137手目 ひっかかった変装
これは……3九金だと5八銀成かな? あんまり受けになってる感じがしない。
放置して3八銀成、同玉……裏見先輩は銀を持っていないんだよね。
じゃあ、放置のほうがいいや。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「5五桂」
攻めちゃえ。
「3八銀成」
裏見先輩はノータイムで銀をひっくりかえした。
同玉、5八金(どのみち張り付かれたか)、6三桂成。
「4九龍」
っと、これは読んでなかった。てっきり4八金かな、と……ん?
「あれ? もしかして2八玉、4八龍、1七玉って詰みます?」
「詰むわよ」
裏見先輩は、あっさり答えた。
1七玉に2八銀、2六玉、3七角成、同桂、同銀不成、2五玉、2四金。
……………………
……………………
…………………
………………やらかしたか。
じゃけん、形作りしましょうねぇ。
「2八玉」
4八龍、3八金、3九銀、1七玉、3八龍。
ん、意外と馬の利きが強い? まだ敗勢じゃなかった?
これは詰めろじゃないよね。上に逃げられる。
「7二成桂」
一回王手して、同金に3五銀打と入玉を目指す。大駒は、こっちも持ってるんだから。
裏見先輩はこの手をみて、5秒ほど考えた。パシリと金を打つ。
金打ち? ……退路封鎖かな。
「同銀」
2八銀不成、2六玉、3七角成。
あ、そっか……普通に詰んでた。
「ま、負けました」
「ありがとうございました」
一礼して終了。大差だった。
よもぎちゃんも、それから20手くらい指して投了した。
裏見先輩は、軽くタメ息をつく。
「感想戦は、福留さんからね。4九銀のひっかけは受けないとダメよ」
「上が広いかなぁ、と……」
「2三歩の拠点があるから、広くないわ。2四金一発だもの」
だね。反省。3九香と受ける必要があった。
【参考図】
3八銀成、同香……同玉はちょっと怖いよね。
でもこれ、後手は無傷だから7九角成くらいで負けな気がする。
裏見先輩との壁は厚いなぁ。
「馬下さんは、角成りの位置が悪かったわ」
「はい、もうひとつ深く引いておくべきでした」
「3年生でロクに指してない私に負けるようだと、県大会は厳しいわよ」
うーむ、今日の裏見先輩、感想戦も怖い。
絶対になんかあったなぁ。なにがあったんだろ。
普通なら、彼氏との関係を疑う。けど、裏見先輩は彼氏いないはずだしなぁ。
あたしは感想戦も上の空で、あれこれ想像をめぐらせた。
「それじゃ、ほかのメンバーにも伝えておいて。練習はもっと真面目に」
「はい」
裏見先輩は席を立って、部室を出て行った。
ドアが閉まって、足音が遠ざかる。あたしたちは開口一番、
「なんか様子が変だね」
「なにか様子が妙でした」
とハモった。
「よもぎちゃんも、そう思った?」
「ごきげんがよろしくないように感じました」
だよね。普段は、感想戦でも優しいのに。
まあ、優しいひとがいきなり怒るってのは、ありがちだけど。
あたしとよもぎちゃんは、あれこれと意見を出し合った。結論が出ない。
「『お腹がたるんでる』に反応したから、太ったとか……」
「すみませーん、遅くなりました」
ガラリとドアがひらいた。もみじちゃんが顔をのぞかせる。
「日直の仕事が長引いて……あれ、みなさん、どうしました?」
「もみじちゃん、裏見先輩とすれ違わなかった?」
「あ、すれ違いました。そこの階段のところで」
「なんか変じゃなかった?」
もみじちゃんは、思い出すように首をひねった。
「そういえば、怒ったような顔をしてましたね」
よし、これで間違いない。
よもぎちゃん、もみじちゃん、あたしの3人で意見が一致した。
「匂うなぁ。事件の匂いがプンプンする」
「あ、あずささん、葉山先輩のゴシップ好きに感化されてませんか?」
もみじちゃんは、心配そうに尋ねた。
「いやいや、これは一大事だよ。部に八つ当たりされても困るし」
ほかのふたりも、この点については同意してくれた。よもぎちゃんは、
「後輩を圧迫してくるのは困りますが、どうしようもないのでは?」
と消極的だった。
「ここは調査あるのみッ! もみじちゃんッ! 変装ッ!」
○
。
.
