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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第1局 香子ちゃん、四国遠征編(2014年8月18日月曜〜25日月曜)
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15手目 陽動された讃岐うどん

 月曜日の早朝、私はK知駅で桂太けいたの見送りを受けた。

 T松までの特急切符を買って、1番線の電車に乗り込む。

 名残惜しい気もするけど、私の胸は思い出でいっぱいだ。

 私は窓を開けて、出発まで桂太と会話した。

「それじゃ、姉ちゃん、気をつけてね」

 桂太は両腕を後頭部にあてた格好で、にやりと笑った。

「桂太こそ、夏休みの宿題、ちゃんとするのよ」

「まるで、母ちゃんみたいなこと言うね」

 私たちは、おたがいに笑った。別れの挨拶はいらない。そんな感じだ。

「また機会があったら、H島に来なさい。いつでも相手してあげるわ」

「次こそは勝つよ。っと、そのまえに秋の個人戦があるか」

 私も、個人戦のことを思い出した。9月に入ったら、すぐに始まるはずだ。とりあえず倒さないといけないひとたちが多過ぎる。姫野ひめの先輩を筆頭に、歩美あゆみ先輩、甘田かんだ先輩、冴島さえじま先輩が続く。サーヤとヨッシーも、100%勝てるわけじゃないから警戒しないと。

《間もなく発車します。お見送りのお客様は、白線のうしろへお下がりください》

 出発のアナウンス。入り口のドアが閉まった。

 私は窓をおろして、桂太も白線のうしろまで離れた。

 コンコンとガラスをたたき、最後の合図。

 ベルが鳴って、車体が動き始める。私は桂太に手を振りながら、K知をあとにした。

 

  ○

   。

    .


 流れる風景をしばらく眺めたあと、私は鞄から詰め将棋の本をとりだして勉強。それが終わったら、マグネット盤で、吉良きらくんとキャット・アイの将棋を検討した。あのあと、将棋部のメンバーでいろいろと評価した。終始、難解だった模様。普通なら、吉良くんがそのまま勝つ展開だった。龍取りを無視して4七とが、機敏過ぎた。

《間もなく、T松、T松です。お忘れ物のないよう、お気をつけください》

 減速する。6番線に到着した私は、席を立って、うんと背伸びした。

 いやはや、ここまで2時間もかかるとは。まだ半分なのに。

 ホームにおりて、あたりを見回す。

 このままK戸って手もあるんだけど……やっぱり、うどんでしょ、うどん。

 本場のさぬきうどんを食べていかないと損だ。そのための早起き。

 改札口を出て、私はスマホの地図をひろげた。K知を出るとき、吉良くんからT松のおいしいうどん屋さんを教えてもらった。彼は県代表であちこち行っているから、こういうグルメに詳しいようだ。感謝、感謝。

「たかやぐら……か」

 私はスマホの地図をたよりに、朝のT松市内を散策した。太平洋に面しているK知市とはちがって、こちらは瀬戸内海側だ。気候は、むしろH島に似ている気さえした。

「あった」

 大通りから外れたところに、真っ赤な暖簾の店がみえた。ひらがなで、たかやぐらと書かれている。おどるような書体だった。

 私は木製の格子戸を開けて、店内に入った。明るい和風の室内に、いくつかのテーブル席とお座敷席。私は、壁よりの二人掛けに腰をおろす。さすがに、初見でカウンター席は難易度が高い。置いてあったメニューを眺めた。

 オーソドックスに、かけうどんでもいいんだけど……しょうゆうどんも捨てがたい。奮発すれば、もっと変わり種のものも食べられる。夏だから、ぶっかけの冷やもいいわね。あるいは、正統な具で攻めて、きつねうどんか天ぷらうどん。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 ん? なんで、だれも出てこないの?

 私が店の奥に視線をむけると、ちょうど厨房のほうから、ひとりの少女があらわれた。中学生なのか高校生なのか、判別がつかないくらいの身長で、ちょっと元気がよさそう。髪型は、ミディアムボブをひとつ結びにして、髪の束を向かって右に流していた。割烹着じゃなくて、紺のハーフパンツにスプライトの入ったTシャツ、そのうえに、オレンジ色の半そでジャケットをまとっていた。

 少女は私を見て、目をぱちくりとさせた。

「あれ? お客さん、まだ開店してませんよ?」

 やってしまいました。早過ぎるとは思ったんだけど――まだ9時40分。

 明かりがついているから、てっきり営業中と勘違いしてしまった。

「ご、ごめんなさい。また、あとで……」

「開店まで20分くらいですし、そのまま待っていただいても結構です」

 そっか……じゃあ、待たせてもらいましょう。

 私は腰をおろして、メニューとにらめっこした。

 少女は、水かお茶かを尋ねて、私は冷たいお茶を頼んだ。

 それが運ばれてくるあいだ、私はマグネット盤をとりだし、検討を続ける。


【先手:吉良きら義伸よしのぶ 後手:キャット・アイ】

挿絵(By みてみん)


 この局面なのよね。

 キャット・アイの入玉を阻止する手が、あるかどうか。

 あれば、先手だけ入玉できそうだから、吉良くんの勝ちになるはず。

「……」

「お客さん、ひとり将棋ですか?」

 顔をあげると、さっきの少女がお茶を置きながら、盤面をのぞきこんでいた。

 しまった。変なひとだと思われたかも。

「これは、なんていうか……パズルみたいなもので……」

「パズル? ……感想戦じゃなくて?」

 ん? 専門用語が出てきた?

