141手目 ちょっとラブリーな奥さま
※ここからは、来島さん視点です。
「ひっ、ひっ、ふぅ……ひっ、ひっ、ふぅ……」
テーブルのうえで、ひとりの少女が仰向けになっている。
「う〜ん……う〜ん……」
ぽっこりとしたお腹をおさえて、身をよじる。
「産まれるぅ……捨神くんの赤ちゃん産まれちゃうぅ……」
ぽとんと、ブレザーの下から、バレーボールがこぼれ落ちた。
床のうえをはねて、私の足もとまで転がる。
少女は大きく息をついて、上半身を起こした。
「実験完了……」
私は本から顔をあげて、彼女をにらんだ。
「あのさ……さっきから、なにしてるの?」
「地球型出産のイメージトレーニング……」
あのさぁ。
「そういうのは、自宅でやってくれないかな? 女の子同士でもセクハラだよ?」
「だって……宇宙船のなかはカメラで監視されてるから……」
私は本を閉じた。その表紙をみたカンナちゃんは、目をほそめる。
「『TRPG入門』……? なにそれ……?」
「テーブルトーク・ロール・プレイング・ゲームの概説書だよ」
カンナちゃんは、なんのことか分からない様子。
「シナリオのなかで特定のキャラになりきって遊ぶゲームだよ」
「特定のキャラになりきって遊ぶゲーム……地球人ごっこかな……?」
転がされたいのかな?
「遊子ちゃん……にらまないで……」
カンナちゃんはテーブルからおりて、着席。
「ところで、そのTRPGが、どうかしたの……?」
「部室の争奪戦の相手が、TRPG研究会でしょ?」
敵を知らざれば、戦う毎に必ず殆し、だよ。
「そっか……遊子ちゃんは、敵を研究してるんだね……でも、部室の采配は、全部生徒会に一任なんじゃないかな……? 私たちの出番、なさそうじゃない……?」
「そこはなんとかして、勝負に持ち込まないとね」
正直、この部屋は狭過ぎるよ。全員集まったら、もうぎゅうぎゅうになっちゃう。このままだと、巴ちゃんが暴走しかねないから、そろそろ解決したいな。そのためにも、生徒会を乗っ取ったTRPG研究会を倒して、新しい部室をゲット。
「なにか、いい案はないかな……そろそろアクションがあるはず……」
ガラガラ
部室のドアがひらいて、辰吉くんが入ってきた。
「オーイ、捨神とふたばが遊びに来たぞ」
……………………
……………………
…………………
………………
は?
私は将棋の雑誌をテキトウにひらいた。
「今、取り込み中」
辰吉くんは、「え?」ときょどった。
「す、すまん、オーダーの作成でもしてたか?」
んー、そういうことにしておこうかな。
と思ったら、ドアのところから、葛城くんが顔をのぞかせた。
「えぇ? そういう雰囲気じゃないと思うけどなぁ?」
おまえは黙らんかい。
「それにぃ、テーブルのうえの本、『TRPG入門』って書いてあるよぉ?」
くッ、めざとい。
一方、辰吉くんは、
「なんだ? 新しくTRPGも始めるのか?」
うれしそうに笑った。いやされる。
「ちょっと、ほかのゲームもしてみようかな、と思って」
「けっこう大勢でできるんだろ? こんどみんなでいっしょにやろうな」
辰吉くんが私に将棋を教えてくれたみたいに、こんどは私が辰吉くんにゲームを教えてあげるっていうのもアリだね。
ここで捨神くんは、「TRPGってなに?」と訊いてきた。
私は、カンナちゃんのときと、おなじ答えを返す。
「あ、ごっこ遊びなんだね」
そう言われると、そうなんだけど……なんか、言葉の響きがちがうよね。
「来島さんは、ごっご遊びに興味あるの? なにごっこ?」
捨神くんは、やたら上機嫌。カンナちゃんがいたからかな。
私が答えるまえに、捨神くんはひとりでまくしたてた。
「あ、もしかして、新婚さんごっこ? 箕辺くんと?」
辰吉くん、やたらと動揺する。
「な、なにを言ってるんだ、捨神? お、お、俺と来島が新婚さんごっこだって?」
「え? なんとなくだよ? どうかしたの?」
「いや、べつにどうもしないんだが……おまえの言うことが唐突だったから……」
「そうだよぉ、遊子ちゃんとたっちゃんが新婚さんごっこするわけないよねぇ」
……………………
……………………
…………………
………………は?