「これで、いいのか?」
茶髪のイケメンが、あたしたちの目の前に立っていた。
松平先輩――じゃなくて、松平先輩に変装したもみじちゃん。完璧。
「まったく見分けがつきません」
よもぎちゃんに同意。見分けがつかない。
もみじちゃんは、キザな笑みを浮かべて、
「まぁな、変装だけなら神崎先輩にも負けない」
とイキった。
「で、俺はどうすればいい?」
「裏見先輩に、不機嫌の理由を尋ねるんだよ」
これには、もみじちゃんも若干引いた。
「それはマズくないですか……じゃない、マズくないか?」
「なんで?」
「だって俺と裏見の仲って微妙だし……」
「え? そうかな? 裏見先輩と松平先輩、よく一緒にいるじゃん?」
ふたりでいるところを、よく見かけるんだけど。
ところが、よもぎちゃんも異議を唱えた。
「それはクラスが同じだからでは?」
「えぇ、そうかなぁ? それならべつの男子でもよくない?」
「将棋部ですし」
いやいやいや、よもぎちゃん、甘いよ。人間観察が甘い。
「あたしはね、裏見先輩はけっこう松平先輩に脈ありだと思ってるんだよね」
「……」
「……」
「なんでふたりともそんな顔するのッ!?」
「あずささんの……じゃねぇ、福留の人物評は、あてにならないんだよなぁ」
「も、もみじちゃん、松平先輩バージョンだからって言いたい放題はダメだよ」
「私もそう思います。あずささんのカップル診断は当たりません」
ぐほぉ、よってたかってフルボッコ。あったまきた。
「あたしの目利きのどこが信用できないのッ!?」
「1年の山田と田中がつきあってるっての、ハズれてたじゃん」
もみじちゃんのツッコミ。
「いや、あれはね……ふたりがちょっと親密すぎるから……」
「中学の頃もあれこれ噂していましたが、半分も正解していませんでした」
よもぎちゃんのダブルパンチ。
「うぐぐ……あたしたちの友情もこれまでか……」
「あ、いえ、そこまでは言ってませんので……しかし、もみじさんを松平先輩に変装させたところで、不機嫌の理由を聞き出せるとは思えませんが?」
「でも、ほかに適任者がいないでしょ?」
「……それもそうですか」
よもぎちゃんも納得してくれた。もみじちゃんは気取ったポーズで、
「とりあえず行こうぜ。雑談でポロリもありえるからな」
と催促した。それじゃ、レッツゴー。
(駒桜3人娘、内偵中)
んー、いないね。
教室に行ってみたけど、放課後だからほとんどだれもいなかった。行き先を聞いたら、知らないという返事。仕方がないので、あたしたちは3人で手分けして捜査中。あたしは3階を担当した。見つからないので、2階へ降りる。
「帰っちゃったのかなぁ……ん?」
あたしは、サッと階段の踊り場に隠れた。なんか声が聞こえる。
「ま、松平先輩ッ! これを読んでくださいッ!」
1年の顔見知りの子が、松平先輩(に変装したもみじちゃん)に手紙を渡していた。
こ、これはッ! 告白現場ッ! ヤバいヤバい。
「え、俺は……」
「返事待ってますッ!」
少女はあたしの存在に気づかず、パーッと走り去ってしまった。
足音が聞こえなくなったのを確認して、あたしは顔を出す。
「もみじちゃーん」
一応、確認の声かけ。
「お、福留か」
「もみじちゃん、あたしと話すときくらい、口調戻さない?」
もみじちゃんは、前髪をサッとかきあげた。
「変装っていうのは、なりきりが大事なんだ」
「そ、そう……ところで、さっきのは?」
「廊下を歩いてたら、いきなり話しかけられた。ラブレターみたいだな」
もみじちゃんは、封筒をひらひらさせた。
「勝手に受け取っちゃって、マズくない?」
「あとで下駄箱か机のなかに放り込んどけばいい」
「話のつじつまが合わなくなるよ? 手渡ししたものが下駄箱に入ってたりしたら」
「大丈夫。俺は絶対にフる」
なるほど、たしかに付き合う可能性はないか。
「で、裏見先輩は見つかった?」
「いや、この階にはいないみたいだ」
「そっか……じゃあ、よもぎちゃんと一緒に1階を捜して……」
「松平ッ!」
うわぁッ! びっくりした。ふりかえると、裏見先輩が仁王立ちしていた。
「松平、今のはなんなの?」
「いや、なんというか……ラブレター渡してきた子がいて……」
「あんたね、そういうふうに他の女と付き合ってるなら、最初からそう言いなさいよ」
??? なんの話?
