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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第19局 幹事会杯争奪戦(2015年5月31日日曜)
194/683

182手目 H島県幹事会杯争奪戦 2回戦 正力vs不破

挿絵(By みてみん)


 よーし、1回戦は完勝。

 あたしはトーナメント表を確認しながら、ほくそ笑んでいた。

「あら、次はかえでさんとなのね」

 対局を終えた安奈あんなが顔をのぞかせた。

魚住うおずみくんを破るなんて、やるわね」

「あいつ、なんか調子悪かったぞ。楽勝だった」

 あたしの発言を、安奈はあんまり信用してない気配だった。失礼なやつだな。

「私も、楓さんのほうが指しやすくていいわ」

「ん? 舐めプか?」

「ちがうわよ。指し慣れてるひとのほうがいいってこと」

 そりゃ、女子のほうが指しやすいのは事実だわな。公式戦はほぼ男女別だから、男子は男子と、女子は女子と指す機会のほうが多い。学校が同じでもない限り。

 あたしが1回戦の流れを説明していると、青來せいらも会話にくわわってきた。

「ふたりとも、勝ったんですねッ! インコンパチブル最強じゃないですかッ!」

「青來さんも、勝ったのね……」

 安奈は、じっとりとした目つきで、青來を見つめた。

 青来は、いかにも自慢そうに両手でガッツポーズをとった。

並木なみきくんをボコボコにして来ましたッ!」

「……」

「なんですかッ!? その沈黙はッ!?」

「……」

「並木くんに勝っちゃダメなんですかッ!?」

「青來さん、夜道には気をつけたほうがいいわよ」

「ッ!???」

 御愁傷様――とか言ってる場合じゃないんだよな。次は安奈とだ。青來と当たるなら決勝戦だから、しばらく放置でいい。目のまえの敵に、全力を尽くすぜ。

「それでは、2回戦を始めます。着席してください」

 月代つきしろ幹事長の指示にしたがって着席。あたしと安奈が駒をならべているあいだ、並木が周囲をうろうろしていた。安奈がすばやく反応して、並木を呼び止めた。

「並木くん、ヒマなら私を応援してちょうだい」

 は? なんだそれ? せめて「観て行ってね」くらいにしとけよ。

 並木は悩んだような顔をして、くちびるに親指の第一関節をそえた。

「僕、御城ごじょう先輩の将棋を観ようかな、って思うんだけど」

「御城先輩の将棋なんか観ても、うしろから襲われるだけでしょ」

 どうやって対局者がうしろから襲うんだよ。むしろおまえだろ、それ。

「御城先輩はそんなことしないよ。捨神すてがみ先輩一筋だからね」

「御城先輩の将棋は、何回も観てるでしょうに」

正力しょうりきさんの将棋は、小中でもっと観てるよ」

「そう……親の顔より見飽きた私の将棋なんて、応援する価値がないのね」

「さすがに父さんと母さんの顔のほうがよく見てるよ」

 なんだこの会話。私が呆れていると、安奈はいよいよ奥の手を使ってきた。

「観戦したら、あとであんパンおごってあげるわよ」

「ほんと? じゃあ、観戦するね」

 いいのか……? それでいいのか……?

「それでは、振り駒をお願いしまーすッ!」

 月代幹事長の指示で、あたしは振り駒をした。と金が3枚で、あたしの後手。

「対局準備の整っていないところはありませんね? ……それでは、始めてください」

「よろしくお願いします」

 あたしは一礼してから、チェスクロのボタンを押した。

 7六歩、3四歩、2六歩、5四歩。とりあえず中飛車を見せる。

 安奈は居飛車党だから、さっきみたいな相振り模様にはならないはずだ。

 6八玉、5五歩、4八銀、5二飛、7八玉、6二玉。

「6八銀」


挿絵(By みてみん)


 ほぉ……急戦か。しかも、超速ですらない、と。並木のまえだから、負けにくいように穴熊でくるかと思ったが、そうでもないようだ。あたしも受けて立つ。7二玉ともう一段深く潜って、9六歩、9四歩の交換を入れる。7七銀と先手が上がったところで、あたしは5六歩と仕掛けた。

