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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第17局 怪盗キャット・アイ、駒桜に現れる(2015年5月25日月曜〜29日金曜)
172/682

160手目 タマ

「5六歩」

「9五銀じゃ」


挿絵(By みてみん)


 ほんとに棒銀一直線なのか……これは、簡単に受かるな。

「6八角」

 これで止まってる。

 タマさんはしばらく考えて、3二銀と上がった。

 このままだと、一方的にプレッシャーをかけられてしまう。2六歩と突いておこう。

「2六歩」

 3三銀、5八金、5四歩、6七金右。

 矢倉に組めた。

 5二金右、4八銀、3一角。


挿絵(By みてみん)


 ああ……後手は、ムリヤリ早囲いってことか?

 手つきからして、素人じゃないみたいだし、工夫してきたっぽいな。

 8八に王様を囲うのは、戦場に近づいてしまう。

「……8八銀」

「ふぅむ、罠くさいのぉ」

 タマさんは、鼻をくんくんさせてから、9四歩。

 さっきまでの勢いは、どこに行ったんだ。

「5七銀で」

「8六歩じゃッ!」

 そんなの成立してないぞ。

 同歩、同銀、8七歩と追い返して、9五銀に6五歩、4二玉、6六銀。


挿絵(By みてみん)


 早囲いを許容する代償として、なんとなくいい形に組めた。

「おぬし、なかなかやるのぉ」

 タマさんは、緑茶のおかわりを注文した。

 猫山ねこやまさんは、カウンターからまた出て来て、

「お金、持ってるんですか?」

 と小声でたずねた。

「もちろんじゃ」

 とタマさんは答えて、ふところをジャラジャラ鳴らした。

 猫山さんは半信半疑のような顔をしつつも、急須きゅうすを持ってきた。

「まだ余ってますから、どうぞご自由に」

「冷たいのぉ」

 猫山さんは自分でお茶をそそぎながら、3二玉と指した。

 6九玉、6四歩。


挿絵(By みてみん)

 

 いきなり反発してきた。

 対応を考えていると、遊子ゆうこが口をひらいた。

「タマさんは、駒桜こまざくら市民ですか?」

 相手は緑茶を飲みながら、

「生粋の駒桜娘じゃ」

 と答えた。これには、俺もちょっと首をかしげる。

 ここまで変わった将棋好きなら、名前が知れていそうなものだ。

 遊子も不審に思ったのか、

「どこにお住まいですか?」

 とたずねた。

「それは秘密じゃ」

 名前と一緒で、プライバシー重視のようだ。

「少年、長考はよくないぞい。早く指すのじゃ」

 あ、はい。俺は、6四同歩と取った。同角に7五銀と出て、4二角と引かせる。そこで5七角と上がるのが、長考の中身だ。

「5五歩」

「9六歩」


挿絵(By みてみん)


「ニャっ!?」

 一本取ったぞ。角が利いてるから、8四銀とは引けない。

「おやおや、これはまずいですねぇ」

 となりのテーブルで給仕をしていた猫山さんは、ニヤリ。

あいちゃん、なんとかしてくれんかの?」

「助言は厳禁ですよ。保健所に通報されます」

 なんで保健所なんだ? 飲食店だからか?

 タマさんも、保健所の名前を聞いて、急におびえだした。

「むむむ……保健所は、イヤじゃのぉ」

 タマさんは自分で考えることにしたらしく、1分くらい悩んだ。

「閃いたわい。7四歩じゃ」

 うッ……9五歩、7五歩の取り合いは、7六歩の取り込みがある分、先手が悪い。

「どうじゃ? 銀交換するか?」

「……遠慮しときます。6六銀」

 8四銀、5五銀、7三桂。


挿絵(By みてみん)


