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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第17局 怪盗キャット・アイ、駒桜に現れる(2015年5月25日月曜〜29日金曜)
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163手目 押しつけられたプレゼント

「我が輩が先手だね。行くよッ! 5六歩ッ!」


挿絵(By みてみん)


 いきなりの中飛車宣言か……攻撃的な姿勢。

 佐伯さえき、気合い負けするなよ。

「8四歩」

 7六歩、8五歩、7七角、5四歩、5八飛、6二銀、4八玉、4二玉。

 よしよし、緊張はしてないようだな。

 手品師だけあって、大舞台で指すのには慣れているようだ。

 3八玉、3四歩、6八銀、5三銀、6六歩、3二玉、2八玉、3三角。


挿絵(By みてみん)


 穴熊を目指すのか、それとも急戦で行くのか。

 7四歩を保留しているから、そこはまだ分からない。

「3八銀」

 キャット・アイは、単純に美濃を選択した。

「2二玉」

「そろそろ打診しとくかね……1六歩」

 ここで、佐伯は小考。1四歩と突き返した。穴熊は放棄。

 6五歩、5二金右、4六歩、3二銀(左美濃か)、5九飛。

「7七角成」


挿絵(By みてみん)


 角交換に踏み込んだ。タイミングとしては、ここかもしれない。

 同桂、4四歩。

「開戦ッ! 5五歩ッ!」

 キャット・アイは、攻勢に出た。

 同歩、同飛、5四歩、5九飛、4三金、7八金、3三桂、6七銀。

「佐伯のほうが、形はいいか?」

 俺の小声に、遊子は、

「先手も、かなりいいと思うけど……」

 うーん、そうか。隙がないもんな。

 7四歩、9六歩、9四歩。

「6六角」

「7三角」


挿絵(By みてみん)


 おたがいに、角を手放すのか……俺の棋力だと、そろそろ分からない領域だ。

 5六飛、3五歩という細かいプレッシャーの掛け合いから、5八銀、8六歩。

 5八銀は、4七銀と繰り替えるつもりだろう。

 8六同歩、同飛、8七歩、8二飛と収めたキャット・アイは、襲撃のポーズをとる。

「7五歩ッ!」

 ここで佐伯は、ふたたび小考。ポーンの秒読みが始まった。

「20、1、2、3、4、5、6、7、8、9」

「同歩」

 同角、7四歩。

「9七角」


挿絵(By みてみん)


 そんな手、あるのか?

 9五歩に……あ、そっか、同歩、同香は9六歩か。

 5六飛の意味が、ようやく分かったぞ。

「20、1、2、3、4、5、6、7、8、9」

「3六歩」

 同歩は、玉のこびんが開く。4五歩が厳しい。

 キャット・アイ、初の長考。

「20、1、2、3、4、5、6、7」

「4七銀左」

 30秒将棋なのに、ハイレベルだな。ついていくので、精一杯だ。

「9五歩」


挿絵(By みてみん)


 佐伯はすかさず、9筋を攻め始めた。俺は不安になる。

「これ、成立しないんじゃないか?」

「同歩、同香じゃなくて、4五歩だと思うよ?」

 なるほど、味付けか。遊子の順が正しそうだ。

「なかなかやるね……駒桜は、2番手以下でも強いから、おもしろい……同歩」

 4五歩、3六銀、4六歩、4五歩。

「9六歩」


挿絵(By みてみん)


 あ、これはうまいぞ。

 同飛なら9五香で串刺しだ。7三角の紐がついている。

 キャット・アイも、さすがに引っかからない。7九角と逃げた。

 3四金、4六角、同角、同飛、7五角。

 激しくなってきた。

「ニャんとも変な将棋だね」

「それが僕の持ち味だから」

「けっこう、けっこう……我が輩も、どろんこ遊びは嫌いじゃない。7六飛」


挿絵(By みてみん)


 飛車のスライド? 5七角成があるぞ?

 ……いや、5七角成は、4六角で消されるか。

 っていうか、さっきなんで5七角って打たなかったんだ?

「20、1、2、3、4、5、6、7、8、9」

「9七歩成」

 俺の混乱をよそに、佐伯は端に手をつけた。

「我が輩の構想力、見せてやろうッ! 6一角ッ!」

「2四金」

 キャット・アイは、空中に指を伸ばして、駒を動かす仕草をした。

「7五飛」

「!?」

 飛車角交換? 飛車のほうが価値の高い局面じゃないのか?

