表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第17局 怪盗キャット・アイ、駒桜に現れる(2015年5月25日月曜〜29日金曜)
171/682

159手目 裏見大先輩の証言

※ここからは箕辺くん視点です。

「で、箕辺みのべくん、こんな時間に私を呼び出した理由は?」

 時計の針は、午後5時を過ぎていた。

 俺は裏見うらみ先輩のねっとりした視線を感じながら、用件を伝えた。

「キャット・アイ? ……知ってるわよ」

 いきなりの有力情報に、俺は身を乗り出した。

「どこで、ですか?」

 裏見先輩は、八一やいちのコーヒーを飲みながら、思い出すように目を閉じた。

王手町おうてまち高校のグラウンド」

 王手町高校……K知の有名な学校だ。

「どういう経緯ですか?」

 裏見先輩は、K知で起こったことを事細かに説明してくれた。まず、E媛でキャット・アイが現れたこと。それを香宗我部こうそかべという人物が目撃して、対策を練ったこと。そして、王手町高校のグラウンドで、100万円の将棋盤を賭けた勝負があったこと。

 どれも信じがたい証言だった。でも、裏見先輩だから、信じざるをえなかった。裏見先輩は、すこし言いにくそうな顔で、先を続けた。

「じつを言うとね……親戚の家にも現れたのよ」

「裏見先輩の、ですか?」

「そうよ。おじいちゃんの弟の家」

 どうやら、K知を訪れたのは、親戚の家を訪問するためだったらしい。その近くにある海岸で、キャット・アイに出会ったとか。時系列的には、そちらが先のようだ。

「で、どうなったんですか?」

大谷おおたにっていう子が、負けちゃったのよ。彼女も、県代表だったんだけど」

 なるほど、捨神すてがみの言っていた「県代表クラス」というのは、どうやら事実らしい。

「そのとき、神崎かんざき先輩も一緒にいたんですよね? 捕まえられなかったんですか?」

 裏見先輩はカップを置いて、腕組みをすると、しばらく瞑想した。

 むずかしい顔をしている。

「頭がおかしいと思われるかもしれないけど……あれって、人間じゃないと思う」

「え? ……どういう意味ですか?」

 裏見先輩は、ごにょごにょと言葉をにごした。

「とにかく、キャット・アイには、あまり関わらないほうがいいわ」

佐伯さえきが挑戦状をもらってるんです。なにか攻略法はありませんか?」

 さすがに、協力してくれとは言えない。受験生だから。

 裏見先輩は、こぶしをひたいに当てて、身をよじるように考え込んだ。

 俺は、固唾を呑んで見守る。

「……ごめん、ないわ」

 俺は、肩を落としかけた。が、先輩に失礼だと思って、

「分かりました……俺たちでなんとか解決します」

 と答えた。

「いくつか、アドバイスだけしておくわね。キャット・アイは、指名した相手を、絶対に変えないわ。捨神くんを代わりに出そうとしても、無理でしょうね。それから、動物を操る能力があるの。ケガをしないように注意してちょうだい」

「動物を操る能力ですか?」

 裏見先輩は、マジメな顔でうなずいた。

「さっきも言ったけど、キャット・アイは、超人的ななにかよ。用心して」

「……分かりました」

 俺は、相談に乗ってくれたお礼に、コーヒー代を支払うと言った。だけど、裏見先輩は年上だからという理由で、それを断った。俺と遊子ゆうこは、もういちどお礼を言って、八一を出る裏見先輩の背中を見送った。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「人間じゃないって、どういうことかな?」