「せっかちなのね。位を取り返せるけど、いいの?」

「ああ、構わないぜ」

「……6六銀」

 5七歩成、同銀上、4二銀、5五歩。


挿絵(By みてみん)


「これで、ゴキゲンのメリットはなくなったわね」

「へへ、それはどうかな」

 あたしはスティック付きの飴玉あめだまを頬張って、8二玉と入った。

「飴ばっかり舐めてて、虫歯にならないの?」

「ならないんだな、これが」

「酒、タバコ、砂糖……嗜好品は体に悪いと、相場が決まってるの」

「じゃあ、餡パンもダメだよなあ?」

「……餡パンは、いいのよ」

 ひとによって結論を変えるなあ。あたしはそれが一番嫌いなんだよ。

 5六銀、4四歩、6五銀右。


挿絵(By みてみん)


 ふぅん……かなりの積極策だな。5八飛とでも回るつもりなのかね。

「6二銀」

「5八飛」

 チッ、ほんとに回ってくるのか。ちょっと前のめりなんじゃないのか。彼氏(?)のまえでいいところ見せようとしたって、いいことないぜ。

 さて、2筋を逆用したくなる。あたしは机に両肘をついて、しばらく考えた――4三銀+3一角+3二飛の組み合わせを狙うか。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は不破ふわさんの脳内イメージです。)


 狙いは3五歩と伸ばして、3六歩、同歩、同飛、3七歩に2六飛のスライドだ。とはいえ、2八飛と戻れば、ただの一手損。穴がないかどうか、30秒ほど考える。

 ……なさそうだな。よし、いくぜ。

「4三銀」

 今度は、安奈が小考。5九金右と指した。

 右辺は捨てるつもりか。あたしは予定通り、3一角と引く。

「7五銀」

「ほんとに右辺は捨てるんだな」

「あら、そんなつもりはないのだけれど」

 なにかあるのか? 3五歩、6八金右、3二飛。

「5六飛」


挿絵(By みてみん)


 ん……この受け方はさすがだな。

 一見、3四銀〜4五銀で止まる。だが、3四銀、5四歩、4五銀、5九飛のあと、3六歩、同歩、同飛、3七歩、2六飛に4四角と飛び出して、2八飛成(4四角が2六の飛車に当たっているから5二歩と受けられない)、5三歩成のほうが速いってわけだ。そこで5八歩としても、6二と、5九歩成、6一とが詰めろ。

 どうやら7五銀は、角道を開ける意味もあったみたいだな。さすが、県大会常連でベスト4まで行ったことのある女だ。

「それなら、3四飛とさせてもらうぜ」

 銀を上がらずに、4四の地点を受けておく。

 5四歩、7二金、6六角、3三桂、8八玉、4五歩、7八金上、4四銀。


挿絵(By みてみん)


 石田流っぽくなっちまったな。らしくないぜ。

 安奈は、ここでまたすこし考えた。

 次に5五歩〜3六歩が見えてるわけだが……ん、5八飛か。やるな。おそらく、これが唯一の3六歩防止策だ。あたしは、すぐには3六歩と突けない。突いたら、同歩、同飛のときに4四角で銀が素抜かれちまう。だから、いったん5五歩とするわけだが、そこで3八飛と回られて手がなくなるという寸法。

「最悪、千日手にもできるわけか……なら、こうだな」

 あたしは、5五歩と先に受けた。安奈は3八飛と回る。

 3筋を受けられた以上、駒を足さないとな。あたしは、本格的に石田組を目指した。

 1四歩、8六歩、1三角、5七角、5一金、7七金上。


挿絵(By みてみん)


 そろそろ飽和するわけだが……ちょっと工夫しておく。

 まず2四飛と回って、2八飛を打診。それから、3四飛と戻った。

 この挑発に、安奈は黒皮手袋をアゴにそえ、小考。

 さあ、どうする。千日手のお誘いだぜ。安奈はあんまり挑発に乗るタイプじゃないが、今回は公式戦じゃないし、並木に観戦しろって言った手前、指し直しはやりにくいはず。

「……8五歩」

 よし、千日手を選択せず。あたしは1五歩と突いて、2五歩に5六歩と伸ばした。

「玉頭にプレッシャーはかけたけど……むずかしいわね。6六角よ」

「3六歩ッ! 開戦だッ!」

 同歩、5七角成、同角、同歩成、3二角、5五角。


挿絵(By みてみん)


