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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第1局 香子ちゃん、四国遠征編(2014年8月18日月曜〜25日月曜)
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12手目 波打ちぎわの作戦会議

「かように拙僧の力が及ばず、もうしわけございませんでした」

 大谷おおたにさんはそう言って、みんなを拝んだ。

 ここは、K知でも有名な観光名所、桂浜かつらはま。青い海が綺麗な砂浜だ。

 私、神崎かんざきさん、大谷さん、それに香宗我部こうそかべくんと吉良きらくんの5人で、キャット・アイを捕まえるための作戦会議をひらいていた。桂太けいたはサッカーの練習日で、いない。磯前いそざきさんも参加したかったらしいけど、都合が合わないようだ。 

「ひぃちゃんは悪くない。あの泥棒ネコが悪い」

 と神崎さん。

 結局、神崎さんの身体能力でもキャット・アイを捕まえることはできなかった。松の木の林で、うまく巻かれてしまったらしい。

「殺してもいいというのなら簡単なのだが、さすがにそうはいかんからな」

 神崎さんは、物騒なことを口走る。

 香宗我部くんは真剣な表情で、

「神崎さんから逃げおおせたということは、忍者ですかね?」

 とたずねた。

 神崎さんは首をふった。

「あれは化け猫だ。人間ではない」

 えぇ……そういうオカルトな解釈は、やめて欲しい……。

 香宗我部くんは、神崎さんを信用しているのか、敢えて反論しなかった。

「となると、かなり厄介ですね……簡単に捕まるかと思ったのですが……」

 香宗我部くんは、大谷さんに向きなおる。

「大谷さんの手で、調伏ちょうぶくできないのですか? 化け猫なら、妖怪ですよね?」

「そのためには、キャット・アイを拘束してもらわねばなりません」

 妖怪前提で話が進み、私は困惑する。

 その雰囲気が伝わったのか、吉良くんが一歩まえに出た。

「妖怪なんて、いませんよ。将棋で潰しましょう」

 常識人ね。私も神崎さんたちの空気に飲まれないよう、踏ん張る。

 ただ、吉良くんの提案自体は、あまり説得的じゃなかった。

 香宗我部くんも、すぐにつっこんでくる。

「大谷さんが圧倒されたんだ。キャット・アイは、僕たちが予想していたよりも強い」

「ヒヨコ先輩が負けたから俺も負ける、って言うんですか?」

 香宗我部くんは、断言を避けた。

 吉良くんは、イライラしたような態度で、ポケットに手を突っ込む。

「分かりました。俺は信用されてないんですね。勝手にしてください」

「信用してないわけじゃない。大事をとろうと言っているんだ」

「おなじことでしょう」

 なんだか険悪な空気。

 香宗我部くんは、それでも自説を曲げなかった。

 大谷さんと神崎さんに声をかける。

「とりあえず、作戦会議をしましょう。ちかくに喫茶店があります」

 私も連れて行かれるのかと思いきや、声をかけられなかった。

裏見うらみさんは観光に来てるんです。もっと楽しんでください」

「でも、桂太と別行動にしちゃったんだけど」

「それなら、義伸よしのぶが案内してくれます」

 これには吉良くんが抗議した。

「俺が案内するんですか?」

「裏見さんはキャット・アイと遭遇したんだ。護衛が必要だろう」

 とは言うものの、私は逆なんじゃないかと思った。このままだと吉良くんがひとりで暴走しそうだから、私が子守りに任命されたんじゃないの、これ。

 香宗我部くんは、またあとで、と言って、神崎さんたちと一緒にその場を去った。

 浜辺には、私と吉良くんだけが残される。どうしましょう。

「このへんの観光名所って、知ってる?」

 私は吉良くんに話しかけた。

「まあ、地元なんで」

「じゃあ、案内してくれない?」

 吉良くんは、OKだと言った。でも、なんだか恥ずかしそう。

「なにが観たいんですか? 歴史なら、坂本龍馬記念館とかですけど」

「ほかには?」

「動物が好きなら、水族館もありますよ」

 時間があるし、両方回れるんじゃないかしら。私はそう提案した。吉良くんは、なんだかめんどくさそうな感じで、「龍馬像からで」と言って、先を歩いた。無愛想。

 私は砂浜を歩いて、ついて行った。すぐ近くにあるのかと思ったら、すこし小高い丘のうえにあるようだ。私たちはその丘に登って、きらきら輝く太平洋を左手に置きながら、像を一望した。