 ンー、9六歩以降の流れが、思ったよりもよくない。押し返されてる。

 ここでまた、遊子が質問を飛ばす。

「タマさんって、変わった服を着てますね」

 タマさんは両腕をあげて、自分の着ている白装束を眺めた。

「ん? そうかの? おぬしのネズミ帽子も、大概じゃぞ?」

 あ、こら、遊子のファッションをけなすな。

「タマさんって、学生ですか?」

「ニャッハッハ、学校に行く必要があるのは、人間だけなんじゃぞ」

「つまり……社会人ですか?」

「しゃかいじんとは、なんじゃ?」

「会社とかで、働いてるひとです」

 タマさんは、片肘かたひじをテーブルについて、人差し指をピンと伸ばした。

「よいか、労働とは、人間に与えられた最大の罰なのじゃ」

 ようするに、無職ってことか……猫山さんを見習って欲しい。

 遊子が時間を稼いでくれたし、そろそろ指すか。

「2五歩です」

 タマさんは、指す手がないと思ったのか、4四歩と突いた。

 7七桂、6五歩、5四銀。


挿絵(By みてみん)


 こんな感じで、どうだ?

「さっきから、わしばっかり質問されとるの。今度は、わしが質問するぞ」

 そんなことしなくていいです。

「おぬしたちの制服は、市立いちりつとか言う学校じゃろ?」

「……はい」

「じゃろう、じゃろう、わしのご主人様の制服に、そっくりじゃからなぁ」

「ご主人様?」

「おっと、なんでもないぞ。9五歩」


挿絵(By みてみん)


「あの……いま、ご主人様って言いませんでしたか?」

「気のせいじゃ」

 なんだか、めちゃくちゃはぐらかされた気がするぞ。

 同歩、7五歩、6五桂(5四銀からの狙い)、7六歩。

 ここで俺は力強く、2四歩と突いた。

 放置は2三歩成で終わるから、当然に同歩、7三桂成、同銀、2二歩。


挿絵(By みてみん)


辰吉たつきちくん、やるね」

 遊子に褒められた。

「団体戦には出られないけど、頑張って練習してるからな」

「そういうところ、私はちゃんと見てるよ?」

 いやあ、照れるな。遊子にアピールするために目敏くやってるわけじゃないんだが。

「おお、おお、見せつけてくれるのぉ。わしも、昔のことを思い出すわい」

 ん? 別れた彼氏の話か?

「こうみえても、わしはモテたんじゃぞ」

 まあ、モテそうなのは分かる。いかにも和風美人って感じだ。

 言動が変なだけで。

「なんせ、5年間で旦那が17人もおったからのぉ」

 ビッチ過ぎるだろッ!

「愛ちゃんもモテたんじゃが、身持ちは堅かったわい」

 なるほど、猫山さんは純愛系か。

「タマさん、そろそろ指しませんか?」

 遊子に催促されたタマさんは、

「すまん、すまん、同玉じゃ」

 と指して、お茶をすすった。

 俺は2五歩と継いで、3二金、2四歩、2七歩と叩かれた。


挿絵(By みてみん)


 取ったら、どうするんだ? ……3五桂か?

 同飛、3五桂、2八飛、4七桂成、6六角、6四角……これが、めんどうか……いや、待てよ。そうでもない気がするな。1五桂とでも打っておけば、先手がいい。

「同飛です」

 3五桂、2八飛。

「2六歩じゃ」

 飛車先を止めてきたか。やっぱり4七桂成はできないんだな。

「同飛」

 タマさんはすこし考えてから、2五歩と打った。

 同飛、2四銀の予定にみえる。

「4六飛です」


挿絵(By みてみん)


 よし、4筋を守れた。

「6四角じゃ!」

 これもあったか……手堅く受けよう。5五桂。

「若いときは、もっと激しく行ったほうがよいぞ。彼女に嫌われるのじゃ」

 タマさん、さっきから老人みたいな発言が多い。なんなんだ、これ。

「俺たち、高校生ですから」

「そんなこと言っておったら、来島ちゃんもほかの男に乗り換えてしまうわい」

「あぁん?」

 遊子のドギツイ声に、俺とタマさんは、ビクっとなった。

「ごめんごめん、あくびしようと思ったら、変な声が出ちゃった……ふわぁ」

 遊子は口もとに手をやって、大きくあくびをした。

「うぅむ、殺気を感じたんじゃが……7四銀じゃ」

 6五歩と打たれたとき、7三へ逃げる気だ。そうはさせない。

「7六金」


挿絵(By みてみん)


