162手目 スラッグ・ガール
※ここからは、箕辺くん視点です。
「どうだ? なにか分かったか?」
翌日、俺は昼休みの屋上を利用して、作戦会議をひらいていた。
メンバーは、遊子とよもぎ、それに俺だけだ。
他校から来てもらうわけにはいかないから、しょうがない。
飛瀬も参加してくれるといいんだけどな。残念だ。
「箕辺先輩がおっしゃるような棋譜は、見つかりませんでした」
よもぎは弁当の箸をおいて、そう答えた。
「そうか……」
神社でよもぎに会ったあと、キャット・アイに該当しそうな将棋指しがいなかったかどうか、調べてもらっていた。駒桜神社には、付近のアマチュアの棋譜が、大量に奉納されているからだ。
「それにしても、意外と早かったな。すぐにはムリかと思ったぞ」
「奉納された棋譜は、すべてデータベース化されていますので」
なるほど、神社もハイテク化の時代か。
「となると、このあたりの女流棋士じゃないのか……」
「そうとは、限らないと思うよ?」
遊子は、棋譜が奉納されていないだけじゃないか、と指摘した。
「その場合、近隣の将棋サークルと、まったく縁がないってことになるよな?」
「そうだね……それじゃ、ダメなの?」
「どうやって強くなったんだ? ネット対局か?」
ネット対局だと、説明のつかない点があると思った。
「兎丸たちの話では、手つきも、かなりうまかったらしいぞ?」
ネット対局は、マウスを使うだけだから、手つきの練習にはならない。大場も、1年生のときは、めちゃくちゃだった。裏見先輩が、それで騙されていたくらいだ。
「棋譜並べのときだけ、盤を使っているのではありませんか?」
よもぎの推理には、一理あると思った。
この件は、棚あげすることにして、ほかのメンバーの情報を確認する。
【大場/五見/虎向/兎丸】
○対局場のベンチには、なにもなかった。
○駒桜の近くに住んでいるような発言があった。→住所は近い?
【捨神】
○キャット・アイは、居飛車も振り飛車も強い。
○特に目立った証拠品はない。
○目的も不明。
【佐伯/ポーン】
○キャット・アイが高校を狙うようになったのは、ここ2年ほど。
○古いものばかり盗んでいる。→落とし物を捜している???
俺は手帳を確認しつつ、頭をかかえた。
遊子も、弁当を片手に、横合いから手帳をのぞきこんだ。
「一番最後の推理は、説得力があると思うよ?」
「そうか? 俺は、ありえないと読んでたんだが……」
「どうして?」
「自分の持ち物なら、どの盤駒が正解か分かるだろう?」
「両親の形見みたいに、実物を見たことがない可能性も、あるんじゃないかな?」
ん……そうか。持ち物と言っても、キャット・アイの私物とは限らないな。
遊子の推理が、正しい気がしてきた。
「さすがは遊子、推理ゲームもお手のもの、ってわけか」
「ウーン……そういうわけじゃないけど……ただ、こうなってくると、キャット・アイの正体を突き止めるには、彼女の捜しているものを特定するほうが、近道だと思うよ?」
「古い将棋用具なんだよな? それがヒントになりそうだ」
俺がそう言った途端、よもぎは席を立った。
「次の授業の準備があるので、お先に失礼します」
「まだ30分以上あるぞ?」
よもぎは、予習が済んでいないと答えた。
「いろいろと、ありがとな。このお礼は、するぞ」
「いえ……おかまいなく」
よもぎはそう言い残して、屋上から消えた。
なんだか、妙な雰囲気だったな。データベースの調査で寝不足か?
