134手目 終わりよければ?
「田中先輩じゃあ〜りませんか〜」
あっしの呼びかけに、角刈りのメガネ男子が顔をあげました。
「なんだ、林家さんか。こんにちは」
なんだとはなんだ、このやろう。
先輩は公園のベンチに腰掛けて、日陰で本を読んでいました。
「エ◯本でも読んでるんですか?」
「あのね……受験参考書だよ」
エ◯い受験参考書もあるかもしれない。
「あ、鞘谷さんと蔵持くんもいるのか。こんにちは」
蔵持先輩も日陰に入って、にっこり。
「やあ、田中くん。勉強熱心だね」
「きみたちとちがって、僕はスポーツ推薦じゃないからね」
微妙に毒入ってるな、これ。
場をなごませていただきやしょう。
「田中先輩なら第一志望も楽勝でがすよ、へっへっへ」
「な、なんか気になる言い方だな……ところで、3人は何やってるの?」
蔵持先輩は事情を説明。これには田中先輩も、あんまりいい顔をしませんでした。
「他人がやったボランティアを使うのは、マズくないかな?」
「え? そう?」
同意。でも、笑魅、かしこいから口に出さない。
年上の意見のくいちがいには、口出ししないに限る。
話題を変えましょ。なにがいいかな――あ、そうだ。
「田中先輩、デートとかしてらっしゃらないんですか?」
「林家さん、先輩に訊く質問はよく考えようね」
「じゃあ、どういう女性が好みでがすか?」
ちょっと強引に行く。田中先輩の好みから、佐伯先輩の好みにスライドさせる。ポーン主将にあとで報告するでがす。1万円くらいもらえちゃうかも。うっしっし。
「うーん、そうだな……好きになるひとって、あらかじめ決まってないんじゃない?」
はぁ、優等生タイプの返事。まあ、田中先輩の好みは本命じゃないから無問題。
次の質問に移ろうとしたところで、先に鞘谷先輩が口をひらきました。
「冬馬は、どういうタイプの女の子が好き?」
「明るくて元気な子かな」
「よっしゃぁ!」
「涼子ちゃん、どうしたの?」
「なんでもないわ。鞘谷涼子、今日も明るく元気でーす!」
大丈夫か、この女。田中先輩も困惑している。
とんずらされないうちに、私は本命の質問をぶつけた。
「でも、普通はタイプってもんがあるんじゃないですか? 佐伯先輩とか、あのあたりも好みの女性っているんでしょ? ね? 知りません?」
「佐伯くん? ……彼、モテそうだけど、彼女がいるって聞いたことないな」
「彼女がいるかどうかじゃなくて、女性の好みでがす」
田中先輩は腕組みをして、大げさに首をひねりました。
「彼とは、そういう話をしないからなぁ」
「え? しないんですか? ……じゃあ、どんなこと話してるんです?」
「佐伯くんの新作手品とか、大会の会計とか……あと、新巻くんが持ち込んだネタかな」
「虎向は女の話をしないんですか?」
「しないね。彼と一番しゃべる古谷くんが、そういう話にノッてこないから」
やっぱあそこのふたり、あやしいな。関係性に疑惑の目を向けていくぞ。
「女の話をしない男ばかりの将棋部、ヤバくないですか?」
「そう? 藤女でも男の話はそんなにしないでしょ?」
「とってもす……ふごぉ」
鞘谷先輩に口もとを押さえられて、頭ぐりぐり。
「藤女の評判落とすようなこと言ったら……分かってるわね?」
はい――とりあえず解放してもらう。
「モチロンシャベッテナイデス」
「な、なんでロボットみたいな話し方なのかな」
命の危険を感じるからね、しょうがないね。
「で、佐伯先輩の女の趣味は分かんないでがすか? 少しも?」
「うーん……佐伯くん、お母さんっ子だから、おなじタイプが好きなんじゃない? かなり適当な推論だけど。このまえもカーネーション送ってたよ」
「え? マザコン?」
「そうは言ってないんだけど……」
高校生ですよ、高校生。反抗期でお母さん大好きはマザコンでしょ。
将棋部、まっとうにみえてやっぱ変なの多いな。
「マザコンなら、外部から女をがつんとぶつけるしかありませんね」
「だからそうは言ってないんだけど……ま、いいや、僕はそろそろ行くね」
田中先輩は参考書を小脇にはさんで、その場を離れました。
逃げられた感がある。
しょうがない。笑魅、もとの仕事にもどる。
「先輩方、そろそろ目的地へ移動しやせんか?」
「ここが目的地だよ」
マジ? 都合よすぎだろ。
とはいえ、公園が防犯マップに入っているのは、変とも言えない。
「公園は逃げないから、チェック完了でがす」
「だね。とくに変わったところもないみたいだし、マルと」
こうして、私たちは順番に街を回っていきました。他の公園が2ヶ所、川辺が1ヶ所、古い工場跡が1ヶ所、駅前が1ヶ所(ロータリーの出入りが激しいですからね)、いくつかの通学路と、こども110番のお店を回って、ついには――
「いらっしゃい」
将棋喫茶店、八一に到着。
「お控えなすって、手前、粗忽者ゆえ……」
「林家さん、いきなり仁義なんか切っちゃって、どうしたの?」
マスターは皿を拭きながら笑いました。
「マスター、お詳しいようで」
「おじさんくらいの年齢なら、ヤクザ映画は多少観てるからね、テレビで」
なるほど、ならば要件に入らせていただくでやんす。
「アイス抹茶オレひとつ」
これには鞘谷先輩が敏感に反応。
「林家さん、休憩していくの?」
いや、来店して注文しないほうが、どうかと思うんですが。
「涼子ちゃん、ここが最後だから休んでいこうよ」
「私もそう思ってたところなの」
もはや突っ込む気もうせた。私はさっさと席につく。
鞘谷先輩はアイスコーヒー、蔵持先輩はジンジャエールを注文。
マップを見ながら、今日の成果を確認する。
「お冷やです」
メイド服姿の猫山さんだぁ。あっしもけっこう常連なんですよ。
あの裏見香子と出会ったのも、ここですしね。
「みなさん、学校の課題ですか?」
猫山さんはマップをのぞきこみました。お行儀が悪い。
店員のマナーとして、どうなんですかね。
だけど、蔵持先輩は普通に対応。
「ボランティアで市内の防犯マップを作ってるんです」
「ほぉ……防犯マップですか」
ん? なんか微妙な空気になった? なぜ?
