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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第16局 香子ちゃん、K戸に降り立つ編(2014年8月25日月曜〜26日火曜)
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148手目 ファイブ・スタッド・ポーカー

「パーティーのほう、どうだった?」

 遊戯室へ繋がる廊下を歩きながら、私は松平まつだいらに尋ねた。

「なんかアウェイって感じだ」

 公式戦歴が長い松平でも、ちょっと浮いているようだ。

「年下のほうが多いから、調子合わせにくいんだよなあ」

 なるほど、と、私は思った。

 私が知り合った面子だと、同学年は淡路あわじさんだけ。一之宮いちのみやさん、萩尾はぎおさん、難波なんばさんは1年生で、鳴門なるとくん、米子よなごくんも1年生。我孫子あびこくんにいたっては、どうやら中学3年生のようだ。知らない年下は、知らない年上よりも会話が続かないのよね。年上なら、ある程度よいしょしとけばいいんだけど。年下は、そうもいかない。

「顔が広くないし、しょうがないよな。鳴門と米子が話しかけてきたのも、俺がH県で多喜たきのこと知ってるからだと思ったらしい」

 それを聞いて、米子くんが話しかけてきた。

「顔なんて、ここで売ればいいと思いますよ」

 それは、姫野ひめの先輩も言ってたわね。

「俺っちと駿しゅんも、バンドで売り出し中っす」

 そっちかい。話が微妙に違っていた。有名になるかどうかじゃないんだけど。

 遊戯室に到着した私たちは、これまたカジノみたいなホールにびっくりした。入り口のところで、デザートが配られている。バニラアイスに熱々のチョコレートが掛けられた、とても美味しそうなお菓子だった。

