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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第17局 怪盗キャット・アイ、駒桜に現れる(2015年5月25日月曜〜29日金曜)
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162手目 スラッグ・ガール

※ここからは、箕辺みのべくん視点です。

「どうだ? なにか分かったか?」

 翌日、俺は昼休みの屋上を利用して、作戦会議をひらいていた。

 メンバーは、遊子ゆうことよもぎ、それに俺だけだ。

 他校から来てもらうわけにはいかないから、しょうがない。

 飛瀬とびせも参加してくれるといいんだけどな。残念だ。

箕辺みのべ先輩がおっしゃるような棋譜は、見つかりませんでした」

 よもぎは弁当の箸をおいて、そう答えた。

「そうか……」

 神社でよもぎに会ったあと、キャット・アイに該当しそうな将棋指しがいなかったかどうか、調べてもらっていた。駒桜こまざくら神社には、付近のアマチュアの棋譜が、大量に奉納されているからだ。

「それにしても、意外と早かったな。すぐにはムリかと思ったぞ」

「奉納された棋譜は、すべてデータベース化されていますので」

 なるほど、神社もハイテク化の時代か。

「となると、このあたりの女流棋士じゃないのか……」

「そうとは、限らないと思うよ?」

 遊子は、棋譜が奉納されていないだけじゃないか、と指摘した。

「その場合、近隣の将棋サークルと、まったく縁がないってことになるよな?」

「そうだね……それじゃ、ダメなの?」

「どうやって強くなったんだ? ネット対局か?」

 ネット対局だと、説明のつかない点があると思った。

兎丸うさまるたちの話では、手つきも、かなりうまかったらしいぞ?」

 ネット対局は、マウスを使うだけだから、手つきの練習にはならない。大場も、1年生のときは、めちゃくちゃだった。裏見うらみ先輩が、それで騙されていたくらいだ。

「棋譜並べのときだけ、盤を使っているのではありませんか?」

 よもぎの推理には、一理あると思った。

 この件は、棚あげすることにして、ほかのメンバーの情報を確認する。

 

 【大場/五見/虎向/兎丸】

 ○対局場のベンチには、なにもなかった。

 ○駒桜の近くに住んでいるような発言があった。→住所は近い?


 【捨神】

 ○キャット・アイは、居飛車も振り飛車も強い。

 ○特に目立った証拠品はない。

 ○目的も不明。

 

 【佐伯/ポーン】

 ○キャット・アイが高校を狙うようになったのは、ここ2年ほど。

 ○古いものばかり盗んでいる。→落とし物を捜している???

 

 俺は手帳を確認しつつ、頭をかかえた。

 遊子も、弁当を片手に、横合いから手帳をのぞきこんだ。

「一番最後の推理は、説得力があると思うよ?」

「そうか? 俺は、ありえないと読んでたんだが……」

「どうして?」

「自分の持ち物なら、どの盤駒が正解か分かるだろう?」

「両親の形見みたいに、実物を見たことがない可能性も、あるんじゃないかな?」

 ん……そうか。持ち物と言っても、キャット・アイの私物とは限らないな。

 遊子の推理が、正しい気がしてきた。

「さすがは遊子、推理ゲームもお手のもの、ってわけか」

「ウーン……そういうわけじゃないけど……ただ、こうなってくると、キャット・アイの正体を突き止めるには、彼女の捜しているものを特定するほうが、近道だと思うよ?」

「古い将棋用具なんだよな? それがヒントになりそうだ」

 俺がそう言った途端、よもぎは席を立った。

「次の授業の準備があるので、お先に失礼します」

「まだ30分以上あるぞ?」

 よもぎは、予習が済んでいないと答えた。

「いろいろと、ありがとな。このお礼は、するぞ」

「いえ……おかまいなく」

 よもぎはそう言い残して、屋上から消えた。

 なんだか、妙な雰囲気だったな。データベースの調査で寝不足か?

 だったら、悪いことをした。あとで謝っておこう。

 俺はそんなことを考えながら、遊子との昼食デートを続けた。


 そのあと、放課後になるまでは、まったく情報が入ってこなかった。まあ、当たり前だよな。みんな、授業を受けてるわけだし。俺たちは、事前の連絡で、清心せいしん高校に集まることになっていた。でも、そのまえに、寄っておきたいところがあった。

