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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第16局 香子ちゃん、K戸に降り立つ編(2014年8月25日月曜〜26日火曜)
166/682

154手目 音なき将棋指し

「……で……だ」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「い……こ……」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 ん? なんの声?

 私はベッドから上半身を起こして、耳を澄ませた。

 寝過ごしたのかと思ったら、まだ夜。時計は、午前2時を指している。

「……は……か?」

 やっぱり聞こえる。私は自室の窓から、そとをのぞいてみた。

 すると、花壇の近くに、見慣れた人影が。

松平まつだいら?」

 花壇の近くにいるひとりは、松平のようだった。パジャマ姿だ。

 そのとなりに、暗くてよく分からないけど、女っぽい人影。

 これはまさか……難波なんばさん? 難波さんに呼び出しを受けた?

 私は慌ててスリッパを履き、部屋を出た。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「松平、なにしてんの?」

「うわッ!?」

 声を掛けられた松平は、悲鳴をあげた。

「な、なんだ、裏見うらみか……おどかすなよ」

「こんな時間に、なにしてるの?」

 松平は、メイドさんに呼び出されたと答えた。見ると、すこし離れたところに、パラソルつきの白い円形テーブルがあった。そこに、ひっそりとメイドさんが腰かけていた。うつむき加減で、顔ははっきりと見えない。シャワーでも浴びたのか、髪には強いウェーブがかかっていた。

 とはいえ、私も急いで出てきたから、ポニテじゃなくて、ちょっと恥ずかしい。

 寝癖がついてないかしら。

「なんで呼び出されたの? 備品でも壊したとか?」

「俺と将棋を指したいんだと」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 はい?

「そういう下手なウソは、やめなさいよ」

「いやいやいや、俺もよく分からないが、ほんとなんだ」

 私は、メイドさんに声をかけた。

 すると彼女は、やたらくぐもった声で、「はい」と答えた。

 ホールで遊んでいる私たちをみて、うらやましくなったらしい。ちらっとのぞく彼女の顔は、かなり若くみえた。義務教育を終えて、そのまま働いてるんじゃないかな、と思うくらい。どこか陰のある雰囲気で、同世代がいないのかな、と心配になった。

「指してあげたら? 高校生の将棋指しが集まるなんて、めったにないわけだし」

「ああ……そうする」

 松平は、椅子のよごれを払ってから、腰をおろした。

 私も許可をとって、観戦させてもらうことにする。

「裏見が髪をおろしてるのって、めずらしいな」

 松平は駒をならべながら、そうつぶやいた。

「学校だと結んでるから、当たり前でしょ」

 ロングは、いろいろとめんどうなのよ。特に運動部だったときは。

「それも、かわいくていいぞ」

「/////」

 私は松平のあたまを、ポカリとやった。

「いたた……なんで褒めたのに殴るんだ」

「ほら、さっさと指す」

 松平はメイドさんに向き直って、

「さすがに遅いですし、1手30秒でお願いします。長考はナシ」

 と告げた。メイドさんは、それでいいと答えた。

 松平は振り駒をして、歩が3枚。先手を引いた。

「裏見、時計持ってるか?」

「ごめん、持ってない」

「じゃあ、あたまのなかで数えてくれ。秒読みは25から……よろしくお願いします」

 7六歩、3四歩、2六歩、4四歩。

 振り飛車党?

 4八銀、4二銀、5六歩、5四歩、5八金右、6二銀。


挿絵(By みてみん)


 ムリヤリ矢倉っぽい。

 このメイドさん、ただの趣味かと思ったけど、なかなか手つきがいいわね。

 音を立てない指し方は、普段の仕事の影響かしら。

「7八銀」

 松平は、左美濃か早囲いを目指す。

 5二金右、6六歩、3三銀、6七金、3一角、7九角。

 これ、先手はどう囲うつもりなの? 4六角とは出られないわよ?

