169手目 フェイク・ボックス
はーい、こんにちは、葉山光よ。
入学式も終わって、いよいよ高校生活が始まる。ドキドキしちゃう。市立に入れたのはいいけど、中学の友だちとはバラバラになっちゃった。新しい出会いがあるといいね。
というわけで、まずは部活よ、部活。どこに入るかは、もう決めてあるんだ。
「お邪魔しまーす」
ドアの先にあるのは……そう、新聞部。
あたしが初対面の学生だからか、部員のひとたちは、一斉にこちらを見た。
「きみ、新入生?」
「はい、葉山って言います」
部長らしき太めのひとが出てきて、あたしはいろいろと説明を受けた。とくに入部条件のようなものはないようだ。ま、あったとしてもだいじょうぶだけどね。だって、中学のときに新聞部だし。本音をいえば、写真部に入りたかったんだよねぇ。でも写真部なんてそこらへんの中学にはないんだもん。
「中学のときは、なにしてたの?」
「新聞部です」
「あ、経験者なんだ。なんで新聞部を選んだの?」
「カメラが好きなんです」
高校の入学祝いに、一眼レフを買ってもらったの。高かったんだから。
「カメラが好きなら、写真部じゃないかな……と言ってもうちに写真部はないか。でも、美術部にカメラ好きの子は何人かいるよ」
「なんていうか……芸術系をめざしてるわけじゃないので……」
「中学のときにどういう記事を書いてた?」
「校内の施設紹介とか、クラブで活躍した生徒の紹介とかです」
「学級新聞みたいな感じ? もうちょっと社会的な記事は?」
「……書いたことないです」
マズかったかしら。思ったより本格的な部活っぽい。ちょっと不安になったけど、部長さんは、パソコンが使えるかどうか、特にデザイン関連のソフトが使えるかどうか尋ねてきた。
「ワードとフォトショは使えます」
「そうか。とりあえず仮入部してごらん」
やった。交渉成立。あたしは仮入部書にサインしてから、ほかの先輩の話を聞いた。みんなは口をそろえて、日頃から周りを観察しろっていうアドバイスをくれた。あたしはそのアドバイスを念頭に置きながら、その日は帰宅した。
翌日、あたしは早速、周囲を観察してみた。やっぱりクラスメイトからよね。3組の面子で気になるひと……うーん、彼かな。
「箕辺くん、おはよう」
あたしは、となりに座っているツンツン頭の男子に声をかけた。
「おはよう、葉山」
イケメンで溌剌としてて、あたし好み。入学早々席が隣だなんて、ツイてるぅ。
「箕辺くん、もう部活は決めた?」
「ああ、俺は入学前から決めてた」
「え? 入学前から?」
「中学のときと同じクラブなんだ」
へぇ、ってことは、運動部かしら。箕辺くん、がっちりってわけじゃないけど、スポーツは普通にできそうだし。体格的には、サッカーかしら。でも、日焼けしてないのよね。
「バスケ? バレー?」
「いや、ちがう」
ちがうのか――名推理だと思ったんだけど。
もしかして、日焼けしてないのは、シーズン外だから?
「水泳?」
箕辺くんは、爽やかに笑った。
「スポーツじゃないぞ」
あれ、根本的にはずれちゃった。
ひょっとして生徒会かな、と思った。箕辺くん、そういうのに推されそう。
「いや、俺は生徒会には興味ない」
「吹奏楽?」
「うーん……楽器に興味はあるけど、クラブとしてはやらないな」
箕辺くんは、友だちがピアノのプロだと言った。
プロって、また大げさね。
「ごめん、ヒント」
「ヒントか……ゲームの一種だ」
ん? ゲーム? ……スポーツじゃないゲームってこと?
