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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第16局 香子ちゃん、K戸に降り立つ編(2014年8月25日月曜〜26日火曜)
159/681

147手目 食べたら飲む、飲んだら食べる

「本日はK戸までお越しいただき、まことにありがとうございます。将棋関係者の集まりということで、心待ちにしておりました。今宵は、ぞんぶんにお楽しみください」

 一之宮いちのみやさんは、持っているグラスをあげた。みんなも、それに続く。

「乾杯」

 パーティーが始まった。早速料理にとりかかる。テーブルのうえには、和洋中の様々な料理がならんでいた。迷い箸になりそうなのを我慢しつつ、ミディアムレアのステーキとお寿司をチョイス。最初は、味の薄い白身魚からよね。

「このポテトサラダ、美味しいのですぅ」

 桐野きりのさんは、山盛りのポテトサラダを皿に乗せて、それを頬張っていた。

「ポテトサラダだけで、いいの? なにか取ってあげましょうか?」

「じゃあ、ポテトサラダおかわりくださぁい」

 なにを言ってるんですか、このひとは。日本語が通じていない。

「口のまわりに、ポテトがついてるわよ?」

「あとでふきふきしまぁす」

 さいですか。まあ、食事の邪魔をしてもしょうがないし、退散。

 私はお寿司に舌鼓を打ちながら、会場を一瞥した。

 すると、萩尾はぎおさんを中心に、何人か集まっているテーブルを発見した。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 もしや、とてつもなく美味しいものが、あそこにあるのでは。

 私は背後から接近する。

「なにしてるの?」

 さりげなく声をかけると、萩尾さんが振り返った。

「あ、裏見うらみさん、ちょうどいいところに」

「なにが?」

「みんなで、利き茶をやってるんです」

 お茶を飲んで、味わいを比較する遊びだと言われた。

 なんて渋い遊び。将棋よりも渋い。

我孫子あびこくんが、K都から特別なお茶っぱを持ってきてくれたんです」

 ちょっと背の低い、和服姿の少年が、扇子せんすで自分の頭を叩いた。

「お初でやんす」

 これまた、ずいぶんと変わった子のようだ。顔が幼いから、中学生っぽい?

「裏見さんも、どうぞ」

 そう言って萩尾さんが差し出したのは、あのラベンダー色の湯のみだった。

 私はそっと受け取って、まずは香りを嗅ぐ。

「……甘い香りがするわね」

「添加物じゃないでやんす。宇治うじ玉露ぎょくろは、そういう香りがするでやんす」

 玉露か。高級品じゃない。

 私は香りを楽しんだあと、ひとくち飲んだ。

「……美味しい」

 普段飲んでるペットボトルのお茶とは、別次元のシロモノだ。

 湯のみのさわり心地も、しあわせになってくる。

「遠慮しないで、ずずっとやっちゃってください」

 アビコくんの勧めにしたがって、私は残りを飲み干した。

「ありがとう」

 萩尾さんに湯のみを返す。今度は、難波なんばさんの番だ。

 難波さんはニヤニヤしながら、湯のみを受け取った。彼女は、お茶よりも、湯のみのほうに興味があるようだ。手元で回したり、底の切り口の部分を念入りにチェックしたり、余念がなかった。

「ほんま、ええ品や。お高いんやろ?」

「難波さんらしいね。いきなりお金の話かい。いくらぐらいだと思う?」

「せやな……95万から105万のあいだ、ってとこやろ」

 ちょ、そんなに高いわけが……。

「正解」

 うっそッ!?