「オーイ、葉山はやま、いるか?」

 俺は、新聞部のとびらを開けた。

 すると、パソコンに向かっている葉山の背中がみえた。

 よっぽど熱中しているのか、俺の入室には気付かなかったようだ。

 作業の邪魔をしても悪いから、俺はこっそりとうしろから接近した。

「……ん? 俺の写真?」

「うわッ!?」

 葉山は椅子から飛び上がると、パソコンの画面を隠すようなに立ちはだかった。

「な、なに勝手に入ってんのッ!?」

「いや、挨拶はしたぞ……ところで、その写真、なにに使うんだ?」

 俺はパソコンの写真を確認しようと、首を伸ばした。

 葉山は、バスケのディフェンスみたいな動作で、俺の視界をさえぎる。

 だが、全部隠せるわけもなくて、俺と葉山のツーショット画像がみえた。

「それ、いつの写真だ?」

 葉山とツーショットを撮った記憶がない。

「だ、だ、だ、団体戦の記事を作ってるのよ」

「団体戦……打ち上げか?」

 葉山は、首を何度も縦に振った。

 そっか。女子の優勝で浮かれてて、写真を撮った記憶がないだけか。うん。

「ちょっと、時間あるか?」

「あ、あるけど……」

「葉山、盗撮って、できるか?」

 俺の質問に、葉山はびっくりした。

「そ、そんな……箕辺くん、そういうひとだったんだ……」

「そういうひとって?」

「女子トイレを盗撮する気なんでしょ?」

 なんで、そうなるんだよ。

「そんなの女子に頼むわけないだろ。実はな……」

 俺がキャット・アイの話をすると、葉山は俺のネクタイを掴んだ。

「そんなにおもしろいネタ、どうしてあたしに話さないのよッ!」

 落ち着け。息ができない。俺は葉山の腕をふりはらった。

「ぜぇ……ぜぇ……新聞のネタじゃないんだぞ。身内のマジメな話だ」

「それは、記者が決めることでしょ」

 くッ、相談したのは失敗だったか。

 俺が後悔しているなか、葉山は部室の棚から、大きなレンズのカメラをとりだした。

「これまた、高そうなカメラだな」

「300mm望遠レンズよ。気付かれずに撮れるわ」

「えっと……夜なんだが、大丈夫か?」

「真っ暗な状態で撮るの?」

 どうなんだろうな――俺は、分からないと答えた。

「公園の電灯のしたにおびき出せば、まちがいなく撮れるわよ」

「よし、だったら、今夜9時に……」


 こうして、夜が更けた。

 俺たちは、いろいろ口実をこしらえて、家を脱出し、駒桜公園に集合した。

 指定された時刻までは、残り15分を切っていた。

 葉山は遊技場でスタンバイ。虎向こなたたちは、3ヶ所の入り口を押さえている。

「ほんとに来るんっスかね?」

 大場おおばは、あいかわらず変な服装で、あたりをキョロキョロしていた。

「ふわぁ……来なかったら来なかったで、問題ないよね?」

 遊子は、眠たそうにあくびをした。

すみちゃん、妹にチクられると困るから、早く帰りたいっス」

「そう言えば、大場の妹って、一回も会ったことないな。どんな子なんだ?」

 俺の質問に、大場は、すごくイヤそうな顔をして、

「くっそ生意気な、とんでもない変人っス」

 と答えた。

 じゃあ、常識人だな。まちがいない。

「Niemand kommt……おそいですわね」

「まだ10時になってないぞ?」

「なんでも5分前行動ですわッ!」

 ドイツ人は時間に細かい。っていうか、それ、日本のルールだろ。

 俺たちがごちゃごちゃやってるあいだ、佐伯さえきは静かに目を閉じて、お祈りをしていた。

 邪魔しちゃ悪いから、俺たちはすこし離れたところに立っていた。街灯のそばだ。葉山が撮りやすいような位置取りにしている。

捨神すてがみは、どうしたんだ? 来るって言ってたよな?」

「カンナちゃんと、いちゃこらしてるんじゃないっスか?」

 それは、ないだろう。捨神は、こういうときマジメだからな。

「Hmm……キャット・アイに捕まったのでは……」

「おいおい、そういう不吉なことは……ん?」

 スマホが振動した。確認すると、捨神からの電話だった。

「もしもし?」

《箕辺くん? どこにいるの? さっきから待ってるんだけど?》

 なんだ、落ち合えてないだけってことか。安心した。

「駒桜公園の中央にある、ベンチのまえだ」

《え? 駒桜公園なの? 山桜やまざくら公園じゃなくて?》

 おーい、捨神、なにやってるんだ。

《今すぐ、そっちに移動するよ。待っててね》

「ムリはしなくていいぞ。キャット・アイには、十分注意してくれ」

 電話を切った俺は、タメ息をついた。

「捨神は、集合場所を間違えたらしい。こっちに向かってる」

「だったら、もう間に合わないねぇ」

 俺たちは、一斉に周囲を見回した。だが、女の姿はない。

「ここだよ、ここ」

 頭上からだ。見上げると、街灯のうえに、レオタード姿の女が立っていた。

「待たせたねッ!」

 女は空中で一回転すると、そのまま地面に着地した。

 こ、これは……人間技なのか?