 追いつめる。

「これは参ったわい」

 後手は歩が1枚しかない。2枚あれば、7五歩〜6五歩とできるけどな。

 タマさんは、すっかり困ってしまったようで、腕組みをして、うんうんうなった。

「ああして、こうして……ん?」

 タマさんは、いきなり右を見上げた。俺もそちらに視線をやる。

 お盆を抱えた猫山さんが、壁の柱時計を指差していた。

「もう6時前ですけど、大丈夫ですか?」

「ニャっ!?」

 タマさんは、慌てて席を立った。

「いかんいかん、飯の時間じゃわい」

「あの……まだ、決着がついてないんですけど」

 俺の問いかけに、タマさんは「ニャハハ」と笑って、

「さすがに、ここからは勝てんわい。わしの負けじゃ」

 と、あっさり中押し負けを認めた。

「あ、どうも……ありがとうございます」

「楽しかったぞ。また遊ぶのじゃ」

 そう言ってタマさんは、その場を去ろうとした。

 その襟首えりくびに、猫山さんの手が伸びる。

「なんじゃ?」

 猫山さんは、手のひらをうえに向けて、ひょいひょいと催促した。

 タマさんは、思い出したかのように、

「そうじゃ、人間は金がいるんじゃったな」

 と言って、ふところから硬貨を大量に取り出した。

「また細かいですね……56円……71円……はい、100円いただきました」

 100円でいいのか……やっぱり裏メニューなんだな。

「それじゃ、また遊びにくるぞい」

 タマさんは俺たちに手を振って、喫茶店をあとにした。

 俺が駒を片付けていると、またそでを引かれる。

「遊子、どうした?」

「どうした、じゃないよ。追わなきゃ」

「え?」

 俺は、入り口と遊子の顔を、交互に見比べた。

 遊子は、あの女がキャット・アイなんじゃないか、と、小声でつぶやいた。

「そ、そういえば、なんか変だったな……でも、髪型が違うぞ?」

 佐伯さえきは、ロングじゃなくてショートだと言っていた。

「カツラかもしれないよ?」

 そっか……遊子の意図が、ようやく分かったぞ。

 いろいろ聞き出していたのは、最初からあやしんでいたんだな。

「よし、追おう」

 俺たちは勘定を済ませて、喫茶店を飛び出した。左右を確認すると、右手の方向にタマさんの背中がみえた。すっかり夕暮れどきだ。尾行をするには、もってこい。俺と遊子はこっそりと電信柱に隠れつつ、あとを追いかけた。

 駒桜の大通りには、そこそこひとが出ていた。俺たちみたいな学生もいれば、会社帰りのサラリーマンもいる。自転車に乗った小学生の集団が、わいわい言いながら、俺たちの横を通り過ぎて行った。

 こんなときは、ふと自分の存在に自信がなくなる。

「なあ……やっぱり別人じゃないか?」

 俺は、次の電信柱に移動しながら、そうつぶやいた。

「なんで?」

「将棋が弱かっただろう?」

 俺は、さっきの対局のことを思い出していた。

「ンー……そこは、気になるかも」

 あんまり、ひとのことを疑うのは、よくないと思うんだよな。

 こういう尾行だって、もしかすると犯罪……あれ?

 タマさんは、だんだんと、人通りの少ない道へ逸れていく。

「ここって、駒桜神社に続く道だよね?」

 遊子も気付いたらしく、俺に確認を入れた。

「ああ……」

 っていうか、神社と神主さんの家以外は、林だったような……俺の心配をよそに、タマさんは石畳の階段をのぼっていく。俺たちのほかには、だれもいない。境内けいだいまでは隠れられるところがなかったから、しかたなく、時間差で尾行した。足もとに気をつけて階段をのぼりきると、真っ赤な夕焼けに照らされた、さみしげな空間が広がっていた。

「……消えた?」

 タマさんの姿は、どこにもなかった。境内の裏手に回ったのか?

