表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第17局 怪盗キャット・アイ、駒桜に現れる(2015年5月25日月曜〜29日金曜)
176/682

164手目 恐ろしき住人たち

「え? あれがキャット・アイなの? ……僕、すれ違っちゃったよ」

 捨神すてがみぃ、なにやってるんだ。

「あんな変な格好してる女が、何人もいるわけないだろ」

「だって、大場おおばさんのほうが変な格好してるじゃないか」

 大場が聞いたらキレるぞ、それ。

「捨神くんが会ったのは、キャット・アイで間違いないよ。位置情報が一致してる」

 佐伯さえきはそう言って、追跡機の画面をみせた。

 これまでのことを捨神に話して、3人で追いかけることにする。

 夜道をどんどん進んで行くと、俺たちが普段使っている通りに出た。

「それ、合ってるのか? ……住宅街に突っ込んでるぞ」

「まだ移動してるから、捨てられてはいないと思うよ」

 いやいや、発信器だけ外された可能性もあるぞ。

 そのへんのサラリーマンの鞄に、放り込まれたのかもしれない。

 俺が指摘すると、佐伯は、

「これ以外には手がかりがないよ。とにかく、追いかけよう」

 と提案した。これはその通りだから、俺と捨神も賛成した。

「そこを左」

 俺たちは、細い路地に入った。さすがに使ったことのない道で、たしか、中小企業の工場が並んでいる区域だ。古い建物しか見当たらない。電灯も小さくて心細い。

「あッ」

「どうした?」

「ターゲットが止まった」

「なにッ!?」

 やっぱりバレたか。俺たちは、発信器の位置まで突っ走った。

「はぁ……はぁ……ここは、どこだ?」

「上町3丁目47番って書いてあるよ」

 捨神は、近くの電信柱を指差した。

「全然知らない場所だな……ん?」

 俺はふと、その名前に、見覚えがあるような気がした。

「あれ……飛瀬とびせの住所って、そんな感じじゃなかったか?」

 これには捨神が真っ赤になって、

「飛瀬さんを疑ってるの? さすがに怒るよ?」

 と反論してきた。

「い、いや……飛瀬が犯人とは、言ってないだろ」

 それに、飛瀬とは身長が合ってないからな。キャット・アイのほうが高い。

「で、発信器は、どこにあるんだ?」

「この建物の庭みたいだね」

 佐伯はそう言って、年代もののアパートを指し示した。

百鬼夜行ひゃっきやこう……? すごい名前だな」

「入ってみようか」

「不法侵入だろ?」

「さすがに、だれも住んでないんじゃないかな、これ」

 そう言われてみると、あまりにもボロボロで、住人がいるように見えなかった。

 俺たちは、錆びたゲージを開けて、中庭に入った。

 周囲には雑草が生い茂っていて、虫の音が聞こえた。

「……あった」

 佐伯は、庭のすみに放置された箱を発見した。

「中身は、あるか?」

「……ある」

 蓋を開けてみると、盤駒は、そのままになっていた。

 駒の一部が盗まれたんじゃないかと思って調べてみたが、全部あった。

「変だな……箱ごと捨てたのかな?」

 佐伯は、怪訝そうにつぶやいた。

「そこで、なにをしてるんですか?」

 突然の声に、俺はアパートの2階を振りあおいだ。そして、二重にびっくりした。

「ね、猫山ねこやまさんッ!」

「おやおや、箕辺みのべくんじゃありませんか」


 それから1分後、俺たちは、猫山さんの部屋に通されていた。

「すみません、お茶は切らしてるんですよ」

「い、いえ……おかまいなく」

 俺は、室内を見回した。映画に出てくる、昭和の安アパートみたいだ。壁はあちこち剥がれていて、畳はささくれだっているし、窓もガムテープで継ぎはぎしてあった。すごく窮屈で、六畳ろくじょう一間ひとまというのは、こういうことを言うんだろう。

