148手目 ファイブ・スタッド・ポーカー
「パーティーのほう、どうだった?」
遊戯室へ繋がる廊下を歩きながら、私は松平に尋ねた。
「なんかアウェイって感じだ」
公式戦歴が長い松平でも、ちょっと浮いているようだ。
「年下のほうが多いから、調子合わせにくいんだよなあ」
なるほど、と、私は思った。
私が知り合った面子だと、同学年は淡路さんだけ。一之宮さん、萩尾さん、難波さんは1年生で、鳴門くん、米子くんも1年生。我孫子くんにいたっては、どうやら中学3年生のようだ。知らない年下は、知らない年上よりも会話が続かないのよね。年上なら、ある程度よいしょしとけばいいんだけど。年下は、そうもいかない。
「顔が広くないし、しょうがないよな。鳴門と米子が話しかけてきたのも、俺がH県で多喜のこと知ってるからだと思ったらしい」
それを聞いて、米子くんが話しかけてきた。
「顔なんて、ここで売ればいいと思いますよ」
それは、姫野先輩も言ってたわね。
「俺っちと駿も、バンドで売り出し中っす」
そっちかい。話が微妙に違っていた。有名になるかどうかじゃないんだけど。
遊戯室に到着した私たちは、これまたカジノみたいなホールにびっくりした。入り口のところで、デザートが配られている。バニラアイスに熱々のチョコレートが掛けられた、とても美味しそうなお菓子だった。
ちょっと気になったのは、それを配っているのが同世代の少年ってこと。優しそうな感じのひとで、調理人みたいな格好をしていた。見習いかもしれない。
「どうぞ」
私と松平も、ひと皿ずつもらった。スプーンで食べると、甘くてシアワセになる。
「こういうのって、本場のシェフが作ってるのかしら?」
すると、お菓子を配っていた男の子がニコリとして、
「それは、僕の作品なんですよ」
と答えた。なるほど、このひとが制作者なのか。
美味しいですと褒めてから、私は次のひとに場所をゆずった。
「裏見、あそこに座ろう」
私たちは、印象派っぽい絵のしたのテーブルに腰をおろした。
すると、メイドさんがコーヒーを持ってきてくれた。
「ミルクとお砂糖は、いかがいたしましょうか?」
私は、ミルクだけつけてもらう。松平はブラック。
ビターな味わいを楽しんでいると、桐野さんもやって来た。
「いつもふたりで、やっぱり仲良しさんなのですぅ」
だから、そういうのじゃないって。アウェイだから身内で固まってるのよ。
桐野さんが腰をおろすと、さっきのメイドさんがコーヒーを持ってきた。
「ニガいのは苦手ですぅ。ミルクだけくださぁい」
「かしこまりました」
メイドさんは、どこからか牛乳を持ってきて、桐野さんに手渡した。
私たちは、夏休みの出来事について、おたがいに語り合う。
「桐野さんは、夏休み、なにしてたの?」
「夏休みしてましたぁ」
「……具体的に」
「山で遊んだりぃ、川で遊んだりしてましたぁ」
あら、意外。インドア派かと思ってたのに。
「そのわりには、日焼けしてないのね」
「コツがあるのですぅ」
なによ、それ。教えて欲しい。
「紫外線カットのクリーム?」
「えへへぇ、秘密なのですぅ」
うーん、気になる。
私もスケジュールを聞かれて、K知に行ったことを伝えた。
これには、松平が反応した。
「ん? 吉良に会ったのか?」
「知り合い?」
「いや……だけど、四国の吉良って言ったら、全国でもかなり有名だぞ」
やっぱり、そうなのか。だとすると、その全国レベルに互角だったキャット・アイは、何者? 年齢的に、高校生よりも少し上だったような印象がある。
「どうした? やり忘れた宿題でもあったか?」
私は、なんでもないと答えた。
「いろいろゲームがあるのですぅ。みんなで遊ぶのですぅ」
ホールには、ほんとにいろんな遊戯台があった。まず、ビリヤード。男子が集まって、玉を突いている。どうやら、米子くんが中心のようだ。次に……ん、あそこのテーブル、なにをやっているのか、ここからでは見えない。コーヒーも飲み終わったし、見学することにした。
プレイヤーのうしろに回ると、まだゲームは始まっていなかった。ちょっと肩透かし。ただ、席についている面子は豪華で、姫野先輩、一之宮さん、それに……黄金のアイマスクをつけた、くるくるカールの女の子だった。純白のドレスを着ている。
「あいつ、なんでアイマスクしてるんだ?」
「さあ」
私と松平は、首をひねる。お金持ちの道楽かしら。
「桐野さん、あの子、知ってる?」
「知ってまぁす」
なんだ、有名人か。私たちが知らないだけなのね。
「名前は?」
「それはナイショなのですぅ。仮面被ってるのに教えちゃダメなのですぅ」
なんじゃ、そりゃ。べつに、いいじゃないですか。指名手配じゃあるまいし。
「お待たせしました」