「なんのための防犯マップですか?」
「とくに目的はないです。作ったってことが重要なんです」
蔵持先輩の説明に、猫山さんは首をかしげました。
「作ったことが重要……ずいぶんと変わった趣味ですね」
「趣味ってわけじゃないです。大学生活に向けた努力です」
あんまりしゃべらないほうが、いいような。横溝先輩のためにも。
「大学生活というのは、ずいぶん大変ニャんですね」
……………………
……………………
…………………
………………あれ? 猫山さん、大学生じゃないの?
私はそう思ってたんですが……ただのフリーターだった?
「愛ちゃーん、注文できたよ」
「はーい」
猫山さんは飲み物を取ってきて、私たちのまえに置きました。
あっしはアイス抹茶オレをひと口飲んで、ひとこと。
「ここの抹茶オレは最高だと思いますね。ビター・アンド・マイルド」
「そう言ってもらえると、店長もよろこびますよ」
マスター、あとでまけといてね。
「では、ひとつ謎解きを。喫茶店八一とかけまして、丸の内のオフィスビルと解きます」
「ニャンと、その心は?」
「将棋(商議)に最適です」
どやぁ。なかなかやろ。
「ひねってきましたね。では、私も謎解きをします」
「どうぞ」
「穴をくぐる猫とかけまして、思わず人気が出たときの処世術と解きます」
「その心は?」
「髭(卑下)が大事です」
いよ、座布団1枚。
私たちのやりとりを見た、鞘谷先輩は、
「なんとかゲームしてるの?」
とたずねました。いいかげん覚えてくれませんかね……4文字なんですし……。
「謎かけですよ、な・ぞ・か・け」
「あ、それ僕知ってるよ。なんとかと掛けて、なんとかと解くんでしょ?」
さすがは蔵持先輩、学がある。だてに升風男子じゃない。
「蔵持先輩も、どうでがすか、ひとつ」
「んー、そういうのやったことないから苦手なんだよね」
いやいや、大喜利は勢いが大事。初参加でも大丈夫。
蔵持先輩、やや長考。
「こんなのは、どうかな。涼子ちゃんとかけまして、このジンジャエールと解きます」
「その心は?」
「爽やか!」
おおっと、ここで鞘谷先輩が真っ赤になった。
「冬馬に褒められちゃった……うーん……」
その場で卒倒。
どうやら、おあとがよろし……くないだろッ! いいかげにしろッ!
救急車ッ! 救急車ッ!
○
。
.
「というわけで、たいへんだったんですよ」
私の愚痴に、いおりんはひとこと。
「日頃のおこないだな」
「笑魅のおこないなら、空から1億円降ってきてもおかしくないんですがね」
「今日の学食、カツ丼が売り切れてたんだよなぁ」
こいつ、無視しやがった。
「カツ丼じゃなくてチキン丼食べればいいでしょ」
「バカ、チキン丼は金曜日の甘辛マヨネーズが一番うまいんだよ」
「じゃあ藤花ラーメン」
いおりん、寝そべって腕枕に切り替え。
「たんぱく質を取らなきゃダメなの」
筋肉か? やはり筋肉なのか?
「だったらプロテインでも飲んで……」
「Hallo」
がらりとドアが開いて、ポーン主将が登場。
いおりんとあっしは畳のうえに正座。
「おはようございます」
「Schon nachmittags……Frauハヤシヤ、少々お話があります」
「『ピーッってどういう意味ですかしら?』みたいな卑猥なのはダメですよ」
「あなた、Herrサエキに気がおありね?」
……………………
……………………
…………………
………………は?
「あの、なにを言って……」
ポーン先輩、口もとに手をあてて、お嬢さま笑い。目が笑ってない。
「おほほほ、お隠しになられなくても、けっこうですわよ。先日、Herrタナカに根掘り葉掘りお聞きになられたとか。しかも、『外部から女をがつんとぶつけるしかありません』とは……ずいぶん大きく出られましたわね」
「え、あのですね、完全に誤解で……」
「Herrサエキほどの好男子、ライバルがいないのも、おかしな話ですもの」
ひとの話を聞けよ。お嬢さまはひとの話が聞けないのか?
私の弁明を無視して、ポーン先輩は黒い笑みを浮かべた。
「というわけで、今後ともよろしくお願いいたします、Frauハヤシヤ」
……………………
……………………
…………………
………………おあとがよろ死いようで、ちゃんちゃん。




