133手目 危険な一服
「さぁて、次は鞘谷涼子の家でがすね」
「なんで私の家が防犯マップに乗るのよ」
自分の胸に訊いてみてくだせぇ。
「次はここだね。駒桜市内で一番交通量の多い交差点」
蔵持先輩は、私たちを無視して地図をひろげました。
なんかノリが悪いんだよなぁ、この男。
鞘谷先輩も、こいつのどこがいいんですかね。パワーか?
「ここはよく事故が起きてるわよね。このまえも、軽がガードレールに突っ込んでたわ」
たしかに、ここは通学・通勤路。朝と夕方はけっこう危ない。
近くに銀行があるから、なおさら。
「交差点が消えるわけないんで、ここはオッケーですね、先輩方」
次、行きましょ、次。
移動しかけたところで、いきなりうしろから声かけ。
「お、笑魅じゃないか」
げッ、この声は――いおりん。琴音ちゃんもいました。
「なんだなんだ、土下座ナンパでもしてんのか……っと、鞘谷先輩、こんにちは」
急にしおらしくなるいおりん。
上下関係を重んじる体育会系の鑑。
「蔵持先輩とご一緒みたいですけど、どうかなさったんですか?」
「防犯マップを作ってるの」
「ああ、それで笑魅がいるんですね。変質者役で」
は? コ○すぞ。今日は微妙にキゲンが悪いってんだ。
と思いきや、これに鞘谷先輩が悪ノリ。
「一理あるわね。林家さん、変質者のマネしてみて」
「ぐへへへ、姉ちゃん、えらく筋肉質でおまんなぁ」
「きゃぁああ、冬馬、助けて」
鞘谷先輩は、蔵持先輩に抱きつく。
それがやりたいだけだろ。蔵持先輩もあきれぎみで、
「涼子ちゃん、ここは歩道が狭いからあぶないよ」
と諫めました。ざまぁみろ。好感度が下がったぞ。
「おほほほ、ごめんあそばせ」
「みなさん、さきほどから、なにをなさっているのですか?」
琴音ちゃん、白杖を手にしたまま質問。
世界一しょうもない会話だから、聞く価値ないですよ。
「あ、そうだ、林家笑魅、いいこと思いついたでがす。琴音ちゃん、鞘谷先輩の肩に手を乗せてもらえませんか?」
「? こうですか?」
スマホをとりだしてパシャパシャ。
「交差点で視覚障害者の手助けをするゴリ……女子高生のできあがりぃ」
……………………
……………………
…………………
………………え、なんですか、この空気は。
蔵持先輩は、気まずそうに頬をぽりぽり。
「そういうヤラセは、さすがに……」
「笑魅、マジで一回死んだほうがいいぞ」
「やだやだ、彼氏いないまま死ぬのやだ」
「おまえはあと30年生きてもできねぇから安心しろ」
「は?」
圧倒的ポリティカル・コレクトネスを感じる。
からかっていい人といけない人とのあいだの格差を感じる。
「伊織さん、そろそろ行かないと時間が」
琴音ちゃんの一言で、いおりんは我に返ったもよう。
「っと、そうだ。練習に遅れちまう。鞘谷先輩、蔵持先輩、お先に失礼します」
「なんであっしにはあいさつしないんでがすか?」
「笑魅、明日逮捕されてなかったら会おうぜ」
くそぉ、ぐれてやる、不良になってやる。
○
。
.
「というわけで、不良になりにきたぜ……場末のタバコ屋でがす」
ここ、けっこう有名なんだよなぁ……未成年者に売ってるって言うんで。
「マップには『83歳のおばあさんが店主』って書いてあるね。製作日が2012年だから、今は86歳かな」
どれどれ……うわぁ、ババァですね、これは。まちがいない。
しわしわよぼよぼの、それでいて気の強そうなおばあさんが座ってます。
「いちおう変わってはいないけど……涼子ちゃん、どうしようか?」
「どうしようかって、どういう意味? そのままにしとくんじゃないの?」
「未成年者にタバコ売ってるところ紹介していいのかなぁ」
「あ、そういう……マップにはなんて書いてある?」
「『コワいお兄さんが多いから気をつけよう!』だって」
ごまかしてますね。どうせタバコ買いに来た天堂の学生でしょ。
こうなると、なんか興味が出てきやした。話しかけてみましょう。
「もしもし、生きてるでがすか?」
「あぁ?」
おばあさん、耳に手をあてて前のめりに。
生きてるっぽいな。
「タバコ売ってもらえませんかね?」
「あぁ?」
「タバコ売ってもらえませんかねッ!?」
「銘柄言ってもらわないとねぇ」
それもそうか。でも、知らないんだよな。
とりあえずガラスケースをのぞきこんでみて……おおっとッ!?
