181手目 H島県幹事会杯争奪戦 1回戦 不破vs魚住
「それでは、籤を引いてください」
あたしたちは、順番に籤を引いていく。
幹事長が確認して、トーナメント表が完成した。
チッ、いきなり魚住とか。参ったな。
とはいえ、怯むのは、あたしらしくない。正々堂々と着席。
しばらくして、魚住が現れた。
麦わら帽子を胸元にかかえて、キョロキョロしている。
「オーイ、なにやってんだ。さっさと着席しろ」
「あ、うん」
魚住は席につくと、駒を並べ始めた。
そして、妙なことを尋ねてきた。
「きょ、今日、兎丸くんは来てないよね?」
「兎丸が、どうかしたのか? 預かりもんなら、預かってやるぞ」
「な、なんでもない……」
さっきから、ほんとに様子がおかしいな。もしかして、兎丸と、なにかあったんじゃないだろうか。去年の中学竜王戦の件があるからなあ。根掘り葉掘り訊くのも悪いし、ここは将棋に集中するぜ。振り駒をして……おっと、あたしが先手か。
「対局準備の整っていないところは、ありますか?」
月代幹事長も、対局席に座った状態で、確認をいれた。
特にトラブルはないようだ。
「それでは、15分30秒で、よろしくお願いします」
「「「よろしくお願いします」」」
魚住がチェスクロを押して、対局開始。
「5六歩」
やっぱこれだよね、これ。中飛車宣言。
魚住は10秒ほど考えてから、3四歩と突いた。
5八飛、4四歩、7六歩、3三角、7七角、2二飛。
これは予想していた。あたしが中飛車党で、魚住も振り飛車党。
だったらあたしの中飛車に対して、魚住が向かい飛車にするのは理に適っている。相振り飛車のときは、向かい飛車≧三間飛車>四間飛車>中飛車の順で有利。
しかし、現代将棋は、コレがある。
4八銀、4二銀、5七銀、2四歩。
「6八玉」
左穴熊。相振りで中飛車を咎められたときの常套手段。
「やっぱり左穴熊か……」
魚住も、多少は予見してたみたいだな。相穴になりそうだ。
2五歩、2八飛、6二玉、7八玉、7二玉、8八玉、8二玉。
「9八香」
「7二銀」
ん……相穴にしないのか。淡白だな。
公式戦じゃないし、流しで指してるのかね。県大会も近いから、手の内を見せる必要もない、と……あたしから師匠に情報が漏れるのが、イヤなのかもしれない。
あたしは気を取り直して、穴熊の構築を始める。
9九玉、4三銀、8八銀。
ハッチを閉める。相手はただの向かい飛車だ。ぞんぶんに組ませてもらうよ。
5二金左、6六銀、4五歩、7八金、3五歩、6八角、4四銀。
大模様だな。これが魚住流か。網は広くとるタイプ。
さすがに県大会経験者同士とあって、おたがいの腹の内は見えてる、と。
あたしは30秒ほど考えてから、金を寄せることに決めた。5九金。
「ん? 右辺は放置?」
「ああ」
「そっか……受けないのか……」
魚住、長考。あたしは舐め終えたスティック飴を交換する。
レモン味とオレンジ味、どっちにしようかな。
……………………
……………………
…………………
………………パシリ
おっと、指したか。あたしは盤面を確認する。
2四飛か……3四飛〜3六歩っぽいな。そこまで怖い筋でもない。
あたしは6九金と、もう一段寄った。
魚住はノータイムで3四飛。あたしは7九金寄としかけて、手を止める。
……………………
……………………
…………………
………………
お祭りイベントだし、派手に行くか。成立してそうだし。
「2六歩」
これで、どうだ?
ちょっと狙いは分かりにくいが、魚住レベルなら気付くはず。3六歩、同歩、3七歩と打ったときに、2六飛のスライドがある。後手に利があるようにもみえるし、先手に利があるようにも見えるから、こいつは悩むんじゃないか。
案の定、魚住は机に片ひじをついて、考え込んだ。
「6九の金が浮いてる状態で、飛車交換……?」
ほれほれ、悩め。3六歩以下の飛車交換で、あたしのほうが先に飛車を下ろせる。そこから3九飛、7九金寄を入れても、先後が変わるだけで、そこまで損じゃない。むしろ、後手は3三角と4四銀の連携が悪い。これが、あたしの読みだった。
魚住は、額に手を当てて、
「1一の香は取られないか……だったら、決戦でもいいや。3六歩」
待ってましたとばかりに、あたしは同歩と取った。
同飛、3七歩、2六飛、同飛、同歩、2三飛、3九飛、7九金寄。
「おいらのほうが速いさッ! 2九飛成ッ」
「ただの手得だろッ! 2一飛成ッ!」
派手にやってみたが、ここからは細かい応酬になるはず。
あたしは読みを入れた。
先手の第一感は1九龍……この香車を拾われるスキに動きたい。とりあえず、3三角と4四銀の連携が悪いのは事実だから、ここを攻めるわけだが……これだな。
あたしは、脳内将棋盤で、一番理想的な攻めの図を描いた。
本譜から1九龍、7七角、1八龍(2七歩成の準備)、7五銀、2七歩成、2五桂。
(※図は不破さんの脳内イメージです。)
これで角か銀が死ぬ。
ただ、こうはならないだろうな。魚住の対応を見る。
「……2七歩成」
ん? このタイミングで歩成? ……さっきの筋に気付いてないのか?
