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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第18局 呪いを解け!(2015年5月29日金曜)
183/683

171手目 人なる者、人ならぬ者(裏見・松平ルート)

松平まつだいら

 放課後、声をかけたとき、松平はスマホを熱心にみていた。

 肩越しに覗き込む。


【先手:行方なめかた尚史たかし 後手:羽生はぶ善治よしはる


挿絵(By みてみん)


 名人戦か。私は邪魔しちゃ悪いと思いつつ、もういちど声をかけた。

「松平」

 松平は顔をあげて、「どうした?」と尋ねてきた。

「箕辺くんたちが倒れたって話、聞いた?」

「大げさだな。風邪だろ?」

「重病らしいのよ、それが」

 松平は驚きの表情を浮かべて、スマホを仕舞った。

「重病? ……インフルエンザか?」

「意識不明って噂なの」

 そんなバカな――それが、松平の第一声だった。

「だれがそんなこと言ったんだ?」

神崎かんざきさん」

「神崎は、どっから情報を仕入れたんだ?」

馬下こまさげさんかららしいわ」

「よもぎ? ……よもぎが言ったのか? 辰吉たつきちが重病だって?」

 私は、事情を詳しく説明した。

「さっき、神崎さんから電話があったのよ。『辰吉殿らが重体と聞いたが、まことか』って。ただの風邪だって答えたら、『ひぃちゃんは重体だと申していたが……』とか言い出すじゃない。びっくりして、ソースを訊いたの。そしたら、馬下さんだって」

「裏見、神崎のモノマネ上手いな」

「でしょ……って、話を逸らさないで。一大事なんだから」

「ひぃちゃん、っていうのは?」

 私は、T島県代表の大谷さんだと答えた。松平も、名前は聞いたことがあるようだ。

「でも、水曜まではピンピンしてただろ。伝言ゲームの失敗じゃないのか?」

「そんなことないわよ。3人とも信頼できるわ」

 私が念を押すと、松平は荷物を片付け始めた。

「分かった。辰吉になにかあるとマズいし、見舞いに行くか。どこの病院だ?」

 駒桜市立病院だ。そこそこ大きい施設だから、松平も急に心配になったらしい。私たちは学校を出て、バスを捕まえた。病院前に到着したとき、私のスマホが振動した。

 発信先をみると、神崎さんだった。

「もしもし、神崎さん?」

《裏見殿、今、どちらにいる?》

 病院の入り口にいることを伝えると、神崎さんは、

《拙者も、間もなく到着する。ひぃちゃんも着くそうだ。受付前で会おう》

 と伝言して、通話を切ってしまった。

 いったい、どうやって来る気なのかしら。まさか走って……ありうるから困る。

「裏見、どうした? やっぱり間違いだったんだろ?」

「うぅん、こっちに向かってるって」

 松平も半信半疑だったけれど、とにかく受付を済ませることにした。

「すみません。まだ面会できますか?」

 松平は、受付の女性看護士に声をかけた。

「はい、8時までは」

 あら、結構遅くまでやってるのね。まだ4時前よ。

 松平は、箕辺くんの名前を告げた。

箕辺みのべ辰吉たつきち……少々お待ちください」

 看護士さんは、心当たりがあるのか、パソコンをチェックし始めた。

「……もうしわけありませんが、その方は、ご家族以外面会謝絶になっています」

 私と松平は、顔を見合わせた。松平は受付に寄りかかる。

「面会謝絶って、どういうことですか?」

「それは、お答えできません。患者さんのプライバシーです」

 松平は、自分たちが同じ高校の同じ部活に所属していることを伝えた。

「病院の規約ですので……お答えできません」

「ちょっと待ってください。俺は一昨日、あいつに会ってるんです。いきなり面会謝絶とか言われても、わけが分かりません。詳しく説明……」

 私は松平を落ち着かせた。看護士さんも、

「ご心配なのは、こちらも承知しています。しかし、規約は規約です」

 と頑張ってきた。

 私たちが揉めていると、うしろから声をかけられた。

「裏見殿、遅くなった」

 獄門の制服を着た神崎さんが、大谷おおたにさんと一緒に立っていた。大谷さんのほうは、あいかわらずお遍路さんの格好をしていた。

「ふたりとも、早かったわね」

「このくらいの距離なら、走ってすぐだ」

「拙僧はヘリで来ました」

「ヘリ?」

囃子原はやしばらくんのヘリです」

 うむむ……囃子原グループが動いてるのか。ということは、ほんとに重病なの?

