12手目 波打ちぎわの作戦会議
「かように拙僧の力が及ばず、もうしわけございませんでした」
大谷さんはそう言って、みんなを拝んだ。
ここは、K知でも有名な観光名所、桂浜。青い海が綺麗な砂浜だ。
私、神崎さん、大谷さん、それに香宗我部くんと吉良くんの5人で、キャット・アイを捕まえるための作戦会議をひらいていた。桂太はサッカーの練習日で、いない。磯前さんも参加したかったらしいけど、都合が合わないようだ。
「ひぃちゃんは悪くない。あの泥棒ネコが悪い」
と神崎さん。
結局、神崎さんの身体能力でもキャット・アイを捕まえることはできなかった。松の木の林で、うまく巻かれてしまったらしい。
「殺してもいいというのなら簡単なのだが、さすがにそうはいかんからな」
神崎さんは、物騒なことを口走る。
香宗我部くんは真剣な表情で、
「神崎さんから逃げおおせたということは、忍者ですかね?」
とたずねた。
神崎さんは首をふった。
「あれは化け猫だ。人間ではない」
えぇ……そういうオカルトな解釈は、やめて欲しい……。
香宗我部くんは、神崎さんを信用しているのか、敢えて反論しなかった。
「となると、かなり厄介ですね……簡単に捕まるかと思ったのですが……」
香宗我部くんは、大谷さんに向きなおる。
「大谷さんの手で、調伏できないのですか? 化け猫なら、妖怪ですよね?」
「そのためには、キャット・アイを拘束してもらわねばなりません」
妖怪前提で話が進み、私は困惑する。
その雰囲気が伝わったのか、吉良くんが一歩まえに出た。
「妖怪なんて、いませんよ。将棋で潰しましょう」
常識人ね。私も神崎さんたちの空気に飲まれないよう、踏ん張る。
ただ、吉良くんの提案自体は、あまり説得的じゃなかった。
香宗我部くんも、すぐにつっこんでくる。
「大谷さんが圧倒されたんだ。キャット・アイは、僕たちが予想していたよりも強い」
「ヒヨコ先輩が負けたから俺も負ける、って言うんですか?」
香宗我部くんは、断言を避けた。
吉良くんは、イライラしたような態度で、ポケットに手を突っ込む。
「分かりました。俺は信用されてないんですね。勝手にしてください」
「信用してないわけじゃない。大事をとろうと言っているんだ」
「おなじことでしょう」
なんだか険悪な空気。
香宗我部くんは、それでも自説を曲げなかった。
大谷さんと神崎さんに声をかける。
「とりあえず、作戦会議をしましょう。ちかくに喫茶店があります」
私も連れて行かれるのかと思いきや、声をかけられなかった。
「裏見さんは観光に来てるんです。もっと楽しんでください」
「でも、桂太と別行動にしちゃったんだけど」
「それなら、義伸が案内してくれます」
これには吉良くんが抗議した。
「俺が案内するんですか?」
「裏見さんはキャット・アイと遭遇したんだ。護衛が必要だろう」
とは言うものの、私は逆なんじゃないかと思った。このままだと吉良くんがひとりで暴走しそうだから、私が子守りに任命されたんじゃないの、これ。
香宗我部くんは、またあとで、と言って、神崎さんたちと一緒にその場を去った。
浜辺には、私と吉良くんだけが残される。どうしましょう。
「このへんの観光名所って、知ってる?」
私は吉良くんに話しかけた。
「まあ、地元なんで」
「じゃあ、案内してくれない?」
吉良くんは、OKだと言った。でも、なんだか恥ずかしそう。
「なにが観たいんですか? 歴史なら、坂本龍馬記念館とかですけど」
「ほかには?」
「動物が好きなら、水族館もありますよ」
時間があるし、両方回れるんじゃないかしら。私はそう提案した。吉良くんは、なんだかめんどくさそうな感じで、「龍馬像からで」と言って、先を歩いた。無愛想。
私は砂浜を歩いて、ついて行った。すぐ近くにあるのかと思ったら、すこし小高い丘のうえにあるようだ。私たちはその丘に登って、きらきら輝く太平洋を左手に置きながら、像を一望した。
「これは、本で観たことがあるわ」
実物は迫力がある。等身大かと思ったら、全然違っていた。
5、6メートルはあるっぽい。
「ま、有名ですからね」
私はスマホで何枚か写真を撮った。
すると、近くにいたカップルに声をかけられる。
「すみません、撮ってもらえませんか?」
はいはい、お安い御用で。私はデジカメを受け取り、パシャリと2枚撮った。
「あなたたちも、撮ってあげましょうか?」
あ、助かる。私は龍馬像のまえに立った。
「彼氏さんは入らないんですか?」
