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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第16局 香子ちゃん、K戸に降り立つ編(2014年8月25日月曜〜26日火曜)
158/682

146手目 消えた罰ゲーム

「うにゅにゅ、6六ぎぃん」


挿絵(By みてみん)


 桐野きりのさんは、銀をとりあえず逃げた。

 すかさず私は、7五歩と突く。

「先手も忙しくなってまいりました……8一角です」

 姫野さんは、攻めの一手。これはもう、飛車を逃げられない。6二飛は無意味だ。

「暴れるしかないねんな。5七桂成」

 難波なんばさんは、いきなり突っ込んだ。駒損覚悟の攻め。

「どっちの桂馬?」

 萩尾はぎおさんが突っ込みを入れる。

「どっちも同じやろ?」

「将棋はそういうの禁止」

 萩尾さん、なかなか手厳しい。

「左で」

「5七桂左成ね……同銀」

 同桂成、同金直に、3五角が放たれる。


挿絵(By みてみん)


 ここで、桐野さんの手番。

「うにゅう、3五角は最初から狙い筋なのですぅ……」

 公式大会なら、時間を使いたい局面だ。

「7二角成ぅ」

 マイナスにならない手を選んだ。これは私も助かる。ノータイムで同銀。

 姫野さんも、即座に2一飛と下ろす。

「逃げる一手や、6二玉」

「難しいのが回ってきちゃったな」

 2六の飛車の処置は、萩尾さんに委ねられた。

「2三飛成は、さすがにやりすぎか……」

「どっちの飛車で成るん?」

 難波さんが、したり顔で質問。

「指さないから、どっちでもいいだろう?」

「将棋に、そういうのはないんやで」

 まったくもって毒舌。さっきの仕返しみたいな会話だ。

 険悪というわけじゃなくて、これが難波さんのノリなのかも。

「分かったよ。成るなら2三飛行成ね。成らないけど」

「ほな、なに指すん?」

「そうだな……」

 萩尾さんは、考慮時間を取る。あごにこぶしを当てて、水面を見つめる。

「……2五飛」


挿絵(By みてみん)


 ほぉ……手の意味が、すぐには分からない。

「これは、5九銀と打っちゃうのですぅ」

 桐野さんは、指し手が早かった。私の番。

「5八……」

 私は金を逃げかけて、ふと迷う。

 5八金寄、5七角成、同金、6九角……うッ! 取ったら6八金で詰むッ!

「ごめん、3五飛」

 寸でのところで、戦犯を免れる。

「6八銀成」

 当然、金を先に取られた。

「これ、次が悩ましいんとちゃう? 同玉」

 萩尾さんは、頭に乗せていた手ぬぐいで、顔をぬぐう。

「ふぅ……さっきから、難しい手ばかり回ってくるね」

 そうかしら? 3五歩の一手じゃない?

 私に見えてない手があるのかしら。とても気になる。

「……3一金打」


挿絵(By みてみん)


 金打ち? ……同飛成、同金のあと、3五の飛車に逃げられて損のような?

「それは、好手なのですぅ。2五飛ぃ」

 ぐッ……ワケが分からなくなった。

「に、2一金」

 飛車を取っておいて、間違いないはず。

 同成香、2四歩。

「7四桂」


挿絵(By みてみん)


 萩尾さんの一手に、私はアッとなる。

 そっか、これがあるなら、2一の飛車は消しておかないとダメだ。

「カニさんみたいに逃げておくのですぅ。5二玉ぅ」

 私は7五飛と移動して、飛車を逃げる。

 7三歩、8二桂成、2八飛、5八金。

 桐野さんも、ずいぶんと薄い受けをする。

「2九飛成」


挿絵(By みてみん)


 私は飛車を成って、姫野さんの指し手を待つ。

 いい勝負かなあ。どっちが勝っているとも言いづらい。

「7二成桂」

 姫野先輩は、攻め合いに持ち込む。個人的には、5九香と打って欲しかった。

「5六桂」

 難波さんは、当然に王手をかけた。

 7八玉、6九角、8八玉、7二金。

 ここでまた、難波さんの手番に。

「先手に速い手が欲しいんやけど……」

 ずいぶんと悩み始めた。彼女にとっては、本局で初の長考かも。

 ああでもないこうでもないと、ぶつぶつ言っている。

「……これやな。6三香」


挿絵(By みてみん)


 ん? ……意味がよく分からない。同金なら8一角ってこと?

「それは、いい手だね。取れない」

 と萩尾さん。私は10秒ほど考えて、同金、8一角、6二金、7一銀に気づく。


挿絵(By みてみん)


 (※図は裏見うらみさんの脳内イメージです。)

 

 完璧に寄っている。萩尾さんが言う通り、取れない。

「6二桂で」

 萩尾さんは、香車の利きをひとまず止めた。

「取っちゃうのですぅ。同香成ぅ」

 同金、7一銀、6一金、7三飛成。


挿絵(By みてみん)


 あ、これは後手負けくさい。詰みに注意しないと。

「5八角成ぅ」

 桐野さんは、受けがないとみたのか、金を回収した。

「6三角」

 私は角を突っ込んで、寄せに入る。4二玉に6二銀成くらいで勝ちでしょ。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 ん?