 猫山さんみたいなひとが、こんなところに住んでるなんて、なんかショックだ。

「ところで、3人とも、なにをなさっていたんですか?」

 猫山さんの質問に、俺たちは、どう答えたものか迷った。

「今度、清心せいしんが県大会に出るので、練習してました」

 知恵をふりしぼって、嘘をついてみる。

「熱心ですねぇ……でも、どうしてうちの中庭に?」

「近道しようとしたら、道に迷って……」

 猫山さんは、くすくすと笑って、

「夜の駒桜こまざくらは、怖いですからねぇ。男3人でも、用心したほうが、いいですよ」

 と添えた。俺は、「は、はい」としか、答えようがなかった。

 どぎまぎする俺とは対照的に、佐伯は平静な顔をして、

「ところで、あやしげな女ふたり組が、近くを通りませんでしたか?」

 とたずねた。

「あやしげな女ふたり組……分かりません。共同トイレのほうにいたので」

 トレイも共同なのか。そう言えば、シャワールームもない。

「バイクの音を聞いたとか、そういうことも、ありませんか?」

「いえ、べつに」


 コンコン

 

 質疑を打ち切るように、ドアがノックされた。インターホンはないようだ。

「おや、どなたでしょうか」

 猫山さんは、俺たちを押しのけて、玄関に出た。

 とびらを開けると、おっとりした色白の女性が、顔をのぞかせた。

久慈くじです……こんばんは」

「おやおや、久慈さん、こんばんは」

 クジと呼ばれた女性は、手に鍋を持っていた。

 風変わりなことに、なぜか麦わら帽子をかぶっている。

 そして、先客の俺たちに、顔を向けた。

「あら……お客さんですか」

 猫山さんは、クジさんを部屋に通して、ちゃぶ台のそばに座らせた。

 室内が、ますます窮屈になる。

「こちらは、お隣に住んでいる、久慈さんです」

 俺たちも、順番に自己紹介した。

「箕辺です。猫山さんには、喫茶店でお世話になってます」

「アハッ、その友だちの捨神です」

「佐伯です。高校生です」

「どうも、御丁寧に……ちょうどよかったです。じつは、夕飯が余ってしまいまして、猫山さんにおすそわけをしよう、と……みなさんも、いかがですか」

 夜食のお誘い。俺たちは形式的に、おかまいなく、と答えた。

「いえいえ、そう遠慮なさらずに」

 久慈さんは、鍋の蓋を開けた。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 え?

「おやおや、これは立派なキャベツですね」

 そう、キャベツだった。

 ロールキャベツとか、そういうのじゃなくて……キャベツが丸ごと一個入っていた。

 これから調理するつもりなのだろうか。

 俺がいぶかっていると、久慈さんは、のろのろとした仕草で、

「どうぞ」

 とすすめてきた。

「え……あの……」

 これには、猫山さんが笑って、

「こういうひとたちは、皿と箸がないと、食べてくれませんよ」

 と言い、洗い場から皿を3つ取り出してきた。

「すみません、気が利かなくて……では……」

 久慈さんは、手でキャベツをバリバリ裂いて、皿に分けた。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 これを食べろってことなのか? ドレッシングもなしで?

