表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第17局 怪盗キャット・アイ、駒桜に現れる(2015年5月25日月曜〜29日金曜)
179/682

167手目 駒桜市であった怖い話(葉山ルート)(2)

「おはようございまーす」

 新聞部のドアを開けると、室内には数人の生徒がいた。部員が3人と、その3人にインタビューを受けている女子学生がひとり。水泳でインターハイに出た子だったかしら。私は邪魔にならないように、壁際を歩いて、目的の棚に向かった。紙製のファイルを、順番に見ていく。

「……あった」


 【駒桜(こまざくら)市怪談特集 H17〜】


 私はファイルをごっそり引き抜いて、閲覧用のテーブルに腰を下ろした。5月の日射しが窓際から差し込んで、心地がいい。でも今は、箕辺みのべくんのことが心配だった。

 善は急げとばかりに、私はファイルをひらいた。それは、平成17年から始まった「駒桜市怪談特集」という、恒例イベントの記録だった。よくある作り話じゃない。先輩部員たちが、取材を通じてコレクションしたもの。H島県学生記者クラブから表彰を受けたこともある、由緒正しい代物だった。

 私は最初のほうから、順番にページをめくっていった。

 

 赤い桜(記者:山田)


 桜川の土手に、一本だけ赤い桜が咲いている。その根元には、殺された遊女の死体が埋まっているらしい。そこでお花見をすると、恋愛運が悪くなると言い伝えられている。

 

 上町の河童(記者:上野)


 上町の廃工場で、河童が何度も目撃されたことがある。真っ赤な目をしていたという証言が多い。宇宙人ではないかという噂が流れている。

 

 山桜公園の巨大ナメクジ(記者:菅)


 深夜の山桜公園で、人の大きさほどもあるナメクジが目撃された。公園にたむろしていた天堂てんどう高校の生徒が、空き缶を投げつけると、裏山のほうへ消えて行ったらしい。


 リアル系の話だから、センセーショナルなものは少ないわね。『遠野物語』みたいな感じで、興味深い。私は見落としがないように注意しつつ、【呪い】【病気】のキーワードがあるかどうか、念入りに探してみた。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「おい、葉山はやま

「ッ!?」

 いきなり声をかけられて、私はファイルを閉じた。

 ふりかえると、眼鏡をかけた、痩せ身の部長が立っていた。

「ずいぶん、熱心に読んでるな。探し物か?」

 部長は、私の肩越しに、ファイルの名前を読み取った。

 そして、にやりと笑った。

「なるほど、怪談特集にむけて準備してるわけか。感心だな」

「え……あ、はい」

 私はごまかしつつ、窓のそとをみた。日射しが弱くなっている。

 壁の時計を確認したら、なんと6時を過ぎていた。

「もうこんな時間ですか?」

「ああ、他の連中はもう帰ったぞ」

 そろそろ鍵を閉めたいと、部長は言った。私は、あまり成果がなかったこともあって、遠回しに、

「病気にまつわる怪談って、聞いたことありません?」

 と尋ねた。部長は、すこしばかりきょとんとした。

「病気? どういう病気だ?」

「なんていうか……現代医学では解明できない奇病、みたいな?」

 部長は眼鏡をなおして、マジメに考え込んだ。

「奇病……聞いたことがないな」

 私はがっかりして、ファイルを棚に閉まった。部長は、窓の戸締まりを確認する。

「葉山のことだから、てっきりアレで決めてると思ってたが」

「アレ? ……アレって、なんですか?」

飴玉あめだまお姉さんだよ、飴玉お姉さん」

 私はその名前を聞いて、ようやく部長の言いたいことが分かった。

「街中でこどもに飴を配ってる、変な女のひとでしたっけ?」

「そうそう。スタイルがよくて、美人らしいぞ」

 私も、その噂は耳にしていた。最近、駒桜に現れた女性で、年齢は二十代前半くらい。目撃者が口をそろえて言うには、「髪の毛が真っ赤」らしい。不自然なくらい赤いという話だから、多分、染めているのだろう。

「飴玉お姉さんって、ほんとにいるんですか? 新聞部では目撃情報がないですよね?」

「俺は、いると思ってるぞ。市立いちりつでも、声をかけられた奴がいる」

「ほんとに飴玉もらえるんですか?」

 部長は、伝聞だが、と断ったうえで、

「俺の知り合いは、捨ててしまったらしい。気味が悪いんだとさ」

 と笑った。

 そりゃ、そうだ。いくら美人でも、知らないひとからもらった食べ物は、口に入れにくいと思う。私たちは、飴玉お姉さんの話をしつつ部室を出て、校舎をあとにした。グラウンドには、運動部しか残っていない。遠くで、吹奏楽部の楽器が、奇妙な音を立てた。