 私は、他人の将棋を検討しているのだと伝えた。すると、これも通じた。

「変わったことしてるんですね。旅行者の方ですか?」

 私は、そうだと答えた。相手は、やっぱりみたいな顔をする。

「どちらから?」

「住まいはH島なんだけど、今日はK知の従兄弟の家から」

「K知? ……吉良くんって、ごぞんじですか?」

 これはびっくりだ。どうやら、吉良くんの知り合いらしい。知人の店を紹介されたことに、私はようやく気づいた。

 少女は、ちからこぶしを見せるようなポーズで、にやりと笑う。

「ひまだったら、お相手しますよ?」

 えぇ……私は困惑する。少女は、対面の席に座ってしまった。

 吉良くん繋がりということで、断りにくいし、私たちは駒をならべた。

「あ、自己紹介が遅れました。わたし、二階堂にかいどうって言います」

 そう言って少女は、にっこりと笑った。

「私は、裏見うらみ

「あ、もしかして、桂太のお姉さんですか? わたし、同学年なんですよ」

 この子、中学3年生なのね。どうりでちょっと背が低いわけだ。

 人の輪というか将棋の輪みたいなのが広がって、なんだか変な気分。

 じゃんけんして、先後を決める。

「わたしが後手ですね、お姉さん、どうぞ」

 なんだかよく分からないけれど、暇つぶしということで、私は7六歩と突いた。

 二階堂さんは、右手で3四歩をパチリ。

 8四歩じゃないから、棋風はまだ分からない。2六歩、4四歩。


挿絵(By みてみん)


 これは……振り飛車党っぽい? ゴキゲンではないようだ。

 そのあたりを斟酌しんしゃくしつつ、私はどんどん指した。

 2五歩、3三角、4八銀、3二銀(四間?)、5六歩。

「4三銀です」

 ん……向かい飛車? 私は用心する。6八玉と上がった。

「6二ぎぃん」


挿絵(By みてみん)


 二階堂さんの手に、私はちょっと首をかしげた。

 ムリヤリ矢倉? ……いや、陽動振り飛車くさい。女の勘。

 5八金右として、とりあえず6筋に備える。

 6四歩、6六歩、6三銀、7八玉、9四歩、9六歩、7四歩。

 ぐぅ、今度は右四間っぽくなってきた。さっきから、ちょろちょろし過ぎ。

「6七金」

「6二玉」


挿絵(By みてみん)


 なんじゃこりゃあああああ。

 右四間ですらないのか。陽動振り飛車と右玉の二択になった。

 可能性が高いのは、右玉……いや、飛車先を突いてないから……陽動?

 私は両者を天秤にかけたあと、3六歩と突いた。

「強いですね。攻めの構えですか」

 迷ったら、攻めが遅れないようにする。おじいちゃんの格言。

 二階堂さんは、ここで少し考えた。

「あんまり遊ぶと、よくないかな……7一玉」

 陽動でほぼ確定。問題は振ってくる場所だ。

 7七角、7三桂、8八玉。

「2二飛ッ!」


挿絵(By みてみん)


 向かい飛車だったか。一番最初の予想にもどった。

 私は7八金、5二金左に9八香と上がって、穴熊を目指す。

 さっきまで余裕の表情だった二階堂さんも、マジメになり始めた。

 この陽動向かい飛車、得意戦法ってわけじゃなくて、舐めプだったんじゃないの?

「いやあ、参りました……8二玉」

 9九玉、7二金、8八銀(穴熊完成)、5四歩。

 私は1六歩と税金を払ってから、4五歩に3七桂と跳ねた。

「4四銀」

「5七銀」

「ここで……」

 そのときだった。店の奥から、おじさんっぽい声が聞こえた。

 二階堂さんは、アッとなって立ち上がる。

「すみません、お店を開けてきます。ご注文は?」

温玉おんたまうどん」

 さっぱりといってみましょう。

 注文を終えた私は、マグネット盤の局面を一瞥した。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 ここから松尾流に組み替えれれば、私が有利。

 ただ、二階堂さんの指し手からして、なにかありそうなのよね。

 しばらく待っていると、割烹着姿の二階堂さんが帰ってきた。

 お盆のうえに、温玉うどんが運ばれてくる。

 二階堂さんは左手で容器を持ち、私のまえに置いた。

 さぬきうどんに生玉子、ねぎ、ごま、海苔が乗っていて、いい香りがする。

 私は箸でかき混ぜながら、二階堂さんを見上げた。

「続き、指す?」

「え? なにをですか?」

 なにを、じゃないでしょ。誘って来たのはそっちなのに。

「将棋よ、将棋」

 私は箸を持ったまま、人差し指で将棋盤を示した。

 二階堂さんは、「え?」みたいな顔をして、それから、

「あ、そういう……」

 と言って、店内を見回した。まだ10時過ぎだから、客は他にいない。

「じゃあ、ちょっとだけ」

 いやいやいや、ちょっとだけ、じゃないでしょ。

 自分のほうが悪いからって、逃げるつもりじゃないでしょうね。

 私は二階堂さんが着席するまえに、うどんを一口すすった。

「うん、美味しい」

 こしがあって、とても香りがいい。手打ちなのは、間違いないわね。

 玉子の甘さが海苔とマッチしているのもグッド。

 私が舌鼓を打っているあいだ、二階堂さんは正面で、頭を抱えていた。

「ウーン……これ、なにがしたいんだろ……」

 セルフ突っ込みですか? 陽動振り飛車にするから、そういうことになるのよ。

 30秒近く悩んで、二階堂さんは4二飛と回った。


挿絵(By みてみん)


 私はうどんをもぐもぐしながら、盤面を眺める。

 4二飛か……松尾流に組めるんじゃない?

 私は思い切って、6八銀と引いた。

 5五歩、2四歩、同歩、7九銀右、5六歩、6八角。


挿絵(By みてみん)


 やっぱり成功。

 私はうどんをすすりつつ、たしかな手応えを感じた。

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