「これは、本で観たことがあるわ」

 実物は迫力がある。等身大かと思ったら、全然違っていた。

 5、6メートルはあるっぽい。

「ま、有名ですからね」

 私はスマホで何枚か写真を撮った。

 すると、近くにいたカップルに声をかけられる。

「すみません、撮ってもらえませんか?」

 はいはい、お安い御用で。私はデジカメを受け取り、パシャリと2枚撮った。

「あなたたちも、撮ってあげましょうか?」

 あ、助かる。私は龍馬像のまえに立った。

「彼氏さんは入らないんですか?」

 ん? ……ああ、吉良くんのことか。吉良くんは顔を赤くして、

「俺は彼氏じゃないです」

 と答えた。四国の県代表と写る機会はないし、駒桜こまざくらに帰ってからも、いろいろ話題にできるかな、と思って、吉良くんも誘った。

「一緒に写りましょうよ」

 私は吉良くんをムリヤリ隣に立たせて、スマホで撮ってもらった。

「ありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ」

 カップルは、そのまま丘を降りて行った。

「写真なんか撮って、どうするんですか?」

「んー……H島の将棋部員にみせるわ」

 吉良くんは、ますます顔を赤くした。

「やめてくださいよ、恥ずかしい」

「いいじゃない。捨神すてがみくんとは、友だちなんでしょ?」

 ちょくちょく会わないから、おたがいに様変わりしてるんじゃないかしら。

 案の定、吉良くんも興味を示してきた。

「そう言えば、捨神のやつは、ちゃんと将棋指してるんですか?」

「え? 指してるわよ?」

「そうですか……一時期、やめたみたいな噂を聞いたような……」

 私は、全然心当たりがないと答えた。

 捨神くんが将棋を止めたら、世界が終わるんじゃないかしら。

「あ、そうだ。捨神くんの写真もあるわよ」

 私はフォルダをひらいて、写真を探した。春の団体戦の打ち上げで撮ったものだ。レストランに大勢で駆け込んで、わいわいやっているシーン。吉良くんはそれを観て、ちょっと首をかしげた。

「捨神のやつ、変わりましたね……」

「身長が伸びてるとか?」

「まえは、もっと暗いやつでしたけど」

 え? そうなの? 意外な情報で、私はちょっと気になった。

 けど、思春期特有の問題かもしれないし、敢えて尋ねなかった。

「それと、捨神の視線の先にいる女は、だれですか?」

「どれ?」

「黒髪ショートの、おとなしそうなやつです」

 吉良くんが指差したのは……飛瀬とびせさんだった。大人数で腰掛けるU字テーブルで、左側に捨神くん、箕辺みのべくん、葛城かつらぎくんが座っている。でも、捨神くんの視線は、対面、右斜め下の飛瀬さんに向けられている気がした。

「この子は、私の学校の後輩」

「ちょっと日本人離れしてて、なかなかカワイイですね」

 見た目は、ね。

「けっこう、すごい子よ」

「将棋が、ですか?」

「いろいろ」

 吉良くんは、理解しかねるという顔をした。さすがに「宇宙人だ」なんて言ったら、私の正気が疑われるから言わない。

「ほかのメンバーの写真もあります? 御城ごじょうとか」

「ごじょう? ……ごめん、知らない」

兎丸うさまるは、さすがに知ってますよね? おなじ町ですし」

 私は、それも知らないと答えた。これには吉良くんがおどろいて、

「裏見先輩、ほんとに駒桜こまざくらから来たんですか?」

 と尋ねてきた。ほんとだっちゅーねん。

「でないと、こんな写真持ってるわけないでしょ」

「それも、そうか……じゃあ、この裏見先輩をみてニヤニヤしてる男のひとは?」

 私は写真をみなおした。だれのことか分からなかったからだ。

「……げッ、松平まつだいら

「彼氏ですか?」

「ちがうちがうちがう」

 私は全力で否定した。恥ずかしいから、スマホを仕舞う。

「次は、どこを案内してくれるの?」

「龍馬繋がりで、記念館にでも行きますか」

 私は、ガラス張りのちょっと変わった建物に案内された。

 どういうところかと思ったら、坂本龍馬の遺品が展示されている場所のようだ。

「なんで拳銃が展示されてるの?」

 私は、木製のグリップに銀色の銃身がついたピストルを指差した。

「当時は護身用に持ってたからですよ」

「あ、そうなんだ」

 拳銃を個人で所持してるとか、やっぱり危ない時代なのね。

 ほかには書状(?)のようなものがたくさんあったけど、達筆で読めなかった。

 記念館を出たところで、ちょうどお昼になった。

「どうします? 昼飯にします?」

「市内で桂太と落ち合う約束になってるんだけど」

 そうですか、と吉良くんは答えて、私鉄で市内に出ることになった。

 さんさんと照りつける太陽のもと、駅前の木陰で桂太を待つ。蝉の声がかまびすしい。こうして立っているだけでも、夏を満喫しているという気分になる。ときおり吹く風が、妙に心地よかった。すこし潮の香りがする気さえした。

