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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第17局 怪盗キャット・アイ、駒桜に現れる(2015年5月25日月曜〜29日金曜)
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168手目 飴玉お姉さん(葉山ルート)(3)

「そこのお嬢さん、彼氏待ちかなぁ?」

「ッ!?」

 私は、あやうくスマホを落としかけた。

 暗闇のなかにポツンと、赤い光がみえる。タバコの火だった。

 片手に篭をさげた赤髪ロングの女性が、くわえタバコでこちらに歩いてくる。服装は白のTシャツにGパン。ずいぶんとラフな格好だ。アクセサリはつけていない。

 私は、獲物が見つかったという事実に――いや、それとも、私という獲物を、お姉さんは見つけたのだろうか。彼女は、許可も取らずにとなりに座って、スマホを覗き込んだ。

「なかなかイケメンだね。やっぱり彼氏? ……ん」

 お姉さんは、箕辺みのべくんと私のツーショット画像を、じろりと見つめた。

 そして、急にニヤニヤし始めた。

「あれれ、合成画像?」

 ギクリ――私はスマホをフリックして、画像を切り替えた。

 顔が火照る。

「さては、好きな男子との合成写真かな? んー?」

「ち、違います」

「でも、顔の解像度が、微妙に違ってたよ?」

 この女、目が良過ぎでしょ。解像度がほとんど一緒の写真を選んだのに。

 私は、いろんな要素が合わさって、恐怖心を覚えた。

 お姉さんはニヤニヤするばかりで、またスマホを一瞥した。

「……それ、なに?」

「え?」

「漢字がいっぱい書いてあるね」

 私はスマホを確認する。


挿絵(By みてみん)


 ああ、今日撮影しておいた、赤井あかいさんとの指し掛け局面だ。

「しょ、将棋です」

「ショウギ? ……ショウギって、なに?」

 将棋を知らないなんて、珍しいわね。「ルールが分からない」とか「やったことない」人なら、いくらでもいるんだけど、名前すら聞いたことないなんて。

 私は、ボードゲームの一種だと答えた。

 お姉さんは、くわえタバコを揺らしながら、

「ふぅん……地球にも、そういうのあるんだ」

 とつぶやいた。

「いや、地球っていうか、日本の……ん?」

 私は、お姉さんの容姿を、もういちど確認してみた。髪の毛が真っ赤なのと、胸がやたら大きい以外にも、スタイルが東アジア離れしている気がした。

「お姉さん、日本人ですか?」

「そうだよ。トメ子って言うんだよ」

 トメ子? ……また、ずいぶんと古めかしい名前だ。

 私があやしんでいると、お姉さんは、右手にぶらさげた篭を持ち上げた。

「ところで、飴食べない?」

 緊張が走る。

(ほ、ほんとに飴玉お姉さんなんだ……ど、どうしよう)

 不破さんたちに応援を求めることも考えたけど、間に合いそうにない。

 私は今、凶悪犯罪者かもしれない女と、マンツーマンなことに気付いた。

 手が震えてくる。

「あれぇ、お嬢さん、手が震えてるよ」

「こ、これは……」

 飴玉お姉さんは、なにかを察したように、

「ああ、もしかして、何回か会ったことある?」

 と尋ねてきた。私は首を左右に振った。

「ふぅん……じゃあ、なんで手が震えてるの?」

「く、癖です。癖……あがり症」

 飴玉お姉さんは、納得したのかしなかったのか、かるく微笑んだ。

「そっか、あがり症なんだ。それで好きな男子に告白できないんだねぇ」

 さっきから、そっち方面に話を持っていき過ぎでしょ。

 私が憤慨するなか、お姉さんは、篭から飴をふたつ取り出した。

「とっても美味しい飴だよ。食べると、すっきりして気持ちよくなるから」

 お姉さんは、有無を言わさず、私の手のひらに飴を押し込んできた。

「好きな男の子にも、あげるといいよ。相思相愛になれるかも」

 え……なにこれ……もしかして、脱法ハーブ?