「難波さん、あいかわらず目利き上手だね」

「さすがは千昭ちあきねえさんでやんす」

 まさか、100万近い湯のみだったなんて……飲むまえに聞かなくてよかった。手元が震えて、利き茶どころじゃなかったと思う。

「ほな、味見を……」

 難波さんも一口飲んでから、いいお茶だと褒めた。

後味あとあじのヒキとコク……ええお茶やわ」

 こうして、どんどんお茶を回していく。そのあいだに、アビコくんが話しかけてきた。

「あっしは、我孫子でやんす。『我』に『孫』に子どもの『子』でやんす」

 我孫子か。結構、めずらしい名前ね。

 それにしても、なんで和服着てるんだろ。

「私は、裏見よ」

「失礼ですが、どちらのご出身でやんすか?」

 私は、H島だと答えた。

姫野ひめの姐さんのお友だちでやんすか。いつもお世話になってるでやんす」

 なにをお世話になってるのやら、さっぱり分からない。

 社交辞令かもしれないし、深くは突っ込まないことにする。

「姫野姐さんも美人でやんすが、裏見姐さんも、負けず劣らず美人でやんすねぇ」

 あら、この子、口がうまいじゃない。

「そんなことないわよ」

「いやいや、姫野姐さんは蘭のような美しさでやんすが、裏見姐さんはコスモスみたいな美しさがあるんでやんす。この我孫子、一目惚れしちゃいそうでやんす」

 え、なにそれ? お世辞? ナンパ?

 距離感が掴めなくてドギマギしていると、横から車輪の音が聞こえた。

「我孫子さん、あんまりからかわないほうが、いいですよ」

 Yシャツに黒いスカート姿の淡路あわじさんが、車椅子に乗っていた。

 どうやら、修理は終わったらしい。車輪が勝手に回っている。

「裏見さんは、彼氏持ちですからね」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 その場にいた全員の視線が、私に集まる。

「なんや、裏見はん、彼氏持ちだったん?」

「ち、違うわよッ!」

 私は淡路さんに、でたらめを言わないで欲しいと言った。

「え? あの付き添いの男子は、彼氏じゃないんですか?」

「付き添いって?」

松平まつだいらさんのことですが」

 ちがーうッ! K戸駅で言われたことの意味が、やっと分かった。

「違うわよ。松平は、ただの同級生だから」

 なんですか、みなさん。その目付きは。

 私が説得を試みていると、桐野さんが来てくれた。私は彼女に事情を説明して、松平が彼氏ではないことを確認してもらう。

「あ、それは違うのですぅ」

 証言ゲット。

けんちゃんが一方的に告白して、香子きょうこちゃんが振っちゃったのですぅ」

 余計な情報を付け加えるなぁああああああああッ!

「ほんま? えらい男前なのに、もったいないわぁ」

 難波さんは、松平のほうをちらちら見ている。

「あら、そうだったんですか。これは失礼しました」

 淡路さんは、ふふふと笑った。笑ってごまかすな。

 もう、絶対この子、腹黒いんだから。

「なんて告白されたん? 夜道で、『おまえのことが好きやッ!』とか?」

 くッ、方言をのぞけば当たってるのが腹立つ。

「私の話なんか聞いても、つまんないでしょ? 食事、食事」

 私は話題を打ち切って、中華のテーブルにとりかかった。餃子、八宝菜、エビチリを皿に盛って、お箸でパクパク。どれも、絶妙な味付けだ。特にエビチリは、辛過ぎず甘過ぎずのぷりぷりした食感で、おかわりしてしまった。

 ジャスミンティーをコップについでいると、姫野先輩に声をかけられた。

「裏見さん、楽しんでらっしゃいますか?」

「あ、はい」

「とつぜん呼び出してしまい、申し訳ありませんでした」

 いえいえ。お風呂は大きかったし、料理は美味しいし、役得だ。

「こういう場で顔を売っておくのは、悪いことではありません。萩尾さんはY口の女子で一番強いかたです。難波さんは、近畿方面の顔役になられるひとですから」

 むむむ、やっぱり県代表だったか。脳内将棋をあのレベルで指していた以上、かなりの手練だとは思っていたけれど。

「狭い世界です。横の繋がりを大切にしておけば、大学以降も役に立ちますので」

 それは、どういう意味で役に立つのかしら。友だちを作りやすい? それとも、一之宮さんみたいなひとがいるから、就職でコネができる? あるいは、両方?

 私はちょっと、考えさせられた。


  ○

   。

    .