だったら、悪いことをした。あとで謝っておこう。
俺はそんなことを考えながら、遊子との昼食デートを続けた。
そのあと、放課後になるまでは、まったく情報が入ってこなかった。まあ、当たり前だよな。みんな、授業を受けてるわけだし。俺たちは、事前の連絡で、清心高校に集まることになっていた。でも、そのまえに、寄っておきたいところがあった。
「オーイ、葉山、いるか?」
俺は、新聞部のとびらを開けた。
すると、パソコンに向かっている葉山の背中がみえた。
よっぽど熱中しているのか、俺の入室には気付かなかったようだ。
作業の邪魔をしても悪いから、俺はこっそりとうしろから接近した。
「……ん? 俺の写真?」
「うわッ!?」
葉山は椅子から飛び上がると、パソコンの画面を隠すようなに立ちはだかった。
「な、なに勝手に入ってんのッ!?」
「いや、挨拶はしたぞ……ところで、その写真、なにに使うんだ?」
俺はパソコンの写真を確認しようと、首を伸ばした。
葉山は、バスケのディフェンスみたいな動作で、俺の視界をさえぎる。
だが、全部隠せるわけもなくて、俺と葉山のツーショット画像がみえた。
「それ、いつの写真だ?」
葉山とツーショットを撮った記憶がない。
「だ、だ、だ、団体戦の記事を作ってるのよ」
「団体戦……打ち上げか?」
葉山は、首を何度も縦に振った。
そっか。女子の優勝で浮かれてて、写真を撮った記憶がないだけか。うん。
「ちょっと、時間あるか?」
「あ、あるけど……」
「葉山、盗撮って、できるか?」
俺の質問に、葉山はびっくりした。
「そ、そんな……箕辺くん、そういうひとだったんだ……」
「そういうひとって?」
「女子トイレを盗撮する気なんでしょ?」
なんで、そうなるんだよ。
「そんなの女子に頼むわけないだろ。実はな……」
俺がキャット・アイの話をすると、葉山は俺のネクタイを掴んだ。
「そんなにおもしろいネタ、どうしてあたしに話さないのよッ!」
落ち着け。息ができない。俺は葉山の腕をふりはらった。
「ぜぇ……ぜぇ……新聞のネタじゃないんだぞ。身内のマジメな話だ」
「それは、記者が決めることでしょ」
くッ、相談したのは失敗だったか。
俺が後悔しているなか、葉山は部室の棚から、大きなレンズのカメラをとりだした。
「これまた、高そうなカメラだな」
「300mm望遠レンズよ。気付かれずに撮れるわ」
「えっと……夜なんだが、大丈夫か?」
「真っ暗な状態で撮るの?」
どうなんだろうな――俺は、分からないと答えた。
「公園の電灯のしたにおびき出せば、まちがいなく撮れるわよ」
「よし、だったら、今夜9時に……」
こうして、夜が更けた。
俺たちは、いろいろ口実をこしらえて、家を脱出し、駒桜公園に集合した。
指定された時刻までは、残り15分を切っていた。
葉山は遊技場でスタンバイ。虎向たちは、3ヶ所の入り口を押さえている。
「ほんとに来るんっスかね?」
大場は、あいかわらず変な服装で、あたりをキョロキョロしていた。
「ふわぁ……来なかったら来なかったで、問題ないよね?」
遊子は、眠たそうにあくびをした。
「角ちゃん、妹にチクられると困るから、早く帰りたいっス」
「そう言えば、大場の妹って、一回も会ったことないな。どんな子なんだ?」
俺の質問に、大場は、すごくイヤそうな顔をして、
「くっそ生意気な、とんでもない変人っス」
と答えた。
じゃあ、常識人だな。まちがいない。
「Niemand kommt……おそいですわね」
「まだ10時になってないぞ?」
「なんでも5分前行動ですわッ!」
ドイツ人は時間に細かい。っていうか、それ、日本のルールだろ。
俺たちがごちゃごちゃやってるあいだ、佐伯は静かに目を閉じて、お祈りをしていた。
邪魔しちゃ悪いから、俺たちはすこし離れたところに立っていた。街灯のそばだ。葉山が撮りやすいような位置取りにしている。
「捨神は、どうしたんだ? 来るって言ってたよな?」
「カンナちゃんと、いちゃこらしてるんじゃないっスか?」
それは、ないだろう。捨神は、こういうときマジメだからな。
「Hmm……キャット・アイに捕まったのでは……」
「おいおい、そういう不吉なことは……ん?」
スマホが振動した。確認すると、捨神からの電話だった。
「もしもし?」
《箕辺くん? どこにいるの? さっきから待ってるんだけど?》
なんだ、落ち合えてないだけってことか。安心した。
「駒桜公園の中央にある、ベンチのまえだ」
《え? 駒桜公園なの? 山桜公園じゃなくて?》
おーい、捨神、なにやってるんだ。
《今すぐ、そっちに移動するよ。待っててね》
「ムリはしなくていいぞ。キャット・アイには、十分注意してくれ」
電話を切った俺は、タメ息をついた。
「捨神は、集合場所を間違えたらしい。こっちに向かってる」
「だったら、もう間に合わないねぇ」
俺たちは、一斉に周囲を見回した。だが、女の姿はない。
「ここだよ、ここ」
頭上からだ。見上げると、街灯のうえに、レオタード姿の女が立っていた。
「待たせたねッ!」
女は空中で一回転すると、そのまま地面に着地した。
こ、これは……人間技なのか?
