180手目 H島県高校将棋連盟幹事会
※ここからは、不破さん視点です。
というわけで、やって来たぜ。H県幹事会だ。
会場は、修身高校の校舎。あたしはスティック付きの飴玉を頬張ったまま、ポケットに手を突っ込んで、敷地に踏み込んだ。お、早速、安奈を発見。
「オーイ、クソマッポ」
あたしが声をかけると、安奈はサッと振り向いて、ちょっと眉をひそめた。
「あら、こんにちは……楓さんが代表幹事なの?」
「ああ、兎丸が忙しいらしくてな。それに、うちは捨神の師匠が代表選手だから、同じ高校のほうがいいってことになった……不満か?」
「べつに……ただ、風紀の乱れを気にしただけよ」
不満たらたらじゃねぇか。あたしは舌打ちをして、先を急ぐ。
「捨神先輩の容体は、どうなの?」
「すっかり良くなったよ。前よりピンピンしてる」
「それは良かったわね」
良かったのは確かなんだが――なんか、あの自称宇宙人との関係で、妙なこと言い出してるんだよな。なんとかしたいぜ、ほんと。自称宇宙人が変な薬を飲ませたから、あんなことになったんじゃないのか。嫌疑は晴れてないからなぁ。
あたしが内心でぶつくさ言っていると、あっという間に会場についた。普通の教室。
「修身は男子校だから、私たちがいると目立つわね」
「並木はカワイイ系だから、意外とモテてたりしてな」
「並木くんは、私みたいな女の子が好きなのよ」
は?
「正力さん、不破さん、こんにちは」
ふりかえると、ピンと寝癖の生えたカワイイ系の男子が立っていた。
「なんだ、並木、教室案内でもしてるのか?」
「H市西ブロックの代表幹事、僕なんだよね」
ああ、そういうことか。よく考えたら、並木もブロック代表だもんな。
あたしがそんなことを思っていると、安奈は櫛を取り出した。
「並木くん、寝癖が今日は一段とひどいわよ」
そう言って、安奈は並木の髪型を直し始めた。
「ありがとう。さっき、壁によりかかって昼寝してたからかな」
「そういうときは、私が膝まくらしてあげるわ」
おまえら、ほんとに夫婦だな。お幸せに。
あたしはうしろのほうに座って、『将棋世界』の付録を読む。
そのうち、どんどんひとが集まってきた。
「あッ! 楓ちゃん発見ッ!」
大きなリボンがトレードマークの、青來が声をかけてきた。
あいかわらず声がデカイ。
「なんだ、青來も来てたのか」
「茉白先輩に押しつけられましたッ!」
だろうな。自分からやりたがるタイプじゃないし。
「ちょうどよかったですッ! 幹事会のあと、時間ありますかッ!?」
「おぅ、あたしはいくらでも時間あるぜ。宿題とかやらないしな」
「だったら、カァプの応援に行きましょうッ!」
青來はそう言って、招待券を2枚取り出した。なんでも、両親のツテで手に入れたらしいのだが、使い道がないらしい。
「なにが嬉しくて、女子ふたりでカァプの応援しなきゃいけないんだよ」
「カァプ女子ですよッ! カァプ女子ッ! 流行ってますッ!」
「あたしは流行りに乗らないんだよ」
「地元なのに、応援しないんですかッ!?」
地元だからって、応援義務はないだろ。あたしがそう言いかけたとき、教壇のほうから声が聞こえた。見れば、髪お化けこと、月代幹事長が立っていた。
「そこ、静かにしてください……これから、H島県高校将棋連盟幹事会を開催します」
とりあえず、青來のしつこい勧誘からは逃れられた。
あたしは椅子を傾けたまま、ぼんやりと話を聞く。
「今年度は、日日杯ということで、その準備をする必要があります。各ブロックの代表幹事のひとは、連絡にあったように、スタッフを務めてもらいます。これから、各ブロックのスタッフ名簿を配布しますので、なくさないように注意してください。連絡先が書いてありますが、個人情報の漏洩も厳禁です……寒九郎、配ってちょうだい」