「あ、もしかして、2組の子とお友だち?」
「2組? ……お、正解だ。来島のことだよな?」
そうそう、来島遊子ちゃん。市内で有名なゲーマーだ。なにかの携帯ゲームで、市代表になっていた記憶がある。
ってことは、答えは簡単。ちょっと意外だけど。
「テレビゲーム研究会ね」
あたしの答えに、箕辺くんはポカーンとした。
「いや……もっとアナログなゲームだ。そもそも、そんな研究会あるのか?」
うーん、eスポーツでもないのか。
アナログなゲーム……ダメだ、デジタルな光ちゃんには分からない。ギブアップ。
あたしが降参すると、箕辺くんはにっこりと笑って、
「将棋だよ、将棋」
と答えた。
「え……将棋って、日曜日におじさんがふたりでやってるやつ?」
「そ、その説明はどうかと思うが……まあ、そうだな」
えぇ……イメージ壊れる。
「なんで将棋なの?」
「面白いからだ」
うぅん、そっか。あたしはやったことないから、面白くないとは言えないし、箕辺くんの第一印象と将棋がくっつかなかっただけで、文句もなにもなかった。
「葉山もまだ部活決めてないなら、見学しに来るか?」
「男子ばっかりなんでしょ?」
「いや、女子将棋部があるぞ。というか、学校公認なのは女子のほうだ」
マジで? 衝撃的事実。箕辺くんは、けっこう強いチームだと言った。
「ごめん、あたしもう、新聞部に入るって決めてるんだよね」
「へぇ、マスコミ志望なのか?」
あたしはカメラが好きだと答えた。
「カメラが好きなのか。そう言えば、このまえ……」
「箕辺くん……」
おっと、びっくりした。いきなり女の子が現れて、あたしたちに話しかけてきた。
その顔に、あたしは見覚えがあった。
「あれ? あなたって、たしか、入学式のときの……」
「1年生代表の、飛瀬カンナです……」
声がちっちゃい。もっとハキハキしゃべって欲しいわね。
でも、学年トップの成績で入ってきたらしいし、ここはコネを繋いでおきましょう。期末テストなんかで、有利になるかも。あたしったら悪い子。
「こんにちは、あたしは葉山っていうの。よろしくね」
「よろしく……これでまた、地球人の友だちがひとり……」
……………………
……………………
…………………
………………
え? 今、なんて言った?
「ごめん、地球が、どうかしたの?」
「ああ、葉山、今のは気にしなくていいんだぞ」
箕辺くんが、なぜか割り込んできた。どういうことだってば。
トビセさんはあたしの疑問をスルーして、箕辺くんに話しかけた。
「箕辺くん……今日の放課後、時間ある……?」
「ああ、あるぞ」
おっと、これはデートのお誘いかな。と思いきや、どうやら将棋らしい。訊けば、飛瀬さんも将棋部とのこと。彼女のほうは、なんとなく納得がいくかな。おとなしそうで、いかにも体育会系じゃない感じ。
「あ、ちょっと待ってくれ。来島とも約束があるんだよな」
「来島さんと……? なんの……?」
「来島は、完璧に初心者だろ。ルールから教えないといけないんだ」
む、これはスクープなのでは。市内のゲームマスター、将棋にも手を出す、と。
こういうのは、ちゃんとメモしておきましょう。メモメモ。
それから、ススーッと会話にわりこむ。
「飛瀬さんが入学式で挨拶したのは、成績が1番だったからなんでしょ?」
「うん……」
「すごいね。ほかの高校に行こうとは思わなかったの?」
「ここには、いいサンプルがたくさんいるから……」
??? サンプルって、なに? なにか観察してるのかな?
「葉山、今のも気にしなくていいぞ」
だから、どういうことだってば。あたしはわけが分からないまま、昼休みを終えた。
数学→英語、と授業を受けて、放課後に。新聞部に顔を出すと、思わぬ事態が。
「え? もう記事を書いていいんですか?」
「うちは下積みみたいなのはないよ。っていうか、書かないと練習にならないだろ?」
と言われても、なにを書いていいのか分からない。
「思ったことを書け、と言いたいところだが、それはダメだ。新聞というのは、記者の感想文じゃないからな。周りをよく観察して、読者に伝える価値のある情報を発見しろ」
読者に価値のある情報……なにかしら。部長は、とにかく校内を回ってみろと言った。あたしはそのアドバイスを受け入れて、早速メモ帳とカメラを片手に、校内を散策した。
「ネタ……ネタになりそうなのは……ん?」
校舎の裏側から、なにやら大きな声が聞こえた。覗き込んでみると、学ランを着たひとが、器械体操みたいなポーズで、声を張り上げていた。応援団だと気付くまで、しばらく時間がかかった。学ランの少年は、ちょっと色黒で、ハンサム。練習が終わった隙を見計らって、声をかけてみる。
「すみません、新聞部の者ですが」
ペットボトルで水分補給をしていた少年は、こちらへ顔を向けた。
「ん? 新聞部? ……新入りか?」
「あ、はい、そうです」
よく分かったわね。あたしがいぶかしく思っていると、
「新聞部の連中とは、顔見知りだからな」