「姉ちゃん、お待たせ」

 改札口から出てきた桂太に、私は手を振った。

 練習上がりなのか、サッカーのユニフォームを着ていた。

「あれ? 香宗我部の兄ちゃんたちは?」

 私は、これまでの出来事を伝えた。

「え? ほんとにキャット・アイを捕まえるつもりなの?」

「香宗我部くんは、そのつもりみたいよ」

 神崎さんと大谷さんも、リベンジの機会を狙ってそう。

「警察に任せたほうが、いいと思うけどなあ」

 同意。桂太とは、このあたりの常識的な判断で一致している。

「なにも盗まれてないのに、警察が動くとは思えないけどな」

 吉良くんは、否定的な回答を口にした。というより、吉良くんはキャット・アイと指したいんだろうな、と感じる。出させてもらえないのが癪なのだろう。プライドを傷つけられているのかもしれない。

 ただ……昨晩のキャット・アイの実力をみるに、県代表クラスというのは事実だ。吉良くんの実力は分からないけれど、楽勝ってわけにはいかなさそう。

「どこで食べるの?」

 と桂太。私に訊かないでくださいな。

「なんでもいいわよ」

「あのさ……そういうの、一番困るんだけど」

 私と桂太が押し問答をしていると、吉良くんが割り込んで、

「ちょっと離れてますけど、俺の知ってる美味いカツオ丼の店にしません?」

 と言った。予算はどれくらいかと尋ねたら、1000円ちょっとだと言われた。

 海産は昨日の夜も食べたけれど、カツオ丼というのは、また目新しい。

 私たちはそこに決めて、吉良くんに案内してもらった。なんだかさびれた通りで、なるほど観光客は寄りつきそうにない。暖簾をくぐると、愛想の悪そうなおじさんが、競馬新聞を読んでいた。うぅん、大丈夫かしら。

「カツオ丼、みっつ」

 吉良くんが注文して、私たちはテーブル席につく。

 水が運ばれてきて、吉良くんは手をつけずに口をひらいた。

「裏見先輩は、昨日の夜、キャット・アイを見たんですよね?」

 あ、その話はマズい。

 桂太は、びっくりしてこちらを見た。

「え? そうなの?」

「ちょ、ちょっとね……外で変な声がして、大谷さんが気になるっていうから……」

 桂太は水を飲みながら、

「えぇ、怖いなあ。俺の中学も狙われてるのかなあ」

 と言った。狙われたのは、魚の干物なんだけどね。

「で、どんなやつだった?」

「格好は、香宗我部くんが言っていたとおりよ」

「顔は?」

「アイマスクをしてたから、分からなかったわ」

 とはいえ、あの遭遇以来、少し気になっていることがある。それは、キャット・アイの声に、なぜか聞き覚えがあることだった。微妙に、なんだけど……うーん、でも、あんな変なひとは、私の知り合いにいないし……テレビで見たとか……? 有名なスポーツ選手というオチは、なんだかありそうな気がする。あれだけ身体能力が高いなら、運動で名を馳せるのは簡単だろう。神崎さんだって、剣道で有名だ。

「お待たせしました」

 アルバイトらしきお姉さんが、お盆を運んできた。

 私はどんぶりをのぞいて、びっくりする。カツオのたたきが乗っているだけの代物かと思いきや、それプラス、何かのフライとそぼろが添えられていた。

 べつの皿には、お新香。さらに、お味噌汁がついてくる。

「美味しそうね」

「まあ、食べてみてください」

 私は早速、いただきますをした。そぼろからいってみる。

「……あれ、このそぼろって、もしかして魚?」

「ええ、全部カツオです。フライも」

 むむ、カツオの叩き+カツオのフライ+カツオのそぼろか。カツオ尽くしだ。

「いいお店、知ってるわね」

「こういうのは、田舎のほうが安くて美味うまいですよ」

 なるほど、そうかもしれない。私はさっぱりとした丼ぶりをかきこみながら、あれこれとよもやま話をした。お土産をどこで買えばいいか、とか、すこし離れたところに名所はないか、とか、そういう話。

「そういえば、磯前先輩の住んでる町も、変わった土産物がありますよ」

「なに? 食べ物?」

「メロンサイダーなんですけど」

 そこそこ美味しいと、吉良くんは勧めてくれた。

 問題は、となりの市だってことだ。

「磯前先輩に買ってもらえばいいんじゃないですか?」

「さすがに何回か会っただけだし……あら?」

 私は、吉良くんのコップのしたに、紙切れが挟まっていることに気づいた。

「お会計?」

 まさか、コップのしたに伝票を敷いたのかしら。

 非常識な店員さんだなと思って店内を見回したら、さっきのお姉さんは、いない。べつのひとが給仕をしていた。おかしいわね。

「ん、文字が書いてありますよ?」

 吉良くんはそれを引き抜いて、折り畳まれた紙切れをひらいた。



 吉良義伸 殿

 

 我が輩と勝負したければ、今夜10時、王手町高校のグラウンドまで来ること。

 立ち会いをつれてきてもいいぞ。楽しみに待っている。

 

 怪盗キャット・アイ より

  ฅ=ω=ฅ

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