126手目 逆立ちする死神
カオルさんは堂々と胸を張って、
「あ、さすがにバレました?」
と答えた。こら、ひらきなおるな。
「自己紹介しないから変だと思ったら、知り合いの縁者だったのね」
「お兄ちゃんが駒桜高校にいるっていう情報、将棋と関係ないので」
口達者。それにしても意外だった。
失礼な言い方だけど、箕辺くんはあんまり将棋が強くないからだ。
これまで部室で指して、1回も負けたことがないはず。
「あなた、どれくらい棋力あるの?」
「中学市代表です」
ぐッ……どうりで。となると、うしろの子たちもあやしい。
「あなたたちは? どこの中学校?」
「はわわ、『どこ中?』って訊かれちゃいました」
いや、かつあげじゃないから。ガン飛ばしてないし。
「あ、安芸中です」
「私は易家です」
ぜんぜん聞いたことのない名前だ。ということは――
「もしかして市外?」
ふたりとも首を縦に振った。
「キョドちゃんはH島市中央区の、くるみ先輩はF山市の代表です」
めちゃくちゃ強いじゃないですかッ! 先に自己申告しなさいッ!
「箕辺くんにこんな強い妹さんがいるなんて、知らなかったわ」
弟か妹がいるって、聞いたような記憶はある。
けど、他人の家族構成とか、あんまり気にしないのよね。どういう文脈でそういう会話になったのかも覚えていない。私がひとりっ子って話だったかしら。松平はお兄さんかお姉さんがいるって言っていたような覚えがあるし。
「で、市外の中学生が、なんで駒桜の将棋ボランティアセミナーに?」
「もちろん運命です」
「キョウドウさん、ほんとうの理由は?」
「レモン先輩に呼ばれたからです」
正直でよろしい。真犯人は、おまえかッ!
「内木さん」
私は、指導対局に入っている内木さんに声をかけた。
「なんでしょうか?」
「あなた、あの3人の正体を知ってて賭けたでしょ?」
「はい。それがなにか? 情報の隠蔽は、ギャンブルの基本だと思いますが?」
私が反論しかけたところで、内木さんはピンと指を立てた。
「私が賭けを提案したとき、相手の素性を確認したほうがよかったですね」
くぅ、最近の中学生は……もっと、子供らしくしなさい。
「裏見先輩、もう1局指しましょうッ!」
「はわわ、よろしくお願いします」
「運命が尽きるまで指しましょう」
いやぁーッ! だれか助けてぇーッ!
○
。
.
「はい、牛丼大盛りお待ち」
店員さんが、カウンターに肉増しの牛丼をおいた。ここは、藤花女学園に一番近い牛丼チェーンショップ杉屋。賭けに負けた私は、内木さんに大盛りをおごるハメになった。
とほほほ。ただでさえ参考書代でおこづかいが逼迫してるのに。
よっしーは、後片付けがあるらしく、先に解散させてもらった。ボランティア欄、あれでうまく書けるのかしら。さすがに申請書の代筆は、できないわよ。
「それでは、いただきます」
内木さんは両手を合わせた。
「どうぞ」
私はお茶を飲みつつ、ちらりと中学生のグループを見やった。
「今日はいい練習になったねぇ」
箕辺さん、ご満悦。
あのあとの勝敗は――内緒。中学生の体力にふりまわされた1日だった。
「箕辺さんは中2? 中3?」
私の質問に、中2という答えが返ってきた。
「中2で市代表なんだ、すごいわね」
「レモン先輩と楓先輩が連覇してるなかで、1回だけ掠ったんですよ」
いや、それでも凄い。私だって個人の市代表は1回しか経験していない。
「不破さんとも知り合い?」
「もちろんです。卒業するまで、楓先輩が最多優勝でしたからね」
私は、内木さんのほうをちらりと盗み見た。
もくもくとお行儀よく食べている。比べられたのを気にしている様子はない。
けど、内心ではどうかしら。こういうポーカーフェイスは、うまい印象。
「県大会優勝経験者と指せたのは、良かったですッ!」
「どういたしまして」
「はわわわ、私はちゃんと指せてたでしょうか?」
「大丈夫、問題ないわ」
姜堂さん(あとで聞いたら、かなり珍しい名前だった)、なんか自信なさげ。内木さんと比べても、遜色がなさそうなのに。
「キョドちゃんっていうのは、ニックネーム?」
「は、はい、そうです」
姜堂さんだからキョドちゃんだとは思うんだけど……キョドってるからキョドちゃんってつけられてる気もする。本人のまえじゃ質問できない。禁則事項。
「何年生?」
「に、2年生です」
「H島市内ってことは、けっこうな激戦区なんじゃない?」
「そうでもない……です」
人口の多い地区のほうが、強いんじゃないかしら。原則論として。
H島市内の強い女流って、ソールズベリーあたりに集まってるっぽいし。
「裏見お姉さん、私には話しかけてくれないのですか?」
卜部さんは、じっとりとこちらを見つめた。
いやぁ……なんか話しかけにくいのよね、この子。
「卜部さんは、なんで将棋を始めたの」
「それも運命かと」
ほらぁ、会話する気ないでしょ。
さすがに愚痴りかけたところで、卜部さんは鞄から小さなケースをとりだした。
「それは?」
「タロットカードです」
占いか――卜部さんには、ぴったりな気がする。
「くるみ先輩の占いは、ほんとによく当たりますよ」
箕辺さんはそう言って、牛丼の残りをかきこんだ。
卜部さんは念のためハンカチを敷いて、そのうえにカードをひらいた。
「なにを占いましょうか?」
……ん? 私が対象?
