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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第1局 香子ちゃん、四国遠征編(2014年8月18日月曜〜25日月曜)
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13手目 ミッドナイトに猫が舞う

 夜風が吹く。私たちはキャット・アイの挑戦を受けて、王手町おうてまち高校のグラウンドに集結していた。指名された吉良きらくんを筆頭に、神崎かんざきさんと大谷おおたにさんが続く。それに、香宗我部こうそかべくんと磯前いそざきさんも顔を出していた。私と桂太けいたは、すみっこに立つ。

「遅いな」

 吉良くんはポケットに手を入れたまま、グラウンドの砂を蹴った。

義伸よしのぶ、ほんとうにキャット・アイから手紙を受け取ったのか?」

 香宗我部くんの質問に、吉良くんは振り向きもせず、うなずいた。

「店員のアルバイトに化けてたんです」

 あのとき、気づいてればなあ……とはいえ、変装していたかもしれないし、完全なタラレバなのは分かっていた。ひとつだけ理解したのは、キャット・アイの手から、一般人の私たちは逃れられそうにないってことだ。正面から迎え撃つしかない。

 私は、すっかり気温のさがったグラウンドを見回す。

「姉ちゃん、ほんとに来ると思う?」

 桂太はちょっと怖じ気づいているのか、ずっときょろきょろしていた。

「そんなの私に訊かれても、分かんないわよ」

「うぅん……母ちゃんたち、心配してるかも」

 私と桂太は、磯前さんの家に遊びにいくという設定になっていた。その磯前さんは、赤いTシャツに半ズボン、サンダルという格好で、じっと周囲に神経をとがらせている。釣り竿を持って、獲物を待ち構えているかのようだ。

 夜風が吹く。私たちは、じれったくなるような時間を過ごした。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「来ました」

 大谷さんのつぶやきを耳にして、私たちは緊張する。

「どこだ?」

 吉良くんは、まっさきに周囲を確認した。

「ここだよ!」

 私たちは、学校の校舎、時計台のうえを一斉に見上げた。煌めく月を背景にして、人影が映る。それはくるりとバク転して、十数メートル下のグラウンドに着地した。

 やっぱり人間じゃない。私も恐怖を感じた。

「待たせたね」

 キャット・アイは、気取った歩き方で、私たちに近づいてきた。

「おやおや、ずいぶんと立ち会いの多いこと」

 吉良くんはキャット・アイを睨んで、一歩まえに出る。

「こいつらは関係ない。サシで勝負だ」

「人間なのに、感心だね……ただ……」

 キャット・アイは、大谷さんたちのほうを盗み見た。

「そこの坊さんと忍者は、ちょっと面倒かな」

「だから、こいつらは関係ないって言ってるだろ」

 キャット・アイは、吉良くんに主導権がないことを見抜いているらしい。まったく信用していない様子だった。現に、私たちの事前相談では、吉良くんが勝とうが負けようが、なんとかしてキャット・アイを捕縛するつもりだった。そのために、このグラウンドのあちこちには、神崎さんお手製の罠が仕掛けられている。

 キャット・アイはニヤリと笑い、指をはじくようなポーズをとった。

「ま、こんなことだろうと、我が輩も立ち会いを用意してきた」


 パチリ

 

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 え? だれも来ないわよ?

