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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第17局 怪盗キャット・アイ、駒桜に現れる(2015年5月25日月曜〜29日金曜)
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157手目 駒桜2年生組、出動!

「よく考えたら、盤と駒は、学校の備品でしたッ! ずびばぜぇえええんッ!」

 部室に、新巻あらまきくんの声が響きわたる。

「男、新巻あらまき虎向こなた、切腹してお詫びします」

 ダメだよ。自殺したら、天国に行けなくなるよ。

「キャット・アイっていうのは、作り話じゃないんだよね?」

「こんな作り話して、どうするんですかッ!?」

 僕は一応、古谷ふるやくんにも確認をとった。

「そうですね……佐伯さえき主将には、信じてもらえないかもしれませんが、ほんとうです」

「さっきの話を聞くかぎり、ちょっと人間離れしてると思うんだけど」

 そこは、自分たちにも分からないと、ふたりは答えた。

「なにかトリックがあるのかもしれません。クレーンで吊り上げてたとか」

 と古谷くん。なるほどね……3人目のマジシャンってわけか。

「じゃあ、受けて立つよ」

「え? 挑戦を受けるんですか?」

 古谷くんは、すこし驚いたような顔をした。

「もちろんだよ。手品対決は、負けられないからね」

「あの……手品じゃなくて、将棋です」

 古谷くんはそう言って、カードを僕にみせた。

「あ、ほんとだ……『将棋で決着をつけよう』って書いてあるね」

 でも、頼めば、ゲームを変えてくれるんじゃないかな。

「挑戦を受けるよりも、警察に通報したほうがいいですよ」

 と古谷くん。常識的な考えだ。

「でも、捕まえてもらえるのかな? 単なる勝負のお誘いだよね?」

 古谷くんと新巻くんは、おたがいに顔を見合わせた。

 そして、挑戦状を確認させて欲しいと言った。

「……言われてみると、なんだかデュエルの申し込みに見えますね」

「兎丸、昨日と言ってることが違うじゃないかッ!」

「だって、あんなにあやしい服装をしていたら、どろぼうだと思うじゃないか」

 ひとを見かけで判断しちゃダメだよ。

 レオタード猫耳の、清楚なお姉さんかもしれない。

「これ、僕が行かなかったら、どうなるんだろう?」

 古谷くんは、あごに手をそえて、しばらく考え込んだ。

「そうですね……しつこそうなタイプでしたし、また挑戦状が来るんじゃないですか?」

「そうだッ! そのときに捕まえようッ!」

 新巻くんは、してやったりとばかりに、指をはじいた。

 僕は、疑問に思う。

「わざわざ手渡しに来るかな?」

「この挑戦状だって、郵送でよかったのに、手渡しじゃないですか」

「それは、1回目が郵送だと、本気にしてもらえないからかもしれないよね?」

 僕の反論に、新巻くんは固まった。

「そ、その可能性もありますけど……」

 さて、どうしようかな。拒否権は、こっちにあるみたいだ。

 だとすると……いや、これは、駒桜こまざくら市内の、重要案件。

 僕が断ると、ほかの学校へ行くかもしれない。

「ひとりじゃ、決められないや。ほかの幹事にも相談してみるよ」

 

  ○

   。

    .


「キャット・アイ?」

 それが、箕辺みのべくんの第一声だった。

「そう、キャット・アイだよ」

 僕はそう答えてから、コーヒーカップを置いた。ここは、駒桜市内にある、有名な将棋の喫茶店、八一やいちだ。奥のテーブル席2つを使って、高校の幹事が顔をそろえている。僕から時計回りに、ポーンさん、大場おおばさん、捨神すてがみくん、飛瀬とびせさん、来島くるしまさん、箕辺くん。