 誘い文句が怪し過ぎる。

「食べないの?」

「……友だちと一緒に食べます」

 私は証拠品をポケットにしまった。犯罪現場を押さえたみたいで、ドキドキする。

 飴玉お姉さんは、タバコをふかしながら、ベンチに寄りかかった。さっきから気になっているのだけれど、タバコからは煙がまったく出ていない。でも、なんだか甘ったるい匂いがするし、吸っているのは間違いないようだ。

 お姉さんは、篭をベンチに置くと、深く息をついた。香りが濃くなる。

「ところで、さっきのボードゲーム、おもしろいの?」

「え?」

「ショウギだよ、ショウギ」

 お姉さんは、将棋に興味を示してきた。意味が分からない。飴を配った以上、さっさと移動すると思ったんだけど――とりあえず、おもしろい、と答えた。将棋部員だってことを差し引いても、まあ、おもしろいゲームよね。

 すると、お姉さんは、ルールを教えてくれと言ってきた。

「最近、ヒマなんだよね」

 なんなのかしら、このノリ――ほんとにただの変なお姉さん? いや、変だからこそ、毒入りの飴を配っているのかもしれないし……私は、ルールだけ手短に伝えた。

「ん? 一人用のゲームじゃないの?」

「一人なら、詰め将棋っていうのがあります」

「ま、チップの動かし方から教えてよ」

 私は鞄から小さな将棋盤を取り出して、駒の動かし方を教えた。ずいぶんと飲み込みが早くて、一発で覚えてくれた。次は、駒の並べ方と、勝敗のつけ方なんかを教えた。

「ふんふん……なるほどね、やっぱりあたいが知ってるゲームに似てる」

「チェスですか?」

 お姉さんは、バイキンガルドっていうゲームだと答えた。全然知らない。

「さっき写真に写ってたのは? あれがツメショウギなの?」

「いえ……あれは、後輩と指してたやつの途中で……」

「へぇ、じゃあ、その続きで遊ぼうよ」

 こ、このひと、本気で言ってるの?

 困惑する私をよそに、お姉さんは勝手に駒を並べ始めた。

「これって、ターン制なんだよね? どっちの番?」

「わ、私の番です」

「じゃ、よろしくぅ」


 パシリ パシリ パシリ パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 い、いきなりぶつけてくるのか……私は同飛、同歩、5一飛と下ろした。

 4二玉(そっちに逃げるんかい)、7一飛成。先手がだいぶ良くなった。

 お姉さんは、形勢判断がよく分かってないのか、鼻歌を歌っている。

「……ひとつ、訊いてもいいですか?」

「ん? なに?」

「飴玉お姉さんって、駒桜こまざくら市のひとですか?」

 お姉さんは、違うよ、と答えた。どこまで突っ込んでいいのか、分からない。犯罪者相手だから、言葉を選ぶ必要があるわよね。手を動かしつつ、考える。


 パシリ パシリ パシリ パシリ


挿絵(By みてみん)


 ん、意外とやるわね。

 バイキンなんちゃらとかいうゲームを、やってるだけのことはある。

 6七角成に同銀とできないパターンだ。

「6八銀」

 がっつり受けるわよ。

「うーん……なるほどねぇ、ガードされるとダメなんだ」

 飴玉お姉さんは、2九飛成として、手を渡してきた。

 ここで私は考えつつ、お姉さんから情報を聞き出す質問を練った。

「……お姉さんは、なんで飴を配ってるんですか?」

「ボランティア」

 また、取ってつけたような回答ね。

「ボランティアって、なんのボランティアですか? 青少年の更生とか?」

「みんなに気持ちよく生きてもらうボランティア」

 うわぁ……これ、ほんとに脱法ハーブじゃないでしょうね。

 ポケットの飴が、なんだか重たくなったような錯覚にとらわれた。

 私が距離をとっていると、飴玉お姉さんはくわえタバコのまま、

「ちょい考え過ぎじゃない?」

 と言った。私も、これ以上はうまく情報を引き出せない気がした。不破さんたちが気付いて駆けつけてくれる様子もない。それどころか、この公園の空間だけ孤立してるみたいに、だーれもひとの気配がしなくなっていた。梢だけが、街灯に浮かび上がっている。

「そんなに難しいシチュエーションなの、これ?」

「いえ……指します」

 私は5一角と打った。


挿絵(By みてみん)


 これで、詰んでるわよね。

 3一や4一に逃げるのは、3三角成がある。普通なら3一玉で詰まないかたちだけど、飴玉お姉さんの持ち駒は、歩だけ。3一玉、3三角成のとき、4一に打つ駒がない。5三玉とうえのほうに逃げたら、6二龍、6四玉、6五銀、5五玉、5六金まで。5二玉が一番面倒だけど……ん? 5二玉の場合が分からない。