車輪の音。ふりかえると、淡路さんがいた。
その服装に、私は目を見張る。カジノのディーラーみたいだ。真っ白な解禁シャツに、黒のベストを羽織っていた。ズボンも黒。おまけに、赤い蝶ネクタイをしている。
淡路さんは、ちょうど私のそばを通りかかるときに、挨拶してくれた。
「裏見さんも、ご参加ですか?」
「えっと……淡路さん、その格好は?」
淡路さんは、口もとに手をあてて、くすりと笑う。
「私、これが本業なんです」
いや、本業は学業でしょ。
淡路さんは、そのままテーブルについた。姫野先輩たちと向かい合う。緑のラシャに、白い枠がいくつか見えた。どうやら、トランプ関係の台みたいだ。
「このお三方で、よろしいですか?」
「いつもの面子では、刺激がありません。どなたか、ご参加なさっては?」
そう言って一之宮さんは、あたりを見回した。だれも名乗り出ない。
「あ、香子ちゃんがやるのですぅ」
ちょ、勝手に推薦しないでくださいな。
「私、こういうの分からないから」
「香子ちゃん、罰ゲームまだしてないのですぅ。強制参加なのですぅ」
もう、そういうのやめてぇ。もういちど拒否したけど、うしろのほうで難波さんが加勢して、強制参加になってしまった。ふたりとも、あとで覚えておきなさいよ。
ディーラーからみて一番左隣、姫野先輩のよこに座る。浮いてないかしら。
「さて、ゲームは何にいたしましょう?」
淡路さんは、私たち4人の顔を見比べた。
「テキサス・ホールデムで」
アイマスクの少女が、そう答えた。
全然聞いたことのないゲームで、私は戸惑った。
「ごめんなさい、そのゲーム、知らないんだけど、簡単?」
淡路さんは、もうしわけなさそうな顔で、
「すぐに理解するのは、むずかしいかと思います」
と答えた。
私は、もっと簡単なのにして欲しいとお願いした。図々しいのは分かっている。でも、強制参加なんだし、分からないままプレイするほうが迷惑になると思った。
「では、セブン・カード・スタッドにいたしましょう」
と一之宮さん。これには姫野先輩が、
「ファイブ・カードのほうが、よろしいかと。セブンは組み合わせが面倒です」
と助言した。私は、それも知らないと伝えた。
すると淡路さんは、
「大丈夫です。ポーカーの一種ですから」
と説明してから、ポーカーは知っているかと尋ねてきた。私はさすがに、ハイと答えた。というのも、将棋部の部室で、暇なときにトランプで遊んでいたからだ。ポーカーは、冴島先輩の得意なゲームだった。
「一般的なドロー・ポーカーとの違いは、今から説明させていただきます」
淡路さんは、ポーカー台の下から新品のトランプを取り出し、開封する。
「お確かめください」
淡路さんは表向きにおいて、すらりと扇状にひろげた。みごとな手つきだ。
それにしても、トランプの検分だなんて、本格的過ぎでしょ。
「では、華蓮さん、ジョーカーを抜いてください」
一之宮さんが、ジョーカー2枚を取り除く。淡路さんはシャッフルを始めた。マジックショーみたいな、とてつもなく素早いシャッフルだ。カードが手と手のあいだで舞っているように見えた。右かと思えば左、左かと思えば右に流れる。
最後、きれいに整えられたカードが、テーブルのうえに置かれた。
「カットをお願いします」
今度は姫野先輩が代表して、山をふたつに分け、ひとつにもどした。
淡路さんはそれを回収し、一番うえのカードに親指を乗せる。
「第一試合は、ルールを説明しながらやらせていただきます。まず、これから皆様に、裏向きのカードを1枚、表向きのカードを1枚ずつ、配ります」
ピンと親指がすべって、カードがふわりと飛んだ。私のまえに、裏向きで着地する。
淡路さんは同じ動作を、姫野先輩、一之宮さん、仮面少女の順で終えた。
ふたたび私のほうへ、カードが弾かれる。今度は、表向きに着地した。
裏見 ? ♣Q
姫野 ? ♣6
一之宮 ? ♦10
仮面 ? ♥7
「これ、裏向きになってるのは、見ちゃダメなの?」
「構いません。ほかのかたに見えないよう、注意してください」
私は、カードを確認した。♠7だ。
「ここで、最初の賭け金フェイズになります。表札の1番弱いひとが、賭けるか降りるかを選択するフェイズです。賭けることをベット、降りることをフォルドと呼びます。一番弱いプレイヤーがフォルドした場合は、2番目に弱いプレイヤーへ選択権が移ります」
できれば、全部日本語でやって欲しい。でも、がんばって覚える。
「今回は、♣の6が最も弱いので、咲耶さんに選択権が発生しています」
姫野先輩は、ベットすると答えた。チップがないから、素振りだけ。