「姫野先輩の番ですよ?」

 私が尋ねると、姫野先輩は一言、

「6三角で、よろしいのですか?」

 と尋ねた。

 え? もしかして、打てない駒を打っちゃった?

「角は、持ってますよね?」

「持ってはいますが……」

 姫野先輩だけじゃなく、ほかのメンバーも、全員私を見ている。

 特にニヤニヤしているのが、難波さんだった。

 手揉みをして、ゆらりと波紋を立てた。

「それ、詰み逃しちゃう?」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 え? 詰んでた?

「お花も、詰んでると思うのですぅ」

「ボクも」

 マジで? ……全然詰み筋が見えない。

「そもそも、4二へ逃がすと、3五歩から抜けられる虞があります」

 姫野先輩は、角打ち自体を評価していないような口ぶりだった。

「ごめんなさい。ほんとに詰む?」

「詰むのですぅ。お花が答えても、いいですかぁ?」

 ほかの3人は、それでいいと答えた。

「6二龍、同金、同銀成、同玉、7四桂、7三玉、5一角、7四玉、6六桂、6三玉、6二金、7三玉、5二金、8二玉、7三銀、9二玉、8二金までですぅ」


挿絵(By みてみん)


 うそーん。

「5一角に6三玉は?」

「6二角成、5四玉、6三銀、5五玉、6六金、4五玉、4六金までですぅ」

 ……簡単に詰んだ。難しいのは、6二龍から桂打ちまでか。

「あれ? ってことは……桐野さんの負け?」

「違いますぅ。お花は負けてませぇん」

「だって、桐野さん、詰めろを放置して5八角成ってしたでしょ?」

「詰めろを放置しちゃダメっていうルールは、ないのですぅ」

 ルールの欠陥に、私はようやく気づいた。

「ほな、裏見はんが罰ゲームや!」

 ちょ、あなた、後輩でしょ。先輩をいたわる。

「揉めてるところで悪いんだけど、そろそろ出ない?」

 萩尾さんの提案。これには全員が同調する。

 100手まで指さなかったけど、時間的には結構経っているはずだった。

 お湯から出て、更衣室で着替える。これからパーティーということで、寝間着を持って来ているひとはいなかった。みんな軽装。このあと、部屋で正式に着替えるのだろう。

 私も、Tシャツにハーフズボンだった。

「罰ゲームは、なんにするの?」

 難波さんは、鏡のまえでソフトコンタクトを入れながら、そう尋ねてきた。

「しなくても、よくない?」

「エー、なんのために指したのか、分からへん」

 べつに、いいじゃないですか。

「罰ゲームがなければ、みんなしあわせでハッピーなのですぅ」

 そうそう、桐野さんの言う通り。

 私たちは全員着替えを終えて、髪型のチェックなんかを済ませた。きちんとポニーテールに結ぶのは、自室でやりましょう。先に乾かさないといけないし。

「ほな、またあとで」

 難波さんと萩尾さんは、大浴場から出て左に、私と姫野先輩と桐野さんは、右に。しばらく進むと、2階へ上がる階段がみえた。そのままのぼる。

「この階段、なんだか寒いのですぅ」

「冷房の合流地点になってるんじゃない?」

 とは言ってみたものの、私はべつに寒くない。桐野さん、低体温なのかしら。

 階段を上がり切ったところで、私たちはそれぞれの部屋に分かれた。とびらを閉めて、ドライヤーで髪を乾かす。鏡ごしに時計をみると、パーティーまであと1時間だった。夕方の5時からだ。

 これは支度してギリギリかな。女の子は、お洒落に時間がかかるもの。


  ○

   。

    .


 はい、できた。お気に入りのネイビー色ブラウスに、ホワイトの模様入りスカート。ブラウスはリネン素材で、涼しげな光沢がある。

 私は最後に、シルクの髪留めでポニーテールを結った。

「……オッケ」

 念入りに鏡のまえでチェックしてから、部屋を出た。

 えーと、ホールは……どこ? 館内マップとか、ないの?

 廊下をうろうろしていると、うしろから声をかけられた。

「裏見さん、道に迷われましたか?」

「あ、姫野先輩……ッ!?」

 姫野先輩の正装に、私は驚愕した。白地に黒と青のイラストが入った、夜会服。

 わ、私の服装がめちゃくちゃカジュアルに見える。やめてぇ。

「どうか、なさいましたか?」

「い、いえ……なんでも……」

「ホールは、1階です。一緒に参りましょう」

 私はあんまり目立たないように、すごすごと移動する。

 途中で、松平と鉢合わせになった。

 松平はベージュのズボンに白いシャツと黒のジャケットを着ていた。

「姫野先輩、あいかわらず力入ってますね」

 おのれぇ、そっちを先に褒めるのか。許すまじ。

「裏見も、かわいい服着てるな」

「……」

「裏見ぃ?」

「……」

「裏見さん、無視しないでくださいッ!」

 そんなこんなで、ホールへ到着。メイドさんにとびらを開けてもらうと、パーティー会場の全貌があらわになる。ホテルの祝賀会場のような場所だった。中央に、巨大なシャンデリアがぶら下がっている。