 私たちが訝しがっていると、闇夜にポツリと光がともった。

 それは、ふたつで一組ひとくみになりながら、どんどんと増えていく。

 うっすらとした闇のむこうから、ヌッと毛深い足が伸びた。

「ね、猫ッ!?」

 私たちは、猫の大群に囲まれてしまった。数十匹……下手したら百匹はいる。

 彼らはペットらしからぬ眼光で、私たちを睨んでいた。

「猫だって、人間に怪我くらいさせられるからね。おかしな動きは厳禁だよ」

 それを聞いた神崎さんは、かるく舌打ちをした。

「まさか動物使いだったとは」

「ニャッハッハ、忍者のくせに、目は節穴だね」

 神崎さんが腰の短刀に手をかけたので、大谷さんがそれをなだめた。

 っていうか、そんなもの持ち歩かないでぇ。

「さてと……30秒目隠し将棋で、オッケー?」

「俺は、なんでも受けるぜ」

 キャット・アイは、ニャッハッハと笑った。

「結構、結構……秒読みは、そこのお姉さんにやってもらおうか」

 キャット・アイは、私を指名してきた。

 第三者だから? 私は戸惑いつつ、神崎さんの蛍光時計を受け取る。

「先後は? 肉球ウラオモテ?」

「おまえにゆずる」

 これには、香宗我部くんが抗議した。コイントスで決めることに。

 吉良くんが表を選択し、チャリーンと香宗我部くんがトスをした。

「……表、吉良の先手だ」

 香宗我部くんは確認のため、懐中電灯で十円玉を照らした。

 キャット・アイはうなずいて、吉良くんに先手を渡した。

 吉良くんはポケットに手を突っ込んだまま、やや前のめりの格好で、初手を告げた。

「7六歩」

 キャット・アイは、満足げな顔で、襲いかかるようなポーズをとる。

「四国最強高校生の将棋、見せてもらうよッ! 3四歩ッ!」

 2六歩、5四歩、2五歩、5二飛、4八銀、5五歩。


挿絵(By みてみん)


 まさかのゴキゲン中飛車。この猫、居飛車党じゃないの?

 まるで心の声が聞こえたかのように、キャット・アイはこちらをみた。

「ニャッハッハ、我が輩、なんでも指せるのだよ」

 オールマイティか。

 事前情報と違うことに、吉良くんは焦らなかった。

「なんでも受けるって言ってるだろ。6八玉だ」

 3三角、3六歩、4二銀、3七銀、5三銀、4六銀、4四銀。


挿絵(By みてみん)


 吉良くんは超速を選択。おたがい手は速い。

 7八玉、6二玉、5八金右、7二玉、6八銀、8二玉、3七桂。

 この様子だと、先手が攻める展開になるかしら。

「7二銀」

 キャット・アイは、美濃に囲った。若干穴熊の気配があったけど、ひと安心。

「王道だな」

「我が輩、正々堂々がモットーだからな」

 だったら怪盗なんかしてないで、堂々と社会に出なさいよ。まったく。

 吉良くんは1六歩と、一回税金を払った。

「ンー……攻める準備っぽいね……」

 ここでキャット・アイ、初めて20秒超えの長考。

「20秒、1、2、3」

「5一角」

「5六歩」


挿絵(By みてみん)


 吉良くんは待ち構えていたように、5筋から開戦した。

 中飛車のお株を奪った格好。

 これにはキャット・アイも、おもしろくないと思ったのか、くちびるを歪める。

「あんまり舐めるんじゃないよ。同歩」

 4五銀、3三銀、2四歩、同歩、3五歩。

 全面戦争に突入。

「20秒、1、2、3、4、5」

「同歩」

 吉良くんはこの手に対して、2六飛と浮いた。


挿絵(By みてみん)


 キャット・アイ、ギュッとくちびるを閉じる。

「やるね」

「舐め過ぎなのは、あんたのほうなんじゃないか、化け猫さん」

 キャット・アイは挑発を無視して、4二角と普通に受けた。

 5六飛、同飛、同銀、3六飛、5七銀、3七飛成。

 ギャラリーも、緊張した面持ち。

 この交換、ほんとに先手有利なの? 後手も望む展開のような……。

「3四歩」


挿絵(By みてみん)


 この手があったか。放置できない。

 4四銀に2三飛と放り込んで、5二金左(4三飛成の防止)、2一飛成。

 駒損を回復した。

「2八龍」

 一見、悠長にみえる。でも、1九龍と拾われたら、かなり痛い。

 そのまえに動きたいところだ。

 吉良くんはポケットに手を突っ込んだ格好で、じっと地面に視線を落とした。

「1、2、3、4、5、6、7、8、9」

「4六歩」


挿絵(By みてみん)