後ろ髪のハネた男子が、プリントを配り始めた。どれどれ。
F市ブロック
御城悟(紫水館高校、2年生)
K市ブロック
月代晶子(比呂高校、2年生、H島県高校将棋連盟幹事長)
東H市ブロック
魚住太郎(黒潮高校、1年生)
七日市市ブロック
正力安奈(七日市高校、1年生)
西ブロック
神崎忍(獄門高校、3年生)
H市東ブロック
習圓(AICN学園、2年生)
H市中央ブロック
東雲青來(ソールズベリー女学院、1年生)
H市西ブロック
並木通(修身高校、1年生)
本榧市ブロック
土居郭子(本榧高校、2年生)
北西ブロック
立花寒九郎(椿油高校、2年生、H島県高校将棋連盟副幹事長)
世良市ブロック
白鳥玲二(世良高校、1年生)
北東ブロック
奥村邦広(三好赤陵高校、2年生)
駒桜市ブロック
不破楓(天堂高校、1年生)
O市ブロック
大伴勝利(友愛塾高校、1年生)
安芸ブロック
反町左近(白鳩平和高校、1年生)
中央ブロック
岡崎りほ(只海高校、2年生)
おうおう、魑魅魍魎どもが集まってるなあ。
あたしがメンバーを眺めていると、ぼさぼさの男子が声をあげた。
「なんでH島だけ、スタッフ出さないといけないべ? 不公平だべ?」
この質問に、月代幹事長が答える。
「『会場をH島にする代わりに、H島はスタッフを出す』って約束だから」
「三好からH島市まで、電車で2時間もかかるべ。絶対にY口のほうが近いべ」
「ちゃんと交通費とアルバイト代は出るんだから、いいでしょ」
アルバイト代に言及すると、みんな興味を示してきた。
「いくら出るんだべ?」
「日給2万。H島のホテルで宿泊付き。これでも文句ある?」
「ないべ。って言うか、最初からそう言って欲しかったべ」
「最初に提示したら、アルバイトの枠でケンカになるでしょ?」
やるな、この女。だてに幹事長を任されてないってわけか。悪知恵が働くタイプだ。
「それでは、日日杯の総合オブザーバーから挨拶があります。清聴してください」
電灯のスイッチが切られた。あたりが暗くなる。黒板のところにスクリーンが降りて、そこに映像が投影された。プロジェクターのようだ。
すこし背の低い、スーツで正装した少年が、椅子のうえで足組をしていた。
《はじめましての人は、はじめまして。囃子原礼音だ。日日杯の運営スタッフとして参加してもらい、諸君に感謝する。謝礼は十分に出したつもりだ。よろしく頼む》
あいからわず偉そうな挨拶だな、こいつ。
囃子原は、スタッフの名前と顔を覚えるため、自己紹介して欲しいと言った。
これには、幹事長が難色を示した。
「だいたい覚えてるんじゃないの?」
《もちろん……だが、こういう機会もめったにないからな》
囃子原は、趣味なんかも聞きたいと言った。怪しいなあ。情報収集か。
「ここにいる以上、全員将棋が趣味だべ」
《ハハハ、それ以外の趣味も教えてくれ》
立場上断れないのか、幹事長は、名簿のうえから順に、自己紹介を頼んだ。
まずは、さっきからずっと本を読んでいる、ストレートヘアの少年が腰をあげる。
「御城悟、紫水館高校2年。主な戦績は、高校竜王戦優勝。趣味は読書だ。以上」
手短かでよろしい。
御城が座ると、麦わらぼうしを両手で持った、Tシャツ姿の少年が立つ。
「おいらは魚住太郎。黒潮高校1年。趣味は、釣り。以上」
《きみは、中学竜王戦で優勝したことがなかったか?》
「……あるよ」
なんでそこで詰まるんだ? あたしは、不思議に思った。
魚住のやつ、今日はなんか元気なさそうだな。なにかあったんだろうか。
魚住が座って、黒ブーツに黒皮手袋の少女が立つ。
「正力安奈です。七日市高校1年。趣味はハムスターを飼うこと。そこにいる並木くんの幼なじみで、中学までは学校が一緒でした。以上です」
最後の情報、いる? ツバ付けてあるってことか?
