170手目 仁義なき調査隊(来島ルート)
葉山さんが文献調査をしている頃のお話――
「今日も愛ちゃんの店へ遊びに行くぞーい」
白装束を着たお姉さんが、こちらに向かって歩いてくる。
私と巴ちゃんは、路地に隠れて、それを待ち伏せしていた。
「お嬢様、ほんとうにやるのですか?」
「あの女が、今のところ一番怪しいんだよね」
辰吉くんと会ってるし、神社でスッと消えたところなんかが、キャット・アイの超人的な身体能力に通じていた。私はサングラスをかけて、マスクをする。
「ほら、巴ちゃんも」
「眼帯のうえからサングラスをするのは、どうも感触が悪いです」
さっさとせんかい。
準備が整ったところで、私たちは通りに飛び出した。
「ん? なんじゃ、おぬしら……むごッ!?」
はいはい、黒塗りベンツのトランクにしまっちゃいましょうねぇ。
「お嬢様、行き先は?」
「組の地下倉庫……うぅん、町外れの工場にしようか」
*** 仁義なき少女たち、移動中 ***
「ぷはッ! なにをするんじゃッ!?」
さるぐつわを解いてあげると、お姉さんはいきなり吠えかかった。
手足を縛られてるのに、なかなか強気だね。
私は、彼女のロングヘアを引っ張り上げる。
「いたたたッ!」
「……かつらじゃないんだね」
ここは廃工場のボイラー室で、壁がかなり厚いから、外に声が漏れる心配もない。私は用意したパイプ椅子に座って、尋問を始めた。
「お姉さん、どこのひと? 本名は?」
「自分から名乗るのが礼儀じゃぞ」
「じゃかぁしぃ! さっさと名乗らんかいッ!」
「ニャーン……タマじゃ」
「本名」
「タマはタマじゃぞ」
私は持ってきた木刀で、床を叩いた。
お姉さんは、びくんとなって、丸くちぢこまる。
「お、脅しても、タマはタマじゃぞ。ほかに名前はないぞい」
私はタメ息をついて、巴ちゃんのほうへ向き直る。
巴ちゃんは、部屋のすみっこで腕組みをしていた。
「今の反応、どう思う?」
「この女、頭がおかしいのではありませんか?」
その可能性も、あるっちゃあるんだけど……うーん。
「とりあえず、拷問かな」
「かしこまりました」
「ニャ!?」
巴ちゃんは腕組みを解いて、お姉さんに近寄る。
「な、なにをするのじゃ? わしの皮は三味線にならんぞ? ……ギニャー!」
*** 仁義なき少女たち、拷問中 ***
「ひぃ……ひぃ……もう勘弁じゃ……」
巴ちゃんのくすぐり拷問に耐えるなんて、やるね。
「この女、口を割りませんな」
「ぐすん……動物愛護法違反じゃぞ」
こちとら、彼氏の命がかかってるんだよ。手は抜かない。
私は巴ちゃんと一緒に部屋を出て、ひそひそと相談する。
「自白剤は用意してある?」
「してありますが……ほんとうに使うのですか?」
「あの女、キャット・アイとなにか関係がありそうなんだよね」
カラン
私と巴ちゃんは、急いで部屋にもどった。
「い、いないッ!?」
床にロープが転がっている。拾い上げると、結び目はそのままだった。
「縄抜け?」
「お嬢様、ボイラー室のどこにもいません」
そんなはずがない。唯一の出口は塞いであったのに。私たちは、もういちどボイラー室をすみずみまで捜した。ボイラーのうしろを覗いていると、巴ちゃんが、
「お嬢様ッ! ここに排気口がッ!」
と叫んだ。しまった。抜け道があったか。
「どこ?」
「ここです。金網が壊れています」
私は排気口を見て、エッ?となった。どうみても、小犬が通れるくらいの幅しかない。
「これは違うよ」
「しかし、ここ以外に抜け道はないのですが……」
むぅ、縄抜けができるってことは、ここから出た可能性も否定できないか。
関節が外れる体質なのかもしれない。それでも狭過ぎるとは思うけど。
「組員に連絡して、あたりを捜索するよ」
「了解です」
私たちは廃工場を出て、運転席の男に声をかける。
「さっき、女が出て来なかった?」
「いえ……だれも見ませんでしたが」
チッ、こっちのルートじゃないのか。私は付近に連絡を入れるよう指示してから、廃工場の敷地を飛び出す。
「巴ちゃんは、あっちのほうを捜して。私はこっちを捜すから」
「おひとりでは危険です」
極道を舐めたら、あかんぜよ。自分の身は、自分で守れる。
私は巴ちゃんと分かれて、一本道に駒桜神社を目指した。あそこで姿を消した以上、なにかヒントがあるはずだ。石畳を駆け上がり、神社の敷地に飛び込む。
「足跡は……ん?」
私は、本殿に見慣れた後ろ姿をふたつ発見した。
ふたりは、なにやら熱心に拝んでいた。
「葛城くん?」
私が声をかけると、葛城くんが振り向いた。一緒にいたのは、内木さんだった。
「ふえぇ……遊子ちゃん……」
「葛城くん、ここでなにをしてるの?」