「面会謝絶で、なかに入れてもらえないのよ」

「安心せよ。拙者が全員分の許可を取ってある」

 さすが神崎さん。手際がいい。目を白黒させる看護士さんに許可証を提示して、私たちは、箕辺くんのいる病室へと向かった。

「辰吉ッ! 大丈夫かッ!」

 ドアを開けた松平は、神崎さんに思いっきり怒られた。

「病室で大声を出すやつがあるか」

 まあまあ。私は神崎さんをなだめて、室内を見回した。

 ベッドがちょうど3つあって、箕辺くんのほかに、捨神すてがみくんと佐伯さえきくんも一緒だった。

「みな、意識不明のようだ」

 神崎さんの説明に、私は驚いた。3人の顔色を確認すると、生気がなくて、とても苦しそうな表情をしていた。私は神崎さんのほうが情報を掴んでいるのではないかと思って、詳細を尋ねた。

「呪いだ」

「呪い? ……ちょっと、ふざけてる場合じゃないでしょ」

「ふざけてなどいない。正確なところは、ひぃちゃんが説明してくれるであろう」

 私は、大谷さんに真偽を確かめた。大谷さんも、「これは呪いです」と答えた。

「しかも、尋常な呪いではありません。とても強力なものです」

 この状況、どう整理したらいいのかしら。困惑する。

「仮に呪いだとして、大谷さんはなにしに来たの? お祓い?」

「はい、その通りです……が」

 大谷さんの凛々しい顔に、不安がよぎった。

「予想していたよりも、遥かに強い怨念を感じます。私ひとりでは手に負えません」

「なに? ひぃちゃんでは手に負えぬのか?」

「残念ながら……出雲いづもさんにも来ていただかないと」

 そのとき、室内に一抹の風が吹いた。窓は開いていないはずじゃ……あッ!

「待たせたぞな」

 病室の片隅に、床まである黒髪ロングヘアの女性が立っていた。巫女さんの服を着て、両袖に腕をさしこみ、やや人間離れした暗さのある顔で、視線を下に向けている。

「い、出雲さん」

「おお、裏見うじ……ジャビスコ将棋祭り以来かな?」

「え、ええ……出雲さんも、囃子原くんのヘリで、ここに?」

 出雲さんはうなずくと、部屋の中央に移動し、3人の容態を順繰りに確認した。

「ふぅむ……これは、連呪れんじゅじゃな」

「レンジュ?」

「特殊な呪いの一種でな、複数の人間を一蓮托生いちれんたくしょうに巻き込むものじゃ」

 意味が分からない。私は、もっと分かりやすい説明を求めた。

「数珠つなぎのようなものじゃよ。あるいは、輪護謨わごむのようなものじゃな。ひとりの呪いを解くと、それがほかのふたりにぱちりと移動する。これが連呪じゃ」

「移動すると、どうなるの?」

「呪いの力が大きくなる。例えば、甲乙丙を四の力で呪ったとする。このうち、甲だけの呪いを解くと、この四が乙と丙に移り、ふたりは六の力で呪われることになる。今回の御仁らには、移された呪いに耐える力が、もう残っておらんじゃろう」

 出雲さんは恐ろしい説明を終えて、大谷さんに向き直った。

「連呪を解くには、一秒たがわず、3人同時に祓うしかない……が」

「拙僧と出雲さんでは、お祓いの手法が異なるので、無理かと」

 そ、そんな……私は、ほかに方法がないのかと尋ねた。

「こちらがわには、ない」

 と出雲さん。私は彼女に詰め寄った。

「あなた、それでも有名な巫女さんなの?」

「神であれ仏であれ、人はそれを超えることができぬ。人は、存在する者どものなかで、まことに小さな位置しか占めておらぬゆえな。この呪いをかけた者も、おそらく人ではない。わらわは、人ならぬ者に『仕える』身であり、それを『従える』身ではないのじゃ。神道とは、そういうものよ」

 大谷さんに確認しても、似たような返事だった。

 ここで、松平が割り込んだ。

「待て……さっき、『こちらがわには、ない』って言ったな? あちらがわには?」

「……ある」

 松平は、「あちらがわ」ってどこだ、と尋ねた。

「呪いをかけた者じゃよ……かけた本人ならば、簡単に解くことができる。じゃが、呪いをかけた者に会ったところで、聞き届けられるかは分からぬ。逆に、おぬしたちの命も危ないであろう。それでも、よいのか?」

 私たちは、張本人の居場所を捜すことに即断した。

「身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ……わらわたちも、延命のために力を尽くそう」

「猶予は、どのくらい? 1ヶ月? 1週間?」

 出雲さんは、壁の時計を見上げた。悪感が走る。

「そうじゃな……明日の日の出まで、それ以上はまかりならぬ」

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