 私の心配をよそに、局面は進む。

 4二玉、6八玉、3二玉、7七玉(!)、4三金、8八玉。


挿絵(By みてみん)


 ムリヤリ入った。やるわね。

 2二玉、3六歩、3二金、3七銀。

「……」

 メイドさんは、29秒ギリギリまで考えて、7四歩と突いた。

「3五歩」

 松平から開戦。同歩、同角、4五歩、6八角、6四角。

「1八飛で」

 4五を押さえられたから、飛車を寄るしかない。次に3六歩がある。

 ここまでの指し手をみる限り、初段以上あるのは、間違いなさそう。

 メイドさんの5三銀に、松平は4六歩と突く。4筋の奪還だ。

 これは認められないから、メイドさんも4四銀右と援軍を送った。

 4五歩、同銀、4八飛、4四歩、3五歩、3六歩、2八銀。

 

挿絵(By みてみん)


 おっと、松平がよくなったんじゃない?

 一見、2八銀がへこまされてるけど、次に4六歩で銀が死ぬ。

 これを回避するには、5五歩、同歩、同角しかない。

 でもそれは、4六歩、5四銀、5六歩、6四角で、4筋を取り返せる。

「……」

 メイドさんもこの筋に気付いたのか、十分に時間を使った。

 5五歩、同歩、同角、4六歩、5四銀、5六歩、6四角、2七銀。

「……」

 メイドさんはひざの上で両手をそろえ、背筋をまっすぐにしている。微動だにしない。

 私は秒を読みながら、一之宮いちのみやさんの庭をながめた。

 夜風が涼しくて、気持ちがいい。真夜中の花々は、なんだか妖しげにみえた。

 

 スッ

 

 音もなく、7五歩が指された。

 

挿絵(By みてみん)


 松平も背筋を伸ばし、念入りに考え始める。

「強いですね。何段くらいですか?」

「……」

 答えなさいよ。

「ま、指したら分かります。同歩で」

 同角、7六歩、6四角。

 7筋の歩を切っただけみたいね。

 松平は3六銀として、いよいよ戦線に復帰させた。

 全体的に先手ペースだと思う。

 9四歩、3四歩。よく分からない端歩に対して、松平は攻めた。

「……」


挿絵(By みてみん)


 ほぉ……受けに回りますか。劣勢を認めましたね。素直でよろしい。

 松平は3五銀と立って、3筋を確保する。

 以下、8四歩、7七銀、9五歩、7八金。

 ここで囲う必要性って、あるのかしら?

 松平、ずいぶんと慎重ね。

「……」

 メイドさんは、9三桂と跳ねた。

 なるほど、9四歩〜8四歩〜9五歩は、上部から殺到する準備だったか。

 やっぱり、実力があるようにみえる。

「……松平、25秒よ」

「おっと」

 松平は8六銀と出て、先受けした。8五桂、7五銀、5三角、3八飛。


挿絵(By みてみん)


 これは……まだ先手がいい。

 とはいえ、ここからしばらくは、後手のターンだ。7七歩が打たれた。

 同桂、9七桂成。

「7九玉」


挿絵(By みてみん)


 そう受けますか。右が広いという大局観。

 メイドさん、ふたたび小考。

「……」

 9六歩が指された。6五桂、6二角、2五歩。

 念願の2五歩が入って、先手の攻めが止まらなくなった。

 8五歩、2四歩、同歩、2八飛、8六歩、同銀、6四歩。

 メイドさんは、桂馬を殺しにくる。松平はこれを無視して、2三歩。

 メイドさんは1二玉と、隅っこのほうに逃げた。

「5五歩」

 6三銀、9七香、同歩成、3六桂。


挿絵(By みてみん)


 これは決まった。激痛。

 2四桂の狙いもあるけど、本命は4五歩、同歩、4四歩だ。

「……」

 さあ、メイドさん、そろそろ形作りじゃないかしら?


 スッ

 

 6五歩。松平は10秒ほど確認して、4五歩と突いた。

 以下、6六歩、同金、7四桂、7七角。ちょっとだけ怖いかも。

 6六桂、同角、6四香。ここで松平は、手を止めた。

「……25秒、26、27、28、29」

「1五桂」


挿絵(By みてみん)


