179手目 黒木さんの、お宅拝見
※ここからは、前空さん視点です。
今日は、美沙ちゃんのおうちで女子会。
私はサイコキネシスで空を飛びながら、艶田市へと向かっていた。美沙ちゃんのおうちは、山奥にある洋館。幽霊が出るけど、気にしなければ大丈夫。
……あ、見えた、見えた。私は高度を落として、洋館の庭に着陸した。あんまり手入れがされていないね。ダメだよ、美沙ちゃん。
ワンワンワン
あ、ケルベロスちゃんを発見。ケルベロスちゃんは、3つの頭を持つ真っ黒な犬。美沙ちゃんの愛犬。私も好き。よしよしよし。私が頭を撫でると、ケルベロスちゃんは可愛らしい声で鳴いた。
それを聞きつけたのか、正面玄関がひらいた。上下を黒で統一した少女が現れる。
「静先輩、こんにちは」
《こんにちはぁ。ちょっと遅れちゃった》
「カンナ先輩もさっき来たばかりですし、構いませんよ」
私はケルベロスちゃんにバイバイしてから、玄関にあがった。映画でよくみるホールみたいな空間がひらける。あいかわらず広いなあ。
私がうらやましがっていると、2階から、ひとりの少年が降りてきた。黒いマントを羽織っていて、真っ黒なツヤツヤした髪が綺麗。美沙ちゃんに似て、ちょっと気難しそうな顔をしていた。
「あ、前空さん、こんにちは」
《こんにちはぁ》
「あいかわらず、脳内に直接話しかけてくるんですね」
《しゃべると疲れるからね……美都夫くん、今日は学校ないの?》
「魔法学校は、創立記念日で休みなんです。これから友だちと遊びに行きます」
《なにして遊ぶの?》
「サヴァの森へドラゴンを観に行くんです。シーズンなんですよ、今」
いいなあ、ドラゴン観たい。
《写真撮ってきてね》
「すみません、魔界は撮影禁止なんです」
《いいじゃん、すこしくらい。バレないよ》
私がからかうと、美沙ちゃんはムッとして、
「息子をそそのかさないでください」
と怒った。アハハ、美沙ちゃん、親バカ。
美都夫くん、早く反抗期を迎えたほうがいいよ。
「それじゃ、行ってきます」
「気をつけてね。変なサキュバスに捕まっちゃダメよ」
「母さんこそ、父さんとあんまりケンカしないようにね」
美沙ちゃんは美都夫くんを送り出すと、私を2階へ案内した。もうすこしでお茶の間、というところで、突然、右方向のとびらがひらいた。
「ふわぁ……美沙、シャツはどこだ?」
上半身裸の少年が、あくびをしながら出てきた。髪の毛が緑色で、ヤギみたいな大きな角が生えている。身長は高からず低からず。眉毛がキリッとしていた。だけど、全体的なオーラは、なんだか頼りなさそう。
美沙ちゃんは赤くなって、少年の背中を小突いた。
「なんて格好してるのッ!?」
「なんだ、美沙、そこにいたのか……おッ」
少年は、私の存在に気付いた。
「お客さんか」
「前空静さんよ」
少年は、私の名前に聞き覚えがあるらしい。首を縦に振った。
「お客さんが来るなら、最初からそう言ってくれよな」
「いいから、シャツを着てきなさい」
美沙ちゃんはシャツの場所を伝えて、少年はそれを羽織って出てきた。アロハシャツみたいな模様だね。少年は、眠たそうに頭をかくと、私に挨拶した。
「どうも、美沙の夫のアスモデです。悪魔やってます」
《前空静です。エスパーやってまーす》
「ん、ほんとにしゃべらないんだな……テレパシーって、めんどくさくない?」
《しゃべるほうが疲れますよ》
そんなもんかな、とアスモデくんはつぶやいた。
《初めてお会いしましたね。いつもは、どこにいらっしゃるんですか?》
「ンー、普段は魔界にいるからな。今日は召喚してもらって、一緒に過ごしてる」
うわぁ、夫婦水入らず。お邪魔しちゃったかな。
「ところで、今日はなんの集まりなんだ? だれかを呪う会?」
《将棋女子の集まりです》
「ああ、ボードゲームね……前空さん、強いの?」
《市代表程度です》
分かるかなぁ、この微妙さ。伝わるか心配だったけど、アスモデくんは、美沙ちゃんも市代表なのは知っているらしかった。意外。
「ま、夫婦ですからね」
美沙ちゃん、なんだか誇らしげ。
「腹減ったから、なんか作ってくれない?」
「自分で作りなさい。今からお茶会なの」
《アスモデくんも、一緒にお茶会しませんか?》
私の勧誘を、美沙ちゃんのほうが断ってきた。でも、ここは押す。
《アスモデくんの話、いろいろ聞きたいですし》
こうして、悪魔を引き込むことに成功した私は、お茶の間へ移動した。
とびらを開けると、これまたアンティークぞろいの豪華な客間が現れた。
中央のソファーに、カンナちゃんが座っていた。
「あ、静ちゃん……」
《おまたせぇ》
私はアンティークテーブルに腰をおろした。カンナちゃんのとなり。
ホスト役の美沙ちゃんとアスモデくんが着席すると、部屋のとびらが開いた。