ものすごい勢いで引き離されました。
「なにやってんのよッ! ひとに見られたらどうするのッ!」
痛い痛い痛い。力が入りすぎ。
「冗談でがすよ。冗談」
「剣道は素行に厳しいんだから。私と冬馬が出場停止になったらどうするのよ」
「どうなるんでがすか?」
鞘谷先輩、私の体をはなして、指をぽきぽき。
「そうねぇ……頭が正門、右腕が理科室、左腕が家庭科室で、下半身はプールに浮かんでるってのはどう?」
ヒエッ――林家笑魅、生きたいとあらためて思った。
蔵持先輩はタメ息をついて、
「ここは消しといていいんじゃないかな。ポイントは他にもあるし」
と提案。異議なし。
「だったら、ここにいても仕方がないでがす。次、行きやしょ」
「えっと、次は……」
「おーい、ババァ、タバコくれ」
なんとべつの客が登場。
髪の毛が真っ赤で、胸がボインボイン。こいつはかぶいてやがるぜ。
などと観察していると、私は襟首をつかまれて、路地裏へ引っ張り込まれました。
「さ、鞘谷先輩、首が締まるでがす」
「シーッ……あれ、飴玉お姉さんじゃない?」
あめだまおねえさん……? あ、なんか聞いたことありますね。
駒桜で飴玉を無料でくばる変質者だったかな。たしかに変質者っぽい。
私たちは路地裏に隠れて、耳を澄ませました。
「はいはい、いつものだね」
「タール50のやつだぞ」
飴玉お姉さんは、白地に赤いふたのパッケージを開けて、その場で一服。
「地球のタバコはしけてやがるなぁ。がつんとγ線が利いてるやつはねぇのかよ」
「あぁ?」
飴玉お姉さんは、カウンターによりかかって紫煙をプカーッ。
「おい、ババァ、このへんでスペースクラフト見かけなかったか? 最新のハウロー型かぽんこつヴェスタだと思うんだが」
「あぁ?」
「チッ、モデルじゃ分かんねぇか。空にピカピカ光ってるもんが見えなかった?」
「となりの源蔵爺さんはぁ〜いつも頭がピカピカ光ってるよ」
ババァ、やるな。返しが冴えてやがる。
っていうか、この巨乳のお姉さん、ヤバいんじゃないですかね。
言動がおかしすぎる。ヤク中かなにか?
一本目をすぐに吸い終えて、そばの灰皿にポイッ。2本目に火をつけました。
「しっかし、こんな辺境の惑星で燃料切れになるとはついてねぇよなぁ」
「ガソリンスタンドならそこの角だよ」
「あたしが欲しいのは核融合用のチップなんだよ。分かる?」
「あぁ?」
ババァ、耳に手をあてて聞き返すも、お姉さんは無視。
スパーッと一服。
「この星は技術力が低過ぎて、他の船から奪うしかねぇんだよなぁ。駒桜に絶対1機あるはずなんだが、離陸地点すらつかめねぇ」
……あれか、宇宙人プレイか?
どこぞの自称宇宙人女子高生(笑)と同類じゃないか。あほくさ。
鞘谷先輩もおなじ結論に達したのか、じゃっかんあきれぎみに、
「もしかして、市立の飛瀬さんの親戚かしら?」
とつぶやいた。いやぁ、どうだろ。全然似てない。
宇宙人女子高生は、クールな美少女(笑)って感じがするけど、飴玉お姉さんは水商売系にみえるんだよなぁ。着てる服も派手だし、髪の毛が真っ赤だし。
「涼子ちゃん、林家さん、なんか危ない雰囲気だから、とりあえず移動しない?」
蔵持先輩に賛成。移動、移動……ん?
ふりかえると、飴玉お姉さんがうしろに立っていた。
「そこのお嬢さんたち、飴玉はいらんかねぇ」
ひえぇ〜退散ッ!
○
。
.
「ハァ……ハァ……間一髪でしたね」
走り過ぎて死ぬかと思った。
「先輩たち、あっしを置いて行こうとしませんでしたか?」
鞘谷先輩は汗ひとつかかずに、肩をすくめました。
「置いて行くつもりはなかったけど、林家さんが遅いんだもの」
100メートル22秒だからね。しょうがないね。
ところで、ここはどこでがすか? ん、あの男は――