「そうか……しまった」

 佐伯は、いつもの能面ながら、後悔の台詞を漏らした。

「ニャッハッハ、気付いたかい? ここからは、すでに我が輩がいい」

 キャット・アイはそう言って、ポーンを睨んだ。

「秒読みッ!」

「Ja, ja……20、1、2、3、4、5、6、7、8、9」

 佐伯は同歩。キャット・アイは、ノータイムで7一角と打った。


挿絵(By みてみん)


 あッ……これはマズい。さすがに俺でも分かるぞ。

「こ、この猫ちゃん、強過ぎるっス。ヨシュアちゃんが手玉に取られてるっス」

 県代表クラスって、ほんとだったのか。雲の遥かうえだ。

「投了するなら、いつでもいいよ」

「……」

「20、1、2、3、4、5、6、7、8、9」

「4八歩」

 同金、5一金(!)、8二角成、6一金(!)、8一馬。

 辻褄合わせの金寄りから、佐伯は6九飛と反撃した。

「手筋は知ってるんだね……4九銀」

 6二金、9一馬、8七と、2六香、7八と。

 金は取れた。あとは、2四香がどこまで痛いかだ。

 キャット・アイは、あわてずに腕組みをして、小考した。

「……すなおに行こうか。2四香」

「3八歩」


挿絵(By みてみん)


 これはいい手だ。同銀も同金もできない。

「放置……もできないか。同玉」

「3四金」

 佐伯は、あくまでも2四歩と取らない方針だ。3五桂が痛いからだろう。

 とはいえ、3四に金を手放すようだと、やはり後手が悪そうだ。

「20、1、2、3、4、5」

「3五金」

 同金、同銀、4五桂。

「ん……3四を受けないんだね。だったら3四桂」

 3三玉、4六馬、4四歩。


挿絵(By みてみん)


 いやあ……受かってる気がしないぞ、これ。

 佐伯、いつもの粘りは、どうしたんだ。

 キャット・アイも不審に思ったのか、ちょこちょこ時間を使っている。

「ま、我が輩の勝ちだろう……3一飛」

 痛打。佐伯は、2四歩、同銀に4三玉と逃げて、脱出を図る。

「逃がさないよッ! 3二飛成ッ!」

 キャット・アイは、寄せに出た。

 飛車を切ってから、同玉、3三銀打、4三玉、4二金、同銀、同桂成、5三玉。

 キャット・アイは、空中に人差し指をピンと立てた。

「6四銀」


挿絵(By みてみん)


「詰みだ」

 ああ……これには、全員肩を落とす。

 佐伯は、同歩、同馬と、詰みまで指して、投了を告げた。

「負けました」

「Oh……nein……」

「ニャッハッハ、それじゃあ、ブツを差し出してもらおうか」

 佐伯は、ポーンに、箱を手渡すように指示した。

 ポーンはしぶしぶ担いで、キャット・アイのまえに置く。

 キャット・アイは、俺たちの動きを警戒しつつ、中身を確認した。

「……たしかに、清心せいしん高校に代々伝わる盤駒だね」

「それを盗んで、どうする気なの?」

 佐伯の質問に、キャット・アイは「ふん」と鼻を鳴らした。

「そんなのは、おまえの知ったことではない」

「お金目的で盤駒を盗んでるようには、見えないんだけど」

 佐伯のカマ掛けにもかかわらず、キャット・アイは背を向けた。

 スラッグ・ガールも満足げにうなずいて、歩調を合わせる。

「それでは、またどこかで会おう、駒桜の諸君」

 キャット・アイは、軽く地面を蹴ったかと思うと、十数メートル跳躍して、そのまま茂みに消えた。俺たちは、目の前のできごとが信じられず、ぽかんと口を開けていた。

「ほんとに人間じゃないっス……角ちゃん、ショック……」

 俺は、佐伯になんと声をかけたらいいのか分からなくて、しばらく躊躇した。

「残念だったな……今回は、相手がわる……」

「シーッ」

 佐伯は、くちびるに指をあてて、静かにするよう合図した。

 耳を澄ませているようだ。キャット・アイの靴音が遠ざかって行く。

 それに合わせて、野良猫たちも一匹、また一匹と、その場を離れた。

 そしてとうとう、俺たち以外には、だれもいなくなった。

「佐伯、どうする? 警察に行くか?」

「ポーンさん、例のものは、ちゃんと動いてる?」

「Funktioniert!!」

 ポーンはしたり顔で、ポケットからスマホのようなものを取り出した。

「なんだ、それは?」

 のぞき込むと、マップのうえに、赤い斑点がみえた。

「わたくしのお父様が開発した、GPS型の追跡機ですの」

「追跡機? ……あッ!」

 そうか、そういうことか。

「あの盤駒に仕込んであるんだな?」

「Genau!! 盤駒は、最初から渡すつもりでしたのよ」

 さすがは佐伯、ポーン。全部茶番だったわけだ。

「キャット・アイは、どこへ向かってるの? 駅のほう?」

 佐伯の問いに、ポーンは画面を見ながら、

「Ne……反対方向ですわ」

 と答えた。俺は、どこかに車が用意されてるんじゃないかと推測した。

「その可能性は、高いね。早く追いかけよう」

 ここで、遊子が声をあげる。

「ちょっと待って。ともえちゃんたちの心配をしたほうが、よくないかな?」

 そうだ。遊子の言う通りだ。

「手分けしよう。佐伯と俺がキャット・アイを追う。女子は葉山はやまたちを介抱してくれ」

「了解っス!」

「Verstanden」

 

  ○

   。

    .