「遊子は、そこにいてくれ。俺が見に行く」

「一緒に行くよ」

「いや、遊子はここで……」

「おふたりとも、なにをなさっているのですか?」

 ふりかえると、巫女さんの服を着た、見慣れた顔の少女が立っていた。

 馬下こまさげよもぎだ。

「よもぎ、おどかすなよ」

「おどかすもなにも、ここは私の実家なのですが」

 そ、そうだった。駒桜神社の神主さんは、よもぎのお父さんだ。

「さっき、白装束の女のひとが来なかったか?」

 俺は、容姿を説明した。

「いえ……参拝客のかたですか?」

 どう説明したものか……ストーキングしてたとは、言えないしな……。

「喫茶店で将棋を指してたら、途中で帰られちゃったんだよ」

 遊子、さらりと嘘をつく。

「おやおや、指し掛け逃亡は、いけませんね」


 ニャ〜

 

 化け猫みたいに巨大な影が、足もとに広がった。俺は悲鳴をあげかける。

 でもそれは、夕方の太陽で伸びた、真っ白な猫の影だった。

 境内の裏手から出てきて、しっぽを揺らしながら、よもぎの足もとにすり寄った。

「おっと、タマがお腹を空かせています」

「よもぎの飼い猫か?」

「はい、もうおばあちゃんですが」

 タマとは、これまたありきたりな名前だな……ん、タマ?

箕辺みのべ先輩、どうかしましたか? 顔色が悪いですよ?」

「いや……なんでもない」

 今、とんでもない推理が、脳裏をよぎってしまった。ありえない。

 よもぎは、猫まんまを持ってきて、タマに差し出した。

 タマが食べているあいだ、俺たち3人は、先週の団体戦を振り返っていた。

「ところで、ほんとにだれも見なかったのか?」

「はい、だれも見ませんでした」

「そうか……」

 俺は、境内を一望した。こういう雰囲気のなかでは、すべてが神秘的にみえる。

 太陽は、中国山地の山際に、消えようとしていた。

「まえから気になってたんだが……ここの神様って、将棋の神様なんだよな?」

「ええ、全国でもめずらしい神社です」

「本殿には、なにがまつられてるんだ?」

 俺の質問に、よもぎはなぜか口をつぐんだ。

「神様というのは、人目に触れないからこそ、ありがたいものだと思います」

 はぐらかされた。あの折り目正しいよもぎがはぐらかすってことは、神社の秘密なんだろうな。あんまり深く突っ込んでも悪い。俺は、話題を変えることにした。

「ところで、ひとつ、調べてもらいたいことが……」

場所:喫茶店 八一

先手:箕辺 辰吉

後手:タマ

戦型:後手棒銀


▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲6六歩 △8五歩

▲7七銀 △7二銀 ▲7八金 △8三銀 ▲7九角 △8四銀

▲5六歩 △9五銀 ▲6八角 △3二銀 ▲2六歩 △3三銀

▲5八金 △5四歩 ▲6七金右 △5二金右 ▲4八銀 △3一角

▲8八銀 △9四歩 ▲5七銀 △8六歩 ▲同 歩 △同 銀

▲8七歩 △9五銀 ▲6五歩 △4二玉 ▲6六銀 △3二玉

▲6九玉 △6四歩 ▲同 歩 △同 角 ▲7五銀 △4二角

▲5七角 △5五歩 ▲9六歩 △7四歩 ▲6六銀 △8四銀

▲5五銀 △7三桂 ▲2五歩 △4四歩 ▲7七桂 △6五歩

▲5四銀 △9五歩 ▲同 歩 △7五歩 ▲6五桂 △7六歩

▲2四歩 △同 歩 ▲7三桂成 △同 銀 ▲2二歩 △同 玉

▲2五歩 △3二金 ▲2四歩 △2七歩 ▲同 飛 △3五桂

▲2八飛 △2六歩 ▲同 飛 △2五歩 ▲4六飛 △6四角

▲5五桂 △7四銀 ▲7六金


まで81手で箕辺の勝ち

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