 ちょっと気になったのは、それを配っているのが同世代の少年ってこと。優しそうな感じのひとで、調理人みたいな格好をしていた。見習いかもしれない。

「どうぞ」

 私と松平も、ひと皿ずつもらった。スプーンで食べると、甘くてシアワセになる。

「こういうのって、本場のシェフが作ってるのかしら?」

 すると、お菓子を配っていた男の子がニコリとして、

「それは、僕の作品なんですよ」

 と答えた。なるほど、このひとが制作者なのか。

 美味しいですと褒めてから、私は次のひとに場所をゆずった。

裏見うらみ、あそこに座ろう」

 私たちは、印象派っぽい絵のしたのテーブルに腰をおろした。

 すると、メイドさんがコーヒーを持ってきてくれた。

「ミルクとお砂糖は、いかがいたしましょうか?」

 私は、ミルクだけつけてもらう。松平はブラック。

 ビターな味わいを楽しんでいると、桐野きりのさんもやって来た。

「いつもふたりで、やっぱり仲良しさんなのですぅ」

 だから、そういうのじゃないって。アウェイだから身内で固まってるのよ。

 桐野さんが腰をおろすと、さっきのメイドさんがコーヒーを持ってきた。

「ニガいのは苦手ですぅ。ミルクだけくださぁい」

「かしこまりました」

 メイドさんは、どこからか牛乳を持ってきて、桐野さんに手渡した。

 私たちは、夏休みの出来事について、おたがいに語り合う。

「桐野さんは、夏休み、なにしてたの?」

「夏休みしてましたぁ」

「……具体的に」

「山で遊んだりぃ、川で遊んだりしてましたぁ」

 あら、意外。インドア派かと思ってたのに。

「そのわりには、日焼けしてないのね」

「コツがあるのですぅ」

 なによ、それ。教えて欲しい。

「紫外線カットのクリーム?」

「えへへぇ、秘密なのですぅ」

 うーん、気になる。

 私もスケジュールを聞かれて、K知に行ったことを伝えた。

 これには、松平が反応した。

「ん? 吉良きらに会ったのか?」

「知り合い?」

「いや……だけど、四国の吉良って言ったら、全国でもかなり有名だぞ」

 やっぱり、そうなのか。だとすると、その全国レベルに互角だったキャット・アイは、何者? 年齢的に、高校生よりも少し上だったような印象がある。

「どうした? やり忘れた宿題でもあったか?」

 私は、なんでもないと答えた。

「いろいろゲームがあるのですぅ。みんなで遊ぶのですぅ」

 ホールには、ほんとにいろんな遊戯台があった。まず、ビリヤード。男子が集まって、玉を突いている。どうやら、米子くんが中心のようだ。次に……ん、あそこのテーブル、なにをやっているのか、ここからでは見えない。コーヒーも飲み終わったし、見学することにした。

 プレイヤーのうしろに回ると、まだゲームは始まっていなかった。ちょっと肩透かし。ただ、席についている面子は豪華で、姫野先輩、一之宮さん、それに……黄金のアイマスクをつけた、くるくるカールの女の子だった。純白のドレスを着ている。

「あいつ、なんでアイマスクしてるんだ?」

「さあ」

 私と松平は、首をひねる。お金持ちの道楽かしら。

「桐野さん、あの子、知ってる?」

「知ってまぁす」

 なんだ、有名人か。私たちが知らないだけなのね。

「名前は?」

「それはナイショなのですぅ。仮面被ってるのに教えちゃダメなのですぅ」

 なんじゃ、そりゃ。べつに、いいじゃないですか。指名手配じゃあるまいし。

「お待たせしました」

 車輪の音。ふりかえると、淡路さんがいた。

 その服装に、私は目を見張る。カジノのディーラーみたいだ。真っ白な解禁シャツに、黒のベストを羽織っていた。ズボンも黒。おまけに、赤い蝶ネクタイをしている。

 淡路さんは、ちょうど私のそばを通りかかるときに、挨拶してくれた。

「裏見さんも、ご参加ですか?」

「えっと……淡路さん、その格好は?」

 淡路さんは、口もとに手をあてて、くすりと笑う。

「私、これが本業なんです」

 いや、本業は学業でしょ。

 淡路さんは、そのままテーブルについた。姫野先輩たちと向かい合う。緑のラシャに、白い枠がいくつか見えた。どうやら、トランプ関係の台みたいだ。

「このお三方で、よろしいですか?」

「いつもの面子では、刺激がありません。どなたか、ご参加なさっては?」

 そう言って一之宮さんは、あたりを見回した。だれも名乗り出ない。

「あ、香子きょうこちゃんがやるのですぅ」

 ちょ、勝手に推薦しないでくださいな。

「私、こういうの分からないから」

「香子ちゃん、罰ゲームまだしてないのですぅ。強制参加なのですぅ」

 もう、そういうのやめてぇ。もういちど拒否したけど、うしろのほうで難波さんが加勢して、強制参加になってしまった。ふたりとも、あとで覚えておきなさいよ。

 ディーラーからみて一番左隣、姫野先輩のよこに座る。浮いてないかしら。

「さて、ゲームは何にいたしましょう?」

 淡路さんは、私たち4人の顔を見比べた。

「テキサス・ホールデムで」

 アイマスクの少女が、そう答えた。

 全然聞いたことのないゲームで、私は戸惑った。

「ごめんなさい、そのゲーム、知らないんだけど、簡単?」

 淡路さんは、もうしわけなさそうな顔で、

「すぐに理解するのは、むずかしいかと思います」

 と答えた。

 私は、もっと簡単なのにして欲しいとお願いした。図々しいのは分かっている。でも、強制参加なんだし、分からないままプレイするほうが迷惑になると思った。

「では、セブン・カード・スタッドにいたしましょう」

 と一之宮さん。これには姫野先輩が、

「ファイブ・カードのほうが、よろしいかと。セブンは組み合わせが面倒です」

 と助言した。私は、それも知らないと伝えた。

 すると淡路さんは、

「大丈夫です。ポーカーの一種ですから」

 と説明してから、ポーカーは知っているかと尋ねてきた。私はさすがに、ハイと答えた。というのも、将棋部の部室で、暇なときにトランプで遊んでいたからだ。ポーカーは、冴島先輩の得意なゲームだった。