「裏見先輩、高校3年生なんですよね? 合格を占ってもらったら、どうですか?」
いやいやいや、なんでそんな微妙な話題を振るかな。
箕辺さん、配慮が足りない。お兄さんなら言わないわよ、そんなこと。
「あれ? ダメですか? 恋愛は?」
「ノーサンキュー」
「くッ、間に合ってるパターンか」
箕辺さん、さっきから勘繰りが過ぎる。私はめんどくさくなって、
「内木さんを占ってあげたら?」
と返してしまった。これには内木さんが反応して、
「私も間に合っています」
と無愛想な返答。ところが、卜部さんはまったく気にしない模様。
「うふふふ、では、レモンちゃんの恋愛を占ってあげます」
卜部さんはカードをシャッフルして、ハンカチのうえに裏返しでならべた。
私は初めてみる儀式だったから、どういうふうに占うのか質問してみた。
「タロットカードに、決まった占い方はありません」
「え? そうなの? 我流?」
「完全に我流でも問題ありません……裏見先輩、興味がおありで?」
「まあ、多少は……」
「今回は、一番単純なシンプル・クロス・スプレッドで占いましょう。2枚のタロットをクロスさせて、下のカードがレモンちゃんの現状を、上のカードが克服すべき課題を暗示するというものです」
ほんと単純。卜部さんは、ちゃちゃっと2枚引いて、ハンカチのうえに並べた。
「おや、これは……」
卜部さんは、上の1枚をひろいあげた。
「女教皇ですか」
「どういう意味があるの?」
内木さんが反応しないので、私は代わりにたずねた。
「恋愛よりも仕事、です」
おっと、いかにも内木さんらしい……けど、こういうのって、てきとうに言っても当たることが多いのよね。まあ、内木さんが理性的で恋愛話をしないタイプなのは事実だし、サーヤでこのカードが出たら「はい、はずれ」で終わりになるのはまちがいないかな。
「ようするに、理性がなにかを邪魔しているわけです。その邪魔している対象は……」
卜部さんは下の1枚をつまみあげ、私たちにみせた。
「運命の車輪」
なーんかそれっぽいの出てきた。
「運命の車輪が表すのは、『意外な異性の接近』です」
おお、積極果敢。
「つまり、この2枚を合わせて考えると、レモンちゃんは意外な異性と運命の出会いを果たしているにもかかわらず、理性が邪魔をして恋愛感情に至っていないと言えます」
「はわわ、レモン先輩、そうなんですか?」
「姜堂さん、もうすこしひとを疑う訓練をしたほうがいいんじゃない?」
「そうかなぁ。めちゃくちゃそれっぽい気が」
「薫さんもね」
内木さんはどんぶりをテーブルに置いて、ごちそうさまをした。
本人がクールすぎて、話が盛り上がらない。
「では、裏見先輩の番です。なにを占ってさしあげましょうか」
「占わなくてもいいんだけど……じゃあ、大学生活がどうなるか占ってちょうだい」
「未来の占いですか。ワン・オラクルにしましょう」
「ワン・オラクルって?」
「1枚をパッと引いて決める占いです」
なんかテレビで観たことある。
「自分の将来を念じながら、1枚引いてください」
私は目を閉じて、大学生活のことを考えながら1枚引いた。
恋愛関係だと恥ずかしい。
ふわッ!? 死神ッ!?
「裏見先輩、不吉ですね」
となりから覗き込んだ箕辺さんは、同情気味につぶやいた。
ところが、卜部さんは別様の反応をしめした。
「それは逆位置です」
「逆位置?」
「上下が逆さまです。タロットの意味も変わります。死神の正位置は『破滅』ですが、逆位置は『再生』を暗示します」
再生? ……べつに高校生活から再生するような動機はない。
「大学生活でリフレッシュするってこと?」
「普通はもっと深刻な状態からの再スタートなのですが……裏見先輩、現状で悩みごとはなさそうですね」
卜部さんのいうとおり、深刻な悩みごとなんて、ないわよ。
そう思った瞬間、箕辺さんはポンと手をたたいた。
「あッ、分かりました。志望校に全部落ちて浪人ッ!」
なんちゅーことを言うんですかッ!? 後輩でもさすがに怒るわよッ!
「箕辺さん、あとでお兄さんに言いつけとくわね」
「えぇッ!?」
もっと受験生をいたわりなさぁい。
カードは以下のフリー素材をお借りしました
http://www.brambling.net/onihime/illustration/tarot2008_2.html