「どうしよっかなぁ……こう?」

 飴玉お姉さんは、5三玉とした。詰みに気付いていないようだ。

 6二龍、6四玉、6五銀、5五玉、5六金。


挿絵(By みてみん)


「詰みですね」

「ツミって、なに?」

「勝利条件の達成です。お姉さんの王様は、もう動けませんよ」

 飴玉お姉さんは、あんまり表情を動かさないで、盤面をみつめた。

「んー、そっか、たしかに動けないねぇ」

 お姉さんは負けを認めると、篭を持って、ベンチから腰をあげた。

「楽しかったよ。それじゃ、またねぇ」

 お姉さんは、公園を出て行く。私は、追いかけようかどうか迷った。10秒ほど逡巡してから、不破さんにMINEで連絡を入れ、こっそりとあとをついていく。住宅街に続く方向で、挟み撃ちにできる可能性があったからだ。

 

 メープルちゃん 。o O(おい、どっちに向かってる?)


 はやまん 。o O(山桜公園のほう。でも、微妙にちがうかも)


 メープルちゃん 。o O(うまくこっちに誘導しろ)


 はやまん 。o O(ムリよ。尾行中)

 

 メープルちゃん 。o O(そこをなんとかするんだよ。頭使え)

 

 使ってるわよ。でも、うしろから誘導をかけるなんて、できるわけがない。

 催眠術師じゃないんだから。

 MINEを打ちながら見失わないようにするのも、難しい。飴玉お姉さんは、街灯があまりない道を選んでいるようだ。妙に曲がりくねっていて、どこへ向かっているのやら、だんだん見当がつかなくなってきた。


 メープルちゃん 。o O(今、どこだ?)


 私は返信をしかけて、手の動きを止めた。飴玉お姉さんが立ち止まって、あたりを確認したからだ。私は、電信柱の影に隠れて、息をひそめた。すると、お姉さんは有刺鉄線の隙間から、空き地に足を踏み入れた。建築資材がほったらかしになっている場所だった。

 私は見つからないように、顔を出した。その瞬間――ま、まぶしいッ!?


  ○

   。

    .


 翌朝、私は自宅で、化学部のOB、H大理学部の男性から電話をもらった。

「毒は検出されなかった……?」

 携帯の向こうから、眠たそうなあくびが聞こえた。

《そう、ただのハッカ飴だった》

「そ、そんなはずないです。もういちど調べてもらえませんか?」

 それはできない、という、ちょっと厳しめな返事が耳に響く。

《徹夜で検査した俺の身にもなってくれ。大学の備品だってタダじゃないんだぞ》

「それなら、カンパで少しくらいは……」

《高校生のお小遣いじゃムリだ。後輩が『殺人』だの『麻薬』だの言うから、特別に調べてやったんだぞ。感謝しろ。じゃあな》

 どさりとソファーに寝転がるような音が聞こえて、通話が切れた。

 私はスマホを片手に、ぼんやりと窓のそとをみやる。

 昨日の夜、飴玉お姉さんは、まぶしい光のなかに消えてしまった。行方不明。

「ど、どういうことなの……?」

場所:駒桜市立高校の部室 → 駒桜公園

先手:葉山 光

後手:赤井 もみじ → 飴玉お姉さん

戦型:先手棒銀


▲2六歩 △3四歩 ▲2五歩 △3三角 ▲3八銀 △2二銀

▲2七銀 △3二金 ▲2六銀 △4二角 ▲7六歩 △3三銀

▲1五銀 △4四歩 ▲7八銀 △5二金 ▲5八金右 △4三金右

▲6八玉 △8四歩 ▲7九玉 △8五歩 ▲7七角 △5四歩

▲8八玉 △8六歩 ▲同 歩 △同 角 ▲同 角 △同 飛

▲8七歩 △8二飛 ▲6六歩 △4一玉 ▲6七金 △3一玉

▲2四歩 △同 歩 ▲同 銀 △同 銀 ▲同 飛 △2三銀

▲2八飛 △2四歩 ▲9六歩 △8五飛 ▲1六歩 △2五飛

▲同 飛 △同 歩 ▲5一飛 △4二玉 ▲7一飛成 △2八飛

▲1七桂 △4九角 ▲6八銀 △2九飛成 ▲5一角 △5三玉

▲6二龍 △6四玉 ▲6五銀 △5五玉 ▲5六金


まで65手で葉山の勝ち

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