「ベットが行われた場合、そこから時計回りに、乗るか降りるかを決めます。まえのひとと同額で賭けに乗る場合は、コール、上乗せする場合は、レイズと言います。全員の賭け金が同額になるまで、つまり、レイズが掛からなくなるまで、これを続けます」
実際の賭け金については、次の練習でやると言った。2回練習があるのは助かる。
「フォルドしなかったプレイヤー、すなわち降りなかったプレイヤーを、アクティブ・プレイヤーと言います。残ったアクティブ・プレイヤー全員に、表札を追加します」
淡路さんは、またまた華麗に、3枚目のカードを配った。
裏見 ♠7 ♣Q ♣8
姫野 ? ♣6 ♠3
一之宮 ? ♦10 ♠10
仮面 ? ♥7 ♠6
「今度は、表札の組み合わせで一番強いひとから、ベットとフォルドを選択します。ここでは華蓮さんがワンペアですので、華蓮さんからとなります」
「こういう練習のときにツイているのは、哀しいですわね」
全然哀しそうじゃない。
「もちろん、ベットいたしますわ」
「では、華蓮さんから時計回りに、コール、レイズ、フォルドを選択します」
チップはまだ配られていないので、まねごとで終わる。全員コールだ。
淡路さんは、4枚目のカードを配った。
裏見 ♠7 ♣Q ♣8 ♥10
姫野 ? ♣6 ♠3 ♦1
一之宮 ? ♦10 ♠10 ♣1
仮面 ? ♥7 ♠6 ♣10
「おっと、これはおもしろいことになりました」
淡路さんは、あまり表情を変えずに、そうつぶやいた。
「なにが面白いんですか?」
私は、あえて質問してみた。
「それは、ご自身でお考えください」
えぇ……そういうの、やめて……どうせガチ勝負じゃないんだし……。
なんだか悔しいので、私は熟慮する。
……………………
……………………
…………………
………………
ん、もしかして、10が4枚、場に出ちゃってることかしら。
10のスリーカードやフォーカードはなくなった。
「さきほどと同じように、表札の役の強いひとから、ベットとフォルドを選択します。今回も、華蓮さんからです」
「もちろん、ベットで」
「以下、時計回りに、コール、レイズ、フォルドを選択してください」
全員コール。いよいよ、5枚目のカードが配られた。
裏見 ♠7 ♣Q ♣8 ♥10 ♣2
姫野 ? ♣6 ♠3 ♦1 ♦J
一之宮 ? ♦10 ♠10 ♣1 ♦K
仮面 ? ♥7 ♠6 ♣10 ♥6
「私のところにも、ワンペア」
仮面少女は、ふわふわの羽つき扇で、口もとを隠した。
「これで、カードの配布は終了です。表札の一番強いひとが、ベットかフォルドを決めていただくことになります」
6のワンペアよりも10のワンペアが強いから、一之宮さんだ。
「この盤面でしたら、ベット致します」
右隣の仮面少女が、コールをかけてくる。
一之宮さんは、あらあら、とつぶやいた。
「わたくしの負けのようです」
ん? なんで分かるの?
「裏見さんは、コールしますか?」
「えっと……」
私は、手役を確認する。バラバラだから、これってブタよね。
「降ります」
「わたくしも、降りさせていただきます」
どうやら、姫野先輩もブタのようだ。
「最後にカードをめくって、手役で勝負になります」
裏見 ♠7 ♣Q ♣8 ♥10 ♣2 フォルド
姫野 ? ♣6 ♠3 ♦1 ♦J フォルド
一之宮 ♦8 ♦10 ♠10 ♣1 ♦K
仮面 ♣7 ♥7 ♠6 ♣10 ♥6
……………………
……………………
…………………
………………
あ、そういうことか。
「これ、『相手のカードが1枚だけ分からないポーカー』ってこと?」
「ご明察です」
なるほど、なるほど。
今回のゲームの結末を整理してみると、こうだ。
【一之宮さん視点】
表札がワンペアになっているプレイヤーは、自分と仮面少女だけ。
↓
仮面少女は6のワンペアだから、自分のほうが強い。
↓
暫定的に自分が一番強い。
↓
負けるのは、次のパターンのみ。
1、私の隠し札がQのとき(Qのワンペア)。
2、姫野先輩の隠し札がJか1のとき(Jのワンペアか1のワンペア)。
3、仮面少女の隠し札が6か7のとき(6のスリーカードか6と7のツーペア)。
【仮面少女視点】
一之宮さんが表札でワンペアだけど、自分は6と7のツーペア。
↓
暫定的に自分が一番強い。
↓
負けるのは、次のパターンのみ。
1、一之宮さんの隠し札がKか1のとき(自分より強いツーペア)。
札をめくるまえに一之宮さんが負けを悟った理由も、分かった。
仮面少女は、一之宮さんが10のワンペアなのを知っている。
だから、自分が6のワンペア止まりなら、降りたほうが得だ。
それなのに賭けてきたってことは、隠し札が6か7で確定。
私たちはカードを返す。淡路さんは、ふたたびシャッフルを始めた。
「それでは、チップを追加します」