「なんなんだ、それ? 新手あらての痴女か?」

「たぶん、マジシャンだと思う」

 僕はそう言って、飛瀬さんをちらりと盗み見た。

「え……私、猫耳レオタードは趣味じゃないから……ほんとだから……」

「いや、そういう意味じゃないよ。年齢は、もっと上みたいだし」

 新巻くんたちの見立てだと、20代前半。

 大学生か新社会人だと思う。

「そういうヘンタイは、さっさと警察に通報したほうがいいっス」

「招待状に、犯罪をほのめかす表現がないんだよ」

 僕は、ほかのメンバーからも意見をつのった。

 すると、捨神くんは、妙にマジメな顔で考え込んでいた。

「どうしたの? なにかアイデアでも浮かんだ?」

「ンー……キャット・アイっていう名前なんだよね?」

 僕は、招待状をみせた。捨神くんは、なんだか納得したような顔で、

「そのひと、たぶん、知ってるよ」

 と言った。これには、その場にいた全員がおどろいた。

「え? ……ほんと? どこの、だれ?」

「どこのだれかは知らないけど、将棋界の一部では、有名だよ」

 一部で? 有名? どういうことだろう。

 僕は、根掘り葉掘り尋ねてみた。

「将棋関連の道具が専門の、怪盗なんだよ」

「カイトウって、なに?」

「どろぼうみたいなものかな」

 古谷くんの見立ては、正しかったんだね。

「キャット・アイが初めて現れたのは、もう何年もまえらしいよ。中国地方の資産家に勝負を挑んでは、高級な盤駒を盗んで行くんだってさ」

「盗む? 勝負で決めてるから、盗んでるわけじゃないよね?」

「その場で自発的に渡さなかったら、盗むんだよ。勝負を拒否しても同じ」

 そっか、じゃあ、やっぱりどろぼうなんだ。

「ところがね、ここ最近……2年くらいなんだけど、急に高校を狙い始めたんだ」

「高校を? ……どうして? 高校に、たいした備品はないよね?」

「うーん、あるところには、あるんだけど……例えば、K知の王手町おうてまち高校には、100万近い盤があるらしいからね。そこも、去年、狙われたんだってさ」

 捨神くんの話だと、四国最強の少年が相手をして、撃退に成功したらしい。

 だけど、それはむしろ例外で、9割方もって行かれるとか。

「キャット・アイって、そんなに強いの?」

「県代表クラスって言われてるね」

 今の僕だと、勝てないかもしれない。新巻くんも、あっさり負けちゃった。

「あ、すみちゃん、いいこと思いついたっス」

「なに?」

「公園に来たところを、全員で捕まえるっス」

 これには、箕辺くんが反対した。

「高校生だけで対処するのは、危ないぞ」

「警察が捕まえてくれないなら、角ちゃんたちでやるしかないっス」

 そこへ、来島くるしまさんが割り込む。

「とりあえず、情報収集から始めたほうが、いいと思うよ?」

「情報収集って、どうやるんっスか?」

 来島さんは、捨神くんのほうへ話しかけた。

「捨神くんは、だれからその情報を聞いたの?」

吉良きらくん、温田おんださん、囃子原はやしばらくんだよ」

 ひとりも知らない。訊いてみたら、そもそもH島の高校生じゃなかった。

「もっと身近にいないんっスか?」

 捨神くんは、飲みかけのコーヒーを置いて、念入りに思い出した。

「……県内だと、ちょっと知らないかな。秘密にしてるだけかもしれないけど」

「ちょっと待て」

 箕辺くんが、急に大声を出した。

「キャット・アイって、猫耳レオタードの、将棋が強いお姉さんなんだよな?」

 捨神くんはうなずいた。

「だったら、裏見先輩が去年、そんな話をしていたような……」

 僕たちは、どういうことなのか尋ねた。箕辺くんは、

「いや、なんというか……たまたま部室を通りかかったとき、小耳に挟んだ」

 と言って、飛瀬さんへ顔を向けた。

「あのとき、飛瀬は、先輩たちと一緒にいたよな? 何の話だったんだ?」

「……」

「飛瀬?」

「うーん……ごめん……今回の件は、ちょっと首を突っ込めない……」

 僕たちは、おたがいにきょとんとした。

「もしかして、カンナちゃん、キャット・アイの正体を知ってるんっスか?」

「宇宙連合に加盟していない星で、異種族間抗争が起きたときは、介入しちゃいけないことになってるから……宇宙うちゅう駐在ちゅうざい法に、そう書いてある……」

 大場さんは、大きくタメ息をついた。

「また宇宙人ごっこっスか? 怖いなら、怖いって言って欲しいっス」

「大場、落ち着け……来島は、なにか聞いてたか?」

 箕辺くんの確認に、来島さんは、「ううん」と答えた。