 動揺する俺たちをよそに、レオタードの女は、俺たちを指差した。

「怪盗キャット・アイ、参上……佐伯さえき宗三むねみつ、まえに出なッ!」

 佐伯はいつのまにか、お祈りをやめていた。

 俺たちの不安げなまなざしをよそに、佐伯はキャット・アイと対峙する。

「僕が、佐伯宗三だよ」

「ふむふむ、ちゃんとやって来たね」

「将棋盤と駒も、持参してある」

 佐伯が目配せすると、ポーンが大きな箱を持ってきた。

「へぇ……ずいぶんと、準備がいいね。あきらめモードかい?」

「そういうわけじゃないけど、学校に侵入されるのはイヤだから」

 キャット・アイは感心したように、首を縦に振った。

 そして、俺たちのほうへ視線をむける。

「これはまた、ずいぶんとお友だちが多いんだね」

 そうだ。これが友情パワーだぞ。

「お姉さんは、ひとりで来たんですか?」

 佐伯の質問に、キャット・アイはニヤリと笑った。

「いいや……我が輩も、今日はお友だちを呼んである」

 キャット・アイが指を鳴らすと、茂みのなかから、金色の光が無数に漏れた。

「Was ist das!?」

「ね、猫ちゃんっス!」

 俺たちは、アッと言う間に、野良猫の群れに囲まれてしまった。

 裏見うらみ先輩が言ってた《動物を操る能力》って、これか。

「さーらーにぃ、今回は特別ゲストもご用意した」

 キャット・アイは、反対方向に指を鳴らした。

 すると、闇夜の向こうから、カツカツと、靴音が聞こえてくる。

 街灯に照らし出されたその女性に、俺たちは驚愕した。

「怪盗スラッグ・ガール、参上」

 細いけれど筋肉質そうな女性が、腕組みをして、キャット・アイの横に並んだ。

 プロレスにありそうな、露出の多い過激なコスチュームを着ている。色は水色で、オイルでも塗っているのか、全身がテカテカしていた。黄色いアイマスク。その奥からタレ目の、それでいて、ひとを小馬鹿にしたような瞳がのぞいていた。髪の毛はショートだが、頭のうえで、2本の触覚みたいな束ね方をしていた。

「す、スラッグ・ガール……? 聞いてないぞ、そんなのッ!」

「ニャッハッハ、安心しろ。彼女は立会人だ」

 スラッグ・ガールは、触覚みたいな髪を揺らしつつ、前髪をかきあげた。

「そのあたりにいたゴキブリは、私が全部、始末しといたわ」

「!」

 俺たちは激しく困惑して、おたがいに目配せしあった。

「ま、まさか、五見いつみくんたち、やられちゃったっスか?」

 葉山も、やられたくさい。

 犯罪者相手に、ヘタを打ってしまった。

「そうそう、眼帯の女もいたわね。あれは手こずったけど」

 眼帯の女? ……あッ!

「く、草薙くさなぎも来てたのか?」

 俺は、遊子に確認をとった。遊子はなにも答えず、スラッグ・ガールを睨みつける。

「ふぅん……お姉さんたち、やるね」

「ま、そう怖い顔しないでよ。今日の主役は、あくまでもアイちゃんだから」

「ニャッハッハ、そういうことだ」

 キャット・アイは高らかに笑うと、佐伯にむかって指を向けた。

「ルールは、目隠し30秒将棋、1本勝負だよ」

「いいよ」

 ちょっと待て。俺は、佐伯を引き止めた。

「盤でやったほうが、よくないか?」

 最悪の場合、佐伯の手品で、インチキ勝ちする手もあると思っていた。

 以前、ファミレスで、不破ふわをやり込めたときのように。

「大丈夫。目隠しでいい」

 俺は、それ以上介入しなかった。

「時間を計るのは、そっちの陣営に任せるよ。だれがやる?」

 キャット・アイはそう言って、俺たちに選択を委ねた。

「Ich nahme auf!! わたくしが受けて立ちますわ」

 そうさけんだポーンを、佐伯がおしとどめた。

「ここは僕にまかせて」

「Aber……」

「だいじょうぶ。用意はしてきてあるから」

 こうして、対局の準備はととのった。

 俺は、葉山たちのことが気になった。スラッグ・ガールは、「ケガはしていない」とだけ答えた。信頼するかどうかはともかく、野良猫で身動きがとれない。

 キャット・アイは余裕しゃくしゃくで、

「先手は、ゆずってやろう」

 とのたまった。けど、スラッグ・ガールがこれを許さなかった。

「アイちゃん、そういうのは、かえって失礼だよ」

 スラッグ・ガールは、コイントスで決めようと言った。

 トス役には、俺が選ばれた。

 100円玉を用意して、キャット・アイに表か裏かを選ばせる。

「裏」


 チャリーン

 

 俺は手の甲でうまく受け止めて、コインを確認した。

「……裏だ」

「我が輩が先手だね。行くよッ! 5六歩ッ!」

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