐった。

 今日、めちゃくちゃ調子よくね? またまたまた快勝。

 一方、御城先輩は、あまり納得がいかないような顔をしていた。

「飛車抜きの中飛車に負けるのか……冴えないな」

「4二金は、なんだったんですか? あそこから、急に指しやすくなりましたけど」

 感想戦を始める。問題の局面までもどした。


挿絵(By みてみん)


「この局面は、これしかないだろう」

 御城先輩はそう言って、もみあげ付近の髪を引っ張った。

「単に5五金右だと、なにがイヤなんです?」

「それは、6三馬が金当たりになる。4二金、6二成桂で、一応一手稼げるが、その一手のときに動かせる駒がない。一歩あれば3五歩なんだがな」

 ん、そうか。緩手だとは思ったが、ほかに手がないようだ。

「あたしの読み不足ですね」

「まあ、手がない局面で読みが深まってもしょうがないんだが……終始、歩切れが響いたな。3二に玉がいるうちは、1六歩、同歩、同香すらありそうだった」

 さすがに、ムリじゃなかろうか。

 あたしたちは、もうすこしまえの分かれを検討した。

 すると、教室のドアがひらいて、

「アハッ、みんなそろってるね」

 という、師匠の声が聞こえた。あたしたちは、そちらへ一斉に振り向いた。

「あれ、師匠、来てたんですか……って」

 おいおい……自称宇宙人と一緒かよ。

 師匠は、白い開襟シャツに黒の長ズボン。宇宙人のほうは、ラベンダー色のフレアミニスカ-トに、クリーム色の長袖ニット。どうみても、デート帰りだった。

 御城先輩は、ふたりの関係なんかまったく知らないから、

「お、捨神、いいところに来たな」

 と言って、師匠を感想戦に巻き込んだ。

 自称宇宙人は、すこし距離をとったところに待機。

 あたしは、そっちに話しかけた。

「おい、宇宙人、こんなところで、なにやってんだ?」

「捨神くんが寄りたいって言ったから、寄りました……」

 彼女をつれて将棋の幹事会に立ち寄るとか、普通ならアウトだぞ、これ。

「あれ……不破さん、決勝まで残ってるの……?」

「あたりまえだろ」

「駒桜市って、レベル高いんだね……」

 そりゃ、そうだ。

 県大会決勝までいった兎丸うさまるが、師匠のおかげで代表になれないんだからな。

 だてに将棋文化の町じゃないぜ。

「決勝の相手は……?」

 ん、そういや、だれだ。あたしは、となりの対局席をのぞきこんだ。

場所:H島県幹事会杯争奪戦(修身高校) 準決勝

先手:不破 楓

後手:御城 悟

戦型:先手ゴキゲン中飛車


▲5六歩 △3四歩 ▲5八飛 △1四歩 ▲5五歩 △1五歩

▲7六歩 △6二銀 ▲4八玉 △4二玉 ▲3八玉 △3二玉

▲6八銀 △5四歩 ▲5七銀 △5五歩 ▲4六銀 △5三銀

▲5五銀 △5二飛 ▲4六銀 △8八角成 ▲同 飛 △5四銀

▲5八飛 △3三角 ▲7七角 △5五歩 ▲2八玉 △6二金

▲3八銀 △7四歩 ▲6八金 △7三金 ▲5六歩 △6四金

▲5五歩 △同 銀 ▲同 銀 △同 金 ▲4六銀 △5四歩

▲5五銀 △同 歩 ▲4五金 △5六歩 ▲5四歩 △6五銀

▲5三歩成 △同 飛 ▲3四金 △2二角 ▲同角成 △同 玉

▲7七桂 △5四銀 ▲8二角 △4五銀 ▲9一角成 △3四銀

▲5五香 △5七歩成 ▲同 飛 △7九角 ▲5八飛 △6八角成

▲同 飛 △5四歩 ▲6五桂 △5一飛 ▲5二歩 △同 飛

▲5三歩 △3二飛 ▲5四香 △6四金 ▲8一馬 △5一歩

▲5八飛 △4五銀 ▲4六桂 △5六銀打 ▲7三桂成 △6七銀不成

▲9八飛 △3六歩 ▲同 歩 △5六銀引成▲7七角 △4四金

▲4八金 △4二金 ▲6三成桂 △5五金右 ▲5二歩成 △同 歩

▲同香成 △同 金 ▲同成桂 △同 飛 ▲5七歩 △6六成銀

▲8六角 △2四桂 ▲3七銀 △7六成銀 ▲3一角成 △同 玉

▲6三馬 △9二飛 ▲7二歩 △3二香 ▲6四馬 △2二玉

▲4一金 △3六桂 ▲同 銀 △同 香 ▲3一馬 △3三玉

▲3七歩 △同香成 ▲同 桂 △7二飛 ▲2五銀 △3五金

▲4五桂 △同金左 ▲3四銀打 △4四玉 ▲4五銀 △同 金

▲6四馬 △3五金 ▲3六桂 △3三玉 ▲3四歩 △2二玉

▲3一馬


まで139手で不破の勝ち

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