135手目 みんなの借り物(3)
というわけで、今日もやってきました。アルバイトのお時間です。
時給は最低賃金なんですよ。とほほ。
「おッ、つじーんじゃーん」
最初にやってきたのは、金髪の不良少女――不破楓さんです。
不破さんはカウンターによりかかって、ニヤニヤ。
「ちょっと一服したいんだけど、喫煙所は?」
「あ、もしもし警察ですか? 今、市立図書館に不良少女が……」
不破さん、大慌て。むりやり電話をガチャリ。
「ジョークだよッ! 本気にするなッ!」
「こっちも冗談です。内線専用機なので」
不破さんは、ひたいの汗をぬぐいました。
「意外と小心ですね」
「う、うっせぇ。師匠に迷惑がかかると困るんだよ」
だったらちゃんと生活しましょうねぇ。
「冷やかしなら、また後日に」
不破さんは、背中のうしろから一冊の本をとりだしました。
「こほん……これを貸してくれ」
『恋のキューピッド占い』
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……………………
…………………
………………はッ、しまった。
図書館員は顔に出しちゃダメなんですよ。なにを借りられても。
ピッ
「6月15日までです」
不破さんは本を大事そうに抱えて退館。
ふぅむ……不破さんでも、ああいう本を借りていくんですね。
お相手はだれなんでしょうか。
とはいえ、あまり勘ぐるのもゲスですし、今のできごとは忘れましょう。
平常心、平常心――っと、あのふたり組は。
「おい、兎丸、県大会の並びは佐伯先輩から聞いてるか?」
「聞いてないね」
「そろそろ並びを決めて練習したほうが、いいと思うんだけどなぁ」
「虎向って、そういうところだけ心配性だよね」
「兎丸はそういうところだけクソ度胸だからなぁ……あ、辻先輩、こんにちは」
いつものコンビですね。とりあえず挨拶を。
「古谷くん、新巻くん、こんにちは、さっそく作戦会議ですか?」
兎丸くんはにっこり笑って、
「作戦っていうほど考えてないです。佐伯先輩に任せきりです」
と答えました。むむむ、ごまかされた感じがします。
「升風を破っての県大会出場ですからね。ふたりともがんばってください」
「善処します……虎向、借りるものがあるんだろ?」
「お、そうだッ!」
虎向くんが借りたいものは、どれどれ。
『手品大全 トリック大公開!』
「これを読んで、佐伯先輩をギャフンと言わせますッ!」
えぇ……マズいですよ、学内政治的に。
「虎向くん、先輩には敬意を払いましょう」
「復讐するは我にあり、です。このまえ、昼食のパンを消されましたからね」
僕が詳細をたずねるまえに、兎丸くんがひとこと。
「マジックは力技が多いらしいし、口にねじ込んだんじゃない?」
「さすがにそれはないだろッ! でっかいメロンパンだぞッ!」
パワハラですね。田中くんに相談したほうがいいですよ。
「佐伯先輩はケチだから、トリックをひとつも教えてくれないんですッ!」
「虎向くん、他人の商売道具をタダで知ろうとしちゃいけません」
「んー、そうかなぁ……ま、とりあえず貸してくださいッ!」
はいはい、了解です。
ピッ
「6月15日までです」
「よぉしッ! トリックを暴くぞッ!」
永遠に消されちゃわないように、気をつけてくださいね。
兎丸くん、虎向くんコンビが消えると、入れ替わるようにメイド服のお姉さんが登場。
「ニャンと、辻くんもアルバイトですか」
「猫山さん、こんにちは……マスターになにか頼まれごとですか?」
「ええ、砂糖が切れたので、ついでに寄りました」
猫山さんは、手さげ袋をひらひら。
「おせっかいかもしれませんが、早めにもどらないとマズいのでは?」
「今は仕込みの時間です。これ貸してください」
『猫がよろこぶ絵本』
『世界のイケメン猫たち』
『ニャンともまあお魚写真集』
「……猫山さん、猫をお買いなんですか?」
「いえ、飼ってませんけど」
「図書館の本を他人に貸すのは禁止されてます」
猫山さんは、ニャハハと笑った。
「自分で読むんですよ。辻くん、いじわるですね」
ペット用の本を自分で読むんですか? ……変わった趣味ですね。
あやしんでいると、猫山さんのよこに白装束の女性があらわれました。
「愛ちゃん、なにをやっとるんじゃ。早く借りて帰るぞい」
「タマさん、ちょっと待ってください。まだ手続きが済んでません」
「遅いのぉ……おおッ! これが近所で話題の『世界のイケメン猫たち』かッ!」
タマという女性は本をひらいて、パラパラめくりました。
「ムハーッ! これはすごいぞッ! 人間なら発禁ものじゃ!」
ペットの写真集でアダルトな反応をされても困るのですが。
「愛ちゃん、早く借りていっしょに観るのじゃ」
「タマさん、私が借りるんですから、ツバ飛ばさないでくださいね」
「ツバは猫より犬のほうが汚いんじゃぞ」
えーと、これは……辻龍馬は考えることをやめた。
ピッピッピッ
「6月15日までです」
「ありがとうございます」
ふたりは帰っていきました。いったい、なんだったんでしょうか。
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……………………
…………………
………………
今の一件で警戒されているのか、だれも来なくなりましたね。
僕は椅子によりかかって、目の疲れをいやします。
「こーら、つじーん、寝ちゃダメでしょ」
っと、この声は裏見香子さん。
目を開けると、裏見さんが怒ったように立っていました。おっかない。
「アルバイト中に寝ちゃダメでしょ」
「あ、すみません……貸し出しですか?」
「返却」
『都ノ大学 過去問題集』
普通ですね。僕はピッとバーコードを読み取りました。
「そういえば、剣ちゃんも都ノを受けるって言ってましたよ」
僕のひとことに、裏見さんはごきげんななめ。
口がすべりましたかね。
「松平ったら、信じられないのよ。ひとの志望校を勝手に聞き出して」
「ま、まあ、剣ちゃんにもいろいろ考えが……」
「そういうコスいことしないで、はっきり言えばいいのに」
……………………
……………………
…………………
………………え?
裏見さんは赤くなりました。
「もういちど丁寧に告白したら、考えてあげなくもないんだけどね」
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…………………
………………ええ。剣ちゃん、一大事ですよ。流れ変わった。
「返却、終わった?」
「は、はい」
「それじゃ、おたがいに受験勉強がんばりましょう」
裏見さんはそれだけ言い残して、退館。
僕はデスクのしたからスマホをとりだし、MINEを起動させました。
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「剣ちゃん、良かったですね……辻龍馬、男泣きを禁じ得ません……むにゃ……」
「ちょっと、つじーん、寝ちゃダメでしょ。返却ぅ。つじ〜〜〜ん」




