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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第2局 激突!春の個人戦(1日目・2015年4月12日日曜)
19/681

17手目 女子の部1回戦 鞘谷〔藤花〕vs裏見〔市立〕(1)

「ということが、あったわけ」

 パック入りのオレンジジュースを飲みながら、私はそう締めくくった。

 ほかのメンバーは、テーブルを囲んだ状態で、しばらく無言になる。

「で……裏見うらみ先輩はそのあと、どうされたんですか?」

 ツンツン頭の少年が、そうたずねた。

 グリーンのブレザーに、赤いネクタイをしている。

 駒桜こまざくら市立いちりつ高校、男子将棋同好会の会長、箕辺みのべくんだ。

 箕辺くんは、市内の高校将棋連盟の会長でもある。信頼のおける2年生。

「もちろん、K戸に行ったわ」

「K戸の一之宮いちのみやさんは、有名なひとらしいですね。俺も耳にしたことがあります」

 箕辺くんはそう言って、私をじっとみつめた。

 期待に満ちた目をしている……けど、この話の続きは、ちょっと保留。いろいろあり過ぎてて、話したくないこともあった。イヤな思い出というわけじゃなくて、まあ、その、いろいろ……思春期の女の子に、根掘り葉掘り訊かないッ!

 私は率先して、話題を変えた。

「ところで、春の個人戦の準備、大丈夫? 来週の日曜よね?」

 箕辺くんは、任せてくださいと言った感じで、胸をたたいた。

「ばっちりです。裏見先輩は、安心して優勝を目指してください」

 こらこら、会長が特定の選手を応援しちゃダメでしょ。中立義務違反。

「受験勉強でいそがしそうでしたから、エントリーしてもらえただけでうれしいです」

 こらぁ、その話題も厳禁。

 私は腕組みをして、言い訳を考えた。

「そりゃ3年生はいそがしいけど、たまには息抜きもね」

 勉強、勉強だと、滅入ってしょうがない。

 箕辺くんは、納得したのかしなかったのか、「そうですか」とだけ答えた。

「それにしても、四国の吉良きら捨神すてがみのあいだに接点があったなんて、知りませんでした」

「え? そうなの?」

 意外――だって、箕辺くんは捨神くんの親友だから。

 普段のつきあいをみているかぎり、一番の友だちなんじゃないかしら。

 箕辺は、捨神くんに隠しごとをされたのが、ちょっとショックみたいだった。

「捨神のやつ、あのときの全国大会については、話したがらないんです」

「あのとき?」

「俺たちが中2のときの大会です。1回戦負けってことは、知ってるんですが……」

 ふぅん……私は、好奇心旺盛なタイプじゃないけど、なにかありそう。

 惨敗したとか? あるいは、会場で不祥事を起こした?

 捨神くんは、ザ・奇人って感じの子だ。なにかあっても、おかしくはない。市内で一番将棋が強い、ということ以外にも、さまざまなエピソードが飛び交っていた。

 もしかすると吉良くんは、そのときになにかされたのかもしれない。そして、そのことを根に持って……いや、あの雰囲気はちがっていた。別れぎわ、こう言われたからだ。


 俺は、あのときの将棋に納得してないって……捨神に、そう伝えてください。


 将棋の内容に不満があった? でも、どこに? 分からない。

 私は考えるのに疲れて、大きく背伸びをした。

「いずれにせよ、記念出場になるとは思うから、よろしく」

「はい、よろしくお願いします」


  ○

   。

    .


【2015年度 春季個人戦 女子の部】

挿絵(By みてみん)