「それじゃ、記事のほう、楽しみにしてるぞ」

「はい……」

 私は校門のところで、部長と分かれた。タメ息をついて、家路につく。

 結局、なんの情報も得られなかった。意気消沈。

 私は、見落としがあったんじゃないかと思い、怪談をひとつずつ思い返してみた。河童の話は違うし、ナメクジも関係なさそうでしょ。それから、深夜の自動販売機――

「おい、カメラマンの姉ちゃん」

 聞き覚えのある声に、私はふりかえった。

 私服を着崩した金髪少女……不破ふわさんが立っていた。

「こんにちは、どうかしたの?」

「どうかしたの、じゃねぇだろ。市立の連中は、ちゃんと調査してるのか?」

「調査って、病気の調査?」

 それ以外になにがあるんだと、不破さんは悪態をついた。

「もちろん、してるわよ」

「で、収穫は?」

 私は、なにもなかったと答えた。

 不破さんは髪の毛をぐしゃぐしゃにして、

「かァ……使えねぇ記者だな」

 とつぶやいた。さすがに私も機嫌を悪くする。

「あのさぁ……私たちは、ただの学生でしょ。お医者さんでも警察官でもないのよ」

「その医者と警官が役に立ってねぇから困ってんだろ」

「昨日の今日で、病気が完治するとは思えないんだけど」

 そこだ、と言わんばかりに、不破さんは私を指差した。

「ほんとに病気だと思うか?」

「それ以外に、なにがあるのよ? 呪い?」

 不破さんは、わざとらしくタメ息をついた。

「だれもオカルトだなんて言ってないだろ……毒だよ、毒」

「毒? ……毒なら、すぐに分かるでしょ」

「未知の毒かもしれないだろ。病気じゃ、説明のつかないことが多過ぎるんだよ。なんで師匠たち3人しか感染しないんだ? 宇宙人の野郎は、師匠にべたべた触ったとかぬかしてたぞ。市立でも清心せいしんでも、ほかに感染者は出てないんだろ?」

 なるほど、不破さん、なかなか鋭いわね。

「でも、あの3人が一緒に食事してたところ、見てないわよ?」

 不破さんは、スティック付きの飴を軽く噛んで、なにかをさし出してきた。

「それは?」

「飴の包装紙だ」

 私は驚愕する。

「ど、どこにあったの?」

「師匠の洗濯物を漁ったら、ポケットから出てきた」

 市販品なんじゃないか、と私は尋ねた。

「師匠は、飴を食べる習慣がないんだよ。もらい物で間違いない」

飛瀬とびせさんからのプレゼントじゃない?」

「そこんところは確かめた」

 うぅむ……となると……私を、ある閃きが襲った。

「ねぇ、不破さん……飴玉お姉さんって、知ってる?」

 不破さんは、知らないと答えた。私は、噂の内容を伝えた。

「飴を配ってる不審者ッ!? マジかよッ!?」

「あくまでも、噂だけどね」

「善は急げ、だ。さっさと捜しに行くぞ」

 不破さんは、きびすを返しかけた。私はあわてて引き止める。

「捜すって……まさか、飴玉お姉さんを捜すの?」

「当たり前だろ。そいつが一番怪しいんだ」

「そんなの、ただの憶測だし……仮に憶測が合ってるなら、殺人犯ってことでしょ?」

 こどもに毒入りの飴を配るなんて、どう考えても凶悪犯罪者だ。

「だからどうしたんだよ? ビビってんのか?」

「まずは、警察に相談しない?」

「んなことしてたら、手遅れになるだろ。証拠もねぇのに……それでも記者か?」

 む、この女、私の記者魂に火をつけてきたわね

「分かったわ……手分けして捜しましょう。他のメンバーは?」

「他のメンバー? 2年生のことか?」

「そうよ」

「みんな、バラバラに行動してるらしいぜ」

 私は、応援を呼ぶかどうか悩んだ。飴玉お姉さんの犯行で決まりなら、全員に集まってもらったほうが、いいんだけど……でも、カンナちゃんと遊子ゆうこちゃんは、別ルートで調査してるみたいだし、ここは私と不破さんで頑張るしかないか。

「でも、ふたりじゃキツくない?」

 不破さんは、分かってねぇな、と言って、スマホを取り出した。

「天堂には、毎晩夜遊びしてる不良がわんさかいるんだ。招集かけるぜ」

 なんというコネの使い方。

「コネクションを制する者はマスコミを制する……あなた、記者に向いてるわね」

「んなお世辞はいいから、さっさと捜すぞ。で、どこに出るんだ、そいつは?」


  ○

   。

    .


 夜9時。駒桜公園は、静まり返っていた。

 ときどきカップルが横切るくらいで、とても心細い。

 私は挙動不審にならないように、待ち合わせのフリをして、スマホをいじっていた。

 あのあと、新聞部のネットワークを駆使して、飴玉お姉さんの出没エリアを特定した。山桜公園〜駒桜公園のルートと、駒桜公園〜天堂高校へのルートで、比較的多く目撃されていた。絶対にそこ、というわけではないようだけど、確率的に張り込む。

 私は、この2ルートが合流する駒桜公園を担当することになった。キャット・アイが出たところとあって、なんだか怖いわね。私は、気分が萎えないように、スマホの画像フォルダから、箕辺みのべくんの写真を引っ張り出した。

「……」

 箕辺くん、ほんとに大丈夫かしら……悪化してないといいんだけど……この気持ちは、同級生として……うぅん、違う。私はあらためて、箕辺くんを諦めきれていないことに気付いた。我ながら、悲しい笑いが漏れてくる。


「そこのお嬢さん、彼氏待ちかなぁ?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=390035255&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