「一般的なドロー・ポーカーとの違いは、今から説明させていただきます」

 淡路さんは、ポーカー台の下から新品のトランプを取り出し、開封する。

「お確かめください」

 淡路さんは表向きにおいて、すらりと扇状おうぎじょうにひろげた。みごとな手つきだ。

 それにしても、トランプの検分だなんて、本格的過ぎでしょ。

「では、華蓮かれんさん、ジョーカーを抜いてください」

 一之宮さんが、ジョーカー2枚を取り除く。淡路さんはシャッフルを始めた。マジックショーみたいな、とてつもなく素早いシャッフルだ。カードが手と手のあいだで舞っているように見えた。右かと思えば左、左かと思えば右に流れる。

 最後、きれいに整えられたカードが、テーブルのうえに置かれた。

「カットをお願いします」

 今度は姫野先輩が代表して、山をふたつに分け、ひとつにもどした。

 淡路さんはそれを回収し、一番うえのカードに親指を乗せる。

「第一試合は、ルールを説明しながらやらせていただきます。まず、これから皆様に、裏向きのカードを1枚、表向きのカードを1枚ずつ、配ります」

 ピンと親指がすべって、カードがふわりと飛んだ。私のまえに、裏向きで着地する。

 淡路さんは同じ動作を、姫野先輩、一之宮さん、仮面少女の順で終えた。

 ふたたび私のほうへ、カードが弾かれる。今度は、表向きに着地した。

 

 裏見  ? ♣Q

 姫野  ? ♣6

 一之宮 ? ♦10

 仮面  ? ♥7


「これ、裏向きになってるのは、見ちゃダメなの?」

「構いません。ほかのかたに見えないよう、注意してください」

 私は、カードを確認した。♠7だ。

「ここで、最初の賭け金フェイズになります。表札おもてふだの1番弱いひとが、賭けるか降りるかを選択するフェイズです。賭けることをベット、降りることをフォルドと呼びます。一番弱いプレイヤーがフォルドした場合は、2番目に弱いプレイヤーへ選択権が移ります」

 できれば、全部日本語でやって欲しい。でも、がんばって覚える。

「今回は、♣の6が最も弱いので、咲耶さんに選択権が発生しています」

 姫野先輩は、ベットすると答えた。チップがないから、素振りだけ。

「ベットが行われた場合、そこから時計回りに、乗るか降りるかを決めます。まえのひとと同額で賭けに乗る場合は、コール、上乗せする場合は、レイズと言います。全員の賭け金が同額になるまで、つまり、レイズが掛からなくなるまで、これを続けます」

 実際の賭け金については、次の練習でやると言った。2回練習があるのは助かる。

「フォルドしなかったプレイヤー、すなわち降りなかったプレイヤーを、アクティブ・プレイヤーと言います。残ったアクティブ・プレイヤー全員に、表札を追加します」

 淡路さんは、またまた華麗に、3枚目のカードを配った。

 

 裏見  ♠7 ♣Q  ♣8

 姫野  ?  ♣6  ♠3

 一之宮 ?  ♦10 ♠10

 仮面  ?  ♥7  ♠6

 

「今度は、表札の組み合わせで一番強いひとから、ベットとフォルドを選択します。ここでは華蓮さんがワンペアですので、華蓮さんからとなります」

「こういう練習のときにツイているのは、哀しいですわね」

 全然哀しそうじゃない。

「もちろん、ベットいたしますわ」

「では、華蓮さんから時計回りに、コール、レイズ、フォルドを選択します」

 チップはまだ配られていないので、まねごとで終わる。全員コールだ。

 淡路さんは、4枚目のカードを配った。

 