と言った。なるほど、応援団と新聞部、いかにも一緒に行動していそう。スポーツ大会なんかだと、しょっちゅう顔を合わせる仲に思えた。あたしは、なにから質問していいのか、よく分かっていなかったので、しどろもどろになった。
「まあ、そこに座れ。由緒正しい駒桜市立高校応援団の歴史を話してやる」
ちょ、なんでそういう流れになった。
あたしはベンチに腰掛けさせられて、長々とお説教を喰らった。
「というわけでだな、オレが入部した頃には……」
「オーイ、円ちゃーん」
あたしたちのほうへ、背の低い女の子が駆けてきた。応援団の少年は立ち上がって、
「おう、木原、どうした?」
と尋ねた。
「じつはね、すっごく美味しい……あれ、この子、だれ?」
キハラと呼ばれた少女は、あたしに好奇心一杯のまなざしを送ってきた。
「新聞部の葉山です。新入生です」
「あ、新聞部なんだ。もしかして、円ちゃんの取材?」
マドカって、この少年のことかしら。女みたいな名前なのね。
「はい、応援団の歴史についてうかがってます」
「ふぅん……」
キハラ先輩は、やたらあたしのことをじろじろ見てから、
「じゃあさ、私が企画出すから、一緒に取材しようよ」
と言ってきた。なんのことかと思い、あたしは企画の内容を尋ねた。
「ずばり、駒桜グルメツアーだよッ! スイーツ店をめぐるのッ!」
なんだか良さげな企画ね。
「宣伝効果もあるから、スイーツをただでもらえるように交渉ッ!」
セコい……セコいけど、この先輩、商売上手。
「部長と相談してみてます。企画が通れば」
「絶対通るよ。数江ちゃんが言うんだから、間違いなし」
自信家だなあ。と思っていると、またべつの女性に声をかけられた。
「円ちゃん、数江ちゃん」
おかっぱ頭の、ちょっと怖そうな雰囲気の女性だった。
でも、マドカ先輩とキハラ先輩は知り合いらしく、おたがいに挨拶していた。
「駒込、どうした? ついに留年が決定したか?」
「なんでそうなるのよ……どっちか、部室に行く?」
マドカ先輩もキハラ先輩も、首を横に振った。
「困ったわね。駒を借りっ放しなのよ」
「駒込が借りパクを気にしてるだと……? 明日は雨だな」
「失礼ね。卒業前にはちゃんと返すわ。で、どっちも部室に行かないのね?」
「事務室で鍵借りて、自分で返せばいいだろ」
「私、出禁なのよね。10回くらい返し忘れて」
マドカ先輩は、なんだか呆れたような顔をした。
「あのなぁ……」
「で、どっちも部室に行かないのね?」
「オレは練習中だ。見れば分かるだろ」
「見たら休憩中だったみたいだけど?」
「うっせぇ」
「私は、今から友だちとスイーツ食べに行くんだ」
コマゴメ先輩は、かるくため息をついてから、あたしのほうに目をつけた。
「あなた、1年生? 2年生?」
「い、1年生です」
「何組?」
「3組です」
コマゴメ先輩の目が光る。
「あなたのクラスに、箕辺辰吉って子がいるでしょ」
「……はい」
「この駒を、彼に渡しておいて」
コマゴメ先輩は、有無を言わさずに、木の箱を押しつけてきた。
「……これを、どうすればいいんですか?」
「渡すだけでいいわ……貴重な駒だから、絶対になくさないでよ」
コマゴメ先輩はそれだけ言って、その場を立ち去った。
あたしは、マドカ先輩とキハラ先輩に事情を尋ねようと思ったけど、マドカ先輩は応援団の仲間に呼び出されるし、キハラ先輩は「あ、集合時間だ」と言って消えてしまった。
まったく、どういうことなのよ、これ。あたしは憤りつつも、箕辺くんの居場所を知っていたから、箱を持って行くことにした。学生食堂のテラスだ。着いたときには、ちょうど箕辺くんと来島さんが、向かい合って座っているのが見えた。
「この駒が真っすぐ進んで……」
「これも、成れるの?」
「成れるぞ。成ったら龍になる。動き方は……」
「箕辺くん」
あたしが声をかけると、箕辺くんはちょっとびっくりしたようだ。
と同時に、向かいがわに座っている来島さんが、じっとりとした目を向けてくる。
来島さんと直接出会ったのは、初めてだ。妙な威圧感があるわね。それに、ピ○チュウのフードを被ってるなんて、校則違反じゃないかしら。改造制服。
「どうしたんだ、葉山?」
「コマゴメって言う先輩から、預かりもの」
箕辺くんは、それだけで分かったらしく、箱を受け取った。
あたしは将棋盤(でいいのよね?)を見てみたけど、なにがなにやら分からない。
でも、そのまま去るのは癪だから、来島さんに話しかけてみた。
「2組の来島さんよね?」
「そうだと思うよ?」
「あたし、新聞部に入ってるんだけど、今度、取材させてくれない?」
「取材って、なにかな?」
あたしは、去年のゲームチャンピオンになったときの感想を聞きたいと答えた。
快諾してくれると思いきや、来島さんはすげなく、
「そういうのは困るかな」
と言って、拒否してきた。あたしは何回もお願いしたけど、ダメだった。
もう、愛嬌がないなあ。男子にモテないわよ。
それにしても、さっきの箱の中身、なんだったのかしら。気になるわね。
……ま、いっか。葉山光、これからバッチリ青春しちゃうんだから。