動揺する俺たちをよそに、レオタードの女は、俺たちを指差した。
「怪盗キャット・アイ、参上……佐伯宗三、まえに出なッ!」
佐伯はいつのまにか、お祈りをやめていた。
俺たちの不安げなまなざしをよそに、佐伯はキャット・アイと対峙する。
「僕が、佐伯宗三だよ」
「ふむふむ、ちゃんとやって来たね」
「将棋盤と駒も、持参してある」
佐伯が目配せすると、ポーンが大きな箱を持ってきた。
「へぇ……ずいぶんと、準備がいいね。あきらめモードかい?」
「そういうわけじゃないけど、学校に侵入されるのはイヤだから」
キャット・アイは感心したように、首を縦に振った。
そして、俺たちのほうへ視線をむける。
「これはまた、ずいぶんとお友だちが多いんだね」
そうだ。これが友情パワーだぞ。
「お姉さんは、ひとりで来たんですか?」
佐伯の質問に、キャット・アイはニヤリと笑った。
「いいや……我が輩も、今日はお友だちを呼んである」
キャット・アイが指を鳴らすと、茂みのなかから、金色の光が無数に漏れた。
「Was ist das!?」
「ね、猫ちゃんっス!」
俺たちは、アッと言う間に、野良猫の群れに囲まれてしまった。
裏見先輩が言ってた《動物を操る能力》って、これか。
「さーらーにぃ、今回は特別ゲストもご用意した」
キャット・アイは、反対方向に指を鳴らした。
すると、闇夜の向こうから、カツカツと、靴音が聞こえてくる。
街灯に照らし出されたその女性に、俺たちは驚愕した。
「怪盗スラッグ・ガール、参上」
細いけれど筋肉質そうな女性が、腕組みをして、キャット・アイの横に並んだ。
プロレスにありそうな、露出の多い過激なコスチュームを着ている。色は水色で、オイルでも塗っているのか、全身がテカテカしていた。黄色いアイマスク。その奥からタレ目の、それでいて、ひとを小馬鹿にしたような瞳がのぞいていた。髪の毛はショートだが、頭のうえで、2本の触覚みたいな束ね方をしていた。
「す、スラッグ・ガール……? 聞いてないぞ、そんなのッ!」
「ニャッハッハ、安心しろ。彼女は立会人だ」
スラッグ・ガールは、触覚みたいな髪を揺らしつつ、前髪をかきあげた。
「そのあたりにいたゴキブリは、私が全部、始末しといたわ」
「!」
俺たちは激しく困惑して、おたがいに目配せしあった。
「ま、まさか、五見くんたち、やられちゃったっスか?」
葉山も、やられたくさい。
犯罪者相手に、ヘタを打ってしまった。
「そうそう、眼帯の女もいたわね。あれは手こずったけど」
眼帯の女? ……あッ!
「く、草薙も来てたのか?」
俺は、遊子に確認をとった。遊子はなにも答えず、スラッグ・ガールを睨みつける。
「ふぅん……お姉さんたち、やるね」
「ま、そう怖い顔しないでよ。今日の主役は、あくまでもアイちゃんだから」
「ニャッハッハ、そういうことだ」
キャット・アイは高らかに笑うと、佐伯にむかって指を向けた。
「ルールは、目隠し30秒将棋、1本勝負だよ」
「いいよ」
ちょっと待て。俺は、佐伯を引き止めた。
「盤でやったほうが、よくないか?」
最悪の場合、佐伯の手品で、インチキ勝ちする手もあると思っていた。
以前、ファミレスで、不破をやり込めたときのように。
「大丈夫。目隠しでいい」
俺は、それ以上介入しなかった。
「時間を計るのは、そっちの陣営に任せるよ。だれがやる?」
キャット・アイはそう言って、俺たちに選択を委ねた。
「Ich nahme auf!! わたくしが受けて立ちますわ」
そうさけんだポーンを、佐伯がおしとどめた。
「ここは僕にまかせて」
「Aber……」
「だいじょうぶ。用意はしてきてあるから」
こうして、対局の準備はととのった。
俺は、葉山たちのことが気になった。スラッグ・ガールは、「ケガはしていない」とだけ答えた。信頼するかどうかはともかく、野良猫で身動きがとれない。
キャット・アイは余裕しゃくしゃくで、
「先手は、ゆずってやろう」
とのたまった。けど、スラッグ・ガールがこれを許さなかった。
「アイちゃん、そういうのは、かえって失礼だよ」
スラッグ・ガールは、コイントスで決めようと言った。
トス役には、俺が選ばれた。
100円玉を用意して、キャット・アイに表か裏かを選ばせる。
「裏」
チャリーン
俺は手の甲でうまく受け止めて、コインを確認した。
「……裏だ」
「我が輩が先手だね。行くよッ! 5六歩ッ!」