 こういうときに限って、タクシーが捕まらない。

 歩いて来るハメになっちゃったよ。

「えーと、駒桜公園は……」

「そこのイケメンなお兄さん」

「こっちのほうが近道かな」

「そこのイケメンなお兄さんってばッ!」

 道を曲がろうとしたところで、思いっきり肩を引っ張られた。

 びっくりしてふりかえると、真っ赤なロングヘアの女性が立っていた。

「すみません、ちょっと急いでるんです」

「おいしいあめはいらんかねぇ?」

 先を急ごうとすると、また肩を引っ張られた。

「すみません、ほんとに急いでるんです」

「じゃあ、飴だけもらっといて。気持ちよくなるよ」

 僕は押し付けられたアメを受け取って、さっさと道を曲がった。

 包装をといて、口のなかに放り込む。ハッカ味だね。すっきり。

「……あれ……ここで、曲がらないといけないのかな?」

 道に迷っていると、向こうから駆け足が聞こえた。

 ふたりの若いお姉さんが、こちらへ走ってくる。

 女子プロレスラーかな? でも、ちょうどよかった。

「すみません」

「ん? ニャンだ? ……げッ! その髪の色はッ!」

 いきなり髪の話をしなくても、いいよね。失礼だなあ。

「駒桜公園って、どこですか?」

「こ、ここをまっすぐだぞ」

 レオタードのお姉さんは、目の前の道を指し示した。

「ありがとうございます」

 親切なひとだったね。僕はスマホをいじりながら、また歩き始めた。

「あ、そこのセクシーなお嬢さん、飴はいらんかねぇ」

「ニャんだおまえッ!?」

「飴もらってよ。気持ちよくなるからさ」

 世の中は、こういう善意で成り立っているのかもしれない。

 僕はそんなことを考えながら、駒桜公園へと急いだ。

場所:駒桜公園

先手:怪盗キャット・アイ

後手:佐伯 宗三

戦型:ゴキゲン中飛車


▲5六歩 △8四歩 ▲7六歩 △8五歩 ▲7七角 △5四歩

▲5八飛 △6二銀 ▲4八玉 △4二玉 ▲3八玉 △3四歩

▲6八銀 △5三銀 ▲6六歩 △3二玉 ▲2八玉 △3三角

▲3八銀 △2二玉 ▲1六歩 △1四歩 ▲6五歩 △5二金右

▲4六歩 △3二銀 ▲5九飛 △7七角成 ▲同 桂 △4四歩

▲5五歩 △同 歩 ▲同 飛 △5四歩 ▲5九飛 △4三金

▲7八金 △3三桂 ▲6七銀 △7四歩 ▲9六歩 △9四歩

▲6六角 △7三角 ▲5六飛 △3五歩 ▲5八銀 △8六歩

▲同 歩 △同 飛 ▲8七歩 △8二飛 ▲7五歩 △同 歩

▲同 角 △7四歩 ▲9七角 △3六歩 ▲4七銀左 △9五歩

▲同 歩 △4五歩 ▲3六銀 △4六歩 ▲4五歩 △9六歩

▲7九角 △3四金 ▲4六角 △同 角 ▲同 飛 △7五角

▲7六飛 △9七歩成 ▲6一角 △2四金 ▲7五飛 △同 歩

▲7一角 △4八歩 ▲同 金 △5一金 ▲8二角成 △6一金

▲8一馬 △6九飛 ▲4九銀 △6二金 ▲9一馬 △8七と

▲2六香 △7八と ▲2四香 △3八歩 ▲同 玉 △3四金

▲3五金 △同 金 ▲同 銀 △4五桂 ▲3四桂 △3三玉

▲4六馬 △4四歩 ▲3一飛 △2四歩 ▲同 銀 △4三玉

▲3二飛成 △同 玉 ▲3三銀打 △4三玉 ▲4二金 △同 銀

▲同桂成 △5三玉 ▲6四銀 △同 歩 ▲同 馬


まで119手で怪盗キャット・アイの勝ち

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