 となりに座っていた遊子が、眠たそうに尋ねた。

「え……ああ、どういうことなんだろうな」

 裏見先輩は、飛瀬とびせ=宇宙人説も信じていないはずだし、おかしいな。

 俺が首をひねっていると、横合いから綺麗な腕が伸びてきた。

 猫山ねこやまさんだった。

「おかわり、いりますか?」

「……はい、お願いします」

 遊子もおかわりを頼んだ。

 猫山さんは、熱々のコーヒーを注ぎながら、俺たちをじろじろ眺めた。

「これから、デートですか?」

「え……いや……」

 俺は、顔が赤くなるのを感じた。

「いやあ、うらやましいですねぇ」

 俺がもじもじしていると、まるで助け舟みたいに、店のとびらがひらいた。

 ふりかえると、白装束を着た、髪の長いお姉さんが入ってきた。草履をはいていて、ずいぶん変わった格好だな、と思った。

 お姉さんは、すぐに猫山さんに手を振った。

あいちゃん、また来たぞい」

 猫山さんは、かすかにため息をついて、お姉さんをカウンター席に案内した。

 マスターは顔見知りなのか、なにやら上機嫌だ。

「タマさん、いらっしゃい」

「今日も例のやつを頼むのじゃ」

 あやしい裏メニューでも出るのかと思いきや、マスターは湯のみを取り出して、緑茶を入れ始めた。メニューには書いてないから、裏メニューと言えば裏メニューなんだが……どうも拍子抜けしてしまう。タマさんは猫舌なのか、お茶をふぅふぅしながら、マスターと世間話に興じ始めた。