「なんで、私と箕辺くんが新婚さんごっこしちゃいけないの?」
「いけないとは言ってないよぉ。でも、似合わないよねぇ」
……………………
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…………………
………………
「葛城くん、おもしろい遊びを教えてあげようか?」
「ふえ? なにぃ?」
「ドラム缶にひとを入れて、瀬戸内海までころころ転がして行く遊びだよ」
「ふえぇ……イヤな予感しかしないよぉ……」
生コンは、今ならサービスでつけておいてあげるね。
辰吉くんは、その場をごまかすように笑った。
「ハ、ハハハ、俺は遊子と新婚さんごっこしてもいいぞ」
このセリフに、捨神くんはきょとんとした。
「あれ、箕辺くん、いつから来島さんのこと、下の名前で呼ぶようになったの?」
捨神くん、なんでそういうところだけ鋭いかな。
もうちょっとボケて欲しいんだけど。いつもみたいに。
「え? あ……そりゃ、まあ、クラスメイトだしな。当然だろ?」
「でもさ、飛瀬さんのことは、上の名前で呼んでるよね?」
辰吉くん、うまくごまかしてね。
「飛瀬とはクラスが違うからな」
「クラスがおなじかどうかなの? 将棋部でいっしょの時間のほうが長くない?」
箕辺くん、沈黙。ここで私が、助け舟を出す。
「似たような苗字のひとがいるから、学校では下の名前で呼んでもらってるんだよ」
「アハッ、そうなんだ。最初から、そう言ってくれればいいのに」
はい、ごまかし成功。
ところが事態は、意外な方向へむかう。
「じゃあ、箕辺くんもオッケーみたいだし、新婚さんごっこしようか」
……………………
……………………
…………………
………………
「す、捨神、それ、本気で言ってるのか?」
「もちろん、本気だよ」
「いつもみたいに、将棋にしないか?」
捨神くんは、ちょっとだけ頬を染める。
「たまには、変わったことしようよ」
変わり過ぎだけどね。将棋と新婚さんごっこって、どこで繋がってるのかな。
「じゃ、僕と飛瀬さん、箕辺くんと来島さんがカップルね」
捨神くんは、いきなり割り振りを決めてきた。
カンナちゃんは全然まんざらでもないみたい。当然か。
「ふ、ふえぇん……ボクだけハブられてるよぉ……」
天罰。
捨神くんはもうしわけなさそうな顔で、
「葛城くんは、審判をお願い」
と、またまた意味不明な発言。
「審判って、どういうことぉ?」
「葛城くんがお題を出して、どっちの演技がうまいか、判定してよ」
「うぅん……」
葛城くん、ちょっとシンキングタイム。でも、けっきょく引き受けた。
「じゃ、1番目のお題、いくねぇ。『パートナーが仕事から帰ってきたとき』だよぉ」
王道だね。マジメに司会するつもりっぽい。
捨神くんは、
「どっちからにする?」
と箕辺くんにたずねた。
「じゃんけんするか」
なんだかんだで、辰吉くんも乗り気だ。
じゃんけんして、辰吉くんがパー、捨神くんがチョキ。
「アハッ、僕たちからだね。ただいま」
捨神くん、笑顔で帰宅。ホワイト企業かな?