 あたしのほうは、と金ができた。これを活用できれば勝ち。

 安奈の勝ち筋は、粘って8四歩から殺到する順。

「2三角成ッ!」

 安奈は2八の飛車を放置して、3四の飛車を取りにきた。2八角成、3四馬は、次に4四馬の銀取りになってるから却下。あたしは冷静に3六飛としておく。

「3七歩」

 ここで、飛車交換に持ち込むかどうかの選択権がもらえた。飛車交換をしたいなら、4七とと寄って、3六歩、2八角成、4三飛だろう。だけどこれは、銀取りと5三歩成を同時にみせられてる。あんまりやりたくない。

「ってことは、角切りだな。3七角成」

「あいかわらず強引ね」

 おまえの並木に対するアプローチのほうが、よっぽど強引だろうが。

 同桂、同飛成、1八飛、2六桂、3八歩。


挿絵(By みてみん)


 ふむ……なにがなんでも飛車が欲しいわけか。だが、やらない。

「3六龍」

 飛車の捕獲を中断して、龍を逃げておく。

 以下、2八飛、3八桂成、1八飛に、2六歩の追撃。

「これで飛車は死んだな」

 あたしは椅子をうしろにかたむけて、腕組みをした。

「危ないわよ……とはいえ、困ったわね」

 安奈はそう言って、チェスクロを確認した。

 残り時間は、あたしが3分、安奈が1分。考えるとしたら、ここで最後だろ。

 案の定、安奈は30秒将棋になるまで考えて、6六角と打った。

「銀と、と金の両取りか……と金のほうは、やる。5五歩」

 5七角、2七歩成、3四歩、2五桂、2二馬、3四龍。


挿絵(By みてみん)


 ここまで指して、安奈は前歯を噛み合わせた。

「徹底的に対応するわけね」

「おう、徹底的に対応してやるよ」

 1一の香車だけは助けられなかったな。

 以下、1一馬、1八と、同香、5八飛、1三角成に、5六歩と伸ばす。

「5七歩成のまえになにかしないと、ゲームセットになるぜ?」

「分かってるわよ……3五歩」

 同銀なら馬筋が通るか――防御が固まるから、よくない。

 あたしは4三龍として、1枚は自陣で活用することにした。30秒将棋に突入。

「2四馬」


挿絵(By みてみん)


 っと、桂馬を取られちまうな。3七桂成と逃げるのは3四馬で、龍馬交換になる。

 あたしは無視して5七歩成とした。2五馬、3四歩、4六歩、4八飛成、4五歩。

「取ると馬が利いて面倒か……」

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「6八とッ! 攻め合いだッ!」

 8四歩さえ入らなきゃいいんだよ。

 4四馬、7八と、同金、4四龍、同歩、6八金、7九香、7八金、同香。

「おかわりッ! 6八金ッ!」


挿絵(By みてみん)


 張り付いたぜ。

 安奈は6九金、4七歩、6八金、同龍、7七銀、7九角、8七玉、6七龍に、3四馬として、手の込んだ受けをみせた。

「あたしの玉は無傷ッ! このまま押し切るッ! 8八金ッ!」

 8六玉、6五龍、5三歩成、8九金、6二と、同金上、6六銀打。

「9九金」

「くッ……龍を取ったら詰み……」

 その通り。6五銀なら9七銀、8七玉、8六香と打って、同銀上は8八角成、同銀引は9八銀不成で詰み。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「は、8七金ッ!」

 あたしは8筋の歩に指をそえた。

「まさか、こっちから突くことになるとは思ってなかったが……8四歩だ」


挿絵(By みてみん)


「ッ!?」

 実は、これも詰めろなんだよなあ。

 同銀は7四桂一発で詰み。同歩は8五歩、同玉、7四銀、8六玉、8五香まで。6五銀なら8五歩、同玉、9三桂、9四玉、8三金、9五玉、9四銀、8六玉、8五香までの並べ詰み。

