127手目 みんなの借り物(1)
※ここからは辻くん視点です。
えー、升風高校3年生の辻です。
じつは僕、駒桜の公立図書館でアルバイトしてます。
姉さんがやってたのを引き継いだんですがね。コネじゃないですよ。
「辻くん、きみは高校3年生じゃないのかい?」
書架の本を整理していると、老年の男性が声をかけてきました。
エプロンに名札で、このひともスタッフです。
僕は空いたスペースに本を押し込みながら、
「はい」
とだけ答えました。おじいさんは、すこし不思議そうな顔で、
「大学受験とかはしないの?」
とたずねてきました。
「しますけど、机のまえにずっといるわけじゃないので」
「ははは、それもそうか。私も定年したが、どうも家にいるのがダメでね」
この手のアルバイト、けっこう多いんですよ。定年後の再雇用ってやつです。
僕は分厚い辞典をおじいさんに渡して、ひと息。
「これで最後です。カウンターのほうに回りますので、あとはよろしくお願いします」
「あいよ」
さて、カウンターへ移動。
貸し出されたり返却されたりする本のバーコードを、ピッてやる仕事です。
けっこうおもしろいですよ。人間観察になりますから……あ、さっそく来ました。
「おっと、今日のカウンターはつじーんか」
「剣ちゃん、こんにちは。貸し出し?」
「返却だ。これ頼む」
どれどれ……『理系のための高校数学 工学部用』ですか。
普通ですね。こういうのは、あんまりおもしろくないです。
「そこに『振り向いてもらえないときの裏技』っていう新刊があるんですけど」
「つじーん……ときどき心を抉る発言をするよな……」
「え、そうですか? 僕は本をオススメしてるだけですよ?」
剣ちゃん、前髪をさらりと払って決めのポーズ。
「裏見はそのうち振り向いてくれるという確信がある」
「そうですか。がんばってください」
幼馴染として、応援してます。
剣ちゃんは本をカウンターにおいて、そのまま退館。
こんどは別のひとが来ました。
「あら、つじーんじゃない」
「鞘谷さん、こんにちは。貸し出しですか?」
「これお願い」
『太くならない筋トレ 48のコツ』
『ザ・剣道 大日本選手権優勝の軌跡』
『竹刀の手入れ 衛生学の観点から』
『スポーツ医学と剣道』
『月刊 剣道士 2015年6月号』
「受験勉強とか、なさらないんですか?」
「しないわよ。推薦決まってるのに」
この恨み、晴らさでおくべきか。
「そう言えば、『認知の歪みを治す方法 脳医学の最前線』って本があるんですけど」
「で?」
「世の中には、いろいろ認知の歪みというものがあってですね……」
っと、もうひとり竹刀バックを背負った少年が。
「すみません、『月刊 剣道士』の今月号が抜けて……あ、つじーん、涼子ちゃん」
「冬馬、それなら私が今から借りるところよ」
「よかった。あとで中国地方選手権のところだけコピーさせてくれない?」
ダメですよ。違法コピーですよ。
月刊誌は1ヶ月が経過するまでコピー禁止です。著作権法31条。
「じゃあ、今から私の家で一緒に読まない? ね? ね?」
「いいの? 涼子ちゃん、いそがしくない?」
「大丈夫、大丈夫……つじーん、早く貸し出して」
ピッピッピッピッピッ
「6月5日までです」
ふたりとも、ささっと退館。
認知が歪んでても、本人がしあわせならいいんですかね。合掌。
「辻先輩、こんにちはぁ」
おっと、この猫なで声は――
「葛城くん、こんにちは」
「えへへぇ、これお願いしまぁす」
こ、これは、『男の娘のメイク 化粧のノリをよくする洗顔特集』ッ!?
こんなのあるんですか。図書館の選書基準とは、いったい。
「葛城くんは、そのままでもかわいいと思いますけどね」
「えへへぇ、ありがとうございまぁす」
葛城くん、ご満悦で帰宅。
ああいうふうに、図書館をよろこんで使ってもらえると、うれしいです。
「こんにちは、これお願いします」
ん、このショートボブの女の子、どこかで見かけましたね。
「……あ、藤花の金子さんですか?」
「え? なんで知ってるんですか?」
しまった、これは怪しまれましたね。弁解しておきましょう。
「升風高校将棋部の辻です。大会の会場にいませんでしたか?」
「……あ、そっか、失礼しました。こんにちは」
金子さんは、あんまり将棋に熱心ではないと聞きましたね。
数合わせで入部してるとか、してないとか。
そんな金子さんが借りに来た本は、どれどれ。
折口信夫『万葉集研究』(日本文学講座、昭和3年)
マニアックすぎます。
「万葉集に興味がおありで?」
「山部赤人に最近凝ってます」
すごいです。
将棋に興味がおありで、と訊いたら、山田道美に凝ってる、みたいな。
「山部赤人は古典で習いましたが、具体的な歌が思い出せませんね」
「『田子の浦に うち出でてみれば白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ』です。これは百人一首なので、万葉集に載っているのとは、ちょっと違いますけど」
なるほど、勉強になります。後輩から学ぶこと、多し。
バーコードを機械で読み取る時代になっても、古典は生きてるわけですね。はい。
将棋と一緒です。
「金子さんみたいに知識があれば、ひとりでも図書館は楽しめますね」
「いえ、林家さんたちとここで待ち合わせて……あ、来た来た」
藤花の制服を着たロングの小柄な少女と、ジャージ姿の長身な少女が到着。
林家さんと高崎さんですね。あまり交流はありませんが、有名です。
「笑魅が本を見つけるのに手間取っちゃいまして」
「なんであっしのせいにするでがすか? っていうか、いおりん、借りないの?」
高崎さんは、鼻のしたをこすってニヤケながら、
「オレ、毎月の読書時間0分なんだよなぁ」
と言いはなちました。えぇ……衝撃的。
「自慢げに言うことじゃないから。いおりん、絶対に裏口入学でがしょ。学園に開示請求しますよ。県の教育委員会に言いつけてやる」
ダメですよ。大人の事情がいろいろあるんですから。
高崎さんは、県内でも有数のバスケットボールプレイヤーです。
「って、つじーん先輩じゃないですか。アルバイトでがすか?」
「最低賃金労働です……さて、林家さんがお借りになるものとは?」
きっと落語ですよ。これは1時間分のバイト代を賭けてもいいです。
「じゃじゃーん、これでがす」
『銀河鉄道の夜 点字版』
「琴音ちゃんが読みたいって言ってたから、わざわざ捜したでありんす」
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普通にいい話でした。すみません。
「頼んでくれたらオレが読むのになぁ」
「いおりんの声で『銀河鉄道の夜』は、どうですかねぇ」
「あ?」
林家さんたちは本を借りると、ど突き漫才をしながら帰って行きました。
いやぁ、見かけどおりのものを借りるひと、借りないひと、いろいろですね。
今日も大切なことを学ばせてもらいました。
みなさんは、どういう本をお借りですか。こんど教えてください。
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将棋の本を借りたひとがいなかったですね。