そんなことはないと思うが……あたしは、チェスクロを確認した。
残り時間は、あたしが9分、魚住が7分。
時間差は、保ったままにしますか。
「7七角」
「1九龍」
あたしが脳内で描いていたのと、似た局面になる。
なにかあるのか――あたしは疑心暗鬼になりつつ、7五銀と上がった。
「2六と」
……ッ! そういうことか。と金で2五桂を消したか。
苦肉の策に見えるけど、理には適っている。
2六龍からでも、まだ先手がいいとは思うんだが……積極策、4六歩。
「龍は撤退しないんだね……楓ちゃんらしいや」
「どうする? 4四の銀が負担になってるだろ?」
「そこは読み切りだよ。4九龍」
チッ、龍で受ける気か。長期戦になりそうだな。
4五歩、同龍、2六龍(結局、取るハメに)、3五銀、2一龍、7七角成、同桂。
大さばきになっちまったなあ。
4六銀、1一龍、5七銀成と進んで、あたしの陣地にもプレッシャーがかかる。
だけど、魚住は端歩を突いていない。棺桶美濃だ。ここを突く。
「4三歩」
あたしは、空中に歩を放った。
「同……ごめん」
魚住は手を引っ込める。同龍は、ないよなぁ。5五桂、4八龍、6六香と打って、6四香と打ち返しても、同香、同歩、6三香とガジガジが成立する。
魚住は、残り3分を切るまで考えてから、6四香と先着した。
「そいつは同銀だッ!」
受けになってないぜ。
同歩、7五桂で、さっきの筋が復活する。
魚住はかなり苦しそうな表情で、頭を掻きむしった。
「いやあ、こいつはツライよ、おいら」
「投了するか?」
「うーん、まだ粘る。7一桂」
8六香、7四銀、8五香打、4一歩、同龍、5一金寄。
かぁ、なんだ、こりゃ。
棺桶美濃のくせに、なかなかやるじゃないか。
あたしは残り5分を切った持ち時間を使って、寄せの構想を練った。
龍を切っても勝てそうではあるんだが……賞金懸かってるし、マジメに考える。まず、竜の逃げ場所は……玉に直通する3二だろうな。3二龍に、魚住がどう受けるか……少しひねるなら、4二歩もありそうだ。同歩成なら、同金寄として、龍の紐がついていてめんどくさいパターン。取らずに2一龍だろうな。そこで……5四角か?
(※図は不破さんの脳内イメージです。)
これが一番頑強な受けだ。
が、そこで2七角とでも打っておけば、痺れてるだろう、多分。
あたしは人差し指で、龍を3二にサッと引いた。
魚住のノータイム指しで、4二歩、2一龍、5四角まで進む。
あたしは角を手にして、何度かカラ打ちした。
……………………
……………………
…………………
………………
2七角……いや、先に清算したほうが、良さげか。
「方針変更、8三香成だ」
魚住、ここでまた手が止まる。30秒将棋に。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「ど、同桂ッ!」
同香成、同銀引、同桂成、同玉。王様で取ってきた。
7五桂と2七角を比較しているうちに、あたしも30秒将棋になった。
「……よし、こっちのほうがいいな。2七角ッ!」
これはキツいだろう。あたしは手応えを感じる。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「4三龍ッ!」
おもしろい受けをしてきた。
中学竜王なんだし、こうでなくっちゃなあ。
あたしも29秒ギリギリまで読んでから、5四角と飛び出す。
同龍に、あたしは交換したばかりの角を手にした。
「これで仕舞いだ。6・二・角」
「ッ!」
同金上なら、7五桂、9二玉、8三銀、同銀、同桂成、同玉、8一龍以下、詰み。
同金寄なら、5一龍で寄り。そこで6一金は、7五桂、9二玉、6一龍に同銀とできないし、6一香なら7一銀が詰めろで勝ち。
6二角そのものを放置は7五桂、9二玉と押し込んでから、5一角成で勝ち。
魚住はすこしだけ上半身を動かして、大きく息を吐いた。
「……負けました」
「ありがとうございました」
あたしはチェスクロを止めて、飴玉のスティックを噛んだ。
魚住のコメントを待つ。
「……完敗だったね」
「淡白だったな。調子悪いのか?」