「おいしいですよ」

「いえ……その……お腹がいっぱいです」

 久慈さんは、もったいない、というような顔をした。

「そうでしたか……では、失礼ながら、私がもらいます」

 久慈さんは、皿のうえのキャベツをつまんで、バリバリと食べてしまった。

 それから、お腹が空いた、と言って、のこりのキャベツも齧り始める。

 おすそわけに来たんじゃないのかよ。

「いやあ、私もお腹が空いてきました。夜食にします」

 猫山さんは、キッチンで鍋に火をかけた。

 カツオブシの匂いがしてくる。みそ汁でも温めているのだろうか。

「もうすぐ、梅雨つゆですね」

 久慈さんは、唐突に天気の話を始めた。

 天気は、会話がないときのテクニックだからな。スモールトークってやつだ。

 高校の教科書で習ったぞ。

「はい、学校に行くのが、たいへんです」

「私、じめじめしているのが、大好きなんです」

 なんだ、その自分語り……やめてくれ。

「そ、そうですか……それは、よかったですね」

 ここで、佐伯が割り込んでくる。

「久慈さんは、猫山さんのお友だちなんですか?」

「はい」

「喫茶店の八一やいちで、お会いしたことがないように思います」

 そう言えば、そうだな。友だちとか言って、ただの隣人なんじゃないか。

「私、カフェインが大嫌いなんです」

 へぇ、今時めずらしい。

「じゃあ、コーヒーとかがダメなんですね」

 俺の発言に、久慈さんは、緑茶や紅茶もダメだと答えた。筋金入りだ。

「普段は、なにを飲んでるんですか? 牛乳とか?」

「ビールです」

 い、いきなりアルコールをあげてきた。

「お酒が強いんですね」

「ビールの匂いが好きなんです」

 えぇ……なんだ、それ。アルコールが好きなわけじゃないのか。

 と、そうこうしているうちに、久慈さんは、キャベツをあらかた食べてしまった。

 一部だけ、猫山さんのために選り分けてある。

 そして、当の猫山さんも、茶碗を持って席にもどってきた。

「それ……猫まんまですか?」

 茶碗には、ご飯にみそ汁をぶっかけたものが入っていた。

「そうです。世界で一番おいしい食べ物ですよ」

 おいしいのは認める。

 猫山さんは、久慈さんのキャベツをオカズに、よく分からない会話を始めた。

「そう言えば、アルバイト先に、タマさんが来てました」

「あら、タマさん、まだご存命なんですね。てっきり、お亡くなりになられたのかと」

「しばらく、顔を見せてませんでしたからね。腰を痛めてたらしいですよ」

 久慈さんは久慈さんで、キャベツの芯まで食べ始めた。

 早く帰りたいのだが、どう切り出していいのか、分からなかった。

 

 ワオーン ワオーン

 

 なんだ? ……室内犬か? アパートのなかから聞こえるぞ。

 猫山さんは会話を中断して、大きくタメ息をついた。

 立ち上がって玄関を開け、廊下に向かい、

「ご近所迷惑ですよッ!」

 と注意した。すると、犬の鳴き声はやんだ。

 猫山さんは席にもどって、また猫まんまを食べ始める。

「すごいですね。一喝して犬が黙るなんて」

 俺は、褒めたつもりだった。ところが、猫山さんは、

「215の住人が、いつもこの時間に鳴くんですよ」

 と言った。

「え……アパートの住人なんですか?」

「そうですよ。そろそろ、大家に言わないといけませんね」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 帰ろう。

「すみません、お邪魔しました。両親が心配してるといけないので、帰ります」

「あ、そうですか。どうぞ、これからも八一やいちをごひいきに」

 俺は、猫山さんのコマーシャルな挨拶を受けてから、部屋をあとにした。板張りの廊下を歩いているときも、木製の階段を降りているときも、なんだか寒気がした。ひそひそ話が聞こえたり、だれかに見られているような気さえした。

 外に出た俺は、夜の新鮮な空気を、胸一杯に吸い込んだ。星明かりが、ちらほらとまたたく。かえってそれが、俺たちを現実へと引き戻してくれた。

「ふぅ……これから、どうする?」

「盤駒はもどってきたから、もういいんじゃないかな?」

 佐伯は、あっけらかんと答えた。

「アハッ、僕、なんの役にも立ててないね」

「そんなことはないよ。他県から情報を集めてくれたし」

 今回のMVPは、発信器作戦を考案した佐伯とポーンで決まりかな。

 とりあえず俺たちは、公園へもどることにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=390035255&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