ん? ……ああ、吉良くんのことか。吉良くんは顔を赤くして、
「俺は彼氏じゃないです」
と答えた。四国の県代表と写る機会はないし、駒桜に帰ってからも、いろいろ話題にできるかな、と思って、吉良くんも誘った。
「一緒に写りましょうよ」
私は吉良くんをムリヤリ隣に立たせて、スマホで撮ってもらった。
「ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ」
カップルは、そのまま丘を降りて行った。
「写真なんか撮って、どうするんですか?」
「んー……H島の将棋部員にみせるわ」
吉良くんは、ますます顔を赤くした。
「やめてくださいよ、恥ずかしい」
「いいじゃない。捨神くんとは、友だちなんでしょ?」
ちょくちょく会わないから、おたがいに様変わりしてるんじゃないかしら。
案の定、吉良くんも興味を示してきた。
「そう言えば、捨神のやつは、ちゃんと将棋指してるんですか?」
「え? 指してるわよ?」
「そうですか……一時期、やめたみたいな噂を聞いたような……」
私は、全然心当たりがないと答えた。
捨神くんが将棋を止めたら、世界が終わるんじゃないかしら。
「あ、そうだ。捨神くんの写真もあるわよ」
私はフォルダをひらいて、写真を探した。春の団体戦の打ち上げで撮ったものだ。レストランに大勢で駆け込んで、わいわいやっているシーン。吉良くんはそれを観て、ちょっと首をかしげた。
「捨神のやつ、変わりましたね……」
「身長が伸びてるとか?」
「まえは、もっと暗いやつでしたけど」
え? そうなの? 意外な情報で、私はちょっと気になった。
けど、思春期特有の問題かもしれないし、敢えて尋ねなかった。
「それと、捨神の視線の先にいる女は、だれですか?」
「どれ?」
「黒髪ショートの、おとなしそうなやつです」
吉良くんが指差したのは……飛瀬さんだった。大人数で腰掛けるU字テーブルで、左側に捨神くん、箕辺くん、葛城くんが座っている。でも、捨神くんの視線は、対面、右斜め下の飛瀬さんに向けられている気がした。
「この子は、私の学校の後輩」
「ちょっと日本人離れしてて、なかなかカワイイですね」
見た目は、ね。
「けっこう、すごい子よ」
「将棋が、ですか?」
「いろいろ」
吉良くんは、理解しかねるという顔をした。さすがに「宇宙人だ」なんて言ったら、私の正気が疑われるから言わない。
「ほかのメンバーの写真もあります? 御城とか」
「ごじょう? ……ごめん、知らない」
「兎丸は、さすがに知ってますよね? おなじ町ですし」
私は、それも知らないと答えた。これには吉良くんがおどろいて、
「裏見先輩、ほんとに駒桜から来たんですか?」
と尋ねてきた。ほんとだっちゅーねん。
「でないと、こんな写真持ってるわけないでしょ」
「それも、そうか……じゃあ、この裏見先輩をみてニヤニヤしてる男のひとは?」
私は写真をみなおした。だれのことか分からなかったからだ。
「……げッ、松平」
「彼氏ですか?」
「ちがうちがうちがう」
私は全力で否定した。恥ずかしいから、スマホを仕舞う。
「次は、どこを案内してくれるの?」
「龍馬繋がりで、記念館にでも行きますか」
私は、ガラス張りのちょっと変わった建物に案内された。
どういうところかと思ったら、坂本龍馬の遺品が展示されている場所のようだ。
「なんで拳銃が展示されてるの?」
私は、木製のグリップに銀色の銃身がついたピストルを指差した。
「当時は護身用に持ってたからですよ」
「あ、そうなんだ」
拳銃を個人で所持してるとか、やっぱり危ない時代なのね。
ほかには書状(?)のようなものがたくさんあったけど、達筆で読めなかった。
記念館を出たところで、ちょうどお昼になった。
「どうします? 昼飯にします?」
「市内で桂太と落ち合う約束になってるんだけど」
そうですか、と吉良くんは答えて、私鉄で市内に出ることになった。
さんさんと照りつける太陽のもと、駅前の木陰で桂太を待つ。蝉の声がかまびすしい。こうして立っているだけでも、夏を満喫しているという気分になる。ときおり吹く風が、妙に心地よかった。すこし潮の香りがする気さえした。
「姉ちゃん、お待たせ」
改札口から出てきた桂太に、私は手を振った。
練習上がりなのか、サッカーのユニフォームを着ていた。
「あれ? 香宗我部の兄ちゃんたちは?」
私は、これまでの出来事を伝えた。
「え? ほんとにキャット・アイを捕まえるつもりなの?」