魚住は、なんだか口ごもる。
あたしは、なにかあったのかと尋ねた。
「すごく言いにくいんだけど……兎丸くんとケンカした気がするんだよね」
「した気がする……? した気がするって、なんだ?」
魚住は、兎丸からなにか脅迫めいた電話が掛かってきた記憶がある、と言った。意味が分からない。兎丸が脅迫するわけないし、そもそも「記憶がある」とか、表現があいまい過ぎたからだ。あたしは、真相を問いただした。
「兎丸くんから電話があったんだけど、途中で気を失っちゃったみたいなんだ」
「……いや、意味不明だろ。会話を覚えてないのか?」
「覚えてはいるんだけど……夢だったのか現実だったのか、はっきりしない」
ハァ、呆れ。あたしは、兎丸に確認を取ればいいとアドバイスした。
「で、でもさ……ほんとに脅迫の電話だったら、おいら、どうすればいいの?」
「兎丸が脅迫するわけないだろ。夢だよ、夢。どうせ、今度ネット将棋指そうとか、そういうメッセージだったんだろ。で、貧血かなにかで倒れた、と」
あたしのコメントに、魚住もなんだか、ホッとしたような顔になった。
「そ、そうだよね……おいらの勘違いだよね……あとで、電話してみる」
にしても、変な妄想で将棋がおろそかになるとか、感心しないね。
あたしたちは、感想戦を始めた。
「やっぱり、2六歩の挑発に乗ったのがマズかったかな? 3四飛って撤退する?」
「それ、2五歩に2三歩と謝るしかないよな?」
「でも、ほかに手がないよね。2五歩、2三歩、7九金寄に9四歩から、陣形整備」
「手損し過ぎだろ、さすがに。魚住のほうも、穴熊にするしかなかったんじゃないか」
プロの対局でも、そういうのが多いと思うんだが。
「うーん、そうかなあ……おいら、穴熊至上主義じゃないんだけど」
好き嫌いの問題じゃないんだよ。勝ちやすさ。
あたし、こう見えても合理主義だからな、将棋に関しては。
ふたりでいろいろ検討していると、月代幹事長の声が入った。
「休憩時間は取れないので、終わったところから適当に休んでください」
バタバタしてるな。他校の校舎だし、しょうがないか。
「それじゃ、続きはまた今度にする? おいらは、どっちでもいいよ」
「ああ、そうしてくれ。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
今後の執筆予定についてですが、最近になってまたミステリを書きたいな、
と思っており、そちらのほうに時間を割くことになりました。
実生活が忙しいので、これ以上ほかの時間を削ることができません。
こちら駒桜高校は、週1〜2更新になるかと思います。
楽しみにしていただいている方々には申し訳ございませんが、
10月一杯まではミステリに専念したいので、ご容赦ください。
今後とも、よろしくお願いいたします(`・ω・´)
場所:H島県幹事会杯争奪戦(修身高校)
先手:不破 楓
後手:魚住 太郎
戦型:左穴熊
▲5六歩 △3四歩 ▲5八飛 △4四歩 ▲7六歩 △3三角
▲7七角 △2二飛 ▲4八銀 △4二銀 ▲5七銀 △2四歩
▲6八玉 △2五歩 ▲2八飛 △6二玉 ▲7八玉 △7二玉
▲8八玉 △8二玉 ▲9八香 △7二銀 ▲9九玉 △4三銀
▲8八銀 △5二金左 ▲6六銀 △4五歩 ▲7八金 △3五歩
▲6八角 △4四銀 ▲5九金 △2四飛 ▲6九金 △3四飛
▲2六歩 △3六歩 ▲同 歩 △同 飛 ▲3七歩 △2六飛
▲同 飛 △同 歩 ▲2三飛 △3九飛 ▲7九金寄 △2九飛成
▲2一飛成 △2七歩成 ▲7七角 △1九龍 ▲7五銀 △2六と
▲4六歩 △4九龍 ▲4五歩 △同 龍 ▲2六龍 △3五銀
▲2一龍 △7七角成 ▲同 桂 △4六銀 ▲1一龍 △5七銀成
▲4三歩 △6四香 ▲同 銀 △同 歩 ▲7五桂 △7一桂
▲8六香 △7四銀 ▲8五香打 △4一歩 ▲同 龍 △5一金寄
▲3二龍 △4二歩 ▲2一龍 △5四角 ▲8三香成 △同 桂
▲同香成 △同銀引 ▲同桂成 △同 玉 ▲2七角 △4三龍
▲5四角 △同 龍 ▲6二角
まで93手で不破の勝ち