「ごめん、そのときは備品の整理で、部室にいなかったから」

「そうか……じゃあ、裏見先輩に、直接訊くしかないな」

 僕は箕辺くんに、アポイントメントを取ってくれるように頼んだ。

 すると、箕辺くんは、あいまいな返事をした。

「受験勉強中だからな……OKがもらえるかどうか、分からない」

「みんなで手分けして、いろいろ調べたらいいっス」

 大場さんの提案は、結局、だいたいの賛同を得た。

 箕辺くんと来島さんは、裏見先輩から話を聞き出す係になった。

 飛瀬さんはリタイア。

 大場さんは、五見いつみくんを巻き込んで、現場検証をすると言った。

「ポーンさんは、どうするの?」

 彼女は、なぜかもじもじして、

「で、できれば、Herrサエキのお手伝いなどを……」

 と言った。

「なにか、いいアイデアある?」

「Hmm……Frauヒメノに訊けば、なにか情報が掴めるかもしれません」

 たしかに、顔が広そうだもんね。

「分かったよ。僕とポーンさんは、聞き込みで情報を集めよう」

「だったら、僕は、ほかの県代表に、メールで訊いてみるね」

 捨神くんも協力を申し出てくれて、一段落。

 僕たちは連盟の仕事を済ませてから、喫茶店を出た。

 

  ○

   。

    .


《キャット・アイ……ですか》

 空中にぼんやりと現れた姫野ひめの先輩は、その真剣なまなざしを、右にそらせた。

 これが、ヴァーチャル・リアリティなんだね。

「Frauヒメノは、ご存知ありませんこと?」

《名前は、耳にしたことがあります。一之宮いちのみやという女性から、うかがいました》

 一之宮さんというのは、H庫の県代表らしい。将棋ネットワーク。

「キャット・アイって、何者なんですか?」

《それは、分かりません。ただ、怪盗を名乗っているように、盗みのプロです》

「将棋の道具を盗んで、どうするんですか? 転売?」

《盗まれた品が市場に流通したことは、これまで一度もありません。盗みのペースからしても、転売で生計を立てるのは不可能でしょう。おそらく、本業は別にあって、将棋用具を集めているのは、趣味だと思われます》

 変に詳しいね。もっといろんなことを教えてもらえそうだ。

「捨神くんの話だと、高校を襲撃するようになったのは、最近らしいですね」

 姫野先輩は、かるくうなずいた。

《おっしゃる通りです。もともと、高級な盤駒ばかりを狙っていました。ところが、2年ほどまえから、高校にターゲットを絞っています》

「理由は、分かりますか?」

 姫野先輩は、しばらく口をつぐんだ。

《……なにかを探しているのだと思います》

「なにか、というのは?」

《分かりません。はっきりしているのは、なぜか挑戦状を送りつけ、正々堂々と勝負を挑んでいることです。この行動には、なにか意味があるような気もいたします》

 勝負を挑む意味……思い当たらない。

《それと、もうひとつ……ここ2年ほどで盗み出したものは、『年季が入った品』ばかりでした。値段とは関係ありません。この理由も、つまびらかではないところです》

「K知で盗もうとした盤は、100万円くらいすると聞きましたが?」

《それは、偶然だと思います。E媛で盗まれた駒は、戦前からあるというだけで、商品価値はほとんどないものでした……清心にある駒も、昔から学校にあるのでは?》

「すみません、そこは卒業生の三宅みやけ先輩に訊いてみないと、分からないです」

 3年の田中たなか先輩は、全然知らないと言っていた。

《捨神さんもおっしゃったように、試合拒絶は、問答無用で盗まれます》

「受けて立つしかない、というわけですね?」

 姫野先輩は、首を縦に振った。スピーカーから、チャイムの音が聞こえる。

《講義が始まります。わたくしは、このあたりで》

「貴重な情報、ありがとうございました」

 映像が消えた。僕とポーンさんは、姫野邸の一室に舞いもどる。

 ドイツから来たポーンさんが居候いそうろうしている、個室だった。

 全体的に白が基調で、ベッドのそばには、ぬいぐるみが置いてある。

 女の子らしい部屋だ。窓からは、夕方の光が漏れ入っていた。

 透明になったゴーグルを外して、僕はポーンさんに話しかけた。

「どうやら、キャット・アイは、ただの将棋好きじゃないみたいだね」

「Ja, genau……なにやら、目的があるようですわ」

「だとすると、その目的を突きとめるのが、一番の近道かな……協力してくれるよね?」

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