 詰めろ。3五に銀がいるから、3三桂以外にないけど……あ、指した。

 この手に、どうするかよね。6六香が詰めろだから、先手も怖い。

 6五歩のときは楽観視してたけど、まさか先手に詰めろがかかるとは。

 松平も、かなり悩む。

「……25秒、26、27、28、29」

「2四銀ッ!」

 え? それ、大丈夫? 私は思わず、声をあげかけた。

 4六の地点に利きがなくなって、王手飛車の筋がみえる。

 メイドさんも、ノータイムで6六香と走った。

 2二歩成、同玉……詰まないわよ、これ。

 3三銀成、3一玉、3二成銀、同玉、2三飛成で、王手飛車は回避できる。

 でも、そのあとがごちゃごちゃしていて、先手勝ちにはみえない。

「……25秒、26、27、28、29」

「に、2三桂成ッ!」


挿絵(By みてみん)


 桂成り? ……あ、これは、うまい。

 感心したとたん、あたりが一瞬、暗くなった気がした。

「25秒、26、27、28、29」

 メイドさんは、3一玉と逃げた。

 3二成桂、同玉、3三銀成、同銀、同歩成、同金。

「6八歩」

 松平は、歩で受けた。飛車成りの手段を考えて欲しかったけど。

 

 スッ

 

挿絵(By みてみん)


 2七歩。これも厳しい。

「25秒、26、27、28、29」

「さ、3八飛ッ!」

 あッ! バカッ!

 間髪置かずに、4七角が放たれた。

 3九飛、3八歩、4九飛、5八銀。


挿絵(By みてみん)


「……」

 松平は、がっくりとうなだれた。

「負けました」

 ちょっとぉ、なにしてるのよ。

「詰めろ飛車取りをうっかりとか、シャレになってないわよ」

「す、すまん……勝勢から急転直下で、つい……」

 松平は、うーんとうなって、盤面を見つめた。

「2四銀じゃなくて、単に2四桂のほうが良かったですか?」

 松平は、メイドさんのほうに向き直って、喫驚をあげた。

「どうかしたの? ……あれ?」

 メイドさんは、いつの間にか消えていた。

 あたりを見回しても、どこにもいない。

 これには、松平もあきれて、

「なんだなんだ、勝ったら挨拶もせずに離席か」

 と、タメ息をついた。私も憤慨する。

「ま、いいわ。もう遅いでしょ。早く寝ましょ」


 翌朝――私と松平は、大食堂でビュッフェに舌鼓を打っていた。

「このオムレツ、おいしいな」

「ほんと? ちょっとちょうだい」

 松平は洋食、私は和食メインで攻める。焼き魚がおいしい。

 窓から花壇を眺めていると、テーブルのうえに人影がさした。

 鳴門くんだった。Tシャツに半ズボンで、肩にはヘッドフォンをかけていた。

「おはようございます……昨晩は、お楽しみでしたね」

「なにがだ?」

「またまた、ふたりで庭にいたじゃないですか」

 ぎくッ……見られてたのか。でも、これは訂正が必要。

「ふたりじゃないわよ。3人よ」

「え? 3人? ……ふたりで、テーブルに座ってましたよね?」

「そうよ。そのまえに、メイドさんが座ってたでしょ?」

 鳴門くんは、お盆を手に持ったまま、首をかしげた。

「メイドさんなんて、見えませんでしたけど?」

「パラソルで影になってたんじゃない? 何階から見たの?」

「1階です」

「1階? ……1階に客間はなかったわよね?」

「遊戯室のヴァーチャルリアリティを借りて、バンドの練習してたんですよ」

 ああ、そういうことか。鳴門くんたちがどうやっておたがいに練習しているのか、ようやく理解することができた。遠距離でも、あの機械があれば、対面できるわけね。

「じゃあ、暗くて気付かなかったんじゃないの?」

「……ま、そういうことにしておきます」

 ちょっと、どういうことよ。

 鳴門くんは口笛を吹きながら、その場を去った。

 私と松平は顔を見合わせ、肩をすくめた。

「おはようございまぁす」

 桐野きりのさんが登場。なぜか犬柄のパジャマ姿のまま。

「となり、いいですかぁ?」

 どうぞ、どうぞ。桐野さんは私のとなりに座って、ごくごくと牛乳を飲んだ。

「なんだか、眠いのですぅ」

「夜更かしでもしたの?」

「かわいい幽霊さんと、将棋を指したのですぅ」

 はいはい、寝ぼけてますね、これは。

 私はお茶を飲みながら、話題を変えた。

 

  ○

   。

    .