「香宗我部くんは、そのつもりみたいよ」
神崎さんと大谷さんも、リベンジの機会を狙ってそう。
「警察に任せたほうが、いいと思うけどなあ」
同意。桂太とは、このあたりの常識的な判断で一致している。
「なにも盗まれてないのに、警察が動くとは思えないけどな」
吉良くんは、否定的な回答を口にした。というより、吉良くんはキャット・アイと指したいんだろうな、と感じる。出させてもらえないのが癪なのだろう。プライドを傷つけられているのかもしれない。
ただ……昨晩のキャット・アイの実力をみるに、県代表クラスというのは事実だ。吉良くんの実力は分からないけれど、楽勝ってわけにはいかなさそう。
「どこで食べるの?」
と桂太。私に訊かないでくださいな。
「なんでもいいわよ」
「あのさ……そういうの、一番困るんだけど」
私と桂太が押し問答をしていると、吉良くんが割り込んで、
「ちょっと離れてますけど、俺の知ってる美味いカツオ丼の店にしません?」
と言った。予算はどれくらいかと尋ねたら、1000円ちょっとだと言われた。
海産は昨日の夜も食べたけれど、カツオ丼というのは、また目新しい。
私たちはそこに決めて、吉良くんに案内してもらった。なんだかさびれた通りで、なるほど観光客は寄りつきそうにない。暖簾をくぐると、愛想の悪そうなおじさんが、競馬新聞を読んでいた。うぅん、大丈夫かしら。
「カツオ丼、みっつ」
吉良くんが注文して、私たちはテーブル席につく。
水が運ばれてきて、吉良くんは手をつけずに口をひらいた。
「裏見先輩は、昨日の夜、キャット・アイを見たんですよね?」
あ、その話はマズい。
桂太は、びっくりしてこちらを見た。
「え? そうなの?」
「ちょ、ちょっとね……外で変な声がして、大谷さんが気になるっていうから……」
桂太は水を飲みながら、
「えぇ、怖いなあ。俺の中学も狙われてるのかなあ」
と言った。狙われたのは、魚の干物なんだけどね。
「で、どんなやつだった?」
「格好は、香宗我部くんが言っていたとおりよ」
「顔は?」
「アイマスクをしてたから、分からなかったわ」
とはいえ、あの遭遇以来、少し気になっていることがある。それは、キャット・アイの声に、なぜか聞き覚えがあることだった。微妙に、なんだけど……うーん、でも、あんな変なひとは、私の知り合いにいないし……テレビで見たとか……? 有名なスポーツ選手というオチは、なんだかありそうな気がする。あれだけ身体能力が高いなら、運動で名を馳せるのは簡単だろう。神崎さんだって、剣道で有名だ。
「お待たせしました」
アルバイトらしきお姉さんが、お盆を運んできた。
私はどんぶりをのぞいて、びっくりする。カツオのたたきが乗っているだけの代物かと思いきや、それプラス、何かのフライとそぼろが添えられていた。
べつの皿には、お新香。さらに、お味噌汁がついてくる。
「美味しそうね」
「まあ、食べてみてください」
私は早速、いただきますをした。そぼろからいってみる。
「……あれ、このそぼろって、もしかして魚?」
「ええ、全部カツオです。フライも」
むむ、カツオの叩き+カツオのフライ+カツオのそぼろか。カツオ尽くしだ。
「いいお店、知ってるわね」
「こういうのは、田舎のほうが安くて美味いですよ」
なるほど、そうかもしれない。私はさっぱりとした丼ぶりをかきこみながら、あれこれとよもやま話をした。お土産をどこで買えばいいか、とか、すこし離れたところに名所はないか、とか、そういう話。
「そういえば、磯前先輩の住んでる町も、変わった土産物がありますよ」
「なに? 食べ物?」
「メロンサイダーなんですけど」
そこそこ美味しいと、吉良くんは勧めてくれた。
問題は、となりの市だってことだ。
「磯前先輩に買ってもらえばいいんじゃないですか?」
「さすがに何回か会っただけだし……あら?」
私は、吉良くんのコップのしたに、紙切れが挟まっていることに気づいた。
「お会計?」
まさか、コップのしたに伝票を敷いたのかしら。
非常識な店員さんだなと思って店内を見回したら、さっきのお姉さんは、いない。べつのひとが給仕をしていた。おかしいわね。
「ん、文字が書いてありますよ?」
吉良くんはそれを引き抜いて、折り畳まれた紙切れをひらいた。
吉良義伸 殿
我が輩と勝負したければ、今夜10時、王手町高校のグラウンドまで来ること。
立ち会いをつれてきてもいいぞ。楽しみに待っている。
怪盗キャット・アイ より
ฅ=ω=ฅ