「最近、愛ちゃんがかまってくれんから、さみしくてしょうがないのぉ」

「愛ちゃんは、なんだかいそがしいみたいだね」

 タマさんはちょっと猫背ぎみに、お茶をズズッとすすった。

「いそがしいと言うても、限度があるじゃろ。猫の手なら貸してやるぞい」

 会話に耳を澄ませていると、うっかり目が合ってしまった。

「なんじゃ? わしになにか用か?」

 しまった。俺がそう思ったのも束の間、タマさんは席を立った。

 こちらへ近寄ってきて、じろじろと顔をながめてくる。

「あの……すみません、たまたま顔を向けただけで……」

「ンー、おぬし、どこかで会ったことがあるのぉ」

 え? どういうことだ? 俺は、タマさんの容姿を、念入りに観察してみた。

 ぜんぜん記憶がよみがえらない。初対面だと感じる。

 ところが、タマさんはポンと手をたたいて、

「おお、そうじゃ、そうじゃ、初詣はつもうでのとき、ふたりともおったじゃろ?」

 と言った。

「初詣……駒桜こまざくら神社ですか?」

「もちろんじゃ」

 タマさんは、ひとりでうんうんとうなずいて、

「ならば、あの……なんと言うたかの? 呪いさんだったかの?」

 ノロイという名前に、俺は聞き覚えがなかった。

 だけど、思い当たることがあった。

「裏見先輩ですか?」

「そうじゃ! 香子きょうこちゃんのことじゃ!」

 裏見先輩の名前が出て、俺はすこしだけ警戒感をゆるめた。

 あいかわらず、変わった知り合いの多い先輩だな……。

 忍者もいるし、こういうひとがいても、おかしくはないか。

 そんなことを考えていると、タマさんは勝手におなじテーブルに座った。

「おぬし、名前はなんと言うのじゃ?」

「箕辺です」

「なかなか男前じゃな。そちらのかわいいお嬢さんは、なんと言うのじゃ?」

「……来島くるしまです」

 遊子が自己紹介すると、タマさんは、「うん?」と首をかしげた。

「来島……どこかで聞いたことがあるのぉ」

「気のせいだと思います」

 遊子は、そう断言した。なんだか警戒している感がある。

「お姉さんのお名前は?」

「わしか? わしはタマじゃ!」

 いや、それはさっきから分かってるわけで……俺は、苗字をたずねた。

「ニャハハ、苗字はないぞ」

 えぇ……はぐらかされた。他人の名前を訊いといて、自己紹介しないのか。同性の遊子が警戒しているように、あやしい女の人だ。俺は身構えた。

 一方、タマさんは飄々ひょうひょうとした感じで、お茶を飲み続ける。

「おぬしたち、夫婦か?」

「え……ちがいます」

「ということは、許嫁いいなづけじゃな」

 俺と遊子は、顔を赤くした。と同時に、なんだか古めかしい言い方なのが気になる。

「恥ずかしがらんでも、ええんじゃぞ。最近の若者は、進んどるからのぉ」

「いえ……その……俺たちは、将棋の集まりで……」

「それに比べて、愛ちゃんは男っ気がないわい」

 カウンターからダッシュしてきた猫山さんは、タマさんの頭をお盆で叩いた。

「なにベラベラしゃべってるんですかッ!?」

 タマさんは、頭を押さえて、

「いたたた……愛ちゃん、怒らんでもええじゃろ」

 と嘆いた。

「余計な話はしないで、それを飲んだら帰ってくださいねッ!」

 猫山さんが怒ったところ、初めて見た。いつもは軽いノリなのに。

 タマさんが言っていることは、ほんとうなんだろうか。

 ただ、あれだけ綺麗なひとなのに、相手がいないのは変だな、と思った。

 タマさんは、まったく悪びれる様子もなく、ふたたび俺たちに顔をむけた。

「ところで、おぬし、『将棋』と言ったな?」

「え……あ、はい」

「どうじゃ、わしと一局指さんか?」

 え? このひと、将棋指せるのか?

 誘われたことよりも、そっちのほうが意外だった。

「すみません、俺たちは、これからちょっと用事が……」

「デートか?」

「いえ、そうじゃなくて……」

 俺が言いわけを探していると、そでを引かれた。遊子だった。

辰吉たつきちくん、指してあげなよ」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「今からか?」

 遊子は、訴えかけるようなまなざしを送ってきた。

 これは……なにか、あるな。よく分からないが、指したほうが、よさそうだ。

 こういうときの遊子の判断力は、俺よりも高い。

「分かりました……盤は、どうします?」

「持っとらんのか?」

 俺は、マグネット盤なら持っていると答えた。将棋部員だからな。

「まぐねっと……なんじゃ、それは?」

「これですよ」

 俺は、小さめのマグネット盤を取り出した。

 タマさんは、物珍しそうに、

「鉄でできとるんじゃの……」

 と言いながら、駒を突ついた。そして、駒が盤にひっつくのがおもしろいのか、パチパチとおなじ動作を繰り返した。そのたびに、首をひねる。

「これは……どうなっとるんじゃ?」

「磁石ですよ」

 タマさんは、「ふぅむ」と言って背筋を伸ばし、腕組みをした。

「世の中には、不思議なことがあるもんじゃのぉ」

 な、なにを言ってるんだ、このひとは? 演技か? 演技なのか?

 困惑する俺をよそに、タマさんは駒を並べ始めた。

 その手つきは、さっきまでの言動とはちがって、なかなか手慣れたものだ。

 俺も駒を並べる。遊子のそばで指すなんて、緊張するなあ。

「じゃんけんじゃ!」

 じゃんけん、ぽん……俺がチョキ、タマさんがパー。俺の先手だ。

「お手やわらかに頼むぞい」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 あれ、なんでこんな流れになったんだ?

 清心せいしんに怪盗が現れたとかで、佐伯に呼び出されて……分からん。

「初手に長考か?」

「あ……すみません」

 俺は7六歩と指した。気分を落ち着かせるために、コーヒーを飲む。

「8四歩じゃ」


挿絵(By みてみん)


 居飛車党か……じゃあ、矢倉で。

「6八銀」

 タマさんはうなずいてから、うれしそうに3四歩と突いた。

 6六歩、8五歩(早いな)、7七銀。

「7二銀じゃ!」

 あ、これは……7八金、8三銀、7九角、8四銀。


挿絵(By みてみん)


「ぼ、棒銀?」

 これはびっくりだ。単純過ぎるだろう。

「ニャハハ、将棋と言えば棒銀、棒銀と言えば将棋じゃ」

 タマさんは、妙な笑い方をした。

 俺は気合いを入れ直す。

 彼女のまえだ。いいところ見せるぞ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=390035255&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