あれれ、だれもいない……けど、お盆だけが浮いて、こっちに向かってくる。そのうえに乗っていたティーポットが、唐草模様のカップに、お茶を注ぎ始めた。
《あいかわらず、幽霊メイドさんがいるんだね》
「ええ、去年の夏休みに雇いました」
カップがひとつひとつ、テーブルのうえに乗せられる。
幽霊メイドさんは、そのまま部屋を出て行った。挨拶のしようがないね、これ。
「マンドラゴラ茶です。健康にいいですよ」
毒々しくて、なんか、マズそう。私は一口飲む……うん、マズい。
「地球で、初めてセンスのいいお茶を飲んだ……」
《カンナちゃん、それ本気で言ってる?》
「うん……このお茶は、エモニア星のガトガラン茶とおなじくらい美味しい……」
そのお茶もマズいんだね。理解したよ。
「静先輩、遠慮せずに、どうぞ」
《おかまいなく……ところでさ、アスモデくんって、美沙ちゃんの旦那さんだよね?》
ふたりは、そうだと答えた。
《ふたりの馴れ初めって、どんな感じだったの?》
「あのですね……そういう話をするために、招待したわけではないのですが」
県大会の練習のため、だったかな。私とカンナちゃんは主将だもんね。
《だけど、そっちのほうが気になるかな。どっちが告白したの?》
「告白してきたのは、美沙のほうだ」
アスモデくんの答えに、美沙ちゃんはきょとんとして、
「ダーリンのほうでしょ?」
と反論した。
《あ、ダーリンって呼んでるんだ。ラブラブだね》
「ち、ちがいます。今のは……」
「ああ、俺は美沙のことをハニーって呼んでる」
美沙ちゃんは真っ赤になって、歯ぎしりした。
「とにかく、告白してきたのはあなたですよ。今でも覚えてますから」
「ちがう、美沙だよ」
ふたりとも、意見が食い違ってるね。記憶の混乱かな。
《告白したときの台詞は? それで分かるんじゃない?》
「告白って言っても、懸想文だけどな」
《ケソウブミ……?》
「ラブレターのことだ。美沙からもらった。今でも持ってるぞ」
「だって、あなたが先にお尻をさわったじゃないですか」
《お尻? ……お尻をさわるのは、告白じゃなくてセクハラだよね?》
美沙ちゃんは腕組みをして、
「江戸では、好きな女性をナンパするとき、お尻をさわると相場が決まっていたのです」
と答えた。えぇ……なんか、すごい雑学を仕入れちゃった。
っていうか、美沙ちゃん、江戸時代の生まれだったね。378歳だっけ。
「ん、ちょっと待て……俺、ケツはさわってないぞ。紳士だからな」
「お客さんのまえですし、そういうことにしてあげます」
そうだったかなあ、と言って、アスモデくんは折れた。
お尻をさわったかどうかはともかく、敷かれてるのはたしかだね。
恋愛の話だけあって、カンナちゃんも興味を示し始めた。
「300年間、夫婦をやる秘訣ってなんですか……?」
美沙ちゃんはマジメな顔をして、
「相性じゃないですか? 相性が悪いと、どうしようもありませんよ?」
と答えた。アスモデくんも、
「自然とそばにいられる相手じゃないとダメだな」
と添えた。そして、相手がいるのか、と、カンナちゃんにたずねた。
カンナちゃんは、素直に捨神くんのことを伝えた。
「へぇ、地球人か。俺たちと一緒で、異種婚なんだな」
「まだ結婚はしてません……」
「あ、そうなの? 俺と美沙なんか、出会って一週間だったぞ」
「あなたッ! なにべらべらしゃべってるんですかッ!」
アハハ、次々と明かされる、美沙ちゃんの恥ずかしい過去。
アスモデくんも、自分とおなじ境遇だからか、カンナちゃんに興味を示した。
「どういう経緯で地球人の男と知り合ったんだ?」
「将棋の大会で出会いました……初対面でビビッと……」
「ああ、やっぱり美沙とは将棋仲間なんだな」
「将棋……知ってますか……?」
アスモデくんは、知っていると答えた。
「でも、指せないぜ」
「何回説明しても覚えてくれないんですよ、このひとは」
「いやあ、俺、ボードゲームって趣味じゃないんだよね」
あれれ、さっき相性が大事って言ったよね。適当に答えただけなのかな。
私がそこを突っ込むと、アスモデくんは、
「細かい趣味まで一致してる必要は、ないんじゃないかな」
と返してきた。美沙ちゃんも同意した。
「相性というのは、似てるってことじゃありませんよ。凸凹でも、それがぴったり合えばいいわけですから。静先輩も、恋愛してみれば分かります」
《つまり、敷くものと敷かれるものだね》
「ん? どういう意味ですか?」
《なんでもないよ》
美沙ちゃんみたいな、テキパキした女性と、アスモデくんみたいな、ずぼらな男性。
ダメンズウォーカーかな?
「あんまりお邪魔しても悪いから、俺はそろそろ抜けるぜ。じゃあな」
アスモデくんはそう言うと、ボンと煙を出して消えてしまった。
いよいよ本格的な女子会になって、リラックスムード。
この先で交わされた会話は、Outsidersだけのヒ・ミ・ツ♪