葛城くんは目に涙を浮かべていた。
「たっちゃんとつっくんが……う、うえぇん……」
内木さんが、葛城くんを慰める。話を聞けば、辰吉くんと捨神くんが重体と聞いて、お百度参りに来たらしい。葛城くんは泣きじゃくりながら、
「たっちゃんとつっくんが死んじゃったら……僕、生きて行けないよぉ……」
とつぶやいた。
「葛城くん……」
「来島先輩は、なぜここにいらしたのですか? やはりお参りに?」
私は、ここに来た経緯を説明した。
「そ、その女が犯人なのぉ?」
「……分からないけど、犯人に繋がってると思うよ?」
葛城くんは急にマジメな顔になって、
「僕も手伝うよぉ。遊子ちゃんとは停戦だねぇ」
と言った。私は時間が惜しいから、この停戦協定に乗ることにした。握手をする。内木さんは、「停戦」がなんのことか分かっていないようだ。放置。
「そのお姉さんは、どこにいるのぉ?」
「ここに来なかった? 手分けして捜してるんだけど」
だれと手分けしているのかは、ナイショにしておく。
「うぅん……そう言えば、だれかうしろを走った気がするよぉ」
「そうですね。拝んでいる最中だったので、顔は見ませんでしたが」
「どこに向かってたか、分からない?」
葛城くんと内木さんは顔を見合わせて、
「本殿の裏へ回った気がするよぉ」
「私も、そう思います。裏手のほうで、なにか音がしました」
と意見を揃えた。私たちは、本殿の裏側に回る。すると、社の戸が開いていた。
「なかに逃げ込んだのかな?」
「ふえぇ……警察を呼ぼうよぉ」
私は葛城くんのアドバイスを無視して、懐のM1911を確認した。
戸口から覗き込んで、視線を走らせる――だれもいない。私は本殿に上がって、室内を隅々まで調べた。調べたと言っても、簡単なことだった。家具はなかったし、隠れられそうな場所もない。がらんとした空間の中央に、鏡が置いてあった。
「これが御神体ですか」
内木さんも、鏡の前に立った。葛城くんもあとに続く。
「だれもいないみたいだねぇ」
「風でとびらがひらいたのかな?」
私たちは、本殿を出ることにした。きびすを返したところで、急に内木さんが、
「鏡のうしろに、なにかいます」
と言った。それと同時に、真っ白な猫が飛び出して、私たちを驚かせた。
「び、びっくりしたよぉ……」
「どうやら、猫が忍び込んだ音だったようですね……おや」
内木さんは、床にかがみ込んだ。
「今ので、なにか倒れました……将棋の駒?」
床に将棋の駒が散らばっている。そばには箱が落ちていた。内木さんは駒を拾い集め、箱に仕舞い始めた。私と葛城くんは、猫を本殿から追い出す。
「シッシッ……内木さん、急いで」
「少々、お待ちを……キャッ!?」
最後の1枚を箱に収めたところで、室内がパッと明るくなった。
私たちは目を覆って……それから、まぶたをひらいた。
「い、今の、なにぃ?」
「西日が射したのかな?」
「……」
内木さんが無言で一番驚いていたけれど、とにかく鏡のうしろに箱を納めなおした。
私は本殿を出て、ふたたび左右を見回す。
「それじゃ、神社の周りを捜そうか。危ないから、3人一緒で」
○
。
.
(返信がない……鳴門先輩に伝言を頼んだのですが、まさかそれっきりとは……大谷先輩と直接連絡を取る方法がありません。出雲先輩のほうも、善処すると言われただけで、その後は音信不通……)
手詰まりという言葉が、私、馬下よもぎの脳裏をよぎった。
「こうなったら、私がお祓いするしか……」
ニャー
ん? タマの鳴き声?
ニャー ニャー ニャー
私は神社の売り場から出て、本殿へと向かった。裏口で、タマが鳴いていた。
「どうかしましたか? そろそろご飯に……むッ」
裏口が開いている。どろぼうかと思い、私は慎重になかを確認した。
だれもいない。御神体が無事かどうか、念のため調べてみることに。
「御神体も無事ですか……タマ、本殿に入ってはいけませんよ」
私はタマを撫でながら、社を出た。タマは、私の巫女服に鼻を押しつけた。
「今日は、やけに甘えてきますね。なにか怖いことでもあったのですか?」
売り場にもどると、携帯が振動していた。
「はい、もしもし、馬下です」
《おお、よもぎか。出雲じゃ。出雲美伽じゃ》
「出雲先輩ッ! どうなさったのですか?」
《どうもこうも、おぬしがわらわを呼んだのであろうが》
「ということは……来ていただけるのですね?」
出雲先輩は、すでに駒桜市内の病院にいると答えた。
《できれば、もっと早く連絡して欲しかったのぉ》
「……どういう意味ですか?」
携帯の向こうから、出雲先輩のため息が聞こえた。
《今、容態を確認しておるが……1日ももたぬぞ、このままでは》