 裏見  ♠7 ♣Q  ♣8  ♥10

 姫野  ?  ♣6  ♠3  ♦1

 一之宮 ?  ♦10 ♠10 ♣1

 仮面  ?  ♥7  ♠6  ♣10

 

「おっと、これはおもしろいことになりました」

 淡路さんは、あまり表情を変えずに、そうつぶやいた。

「なにが面白いんですか?」

 私は、あえて質問してみた。

「それは、ご自身でお考えください」

 えぇ……そういうの、やめて……どうせガチ勝負じゃないんだし……。

 なんだか悔しいので、私は熟慮する。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 ん、もしかして、10が4枚、場に出ちゃってることかしら。

 10のスリーカードやフォーカードはなくなった。

「さきほどと同じように、表札の役の強いひとから、ベットとフォルドを選択します。今回も、華蓮さんからです」

「もちろん、ベットで」

「以下、時計回りに、コール、レイズ、フォルドを選択してください」

 全員コール。いよいよ、5枚目のカードが配られた。

 

 裏見  ♠7 ♣Q  ♣8  ♥10 ♣2

 姫野  ?  ♣6  ♠3  ♦1  ♦J

 一之宮 ?  ♦10 ♠10 ♣1  ♦K

 仮面  ?  ♥7  ♠6  ♣10 ♥6

 

「私のところにも、ワンペア」

 仮面少女は、ふわふわの羽つきおうぎで、口もとを隠した。

「これで、カードの配布は終了です。表札の一番強いひとが、ベットかフォルドを決めていただくことになります」

 6のワンペアよりも10のワンペアが強いから、一之宮さんだ。

「この盤面でしたら、ベット致します」

 右隣の仮面少女が、コールをかけてくる。

 一之宮さんは、あらあら、とつぶやいた。

「わたくしの負けのようです」

 ん? なんで分かるの?

「裏見さんは、コールしますか?」

「えっと……」

 私は、手役を確認する。バラバラだから、これってブタよね。

「降ります」

「わたくしも、降りさせていただきます」

 どうやら、姫野先輩もブタのようだ。

「最後にカードをめくって、手役で勝負になります」


 裏見  ♠7 ♣Q  ♣8  ♥10 ♣2 フォルド

 姫野  ?  ♣6  ♠3  ♦1  ♦J フォルド

 一之宮 ♦8 ♦10 ♠10 ♣1  ♦K

 仮面  ♣7 ♥7  ♠6  ♣10 ♥6


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 あ、そういうことか。

「これ、『相手のカードが1枚だけ分からないポーカー』ってこと?」

「ご明察です」

 なるほど、なるほど。

 今回のゲームの結末を整理してみると、こうだ。

 

 【一之宮さん視点】

 表札がワンペアになっているプレイヤーは、自分と仮面少女だけ。

  ↓

 仮面少女は6のワンペアだから、自分のほうが強い。

  ↓

 暫定的に自分が一番強い。

  ↓

 負けるのは、次のパターンのみ。

  1、私の隠し札がQのとき(Qのワンペア)。

  2、姫野先輩の隠し札がJか1のとき(Jのワンペアか1のワンペア)。

  3、仮面少女の隠し札が6か7のとき(6のスリーカードか6と7のツーペア)。 

 

 【仮面少女視点】

 一之宮さんが表札でワンペアだけど、自分は6と7のツーペア。

  ↓

 暫定的に自分が一番強い。

  ↓

 負けるのは、次のパターンのみ。

  1、一之宮さんの隠し札がKか1のとき(自分より強いツーペア)。


 札をめくるまえに一之宮さんが負けを悟った理由も、分かった。

 仮面少女は、一之宮さんが10のワンペアなのを知っている。

 だから、自分が6のワンペア止まりなら、降りたほうが得だ。

 それなのに賭けてきたってことは、隠し札が6か7で確定。

 私たちはカードを返す。淡路さんは、ふたたびシャッフルを始めた。

「それでは、チップを追加します」

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