 カランカラン


「こんにちは」

 涼やかな鐘の音。八一やちちのとびらを開けた私は、マスターに挨拶する。

「あ、香子きょうこちゃん、こんにちは」

 マスターは皿を拭きながら、にこやかに返事をした。

 私はカウンター席に腰をおろして、紙袋のなかをあさる。

「四国に行ってたんだって?」

「そうなんです。おみやげがあるんですけど……」

 まず、磯前いそざきさんが送ってくれたメロンサイダーを1本、マスターに手渡した。

「ありがとう。あとでみんなで飲むよ」

猫山ねこやまさん、今日はいますか?」

 マスターはうなずいて、店の奥へ声をかけた。

あいちゃん、香子ちゃんが呼んでるよ」

 調理場から、メイド服の猫山さんが現れた。

「これはこれは、おひさしぶりです」

「おひさしぶりです。四国で、お土産買って来ました」

 私は、ちょっと周囲の目を気にしながら、中身を取り出した。

「そ、それは、カツオブシ!」

 猫山さんは、目をキラキラさせた。

「カツオブシが大好物だって言ってましたよね。四国のおじいちゃんの特製です」

「どうもどうも、ご親切に」

 猫山さんは、ラップに包まれたカツオブシを抱きしめて、頬ずりした。

 どんだけ好物なんですか。もうちょっと、人目を気にしてくださいな。

 なんだかな、と思いつつ、私はコーヒーを注文する。

 マスターは豆を挽きに、コーヒーミルのほうへ移動した。

「四国は、どうでしたか?」

 猫山さんは、今回の旅行について尋ねてきた。

 私は、クルーズで温田おんださんに出会ったことから、順番に話した。

 途中、キャット・アイに差し掛かったところで、猫山さんは笑った。

「ニャハハ、猫娘ねこむすめなんて、いるわけないでしょう。夢でも見たんですよ」

 えーッ、ほんとに見たんだってばぁ。信じてぇ。

場所:一之宮邸の花園

先手:松平 剣之助

後手:謎のメイドさん

戦型:ムリヤリ矢倉


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4四歩 ▲4八銀 △4二銀

▲5六歩 △5四歩 ▲5八金右 △6二銀 ▲7八銀 △5二金右

▲6六歩 △3三銀 ▲6七金 △3一角 ▲7九角 △4二玉

▲6八玉 △3二玉 ▲7七玉 △4三金 ▲8八玉 △2二玉

▲3六歩 △3二金 ▲3七銀 △7四歩 ▲3五歩 △同 歩

▲同 角 △4五歩 ▲6八角 △6四角 ▲1八飛 △5三銀

▲4六歩 △4四銀右 ▲4五歩 △同 銀 ▲4八飛 △4四歩

▲3五歩 △3六歩 ▲2八銀 △5五歩 ▲同 歩 △同 角

▲4六歩 △5四銀 ▲5六歩 △6四角 ▲2七銀 △7五歩

▲同 歩 △同 角 ▲7六歩 △6四角 ▲3六銀 △9四歩

▲3四歩 △4二銀 ▲3五銀 △8四歩 ▲7七銀 △9五歩

▲7八金 △9三桂 ▲8六銀 △8五桂 ▲7五銀 △5三角

▲3八飛 △7七歩 ▲同 桂 △9七桂成 ▲7九玉 △9六歩

▲6五桂 △6二角 ▲2五歩 △8五歩 ▲2四歩 △同 歩

▲2八飛 △8六歩 ▲同 銀 △6四歩 ▲2三歩 △1二玉

▲5五歩 △6三銀 ▲9七香 △同歩成 ▲3六桂 △6五歩

▲4五歩 △6六歩 ▲同 金 △7四桂 ▲7七角 △6六桂

▲同 角 △6四香 ▲1五桂 △3三桂 ▲2四銀 △6六香

▲2二歩成 △同 玉 ▲2三桂成 △3一玉 ▲3二成桂 △同 玉

▲3三銀成 △同 銀 ▲同歩成 △同 金 ▲6八歩 △2七歩

▲3八飛 △4七角


まで122手でメイドさんの勝ち

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