「それでは、夕食会を終えたいと思います」

 時計が8時を回って、ようやく立食パーティーが終わった。お腹いっぱい。

 姫野先輩に他のお客さんを紹介してもらったり、何人かで変則将棋を楽しんだり、いろいろイベントがあった。でも、半分くらいは食べていた気がする。

 問題は、デザートが見当たらないのよね。コーヒーも出てこない。

「消灯時刻は設けませんので、このあとも、ゆっくりおくつろぎください」

 解散かと思いきや、みんなだらだら残るようだ。

 私はどうしようかと悩み、松平に声をかける。

「松平は、どうするの?」

「何人か知り合いができて、そいつらにボードゲーム誘われた」

 松平が答えているあいだ、ふたりの男子がこちらにやって来た。

 ひとりは、ちょっと茶髪が入った、さわやか系の男の子。ジーンズにスプライト入りのTシャツを着て、カーキ色のジャケットを羽織っていた。肩には、ずいぶんと高級そうなヘッドフォンを掛けている。音楽好きかしら。

 もうひとりは、これまたファッショナブルな子で、フレームの厚いメガネに、ピアスをしている。服装は白の開襟シャツに黒のベスト、グレーの長ズボンだった。なんとなく、チャラい系とでも言えばいいのだろうか。でも、髪の毛は染めていない。

「こんにちは」

 ヘッドフォンを肩にかけた少年が、先に挨拶をした。

「僕は鳴門なるとって言います。裏見さんですよね?」

 どうやら松平が、私の名前を教えて……ん? 鳴門?

「もしかして、四国の鳴門くん?」

「あれ? 僕のこと、知ってるんですか?」

 捨神すてがみくんの手紙に、鳴門って名前があったような気がする。

 そのことを伝えると、鳴門くんは笑った。

大谷おおたにさんに会ったんですか。あのひと、変わってますよね」

 ストレート過ぎる表現で、なんと返したものか迷った。

 キャット・アイの話をするわけにもいかないし、テーマを変える。

「鳴門くんは、捨神くんの友だち?」

「全国大会で、1度会ったことがあります」

 ぐッ、こいつも強そう。

「あ、紹介します。こっちは米子よなごくんです」

「ちゃす」

 ファッショナブルな少年は、なんとも気軽な挨拶をした。

「俺っちも、1年生です。裏見先輩は、2年生ですよね?」

「そうよ」

駒桜こまざくら市の多喜たきくんって、知ってます?」

 知らないと、私は答えた。

「その子が、どうかしたの? お友だち?」

「俺っちと駿しゅん、バンド組んでるんっすよね。メンバー募集中なんです」

 はしょり過ぎでしょ。つながりがさっぱり分からない。松平に確認すると、タキくんというのは、駒桜市内で有名なベーシストらしい。

「ベーシストって、なに?」

「ベースを弾くひとっす」

「……ああ、ギターのことね」

 米子くんは、違うと言った。

「ベースとギターはべつですよ。先輩、バンドの演奏って見たことないっすか?」

 知らんがな。ああいう音楽は、普段聞かないから。

「ギターは高音で、ベースは低音です」

 鳴門くんが、なんとなく解説してくれた。

 バイオリンとコントラバスの違いみたいな感じかしら。

「バンドってことは、どっちかが歌を歌うの?」

「僕がドラムで、米子くんはギターです」

「じゃあ、歌なし?」

「ヴォーカルは、べつにいます。女の子です」

 今日は来ていない、と、鳴門くんは答えた。

「というわけで、ベースが足りないんです。多喜くんがいたらいいな、って」

「でも、あなたたち、H島県民じゃないんでしょ? どこ出身?」

「僕は、T島です……っと、大谷さんに会ったから、知ってますよね」

「俺っちは、T取です。ちなみに、ヴォーカルの子はW歌山なんで」

 バラバラじゃない。山陽、山陰、四国、近畿で、どうやって会うのよ。

「あなたたち、どこで練習してるの? O阪あたりに集まるとか?」

「そこで、華蓮かれんちゃんの出番っす」

 米子くんの説明は、どうも要領を得ないわね。説明下手なのかしら。さっきから、鳴門くんのフォローが必要になっている。

「一之宮さんと、どういう関係が……」

 そのとき、ベルを鳴らす音が聞こえた。

 セバスチャンさんが、入り口のところに立っている。

「デザートをご用意いたしました。遊戯室のほうで、お待ちしております」

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