 む……この手は……4五歩、5三銀、3三歩成狙いか。

 成立したら、3三歩成に5一角と引くしかない。先手優勢だ。

 キャット・アイも、敏感に反応した。

「いい手、知ってるね……でも、これがあるよ。6四角」

 あらかじめの角逃げ。3三歩成の脅威を緩和した。

 吉良くんは予定を変更せずに、3三歩成、1九龍、4三と、同金と、形を崩す。

「5二歩だ」


挿絵(By みてみん)


 やるぅ。同金なら4五銀が好便だ。同銀、同歩のあと、7一銀が残る。

 キャット・アイは脳内将棋盤を確認しているのか、虚空を見つめた。

 すこし跳ねたサイドの髪に、右手を添える。

「1、2、3、4、5、6、7、8、9」

「8四香」

 手抜いて反撃した?

 ちょっと意外だと思っていたら、7九桂に4二角。

 どうやら、桂馬を使わせたらしい。

 4五歩、3三銀、1一龍、3六歩。

 細かい応酬が続く。

「4一龍」


挿絵(By みてみん)


 あ、これはいい手だ。3三角成に、同金でも同角でも駒を抜ける。

 ところがキャット・アイは、口もとを綻ばせた。

「それは駒得こまどく病だね。3七歩成」

「!」

 キャット・アイは、3三角成よりも歩成りのほうが速いと読んだ。

 私たちは混乱する。

「3……いや、待て」

 吉良くんは、ギリギリのところで指し手を控えた。考え込む。

「……そうか、しまった」

 攻守が逆転してるの? まさか?

「20秒、1、2、3、4、5、6、7、8、9」

「6二香」

 3三角成を回避した。なにかが間に合わないと読んだらしい。

「ニャッハッハ! 我が輩の手は変わらないよ! 9五桂ッ!」


挿絵(By みてみん)


 ……ああッ! 8七桂成、同桂、同香成、同玉、6九龍のほうが速いッ!

「そう簡単に決まるかよッ! 6一香成ッ!」

 8七桂成、同桂、同香成、同玉、6九龍。

 ここで吉良くんは、ポケットから右手を出し、キャット・アイを指差した。

「こいつが詰めろだッ! 6二成香ッ!」

 うまい。先に詰めろを掛けた。さっきの6二香は、起死回生の方針変更だった。

 ギャラリーにも、熱気がこもる。

「キャット流、速度逆転術ッ! 6一金ッ!」


挿絵(By みてみん)


 ぐッ……これも、うまい。

 同成香、5八龍のあと、吉良くんの手が止まった。

 私は時計とにらめっこしながら、秒を読み上げた。

「1、2、3、4、5、6、7、8、9」

「6二成香」

 吉良くんはこの手を指して、ガリガリと頭を掻いた。

 詰めろなんだけど、後手は金を回収したから、もういちど6一金がある。

「9五桂」

 7七玉、6一金。キャット・アイは、どんどん吉良くんの速度を遅らせる。

 吉良くんは右手をオールバックの額にあてて、つま先で地面を小突いた。

「1、2、3、4、5、6、7、8、9」

「6八金」


挿絵(By みてみん)


 受けた。これは意外だ。じり貧になるような気がする。

「ニャ? それは……うッ」

 キャット・アイの顔色が変わる。

「に、逃げられニャい……」

 私はそのひとことで、6八金が攻めの手なことに気づいた。

 龍を逃げると、6一成香で後手が絶対に勝てない。

 30秒将棋のあやが、吉良くんに逆転の余地を残してくれた。

 吉良くんは風を切る格好で、もういちどキャット・アイを指差した。

「さあ、化け猫、どうするッ!」

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