「ま、負けました……」

「ありがとうございました」

 ふぅ、1回戦に続いて2回戦も快勝。気持ちがいい。

 安奈はあきらめ気味にタメ息をついて、

「飛車交換になればこっちが有利だったはずなのに、ならなかったのが誤算ね」

 と言った。

「千日手でも良かったんじゃないか?」

「2四飛、2八飛、3四飛のところ? ……あれって、ただの挑発じゃないの?」

「それもあるけど、あたしだって打開はそんなに簡単じゃなかったからな」

「石田に組み替えさせたのは失敗だったわね。4三銀以下のあたりで、手があれば良かったんだけど……並木くんなら、どう指すかしら?」

 安奈のうしろで熱心に観戦していた並木は、うーんと唸ってから、

「僕だったら、超速か穴熊にしてるかも」

 とだけ答えた。

「そう……採用した作戦が間違いだったのかしら」

「そんなことはないと思うよ。正力さんのほうも、途中までは模様が良かったし」

 あちこちで、対局が終わり始めた。

 あたしは、また椅子をかたむける。

「細かく見る時間がないな。ほかに、なにかあるか?」

「いいえ、私と並木くんは、コンビニに行かなくちゃいけないから」

 ああ、そう言えば、餡パンをおごってやるって話だったな。

 安奈は席を立った。

「長時間応援させて、ごめんなさい。餡パンを買いに行きましょう」

「うん、僕は正力さんにプリンをおごるね」

 並木のひとことに、安奈はきょとんとした。並木はえらくマジメな顔で、

「僕の応援パワーが足りなかったんだよ。それに、中学までは、コンビニでよく餡パンとプリンのおごりっこしてたよね。だから、ひさびさにそうしようよ」

 と言った。

「並木くん……」

 安奈は頬を染めて、並木と一緒に教室を出て行った。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 え、なにこの敗北感。

場所:H島県幹事会杯争奪戦(修身高校) 2回戦

先手:正力 安奈

後手:不破 楓

戦型:後手ゴキゲン中飛車


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △5四歩 ▲6八玉 △5五歩

▲4八銀 △5二飛 ▲7八玉 △6二玉 ▲6八銀 △7二玉

▲9六歩 △9四歩 ▲7七銀 △5六歩 ▲6六銀 △5七歩成

▲同銀上 △4二銀 ▲5五歩 △8二玉 ▲5六銀 △4四歩

▲6五銀右 △6二銀 ▲5八飛 △4三銀 ▲5九金右 △3一角

▲7五銀 △3五歩 ▲6八金右 △3二飛 ▲5六飛 △3四飛

▲5四歩 △7二金 ▲6六角 △3三桂 ▲8八玉 △4五歩

▲7八金上 △4四銀 ▲5八飛 △5五歩 ▲3八飛 △1四歩

▲8六歩 △1三角 ▲5七角 △5一金 ▲7七金右 △2四飛

▲2八飛 △3四飛 ▲8五歩 △1五歩 ▲2五歩 △5六歩

▲6六角 △3六歩 ▲同 歩 △5七角成 ▲同 角 △同歩成

▲3二角 △5五角 ▲2三角成 △3六飛 ▲3七歩 △同角成

▲同 桂 △同飛成 ▲1八飛 △2六桂 ▲3八歩 △3六龍

▲2八飛 △3八桂成 ▲1八飛 △2六歩 ▲6六角 △5五歩

▲5七角 △2七歩成 ▲3四歩 △2五桂 ▲2二馬 △3四龍

▲1一馬 △1八と ▲同 香 △5八飛 ▲1三角成 △5六歩

▲3五歩 △4三龍 ▲2四馬 △5七歩成 ▲2五馬 △3四歩

▲4六歩 △4八飛成 ▲4五歩 △6八と ▲4四馬 △7八と

▲同 金 △4四龍 ▲同 歩 △6八金 ▲7九香 △7八金

▲同 香 △6八金 ▲6九金 △4七歩 ▲6八金 △同 龍

▲7七銀 △7九角 ▲8七玉 △6七龍 ▲3四馬 △8八金

▲8六玉 △6五龍 ▲5三歩成 △8九金 ▲6二と △同金上

▲6六銀打 △9九金 ▲8七金 △8四歩


まで136手で不破の勝ち

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