「すごいわね……」

「なんか俺たち、場違いだよな」

 と松平が言ったところで、桐野さんを発見。白いワンピース姿だった。室内なのに、麦わら帽子をかぶっている。

「あ、香子ちゃんなのですぅ」

「その麦わら帽子、どうしたの? セバスチャンさんにもらったやつ?」

「これはぁ、駒桜こまざくらで買ったお帽子さんなのですぅ」

 ……ああ、あれか。思い出した。桐野さん、神崎かんざきさん、吉備きびさんを案内したとき、帽子を買ったわね。お気に入りにしていたとは、思わなかった。

 桐野さんは素の偏差値が女優さんレベルだから、着ているものが簡素なのに、ずいぶんと目立つ。今の服装も、これからロケするみたいだ。

「似合ってるわよ」

「香子ちゃんも、かわいい服着てるのですぅ」

 むふふ。そうでしょう。

咲耶さくやさん、お花さん、裏見さん、こんばんは」

 振り返ると、一之宮いちのみやさんが立っていた。彼女もドレス姿で、白地にハイビスカスの模様が入っている。白い手袋をしていた。

 セバスチャンさんが、脚立付きのカメラを持って出てきた。

「みなさま、写真など、いかがでございますか?」

「では、4人で写りましょう」

 一之宮さんは、女子のグループを一瞥した。

 こういうときは、やっぱり記念撮影……ん?

「こ、この4人で映るの?」

「ええ、せっかくですから」

 ちょ、ちょっと待ってッ! この4人はマズいッ! 絶対に浮くッ!

「どうか、なさったのですか? 写真はお嫌いで?」

 女優さん+お嬢様×2+一般人の構図は避けたい。いろんな意味で。

「あの……もうちょっと、大勢で写らない?」

 私の言い訳が功を奏したのか、一之宮さんはうなずいて、

「そうですね。ほかのかたがたも集めましょう」

 と言ってくれた。すぐに、ふたりの少女が呼び出される。ひとりは萩尾さんで、Tシャツにジーンズという、びっくりな服装をしていた。頭には、ちゃっかりヘアバンド。完全にホームパーティーのノリだ。

 もうひとりの少女の顔には、見覚えがあるような、ないような。

「うちやで、うち」

 あ、難波さんか。メイクをしていて、分からなかった。髪型も、お風呂場でみたセミロングじゃなくて、しっかりとうしろで結ってある。ミディアムヘアのハーフアップだ。

 さらに何人か集まって、カメラのまえに立つ。

「それでは、撮らせていただきます。camenbert」

 パシャリ。

「ありがとうございました」

 一之宮さんと姫野先輩は、挨拶があると言って、その場を立ち去った。

 有名人だと、いろいろ大変なのね。

「食前のお飲物です」

 メイドさんは、お盆のうえに細いグラスをたくさん乗せていた。

「これは、なんですか?」

「ノンアルコールのシャンパンです」

 私はひとつ受け取り、お風呂上がりの水分補給もかねて、一口飲んだ。

 変わった味がする。ホールには、見慣れない学生の群れ。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 このパーティー、無事に終わるといいんだけど。

場所:一之宮邸の大浴場

参加者:桐野花、裏見香子、姫野咲耶、難波千昭、萩尾萌

戦型:角換わり


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8八角成 ▲同 銀 △2二銀

▲3八銀 △7二銀 ▲7七銀 △3三銀 ▲6八玉 △6四歩

▲7八玉 △6三銀 ▲6八金 △7四歩 ▲2五歩 △3二金

▲2七銀 △1四歩 ▲2六銀 △4四銀 ▲1六歩 △7三桂

▲1五歩 △同 歩 ▲同 銀 △同 香 ▲同 香 △7二飛

▲2四歩 △同 歩 ▲1一香成 △3三桂 ▲2四飛 △2三銀

▲2八飛 △2六歩 ▲同 飛 △4五桂 ▲5八金上 △6五桂

▲6六銀 △7五歩 ▲8一角 △5七桂左成▲同 銀 △同桂成

▲同金直 △3五角 ▲7二角成 △同 銀 ▲2一飛 △6二玉

▲2五飛 △5九銀 ▲3五飛 △6八銀成 ▲同 玉 △3一金打

▲2五飛 △2一金 ▲同成香 △2四歩 ▲7四桂 △5二玉

▲7五飛 △7三歩 ▲8二桂成 △2八飛 ▲5八金 △2九飛成

▲7二成桂 △5六桂 ▲7八玉 △6九角 ▲8八玉 △7二金

▲6三香 △6二桂 ▲同香成 △同 金 ▲7一銀 △6一金

▲7三飛成 △5八角成 ▲6三角


まで87手で中断

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