もみじちゃんも、がんばって反論する。
「もちろん断るつもりだぞ」
「嘘おっしゃいッ! 松平のバカッ!」
裏見先輩はそう言って駆け去ってしまった。
あたしたちはポツンと取り残される。
「なんだ……今の?」
「さぁ……」
○
。
.
けっきょく、その日はてきとうに解散した。
翌日の昼休みに、教室でもういちど相談する。
あたしはよもぎちゃんと席が前後してるから、こういうときは助かる。
「なんだったんだろうね、昨日の」
もみじちゃんは、困ったような顔で、
「さぁ……ともあれ、私が変装してあの場にいたのは、良くなかったような……」
と反省していた。
「しょうがなくない? 偶然なんだしさ」
「松平先輩に迷惑がかからないといいのですが」
ごちゃごちゃ話していると、となりの席の子に話しかけられた。
「ふたりとも深刻そうな顔して、なに話してるの? 松平先輩って聞こえたけど?」
「あ、うん……ちょっと松平先輩の話」
「やっぱりね。あのひとは狙わないほうがいいよ」
ですよねぇ――って、そういう話じゃないし。
話題を切り替えようとしたところで、その子からとんでもない発言が飛び出した。
「だって松平先輩、彼女いるらしいじゃん」
場所:駒桜市立高校女子将棋部の部室
先手:福留 梓
後手:裏見 香子
戦型:相振り飛車
▲7六歩 △3四歩 ▲6六歩 △3三角 ▲6八銀 △2二飛
▲6七銀 △4二銀 ▲7七角 △6二玉 ▲8八飛 △7二銀
▲3六歩 △7一玉 ▲2八銀 △5二金左 ▲3七銀 △5四歩
▲8六歩 △5三銀 ▲8五歩 △8二玉 ▲8四歩 △同 歩
▲同 飛 △8三歩 ▲8六飛 △6四歩 ▲4八玉 △6三金
▲3八玉 △7四歩 ▲5八金左 △5五歩 ▲4六歩 △5四銀
▲4七金 △4四歩 ▲2八玉 △2四角 ▲3八金 △3三桂
▲5八銀 △5二飛 ▲1六歩 △1四歩 ▲9六歩 △9四歩
▲8八飛 △4五歩 ▲同 歩 △5六歩 ▲3五歩 △4五桂
▲4六歩 △5七歩成 ▲同 銀 △同桂成 ▲同 金 △3五歩
▲6五歩 △同 銀 ▲5六歩 △同 銀 ▲同 金 △同 飛
▲1一角成 △5九飛成 ▲4八銀打 △6九龍 ▲4四馬 △3六歩
▲同 銀 △4六角 ▲3七歩 △4九銀 ▲5五桂 △3八銀成
▲同 玉 △5八金 ▲6三桂成 △4九龍 ▲2八玉 △4八龍
▲3八金 △3九銀 ▲1七玉 △3八龍 ▲7二成桂 △同 金
▲3五銀打 △2五金 ▲同 銀 △2八銀不成▲2六玉 △3七角成
まで96手で裏見の勝ち