 げげッ、いきなりサーヤと当たっちゃった。

 トーナメント表のまえで悶絶する。

 いくら記念出場だからって、サーヤと当てることないでしょ。

 ぷんぷん。

香子きょうこちゃん」

 うわさをすれば、なんとやら。

 ふりむくと、ショートヘアのちょっときつめな女の子、サーヤが立っていた。

 半そでのブラウスからは、剣道で鍛えた腕がのぞいている。

「サーヤ、おはよ」

「おはよ……受験勉強は? だいじな日曜日よ?」

 いやいやいや、なんでおなじ3年生が言うかな、それ。

「サーヤこそ、大丈夫なの?」

「私は、剣道の推薦があるし」

 ぐぅ、こいつは許すまじ。

 自分だけ決まってるような発言をする者は死罪。

 私たちのあいだで、バチバチと火花が散る。

「定刻になりましたので、着席してください」

 幹事席から、箕辺くんの指示が飛んだ。

 私とサーヤはテーブルを確認して、そこへ向かった。

 椅子を引いて腰をおろし、駒をならべる。

「振り駒をしてください」

 箕辺くんの指示に合わせて、あちこちで駒が振られた。

 私もやろうとすると、サーヤの手が伸びた。

「私がやるわ」

 いやいや。私は歩をとりもどす。

「ちょっと香子きょうこちゃん、それくらいゆずりなさいよ」

「なんでゆずらないといけないの? 駒にれたのは、サーヤのほうがあとでしょ?」

れた順番の問題じゃないわ」

「じゃあ、なんなの?」

 おたがいに主導権をうばいあっていると、幹事席から声が聞こえた。

「対局準備のできていないところは、ありますか? ないならば、始め……」

「「できてませんッ!」」

 えーい、じゃんけん、じゃんけん。

 全身全霊をこめてじゃんけんをする。

 私のパーとサーヤのグー。

「やったッ! 勝ったッ!」

 私の大声に、箕辺くんがすっとんできた。

「どうしました? 反則勝ちですか? まだ対局は始まってませんよ?」

「あ……なんでもないです」

 まわりの選手から、じろじろ見られた。恥ずかしい。

 私はさっさと振って、後手番になったことを確認してから、神妙に開始の合図を待つ。

「準備は整いましたね? ……それでは、対局を開始してください」

 よろしくお願いします、の大合唱。

 私はチェスクロを押した。

「7六歩」

 サーヤは、颯爽と角道を開けた。

 彼女の棋風は、熟知している。居飛車党で、3四歩以下なら横歩の流れ。

 私は横歩が嫌いだから、8四歩で矢倉に誘った。

「あいかわらず横歩を避けるのね。県竜王の名が泣くわよ」

 うるさーい。さっさと指す。

「2六歩」


挿絵(By みてみん)


 角換わり。これも受けて立つ。

 3二金、7八金、8五歩、7七角、3四歩、8八銀、7七角成。

「へぇ、一手損じゃないんだ……同銀」

 手損しようがすまいが、アマなら関係なし。

「4二銀」

 私は銀を上がって、チェスクロを押す。

 3八銀、7二銀、9六歩、9四歩、4六歩、6四歩、4七銀、6三銀。

 腰掛け銀になりそう。

 6八玉、4一玉、5六銀、5四銀、5八金、4四歩。

「飛ばすねぇ。1六歩」

「そこは受けておくわ。1四歩」


挿絵(By みてみん)


 私は方針を練り始めた。

 角換わりの後手番は、速攻するかしないかが最初の分岐点になる。

 普通は先手の攻めを待って、がっちり受け止めていく。でも、それはかなりの技量が必要になる。というのも、将棋は攻めているほうが有利だからだ。心理的にもそうだし、技術的にも受けのほうがむずかしい。

「3六歩」

 5二金、7九玉、3一玉、3七桂――サーヤは、一番基本的なかたちを選択した。

 中央の銀と飛車桂を使った攻め。

「7四歩」

「6六歩」

「3三銀」

 サーヤはここで、飛車を回った。


挿絵(By みてみん)


 4八飛……過激に来た。

 7三桂と跳ねているヒマは、ないわね。

「4二金右」

 私は王様を固める。サーヤは口もとに手をあてて、

「入城はしないのか……」

 とつぶやいた。

 2二玉は、次の予定。勘違いで時間を使ってくれるのはありがたい。

「8八玉」

「2二玉」

「くッ、結局入るのか。だまされた」

 だましたおぼえは、ございません。

 予定変更なのかどうか分からないけど、サーヤは6八金右と固めた。

 相ボナンザ囲いとは、おもしろいかたちになった。

 と同時に、あまり動かせる駒がない。マイナスにならない手を――

「2四銀」

 2五歩と突き返してきたら、下がればいい。先手は2五桂と跳ねられなくなる。

「おたがいに構えは万全ッ! 4五歩ッ!」


挿絵(By みてみん)


 サーヤは、剣道の打ち込みよろしく、開戦してきた。

 私は手をとめる。

 3三の銀は先に逃げてあるから、4五同歩、同桂が銀当たりになっていない。

 ということは、4五同歩に同銀だろう。

 この同銀に対して、同銀、同桂は、先手の攻めが強い。

 反撃手段が必要。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 先手の飛車の位置がポイントね。5九角と打ちたい。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 これは、3七桂+4八飛型だから生じている筋。

 4七飛と浮くのは、4六歩でしびれる。3八飛と寄るしかない。そこで4五銀と取る。同桂が銀に当たってないから、さらに2六角成……とはできないのか。2六角成には、5三桂成、同金、7一角だ。これは、私のほうが困っている。

 一回、4四銀と受けないといけないわね。その瞬間に角を殺される順があったら、ダメなわけで……3七角と消すのは、同角成から打ち直せばいいだけだ。怖くない。問題は、4八銀と露骨に殺しにくるパターンだけど……同角成じゃなくて、6八角成、同金と形を崩してから、4五銀と取ったらどうかしら?


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 角と金桂の2枚換えで、駒損はしていない。

 先手は4八銀が重いし、王様の囲いも薄くなっている。

 後手有利っぽいかな……うん。

 私は30秒ほど読みなおして、4五同歩、同銀に5九角と打った。

「積極的ね。3八飛」

 私は4五銀と回収して、同桂に4四銀と受ける。


挿絵(By みてみん)


 サーヤは、にわかに身じろぐ。

「ん、それは……?」

 サーヤレベルなら、4八銀で角が死んでることは見抜きそう。

 その先の局面を、どう判断するかよね。最後に3五歩が残るから先手有利、なんて誤解してくれると助かる。とはいえ、期待は薄い。私は、本線の続きを考えた。

 サーヤは1分ほどして、かるくうなずいた。

 自分を納得させるような動作だった。

「くやしいけど、この角は殺せないか……でも、これが厳しいでしょ」

 サーヤはそう言って、2筋に手を伸ばした。

「2五歩」

 ん? ……ああ、一本入れておきます、ってわけか。

 おそらく、同銀の次に本命が待ってるわね。

 3三銀も1三銀もないから、これは取るしかない。同銀、と。

 サーヤは私の着手を確認して、スッと角を持ち上げた。

「こうさせてもらうわ」

 サーヤの指した手は――

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