カンナちゃんはここでストップをかける。
「あ、捨神くん……ちょっと待って……」
「どうしたの?」
「そとで働いてるのは、私のほうだと思うんだけど……」
なんだか、細かい設定の話が始まる。
カンナちゃんが公務員で、捨神くんがピアニストらしい。
「そっか、じゃあ、僕が家にいるんだね。ごめん」
「うん……ただいま……」
「アハッ、おかえり」
……………………
……………………
…………………
………………
会話が途切れる。
新婚さん特有の、ういういしい雰囲気。
「なんて言えばいいのかな……?」
「飛瀬さんが欲しいものを言えばいいと思うよ。ご飯? お風呂?」
飛瀬さんは、顔を真っ赤にする。
「チューして……」
あのさぁ。私は、あきれ果てた。
ところが捨神くんは、
「いいよ」
と笑って、飛瀬さんのひたいに口づけした。
これには、場の空気が凍りつく。
ごっこはごっこでも、ガチごっこだった。
「こんな感じかな? 次は、箕辺くんたちだよ」
辰吉くんは、今のキスに圧倒されたのか、目を白黒させていた。
「辰吉くん、私たちの番だよ?」
「お、おう……」
辰吉くんは、ネクタイをなおして、私の目をみつめる。
なんだか恥ずかしくなってきちゃった。
「ただいま」
「お帰りなさいませ。ご無事でなによりです」
……………………
……………………
…………………
………………
あ、しまった。お母さんのマネしちゃった。
「お、俺、なんの仕事してるんだ? 危ない職業なのか?」
「ごめん、ちょっと緊張してた。おかえりなさい」
「ただいま」
うぅん、どうしようかな。
捨神くんとカンナちゃんがぶっとんでたから、私たちも葛城くんに見せつけちゃお。
「ご飯にする? お風呂にする? それとも……」
ピ○チュウフードのしたから、上目遣い。
「私にする?」
辰吉くん、真っ赤っか。
「め、飯にするぞ」
「ごはん、まだできてないんだよね」
「え? ……じゃあ、風呂にする」
「お風呂、まだ沸いてないんだよね」
「え?」
え、じゃなくてさ、選ぶものは、決まってるでしょ。
捨神くんたちに勝つには、これしかないからね。
辰吉くんは、なんだか挙動不審になってから、ようやく口をひらいた。
「じゃ、じゃあ、おまえにする」
私は辰吉くんのほっぺたにチュ。
葛城くんのほうをチラ見。
「な、なにこれぇ……リア充自慢大会かなにかぁ……?」
ほらほら、判定してよ。
「うぅん……どっちもキスのオプション付きでぇ……うぅん……」
葛城くんは、かなり悩んだ。
「……引き分けぇ」
やってることがおなじだし、しょうがないか。
「次のお題だよぉ。『旦那さんの浮気がバレたとき』ねぇ」
「俺は浮気しないぞ!」
「僕も浮気しないよ!」
辰吉くんと捨神くん、猛抗議。
「ふえぇ……じゃあ、『新婚旅行』……」
新婚旅行か……最近は、行かないカップルも多いんじゃないかな。
私も、ヒットマンに狙われると困るから、あんまり遠出できない気がする。
「先後交代でぇ」
私たちが先になった。
「辰吉くん、どこに行こうか?」
「遊子は、国内と海外、どっちがいい? やっぱり海外か?」
シカゴマフィアとドンパチ。
「国内でもいいよ……私は、辰吉くんと一緒なら、どこでもいいから」
辰吉くんは、照れくさそうに頬をかいた。
「俺も、遊子となら、どこでもいい」
「ふえぇ……ボク、さっきからすっごい墓穴掘ってるよぉ……」
葛城くん、最後に愛は勝つんだよ。うん。
「次は、つっくんのチームだよぉ」
さて、どう対応してくるかな、お手並み拝見。
「アハッ、飛瀬さん、どこへ行こうか?」
「やっぱり、宇宙かな……」
ここまでは、だいたい予想通り。あいかわらずの宇宙人設定。
「僕は、飛瀬さんの故郷に行きたいな」
捨神くんの台詞に、なぜかカンナちゃんは困ったような表情を浮かべた。
「それは……ちょっと……」
「どうして?」
「シャートフは、すっごい田舎だから……牧場くらいしかない……」
「ヤツメヤギっていうのが、いるんでしょ? それに乗って散歩しようよ」
私は、捨神くんとカンナちゃんがヤギに乗って散歩しているところを思い描く。
なんだかほほえましい。
「一日中、ヤギに乗るの……? それなら、火星旅行でもしたほうがよくない……?」
「でもさ、ご両親にも会わないといけないし……」
ガラガラ
ふたたび部室のドアがひらく。私たちは、びっくりしてゲームを中断した。
ふりかえると、裏見先輩と松平先輩が立っていた。
「オーイ、夏の県大会の費用だが、3年生は……ん?」
松平先輩は、テーブルに座る私たちの顔を、順ぐりに見比べた。
「なんだ? 会議中だったか?」
「アハッ、新婚さんごっこしてるんですよ」
こらこら。私たちがとりつくろう前に、松平先輩はこぶしを握って震えた。
「おまえら、いい遊びしてるじゃないか。裏見、俺と新婚さんごっこを……ぐはッ!」
あ、オチがついた。