「拙者は、神崎忍。獄門高校の3年生だ。静殿は人前でしゃべらぬゆえ、拙者が出ることになった。趣味は……なんであろうな。ひぃちゃんと遊ぶことか。以上だ」
団子髪の少女とバトンタッチ。
「習圓アル。中国からの留学生だけど、日本語ばっちりアルよ。よろしくアル」
《ほぉ、中国人の将棋指しか。国際色豊かなのだな。趣味はなんだ?》
「いっぱいあるけど、麻雀強いアルよ。今度、一緒に打つアル」
ぽっちゃり系の少女に交代。
「本榧高校2年、土居郭子。趣味は、食べ歩きかしら。よろしくね」
土居は、美味しい店をいっぱい知ってるから、助かるんだよなあ。
次に、眼鏡のキザっぽい少年が立った。
「白鳥玲二、世良高校1年だ。渋川先輩が来るはずだったのだが、どうも人前に出るのがイヤらしいので、俺が代わりに出ることになった。趣味はサイクリング」
「渋川っち、2万円のアルバイトを逃すとか、やっぱコミュ力は大事だべ……っと、おらは奥村邦広、三好赤陵の2年だべ。趣味は稲作。よろしくな」
趣味か、それ?
「僕は並木通です。修身高校1年。趣味は……んー、なんだろ。餡パンかな」
餡パンは好きな食べ物だろ……って、あたしの番か。
「うぃっす、天堂高校1年、不破楓。趣味は将棋。よろしく」
「将棋以外で」
幹事長がうるさいから、あたしは「飲酒喫煙」と答えた。
黙りやがんの。ギャハハ。
あたしが腰をおろすと、これまた強面の少年が席を立つ。
「友愛塾高校の、大伴勝利だ。こう見えても1年だぜ。趣味は空手。よろしく」
続いて、ちょっとおとなしめの少年少女がひとりずつ。
少年のほうは、前髪を斜めにおろしていた。
「白鳩平和高校1年の反町です。ジャビスコ以来ですが、よろしくお願いします。趣味は九条先輩と一緒で、学生運動です。今度、H市のアーケード街で反戦デモしますので、みなさんも参加してください」
幹事会で政治的勧誘をするなぁ。極右の神崎先輩が反応してるだろ。
次の少女は、いかにも平凡そうな感じだった。
「岡崎りほ。只海高校2年です。趣味は、熱帯魚の飼育です。うちの高校は、比較的四国と交流があるので、そのあたりのサポートができればな、と思っています。よろしくお願いします」
全員の自己紹介が終わり、ようやく次の議題に。まずは、スタッフの仕事や、これからの連絡方法を話し合う。MINEとメーリス、どっちにするかで若干揉めて、MINEが採用された。こっちのほうが楽だからね。次に、手当と予算の話になる。
《資金は、囃子原グループが出す。心配しなくていい》
さすが囃子原、太っ腹。パトロンがいるって、大事なことだよな。
《おっと、もうこんな時間か。僕は次の面会があるので、失礼するよ。では》
スクリーンが切れた。部屋を明るくする。
「以上で、幹事会を終わります。なにか質問は?」
「もう終わりなんだべか? 電車に乗ってる時間のほうが長かったべ」
遠距離の選手から、不満が出始めた。
「まあまあ、こんなこともあろうかと……寒九郎、封筒を持ってきて」
幹事長は、副幹事長から受け取った封筒を、ごそごそやり始めた。
「じつはね、今回の幹事会にも、囃子原グループから資金提供があって、みんなの交通費はそこから捻出されているわけだけど……あまりがあるのよね」
「あまりは返さないとダメだべ」
「もちろん、囃子原くんにはそう言ったわ。でも、『好きに使え』ってさ」
ここで、みんなは顔を見合わせる。なにか期待している様子だ。
幹事長は封筒から、図書券の束を取り出した。
「この図書券を賭けて、今からトーナメントしましょう」
教室が盛り上がった。こいつら、ほんと単純だな。どうせ500円とかだろ。
「いくらあるべ?」
「2万弱余ってたから、幹事会の参加報酬として、ひとり500円ずつ配ったあと、1位5000円、2位3000円、3位1000円でやりましょう」
お、なかなか高額じゃないか。
お花先輩も茉白先輩も変態数学野郎もいないから、優勝の芽がある。
「1位〜3位ってことは、男女混合アルか?」
「そうなるわね。じゃ、対局の準備をしましょう」
盤駒チェスクロは、修身の部室から勝手に借りて、スタンバイ。
あたしたちは、机と椅子を並べ直した。
不破楓様の実力、今日こそ見せつけてやるぜ。




